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005_ウェザリアの宿

「――というわけだ。俺はけっこうな力を手に入れたし、念願の《隕石落とし/メテオラ》も使えるようになったが、アンデッドじゃない」


 アンデッドではないといったが、人間ではありえない方向に曲がった右腕をかばいながら俺は俺に起こった一連の出来事を語った。


「んで、その。もう腕、治してもいい?」


 眼光鋭いマリアの視線を受けきれず、俺は伏し目がちにそう尋ねた。

 昔からマリアの射抜くような視線に弱く、どうも俺が悪い気になってしまうんだ。そして悪いことに、このマリアの姿は昔のマリアそっくりときている。なんというか、ものすごくやりにくい。


 腕を治せていないのは、ハムとアーティアの証言でひとまず俺への攻撃は止めたものの、まだマリアからのアンデッド疑惑が晴れていないからだ。マリアは両腕を組んで俺を見据えているが、何かあったらすぐにとどめを刺すオーラを出し続けている。

 死なないけど、死ぬほど痛いんです……


 マリアは俺が嘘をついていたら何が何でも見通して死なす、というきっつい眼差しだったが、ふとハムとアーティアに視線を飛ばす。

 もともとこの世界では冒険者として共に動いていたみんなだ。マリアの視線にふたりとも軽く頷くだけで意思が伝わる。

 そこでマリアはようやく緊張を解いてくれた。組んでいた腕も解いて腰に拳を当て、ため息を吐くように言葉を出す。


「ええ。わたしが治そうか?」

「いや、俺がやったほうが理解してくれるだろ。――《快癒/リフレッシュ》」


 正直、危なかったかもしれない。

 右腕を折られた段階で、俺の魔術師スキルと精霊使いのスキルは使うことができなかった。これらは両腕が自由な状態でなくては使うことができない。しかも、盗賊スキルもまた利き腕を使えなければ、マイナス補正がかかってくる。

 つまり、祈りの発音ができれば発動できる神官スキルの《快癒/リフレッシュ》を使い、骨折を直さない限りは俺の持ち味は奪われたも同然だ。


 そして、俺が神官魔法の《快癒/リフレッシュ》を使えたことは、マリアにとって意外なことだったらしい。目を丸くしてアーティアに何かを訴えかけようとしている。


「メテオの信じる神は混沌神じゃないわよ」


 笑っているが、すごく皮肉な調子でアーティアはそう答えた。

 

 テーブルトークRPG『アャータレウ』のセッションをしていた頃のマリアージュのデータがそのままであればだが、マリアは神官スキルを5レベル所持している。

 信仰している神は……混沌神。

 本来であればプレイヤーが取得できないはずのスキルだ。


 だが、石井先輩はマリアの並ならぬ混沌神の教えに感じ入り、ただしつきでそのスキルの取得を認めた。

 その条件とはただひとつ「うまくパーティとやっていけること」。

 認めてしまった石井先輩もたいがいだが、こうした例外をゲームマスターの判断でどうにでもできてしまうのが、テーブルトークRPGの醍醐味でもある。

 そして、マリアは皆の心配をよそに、じつにうまくパーティに溶け込んだ。混沌神の教義である「世界を混沌としたものにすること」を自分なりの解釈で理解し、プレイヤーともシステム的にも破綻をさせずにセッションに参加しつづけた。

 石井先輩もそんなマリアに感化されてか、メンバーの中に混沌神の神官がいる。ということを使ったシナリオも組んだりした。本来、相容れないはずの秩序側の神官であるアーティアとも、はじめは仲が悪いという感じであったが、シナリオを通じてごくごく自然に信頼関係を築いたものだ。


「それにしてもだ、マリア」


 ハムが心底興味深いといった感じでマリアの肩にそっと手を置いた。


「いつのまにメテオの腕を折るほどの腕前になった。ウォルスタを出た時は、アーティアとタイくらいだと思っていたが、まさか実力を隠していたのか?」


 俺もそれが不思議だ。いくらなんでも、今の俺の腕をへし折るだなんて、偶然が重なったとしてもできすぎた。俺が絶対失敗のダイス目を連続して、マリアが完全成功を連続してクリティカルを連続しない限り、こんな真似はできないはずだ。


「話せば長くなるわ」


 といって、ハムとアーティアをソファに促した。

 俺はというと、せっかくだからこの謎を手っ取り早く解決したかった。


「マリア。そういや俺の腕を折っておいてすまんの一言もないのか?」

「あ――ごめんなさい!! ちょっと頭が回ってなかったわ。痛かったでしょ、メテオ?」

「いや、俺を思ってのことだろ」


 治したての手を差し出し、握手を交わす。だけでなく、マリアは抱きついて今度はやさしく俺のほっぺたにキスなどしてきた。おおお、欧米か!!


 少し動揺したが、俺はゲームマスタースキルが2になったことで、新しい技を身につけた。

 触れた相手のステータスを知ることができるのだ!!

 ……地味だよなあ。同意の上でキャクターシートを出せば、相手の成長限界を伸ばせることもできるんだが。


 ハグチューにドキドキしたが、頭のなかに『アャータレウ』のキャラクターシートが浮かび上がる。


 な、なんだ! なんだこのステータスは――!?


「メテオも座って」


 抱擁からそっと俺をソファに導くマリア。俺も衝撃のあまり、ストンとソファに落ちる。

 マリアは俺の隣に座る。テーブルをはさんでハムとアーティアと向き合う形になる。


「わたしはみんなとウォルスタから離れて、すぐにレゴリス大陸に向かったの。何か新しい刺激や冒険を求めて――」





「今月もメテオからの連絡なし。わたしのことなんか忘れて他の女とくっついたのかしら」


 カーテンを引き窓を開け、差し込んでくる朝の光とさわやかな空気を浴びて呟く。

 月払いで借りている宿の部屋はこざっぱりとしているが、鶴の首のように細い一輪挿しに花の一輪が活けてあったり、質素な木のテーブルにはクロスが敷いてある。それらのたたずまいが、この部屋の主が女性であることを教えている。


 部屋の主はマリアージュ・ロスタン。

 ユルセール王国では最強といわれた冒険者たちである『流れ星』(シューティングスター)の一員であることはあまり知られていない。だが、冒険者や旅人に詳しいものがいれば、“遊星”マリアージュの名前を耳にしたことがあるだろう。

 

「メテオの弟子……確かエステル。あの子あたりに迫られていたりね」


 そんなことはないだろう。そう思いながらもつい口に出してしまうのがマリアの意地の悪さだ。

 メテオは自分の弟子に対して弟子以上の感情を抱かないようにしていたし、むしろ娘のような扱いをしている風すらある。護衛である猫族の女戦士メルもいるが、あの娘はガードこそ甘々だが身持ちが堅いだろうと見なしている。


「きっと忙しいのね。たまの連絡も国の愚痴ばかりだったし。いいかげんあんな国見限って、わたしと一緒に自由に生きればいいのに」


 メテオは《精神感応/テレパシー》でマリアに月一回は連絡するという約束をしている。実際には月に数度のときもあるし、月に一度だけのときもあった。その内容はおおむねユルセールの王に対する愚痴だった。

 混沌神に仕え、ときに酷薄とも思えるマリアだが、仲間たちの愚痴にはよく耳を傾けた。

 マリアにとって誰かの愚痴というか、感情の吐露というのは自分を信頼してくれる証であると考えていたし、そうした行為が仲間の為になると思っていたからだ。

 それに、あまりに聞き苦しいものは冷たく切って捨てることもある。その加減がじつに絶妙なのだ。


 しかし、メテオからの《精神感応/テレパシー》がこの一年でゼロは初めてだ。


「たしかに最近は少なかったわ。いつも疲れた様子だし、なんか思いつめていたし」


 何か隠し事をしているという感じではあった。しかし聞き出そうとはしなかった。

 自由にすればいい。混沌とした行為や感情の中から生まれる自由は、何にも増して楽しい。マリアに対して何か秘することがあるとすれば、それもまた必然なのだろう。

 それに、大陸間で海を挟んでいるせいで《精神感応/テレパシー》の感度はすこぶる悪い。メテオによれば《転移/テレポート》では海を超えることができないといっている。《精神感応/テレパシー》も同様の理由で、海を越えると著しく感度が落ちる。


「ユルセール内でも離れたところにいるのかもしれない。わたしも自由にすればいいだけ。今のところ、メテオにこだわる理由もないし」


 メテオの現状など知る由もないマリアは、気楽な一人暮らしを堪能していた。

 ウォルスタという町づくりに夢中のメンバーたちであったが、マリアは早々に飽きた。仲間たちもそう感づいていたようで、マリアがひとりレゴリスに向かったのを止めるものはいなかった。 


 何よりも束縛を嫌う混沌神の司祭であり、流れ星きっての自由人。“遊星”マリアージュは仲間たちと離れ、レゴリス大陸の大都市のひとつ。ウェザリアの宿でそろそろ一ヶ月目となる朝を迎えていた。


余裕があるときは週二で投稿します!!

皆のお気遣いでちょびっとパゥアーいただきました└(・∀・┙≡「・∀・)┍ヤッホイ!!

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