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十九

 宣戦布告の翌日。私は早朝から自室で各種装備の手入れを行っていた。

 普段は太刀一本だがまだ万全ではないからな。フル装備で臨むつもりだ。


「朝から随分と精が出ておるではないか」

「清明」


 ふと声をかけられ部屋の片隅を見れば清明が手酌で酒を飲んでいた。

 一体何時の間に侵入したのやら。声をかけられるまで気付けないとはやはり油断はするべきではないな。


「格下相手にも手を抜かぬあたりそなたは本当に遊びがないな」

「私一人で完結するならともかく護らねばならぬ人が居るのだから当たり前だろう」


 自分だけなら自己責任で済む。

 しかし私が気を抜いたせいで縁殿に何かあれば申し訳が立たない。

 まあ私のことはよいのだ。それより、


「黒幕に辿り着いたか」


 この間訪ねて来たと同様、清明は不機嫌そうだ。だが同時に戦意を感じる。

 清明ほどの女が目に見えて戦意を滾らせているのだ。やはり黒幕は只者ではなさそうだな。


「まあな。蘆屋道満、知っているか?」

「知らん。どこのどな――――いや待て、どこかで聞いた覚えがあるな」

「で、あろうよ」


 どこで聞いたんだったか。

 記憶の海に潜り蘆屋道満を探す。そうして数分ほどで辿り着く。


「あ、思い出した!」

「……」

「清明のライバルじゃん!!」

「は? 私の……何だって?」

「あ、あー、ライバルっていうのは何だったか」


 確かそう、


「好敵手。武蔵に小次郎が居るように清明と言えば道満だからな」

「誰だ武蔵と小次郎」


 ごめん未来の人間だった。

 いや私からすれば過去の……うん? 今の私からすれば未来になるのか?


「ともあれだ。蘆屋道満と言えば私の知る知識の中でよく清明の好敵手として語られる人間だよ」


 尻尾を掴ませなかったのも納得だ。

 あの蘆屋道満であれば清明とて出し抜かれようと言うもの。


「縁殿の件があるまでまったく因縁はなかったがな」

「それはそうだろう。どんな好敵手も最初ははじめましてから始まるものよ」


 蘆屋道満と言えば何だっけな。

 清明の性格の悪さが出てる逸話があったような……そうそうあれだ。


「性格の悪さとは、どうやら男の清明は私とは似ても似つかぬ存在のようだ」

「言いおるわ」

「で、その逸話とは?」

「帝が二人に術勝負をさせてな。箱の中身を占うよう命じたのだ」


 平安箱の中身は何だろなゲームである。

 帝が中に入れたのは蜜柑十六個。


「道満は当然のように蜜柑が十六と答えたが清明は鼠が十六匹と答えた」


 観客の中身を知っているお偉方は清明駄目だったかーと落胆するも蓋を開けてみたらどうだ?

 中から鼠がわらわらと出て来るではないか。


「清明は中身をすり替えたのだ」

「男の清明を擁護するつもりはないがそれまったく悪くないであろう。術で競えと言うなら当然ではないか」


 ……言われてみればそう、なのか?

 道満は術で中身を当て、清明は術で中身をすり替える。

 術で競うと言うのであれば道満がそこで看破し中身を戻すとかすれば良かったものな。


「なるほど確かにその通りだ」

「言っておいて何だが素直かそなた」

「君が言ったんだろう」

「だから何だがと前置きしたではないか」


 んもう。ああ言えばFor you。


「しかし好敵手、ねえ。ある意味そうと言えなくもないがその関係性が絵になるのはそなたと道満だがな」

「うん?」


 え、何で面識もない私と道満がライバルになるの?

 困惑する私に清明はニヤニヤと笑いながら言う。


「道満めはそなたと真逆の体質ゆえな」


 笑顔の裏で不機嫌さを燻らせているのは何故なのか。

 それはさておき私と真逆の体質、とな?


「それってつまり」

「そう。蘆屋道満は“陰の気しか存在しない”」


 私に陰気が欠片も存在しないように道満には陽気が微塵も存在しない。

 完全に偏った霊力の持ち主。なるほど確かにライバルっぽいな。

 というか、


「……人間?」


 陰気のみの存在と言えば怪異だろう。


「人間だ」


 私の疑問に清明はキッパリと言い切った。


「でなくば対極などとは言うまいよ。怪異など稀有でも何でもなかろうが」

「それもそうか。いやしかし、大丈夫なのか蘆屋道満は」


 陽の気も過ぎれば毒となる。

 例えるなら躁鬱の躁、と似ているのかもしれない。

 根拠もなく過剰に溢れ出す自信や楽しさに心身の制御が覚束なくなる。

 幸いにして私はそのような状態に陥ったことはないが陰陽のバランスが崩れてそうなった同僚を幾度も見たことがある。

 陰気となれば尚のことだ。


「そうはならぬからこそ特異なのだろう。そなたも道満も」


 さしたる自覚はないが……。


「で、清明よ。勝てるのか?」

「誰にものを言っている。この私が陰気臭い糞婆に負けるなど天地がひっくり返ってもあり得ぬわ」


 おぉぅ。ここまで直球に罵倒する清明も珍しいな。


「嫌いなのか? 面識はなかったのだろう?」

「嫌いだ。存在そのものが気に食わぬ」


 これまた激しい拒絶だ。あの清明がここまで好悪を露わにするって、


「何か余計に好敵手っぽ……あっづぁあああああああああああああああああああああ!?!!!」


 ケツに火が点いた。物理的に。

 必死に払おうとするが消えない。私は堪らず部屋から飛び出し庭の池にダイブした。

 そこでようやっと消えてくれたが……え、そこまで嫌いなの君?


「そなたが決戦に挑む日にこちらも合わせて襲撃をかける」

「あ、うん。ありがとう」


 下手人である若き陰陽師だけなら私でも何とかできる。

 だが蘆屋道満が増援に来られたら普通にやばいからな。

 清明が相手取ってくれるというのなら本当にありがたい。

 いや元から実行犯が私で黒幕が清明担当だったのだけどな。それでも礼はしかりと言わねば。


「で?」

「う、うん?」

「あるのだろう? 私に相談したいことが」

「……バレていたか」

「そなたのことなぞ何でもお見通しよ」


 参ったな。


「内容も察しはつくが、自分の口で言いたいのであろう?」

「ああ。それがせめてもの礼儀というものだ」


 小さく深呼吸をして私は改めて切り出す。


「縁殿を狙っている若き陰陽師についてだ」


 あくまで私の見立てではあるがと前置きし推測を告げる。


「被害者、と言うつもりはない。縁殿は何一つとして悪くはないのだからな」


 だが、彼にも斟酌すべき事情がある気がするのだ。

 もしそうなら、


「縁殿の許しを得ずにどうこうするつもりはないが叶うならば穏当な解決を図りたい」


 そのために清明の力も貸して欲しいと頭を下げる。


「相分かった。そんな縋るような目をされて断れば私が悪者みたいだからな」

「いやぁ、良い者か悪者かで言えば清明は大分悪者寄りだと思……あっぢゃ゛あ゛!?」


 何で一々私の尻に火を点けるの? 私の尻に何の恨みがあるのか。


「そなたが余計なことを言うからであろうに」

「親しい仲ゆえの軽口じゃないか。君以外にはこんなこと言わんよ」

「……フン」


 というか、だ。


「分かったということは私の見立ては当たっていて何かあるんだな?」


 何もなればそういう発言にはならないからな。


「あるとも。そなたが聞けば眉を顰めること間違いなしのロクでもない背景がな」

「そうか」

「おや、聞かんのかね? どうにかしたいならば相手を理解することから始めるべきではないのか?」


 ニヤニヤとこちらをからかうように清明は言う。

 言っていることは正しいが、


「それなら私が何も言わずとも清明が説明してくれただろう」


 でもそれをしなかった。ロクでもない背景、だけで説明を留めた。

 私にはこれだけで十分と判断したのだ。

 ただ知る必要がないというわけではないと思う。

 今、清明の口から語られるよりも適したタイミングで私はそれを知るのだろう。


「ならば私はその時を待てば良いだけだ」

「ククク、そうかそうか。しかしそれは聞きようによっては私に良いように操られているようなものではないか?」


 まあそう取れなくもない。

 というか実際、全力で乗っかってるわけだから傀儡扱いも間違いではないだろう。


「何か問題が?」

「そなたに自分の意思はないのか?」

「あるとも」


 ないわけがないだろう。


「自らの意思で繰り糸に繋がれることを良しとしたのだ」


 そしてそれを良しとしたのは、


「安倍晴明という女を私は心底から信じ切っているから」


 これ以上の答えは必要ない。少なくとも私にとってはな。


「やれやれ。そなたは変わらぬな。護国院時代から平然と小っ恥ずかしいことを口にする」

「私は当たり前のことを当たり前に言っているだけだよ」

「やれやれ」


 とりあえずは満足のいく返答だったようで清明は満足そうに盃を呷った。


「しかし明よ。万全を期すと言いながら“ソレ”は頂けぬな」


 清明の視線の先には霊刀に強制転職させられた元妖刀があった。

 何が言いたいかは分かるけど……。


「仕方なかろうが」


 神仏に殺されかけた際、愛刀も粉々に砕け散っていた。

 記憶は定かではないが多分、刃を向けたのだろうな。だから壊されてしまった。


「君に私の悲しみが分かるか?」


 新卒で入った退魔衆。

 どうせ使うなら長く愛用できる良い品を。

 そう考えて支度金やら遺産を多く注ぎ込んで作ってもらった愛刀。

 金をかけただけあって実に手に馴染んだ。

 奴とは多くの修羅場を潜り抜けて来た。相棒と読んでも差し支えないぐらいだ。


「まだ四年ぐらいしか使ってないのに……」


 しっかり手入れをしていればまだまだ使えたんだぞ。

 それを……庭の片隅に建立した愛刀の墓に視線をやりガックリと肩を落とす。

 何やらんだよ。かくも心にしじみいるこの悲しみは何やらんだ。


「しょうのない奴だ」


 清明は小さく頭を振ってそれを投げて寄越した。


「これは」

「くれてやる。私が手ずから拵えてやった。愛着はさておき格という意味ではそなたの愛刀よりも上よ」


 促され抜いてみる。五芒星の鍔がついた美しい直刀。

 曰く、以前蒐集した隕鉄を素材にして作ったのだとか。


「霊力を流してみろ」

「うむ……おぉぅ!?」


 ビックリするぐらい通りが良い。そして許容量も。

 感覚で分かる。これまでとは段違いの許容量だ。


「切れ味より頑健さに重きを置いてあるゆえ短期間であれば本気で霊力を流し込んでも問題はあるまい」

「何と」

「間を置かず連続で流し込めば砕け散るから注意が必要だがな」


 問題はない。切れ味は霊力で強化できるからな。

 それよりも本気の霊力を流し込める方が良い。総合火力上がっちゃったな。


「傷ついたり折れても粉々にでもならぬ限りはそなたの霊力を吸って自動で修復される」

「えぇ!? そんな機能まで!?」


 思わず通販番組の出演者みたいなリアクションをしてしまう。

 いやだって半端なく便利だもの。

 つまるところ霊力を注ぎ込むだけで手入れが済むってことでしょ?

 忙しい主婦にもありがたい機能ではないか。いや主婦は刀振らねえな。


「まだまだ便利な機能はあるぞ。ほれ、あれを斬ってみろ」


 と庭先に清明が調伏したと思われる怪異が出現。

 試し斬りしてみたかったので一つ頷き庭へ。

 刀身に薄く霊力を纏わせて眼前の鬼に大上段から斬りかかる。


「む」


 振った感じだが初代愛刀より切れ味は少々鈍いと思う。

 霊力を纏わせていなければより顕著にそれを感じられただろう。

 だがそれよりも何よりもだ。


「……陰気が吸い込まれた?」


 柄に埋め込まれた玉に今しがた斬り伏せた鬼の陰気が蓄積されているのを感じる。


「然り。斬った怪異の陰気を吸収できるようにした。

普通ならそなたが刀を振っていればあっさり浄化されてしまうが特殊な仕掛けをしておるゆえな」


 戦闘中ぐらいなら留め置けるとのこと。


「それは凄いが何のために?」

「蓄積した陰の気とそなた自身の陽の気を用いて事前に仕込んだ幾つかの術式を使用するためよ」


 私自身にはまったく使えないがあれば便利というものを仕込んであるそうな。


「例えば自身ではなく他者への治癒などな」

「あらやだ素敵」


 自分の回復だけなら自前の陽気だけで済むが他人に出力するとなればな。

 戦闘終了後に傷ついた部下たちを回復させてやれるのは嬉しい。

 痒いところに手が届くとは正にこのことだな。


「清明、この太刀の銘を聞かせてもらって良いか?」

明星(あけぼし)。それを振るうそなたは正に戦場で輝く明星の如き存在となろうや」


 それは持ち上げ過ぎだが明星――ふふ、良いな。気に入ったぞ。

 自分の名前の字が入っているのがちと恥ずかしいけど、カッコイイではないか。


「むふふ」

「良かったですねぇ」


 ニマニマ笑っていると菓子を運んで来た灯に声をかけられる。


「ああ。本当に良きものを貰った」

「明様じゃなくて清明様ですよぅ」

「?」


 どういう、と問おうとしたところで私の世界から音が消えた。


「贈り物をあげたいけど普段だと高価な物は受け取ってもらえないし量も多過ぎると遠慮されてしまう。

だから今回のそれは正に千載一遇の好機。これを逃す手はありませんよぅ。

んもう、自分を象徴する紋までつけちゃってぇ。それに銘も自分と明様に肖ってでしょう?」


 何を言っているのか分からないがやばいことだけは分かる。

 気付いて。灯気付いて。清明の顔がどんどん険しくなってる。


「私の名前をつけた時もそうですが清明様ってばホント乙女な……んあああああああああああああああああああ!?!?!」


 灯は星になった。

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