【外伝】龍と宝石と毒13
「いい具合にヒマだったのに何よ、この忙しさ……」
宝石龍によってリストール周辺の瘴気や毒といったものが完全に中和されてからというもの、それまで穏やかであったアーティアの周辺は慌ただしくなった。
ウォルスタに戻ったアーティアが水源地周辺の保護を訴えるため、毎日王都へと手紙をしたためる。王はもちろん要職にある大臣や貴族、豪商やもっと草の根に影響力のある者たちすべてに、きめの細かい書状を送る。
さらに毒騒ぎで遠ざかった商人たちを、リストールに戻すべく手間は二倍、三倍となった。
儲け筋があるとわかれば商人たちは帰ってくる。安全だとわかれば宝石川周辺での原石採取も再開されるし、もともとあの地は山脈を越えて比較的安全に隣国へと渡ることができる、数少ないルートの上にある。回復はそう難しくはないと踏んでいた。
「そのついでにしっかり利益も確保できたからよかったけど…… カトラが考えなしに宝石龍に突撃しなくて、結果オーライだったのかもね」
この機会にウォルスタからリストールにかけての貿易ラインを強化し、隣国への山脈越えラインも太らせた。特需といってもいいだろう。
それを思うと笑みが溢れる。
労働が結果的に報われるのであれば、多少の忙しさもいいものだ。
そう思い、書類を片付けていると部屋の扉がノックされた。
「アーティア様。自警団のノア様が参られてます」
「今行く……いえ、通して頂戴」
「チョリッス!! 姐さん、忙しそうっすね!」
通してくれといった瞬間、扉からノアが顔を出した。
アーティアが冷たい顔で若い女侍祭を睨むが、なんともバツの悪い顔で苦笑いを浮かべていた。
「……ノア様がどうせこっちに来るんだし、と」
「サーセン。リファちゃん、いつもありがとうっす」
「うちの侍従に色目を使うの、やめてくれる?」
「そんな……! 色目だなんてアーティア様」
「そうっすよ。自分はよく見かけるなーって侍従さんと仲良くしたいから、名前を聞いただけっすよ――すいません。調子乗ってました」
アーティアの目がきりきりと鋭くなってきたのを察し、ノアは若い女侍従を逃すと扉を締めて土下座を始めた。
「土下座が通じるのはその頭に価値があるうちだけよ……まあいいわ。今日はどうしたの?」
宝石龍の件からノアは、自警団と商業神殿をつなぐ半ば公式のメッセンジャーとなっていた。定期報告から怪我人が出た際の搬送。その他、ウォルスタの街の保守安全に関わることを、かなりの範囲でハムから任されるようになった。すっかり毒の抜けた毒の鎧については相当絞られたらしいが。
「いえ、今日は新しい菓子店ができたんで街の見回りついでに買ってきたからおすそ分けに来たっす。神殿のみんなでつついてくれたらなって」
そういって紙包みを渡してきた。
「忙しそうって見てわかったのよね? 喧嘩売りにきたの」
「ち、違うっす! 本命はこの包み紙っすよ!!」
かなりガチめの殺気に当てられて、ノアはお茶用のテーブルに包み紙を解くと中に入っていたバターの香りのする焼き菓子を横に置き、包み紙を広げてみせた。
「……あら。その絵って」
「宝石龍そっくりっすよね」
ややディフォルメされているが、極寒の海に生息するペンギンにそっくりのフォルムに小さな嘴。菱形の嘴と、鬣 と鱗。それは白黒の版画であったが、鬣と鱗にはカラフルさを演出する模様や星が散りばめられている。
まさしくアーティアたちが復活させた宝石龍に酷似していた。
「なんでも宝石川でたまに見かけるようになった生き物で、流行病で死にかけていた川辺の村がみんな元気になったとかいうので話題になったみたいっすよ?」
「その情報は初耳ね」
アーティアの情報網にも引っかからなかった草の根情報だった。
政治的に大きくなりそうな話題や商売上の話題から大きく外れた、ノンジャンルの話題についてノアは驚くほど詳しい。
ウォルスタの巡回のさいのお喋りや、町娘との会話といったこの地域に根ざした情報ではアーティアを上回る。こうして何気なく神殿にやってきては、本当に何気ない手土産と話題をもたらしてくれるようになり、内心感謝をしていた。
「その村で実際に宝石龍らしきものを見た人たちは、龍とは思ってないようで、どうも精霊みたいな扱いをしているっぽいんすよ」
「あの見た目だと龍とは思わないわよね」
「ええ。それで助かった、縁起がいい。元気になったからウォルスタで商売するぞって作ったお菓子が評判いいんですよ。味もいいんですけど、この包み紙がどうも縁起がいいぞって」
「何よそれ」
仕事もちょうど一区切りで都合のいい茶菓子と話題が来た、とばかりにアーティアは保温の魔法がかけられたポットでお茶を淹れていた。ティーカップも二脚出す。
「その菓子店の店主が面白いヤツで“この包み紙に描かれている精霊様を描き写したものを持ってきてくれれば、お菓子をひとつプレゼント”とかやってるんすよ。あれは口コミで流行るっすよー」
「うまいキャンペーンね……あら、おいしい」
鱗型の焼き菓子はバターとアーモンドで作られた、甘くてふわふわの食感だった。ただのバターではなく、焦がしバターで風味がとても豊かだ。
「これは流行るわね。何なら商業神殿が影からバックアップしてもいいくらいの味」
「うまいっすよね! 自分も店先でひとつ食べたけど、これは姐さんに持っていく案件だなって。あ、もちろん宝石龍のこともあったからなんすけど。冒険者に倒されなきゃいいんすけどね」
「まだ幼いとはいえ古代龍よ。そこらの冒険者に負けないわよ。それこそ流れ星や北極星みたいなパーティにうっかり出会うとか、ウォルスタが討伐隊を出さなければ平気。わたしからも手を打っておく」
宝石龍は環境にやさしい龍だ。アーティアとしても過保護とまではいかないが、人に危害を加えぬ限り見守っていきたい。吸毒は宝石龍の食事のためなのだろうが、人の為になっている。
アーティアはしげしげと包み紙のキャラクターを眺め、よくよく見れば愛嬌のある姿ねと思いを巡らせた。
「そうだ、ノア。あなたこの紙に宝石龍描きなさい」
「えっ。自分、画才ゼロっすよ」
「そういうのがいいのよ。わたしも描くし、神殿の皆にも描かせる」
「何か思いついたっすか?」
書類に使う紙を二枚。そして鉛筆を取り出すと、アーティアは記憶にある宝石龍の姿を適当に描きつけていく。
「名物と縁起物がある街っていいじゃない? どう転ぶかわからないけど、こういうところから協力してあげるのよ」
「いいっすねー お菓子も貰えるし一石二鳥っす」
ノアも鉛筆でその姿を描きつけていった。
なるほど、本人がいうように絵心のある様子ではなかったが、恥じることのない素人丸出しのその絵は見るものの心を和ませるだろう。
「……けっこう楽しいっすね」
「描こうと思わないと絵なんて描かないものね――宝石龍は精霊って扱いみたいだけど、なんて呼ばれているの?」
アーティアの絵はなかなか上手だった。なにしろ本物を見ているわけだし、なんなら包み紙のイラストよりも特徴を捉えているかもしれない。
「アマビエ。っていうらしいっすよ」
「かわいい。宝石龍っていうと角が立つからわたしたちもアマビエって呼びましょう」
良い具合に蒸れたお茶をカップに注ぎ、ふたりのお絵かきは本人たちの予想を越えて熱中していくのだった。
===龍と宝石と毒 完===