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【外伝】龍と宝石と毒11

「金目のものが出てくると露骨に態度変わるの。さすがに引くっすよ……」

「何か勘違いしているわね。これを使えば、龍を復活させることができるかもしれないわ」


 そういって取り出したのは木の小箱。中にあるのは涙型をした大粒のサファイアだ。


「そのサファイアにスゲー魔力でもあるんすか?」

「魔力はない。ただただ大きくて綺麗なサファイアよ」


 依頼料の先払いとしてコランティーヌから受け取ったサファイアは、ノアの拾ってきた原石に比べれば小さい。しかし、この原石をコランティーヌの石ほどのクオリティでカットしようとすば、子供の小指の爪にも届かないものしか生み出させないだろう。


「魔術師が使う《探査/ロケーション》って魔法を知ってる?」

「聞いたことはあるっす。馴染みのある持ち物ならどこにあるかわかるって魔法っすよね」


 期待して問いかけたわけではないが、魔術師でも導師クラスにならないと使えない魔法を知識としてでも知っているというのにアーティアは感心した。説明が早いと頷くと、サファイアを陽光に透かしながら続けた。


「そう。馴染みの持ち物、というのが大事みたいなの。それが魔力を帯びていなくても探査の魔法が届く。この世界には魔法だけではない見えない力があって、長く愛着や執着があるモノというのは、特別な気配を帯びるのよ」


 朽ちた龍の身体を触りながら、ぼろぼろに風化した龍の肉がもはや死蝋化しているのを感じた。


「肉体が滅びても想いは物品に宿り、数百年経っても特別な力を有することがある。もしこのサファイアが宝石龍(ジュエルドラゴン)の濃い気配を帯びていれば、復活は可能かもしれない」

「姐さんの《復活/リザレクション》で――っすか?」

「《復活/リザレクション》じゃないけど、同じくらい高位階の奇跡。しかも完全復活はまず無理だと思うし、なにより賭けになる。その魔法を使ったら意識を保つのが精一杯だから、下山もできないし毒に耐えることもできない」

「失敗したらアウトってことっすね」

「そうなるわ」

「じゃあトライしてみるっきゃないっすね」


 ノアはじゃあ決まりだといわんばかりだ。

 そしてアーティアも微笑みで返す。


「今まで使ったことがない魔法だし、どうなるかわからないけど――自信あるわ」


 その自信はどこから来るのか。

 一瞬そう思ったがノアは口に出すことはしない。

 なぜならばノアもまた、この人であればなんとかするのだろうという、謎の自信を感じていたからだ。


「ただ、あなたにもちょっと手伝ってもらうわよ。その《光明/ライト》の指輪。あと何回使える?」


 ノアが身につけている指輪――ごく初歩の魔法を使える魔法の品(マジックアイテム)のことだ。魔法の品、とはいえこれの発動には精神力を使う。


「《光明/ライト》っすか? そうっすね、二回……倒れる覚悟でいけば三回ってとこっす」

「上等。倒れてもらうわよ――《魔力の櫃/マナプール》」


 錫杖を掲げると、そこには何もないが『何か』が満ちた空間が広がった


「《魔力の櫃/マナプール》は心の力の集積場。大雑把にいうと、あなたの精神力をここに注ぎ込めばそのぶんわたしが魔法を使えるってこと」


 ノアはすでに魔力の圧力を感じていた。そして

 ノアが身につけている指輪――ごく初歩の魔法を使える魔法の品(マジックアイテム)を発動するよりも容易い感覚で、自らの精神力をその場に注ぎ込められることを。


「俺が気絶しても姐さんは絶対に大丈夫なんすね?」


 やや気持ちがひっかかり、ノアはそう問いかけた。

 いざとなれば自分の着ている毒の鎧(グウェンイン)をアーティアに着せて自分はここで倒れ、復活や回復の魔法を使えるアーティアを生かすべきだと考えていたからだ。


「わたしは商業を司る神の信徒だから、極力嘘はつかないことにしているの。だから正直にいうわ――絶対ではない」

「じゃあ今のうちに毒の鎧(グウェンイン)を着ていてください」

「ダメよ。脱いだ瞬間あなた死ぬわよ。そうしたら《魔力の櫃/マナプール》精神力の移譲もできなくなる。余計にジリ貧」

「……これが最善手なんすね?」

「そうよ」

「じゃあ信じるっす。起きたら隣で姐さんが倒れてたとかマジやめてくださいね――」


 そういってノアはすとんと膝から崩折れた。

 アーティアは《魔力の櫃/マナプール》にノアからの心の力が貯められたを感じ取った。


(一度信じた相手には本当に素直ね。迂闊に嘘もつけなさそう)


 さっき嘘はつかないといったばかりだが、金や命に関わらない嘘は冗談だと思っている。さらにいうなら、アーティアの基準で嘘に満たないものは『方便』として片付けられるので自由自在だ。


 冒険者の中で切磋琢磨してきたアーティアはそうした緩い縛りの中、商業神の信仰を失わずにここまで登り詰めた。

 頭の硬い老神官たちをあしらい、時間をかけて意識を変えていき、今の快適な商業神殿がある。


 成功の秘訣は、冒険者としての仁義を守りつつ、神官としての役割を果たすこと。その二つは意外と相反するものではないことに気づいたのは、ごく数年前だ。


「任せなさい。『流れ星』(シューティングスター)の現役当時、これくらいの無茶は数え切れないほど越えてみせた」


 今のアーティアは冒険者であると同時に、大司教でもある。だが、やることは変わらない。


 望まれていることを、できるようにする。ただそれだけだ。それがたまたま自分のしたいことと重なれば儲けものだ。

まさに今、そんな状況にある。


 朽ちた龍の頭にサファイアを当てると、アーティアは言葉を紡いだ。


「《復活/リザレクション》」


 神官魔法の最高位。《復活/リザレクション》は龍の肉体を瞬く間に復元した。

 黒ずんで蝋化した崩れかけの肉体は血の気と張りを取り戻し、鱗の一枚一枚が宝石のように輝いた。

 急激な復活で全身が膨れて縮む。

 龍はうつ伏せになり、全体像がよくわからない。だが、魂が戻ってないことは確信できた。


「やっぱり《復活/リザレクション》だけじゃ魂まで戻せないわね」


 魂のない龍の肉体は、ただの新鮮な遺体だ。

 そこにアーティアの呪文が重ねられた。


「産まれ、生きて、死んでいく。神の定めた自然の摂理に違うことなく、巡りゆく魂にとまり木を用意できますよう――《輪廻転生/リーインカーネイション》」


 神官が使う神の奇跡の中でも、《復活/リザレクション》や《神依代/コールゴッド》と並んで神秘中の神秘とされる魔法。《輪廻転生/リーインカーネイション》。

 

 肉体が滅びようと通常、魂まで失われることはない。年月を経て違う肉体、違う精神を得てふたたびこの世界に受肉する。

 その大いなる(ことわり)をほんの少しだけ軌道修正することができる奇跡。

 

 それが《輪廻転生/リーインカーネイション》だ。


 サファイアの中から青い光が輝くと、滅びた龍の身体を包み込む。


 青い光球の中で龍の肉体と溶け込み、一抱えもあるだろう渦巻となっていくのをアーティアは見た。


 しかし鮮やかな青はすぐさま暗闇に染まった。


 ノアから移譲された心の力と自前の精神力のすべてを魔法の発動に持っていかれ、アーティアの意識は闇へと沈んでいった。


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