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「休養、ですか」

「うむ」


 清明の屋敷を訪ねた翌日。

 退魔衆本部に復帰の挨拶をしに来たのだがお頭から休養を命じられてしまった。


「清明殿の尽力で傷は癒えたが本調子には遠いだろう」

「はあ。それでも中級下級程度であれば問題なく祓えますが」


 退魔師は霊力持ちだが陰の気の扱いがあまり上手くないものが割り当てられる職だ。

 言い方は悪いが陰陽師の下位互換で陰陽師より仕事の幅は狭い。しかし決して暇ではない。

 怪異を祓う。その唯一の仕事は万年人手不足だ。

 退魔師や陰陽師になれるような強い霊力持ちが少ないのもあるが怪異の数が多過ぎるから。

 夜、魔除けの札なりを貼った家の中で大人しくしていれば基本的には安全なのだが皆が皆、そのような環境に在るわけではない。

 魔除けの札を手に入れられるのは一定水準の生活を送っている者のみ。

 家はあるが魔除けの札を買えるほど富んでいない者。貧しく家すらない者は毎夜怪異の脅威に晒されている。

 全ての犠牲を失くすことはないが減らすことはできる。


 現代ならいざ知らず平安的な時代で官吏がそこまで弱者を気にかける必要が? あるのだ。

 人情もあるが実利の面でも社会的弱者を守護する必要があるのだ。

 物的な充足も心的な充足も乏しい者は負の念を溜め込んでおり、そういう人間が怪異に殺されると新たな怪異の発生に繋がる。

 ゆえに我らは夜毎、怪異を祓うのだ。

 組長ともなればあっちゃこっちゃ引っ張りだこなのが常だというのにいきなり休めだと?


「そう訝しむな。良い機会だと思ったのよ」

「?」

「お主を含め修羅場において精神的主柱に成り得る退魔師はそれなりに居る」

「はあ。どうも?」

「それは良いことではあるが同時に甘えにも繋がりかねん」


 あの人が居るから大丈夫。そんな考えが気の緩みに繋がり……という事態を危惧しているのか。

 あまり考えていなかったが言われてみれば確かにと思う。


「お主も働き詰めだしここは素直に休んでおけ。いやまあ必要に駆られれば呼び出すがな」

「了解致しました」


 考えあってのことなら何も言うまい。


「うむ。ああそうだ。この休みを利用して嫁でも探したらどうだ?」

「いや……あはは」


 ここらも前世の影響が出ていたのだろうな。

 護国院を卒業して退魔師になったあたりで嫁を娶ったらどうだとか言われても乗り気になれなかった。

 まだ若いのに、と思ってしまう自分に疑問を抱いていたが前世を思い出したことで疑問も氷解した。


「やれやれ。まあ良い。しかと体を休めるのだぞ」

「はっ」


 本部を後にした私はその足で南の外れにある闇市へと向かった。

 現代で言うところのスラム染みた場所の一つで治安はよろしくない。

 だが自分の身を守れるのなら絶好のショッピングスポットでもある。


「おや英の旦那。今日も仏像ですかい?」


 馴染みの商人泥舟が私を見て声をかけてきた。

 今日も、なんて言われるほど私仏像買ってたのか……前世を思い出すな。

 近所のコンビニで仕事帰りにホットスナックを買ってたら何時の間にか〇〇ですね! って先に言われるようになったっけ。


「いや今日は違うものだ」


 つい誤魔化してしまった。

 多分、泥舟は気づいているが何も言わずにいてくれた。気を遣ってくれてありがとうね。

 そして言って気付いたが前世でも同じことしてたわ私。

 あ、いや今日は違うので……ってさ。ごめんね店員さん、素直になれなくて。


「でしたらコレなんてどうです?」


 ごそごそと後ろから取り出したのは呪符が大量に巻き付いた大太刀だった。


「妖刀か」

「へえ。大陸の邪法を用いて鍛えたとか鍛えてねえとか」

「……幾らだ?」

「これぐらいですかね」

「むぅ」


 退魔師としては回収しておきたい。新たな怪異を発生させる、もしくは呼び寄せるような厄物だからな。

 しかし値段が少々……自腹でこれは結構キツイ。

 経費とかで落とせれば良いのだがうちも懐事情がな……。


「今ならこちらもおまけしときやすが」

「ぬ!?」


 さっと泥舟が取り出したのは小さな仏像。

 分からない人間にとっては何の変哲もない仏像に見えるが、


「こ、これは」

「おっと旦那。それ以上は言わないでくださいな」


 ……貴き血筋の方々は希少性を好む。

 例えば食器。同じ職人のものを庶民が使うなどはプライドが許さない。

 なので専属の職人として抱え込んでしまうということもままある。彫刻師などもそう。

 この仏像を先の値段で買えるならお得なんてレベルではない。


「……今は持ち合わせがない。後日、ブツと一緒に私の屋敷を訪ねてくれ。その際は」

「へえ。当然、人目のない時間帯を選びやす」

「う、うん」

「即断即決まことにありがたく。ついては少々勉強させて頂きやすのでお願いが」

「うん?」

「コイツだけ先に受け取ってもらえませんかね?」


 困ったように妖刀を見る泥舟。

 確かにこんなもん傍に置いておきたくないよな。

 ああそうか。最初からこの仏像をお手頃価格で提供する代わりに妖刀を処分してもらうつもりだったわけだ。

 ただ私がちっぽけな見栄を張ったから順序がおかしくなったと。ごめんね泥舟。


「相分かった。見たところ異常はないが妖刀が近くにあったのだ。念のためしばらくはこれを持ち歩くと良い」


 護符を差し出し妖刀を受け取る。


「かたじけのう御座います」

「気にするな」


 泥舟に別れを告げあてもなく闇市を彷徨う。

 そろそろ良い時間だし昼飯でもと思っているのだが何を食べようか。


「あ、見つけましたよぉ!!」

「おお? 灯ではないか。私を探していたのかい?」

「はい! 暇ですか? 暇ですね。清明様がお呼びですので同行願いますよぅ!!」


 まあ暇だけど……。

 よくは分からないが拒否権もなさそうだし大人しく同行することに。

 灯が買い物に使ってる大鳥の式神に乗せてもらい清明の屋敷へ。


「清明、一体何のよ――む、お客人がおられたのか。これは失礼」


 年の頃は十二、三ぐらいだろうか? キリリとした黒髪の少女が居た。

 そういう相手、ではなかろう。お堅そうな印象を受けるしな。


「……清明様、この御方が?」

「ええ。私が信頼する退魔師に御座います」


 怪訝なそうな顔をする少女と愉快そうな清明。

 何だ何だ。何やら厄介ごとの臭いがしてきたぞ。


「明。こちらは東雲商会のご息女であられる(ゆかり)殿だ」

「退魔衆所属。英明と申します」


 東雲商会と言えば都でも結構な大店だ。

 ここが経営する庶民向けの店は私も結構な頻度で利用している。日用品の質が手頃なわりに中々なのだ。


「縁と申します。どうぞよしなに」


 その表情は硬い。明らかに歓迎されていない。

 嫌われている、というわけではなさそうだが……。


「清明。事情を説明してくれ」

「相分かった。こちらの縁殿はここしばらく怪異に悩まされていてな」


 曰く、夜半になると大量の怪異が屋敷に押し寄せて来るのだとか。

 東雲屋の主人は恨みを持つ者が自分を狙っているのだと思ったそうだ。

 まあそうだろう。悪い評判は聞かないが商をしている以上、謂れのない恨みを買うこともある。

 それで家族を巻き込まないため趣味の絵描きに使っている別宅アトリエのようなものかに移ったらしい。

 だがどうしたことかそちらには一匹も寄り付かない。

 じゃあ誰がと検証したところこちらの縁殿が標的だと判明したらしい。


「縁殿は家族に迷惑をかけられぬと一人別宅に移り身の周りの世話も己でしておるという」


 一人、と言っても護衛はいるだろう。

 ただそれを差し引いても東雲商会のご令嬢が使用人も連れずというのは……。


「何と健気なことか。明よ。このような女子を捨て置くなぞ男の沽券に関わるぞ」

「まあそれはそうだが何故、清明に?」


 東雲商会ほどの大店だ。退魔衆や陰陽寮を動かすこともできるだろう。

 清明も陰陽寮所属ではあるが……幽霊部員より幽霊だし。

 いや仕事はしている。鬼門をたった一人で塞いでいる時点で誰より仕事はしている。

 仮に清明がここに屋敷を構えていなければ都を騒がす怪異の数は……想像もしたくないな。

 ともあれだ。そんな幽霊部員が出張るような事態ともなれば都の危機クラスだろう。

 しかしそんな兆しがあれば私に休養を言い渡されることはなかったはずだ。

 となれば今動かせる人員だけで解決できそうなものだが。


「そなたは興味がないであろうが政の世界は色々とややこしいものなのよ」

「……そういうことか」


 東雲商会が懇意にしている貴族を通じて人を動かそうとしたら横やりが入ったわけだ。

 東雲と対立する他の商会の仕業か、支援している貴族と対立する別の貴族か。

 どっちが中心かは知らないがそのせいで事態を解決するにたるレベルの人員を引っ張って来れなかったと。


「それでまあ話だけでも聞いてやってくれぬかと私に声がかかってな」

「なるほど」


 それで私に押し付けてやろうと。


「そう早合点するな。そなたに全て押し付ける気はない」

「いや私なぞ要らんだろう」


 清明が動くとはそういうことだ。


「役割分担だ。私は怪異を動かしている黒幕を探る。その間、そなたは縁殿を守る。完璧だ」

「ふむ」


 先にも述べたが私は要らない。調査も護衛も両方こなせる。それが清明だ。

 にも関わらず私を巻き込もうとしているのは……。


「相分かった。そういうことなら微力を尽くそう」


 どの道、暇だったしな。

 あと恥ずかしい話だがこれを受ければ幾らか報酬が出るだろう。

 泥舟へ払う金はあるがしばらくの間、懐具合が寂しくなるのは確定なのでちょっと稼いでおきたい。


「しかし縁殿はそれで良いのか? 私では不足だと思っておられるようだが」

「……いえそんなことは」


 縁殿は自らを恥じるようにそっと目を反らした。

 態度に出ていたことに気付いたのだろう。だが彼女を責めることはできない。

 この年頃の少女にとって今の状況はどれほどの恐怖か。

 恐ろしい化け物に今居る護衛たちが殺される光景も目撃したのかもしれない。


(何と不憫な)


 考え出すと何とか力になってやりという気持ちがむくむくと湧き上がってくる。


「ではこうしよう。縁殿、今宵の襲撃を明に任せその様子を見てから決めては如何かな?」


 無論、その際は私も同席するので万が一の事態は起こり得ない。

 自信満々な清明の言葉にそういうことなら、と縁殿も承諾なされた。


「決まりだな。灯」

「はいはい」

「今日より事件解決まで家事全般。縁殿の身の周りの世話はそなたに任せる。良いな?」

「お任せあれ」

「え、あの……そこまでして頂くのは」

「連日連夜の襲撃で心身共に疲弊しておられるでしょう? ここは清明の厚意に甘えた方がよろしいかと」


 気丈に振舞ってはいるがいっぱいいっぱいだろう。

 事件が解決しても疲労が原因で病を得てしまえば意味がない。


「……ありがとうございます」

「何の。では早速、縁殿の仮住まいに向かおうか。夜まで時間はあるがやることもないしな」


 大鳥に乗って六条にあるという縁殿の仮住まいへ。

 屋敷は立派だが外れの方に居を構えているからか何とも物悲しい。

 芸術に専念するためならこの静けさも悪くはないのだろうが……。

 こんな場所で一人夜を過ごしている縁殿の気持ちを考えるとあまりにも不憫だ。


「ではこの部屋をお借り致そう。明、夜まで飲むぞ」

「清明、君なあ……」


 マイペースにもほどがある。

 当然、酒は断った。ただでさえ不安な縁殿にこれ以上の心労をかけたくないからな。

 夜に戦おうって人間が酔ってたら不安極まるわ。


「つれん奴め。分かった。では碁に付き合え」

「……まあ、それぐらいなら」

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