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【外伝】龍と宝石と毒8

「確かにわたし向きの案件ね。困ったことに」

「姐さん、宝石龍(ジュエルドラゴン)って何なんですか?」

「それが名前しか知らないのよ」


 ええ…… という顔でノアはアーティアを見て、ついで水面から突き出る指のようにのっぺりとした龍の亡骸を見比べた。


「仕方ないじゃない。宝石商の間で伝わっている伝説なのよ。この世のどこかに無限に宝石を生み出す古代龍(エルダードラゴン)がいる。それだけ。宝石商が仕入先をぼかすためとか、都合よく生み出した伝説だと思っていたのよね」

「じゃあなんで宝石龍(ジュエルドラゴン)ってわかるんすか?」

「こんな川の水源地の池の底に、あんな結晶面がはっきりした純度の高い原石がゴロゴロしているはずがないのよ。ちょっと宝石に詳しい商人なら、ここから見てもわかるくらいの不自然さなの」


 水底でさまざまな色を煌めかせる原石を眺め、ノアはそういうものかと頷いた。


「カトラもそうだけど、古代龍(エルダードラゴン)は財宝が大好きだから、ここに溜め込んでいる違う龍かとも思ったわ。けど、『宝石』として研磨やカットもされていない原石だけを溜め込むのも変。死体の様子からはそうは見えないけど、宝石龍(ジュエルドラゴン)くらいしか候補が思いつかないの」

「でも死んでるっすね」

「それなのよ。古代龍(エルダードラゴン)が自然死するなんてまずありえない話だし、ましてやアンデッド化なんて」


 対策をしていなければ数分と持たないだろう毒が満ちた、池のほとり。

 周囲は崖にかこまれたこの湧水池の水はどこまでも青く透明で、すっきりと晴れた空からはたっぷり陽光が注がれている。


「こんな状況じゃなかったらめっちゃいい景色なんすけどね。あの龍、突然動いたりしないっすよね……?」

「池に入るか、攻撃を仕掛けなければ平気よ。たぶん」

「あの龍が毒を出しているんすかね」

宝石龍(ジュエルドラゴン)が毒を出すなんて……なんていうか、美しくないわ」

「美しいとかそういうので決めていいんすか!?」

「言い方が悪かったわね。辻褄が合ってないの。それが美しくないって思えちゃうのよ」


 おそらく宝石龍(ジュエルドラゴン)は初代ユルセール王が使う『漆黒の聖杯』(エボニーグレイル)によって、呪いをかけられた。

 この地を守るため?

 どうして宝石龍(ジュエルドラゴン)が?

 なぜ死んだのか? アンデッド化はどうして?

 そして毒の存在――


「何ひとつ確たるものはないけど、何かやるしかないわね」 


 吸毒のバングルが黒くなりつつあるのを見て、アーティアは《解毒/キュアーポイズン》をかけた。


「ノア。あなたにはちょっと負担の大きい役割をしてもらうわよ」

「あのアンデッドドラゴンと戦え……ってことですよね?」


 答える代わりにアーティアはにっこりと微笑んでみせた。


「……覚悟はしてたっす。ただ絶対勝てないっすからね」

「勝とうだなんて思わないで。魔法二回ぶんだけスキを作ってくれればいいから」

「一回なら俺が潰されている間にって請け負えるんすけどね……二回。マジで半端ないっすね!!」


 少なくとも二度、死なずに攻撃をなんとか引きつける必要がある。ということだ。

 ノアの十倍はあろうかという巨体からの攻撃。

 それだけでも想像を絶している。城に殴りかかられるようなものだ。


「姐さんの作戦があるんすよね? 冥土の土産に教えてもらっていいっすか?」

「もちろんよ」


 アーティアは臆することなく結論から述べた。


「あの龍を生き返らせるの」

「………………生き返らせる?」

「でも、アンデッドを生き返らせるのってまず無理。肉体を復活させても魂が戻ってこないから」

「………………魂?」

「そのためには――」

「サーセン……サーセン。ちょっとまってほしいっす……」


 難解な数式を解いているような顔だった。

 この短い間に飛び込んできたパワーワードをなんとか理解しようとしていた。


「姐さんって……その。死んだ生き物を生き返らせることが……できるんすか?」

「内緒よ」


 死者を蘇生させる神官の魔法。《復活/リザレクション》。


 今では使えるものがいないといわれている最大級の奇跡だ。


「マジでこれ以上人に言えない事実を背負わせないでほしいっす……」

「言うつもりなかったのよ? でも見せなきゃいけない事態だし、もし殺されても“泣きの一回”で生き返れるかもしれないから、希望が持てるでしょ」


 《復活/リザレクション》が使える神官は、国家間の戦争にすら発展する。

 実際に《復活/リザレクション》を使ったがために、奇跡の力を巡って国が滅びたという逸話まで残っている。


「大陸にひとりくらいは《復活/リザレクション》を使える神官、いるものよ。バレると面倒だし、確実に蘇生できる保証もないからみんな言わないだけよ」

「……本当に『流れ星』(シューティングスター)のメンバーってみんなバケモノなんすね?」

「失礼ね。バケモノはメテオくらいよ」

「ハム師匠たちも……その。古代龍(エルダードラゴン)とバチバチやりあえたりできるんすか?」


 アーティアはしばらく考え、頷いた。


「カトラの背に乗っていたときいったでしょう? 『流れ星』(シューティングスター)が全員集まっていればできるって」

「……わかったっす。不肖このノア。姐さんがキメてくれるまでなんとしてもあの龍、止めてみせるっす」


 肝が据わった顔をしていた。


「頼りにしているわ。実は二回っていったけど、うまくいっての話だから、なるべく死なないでね」

「死んでも蘇るって感覚……味わいたくないっす。龍が復活したらここいらの毒が消えるんすか?」

「その保証はないけど、たぶん」

「じ、じゃあ龍が生き返ったら最悪、毒と古代龍(エルダードラゴン)のはさみ撃ちじゃないっすか!!」

「鋭いじゃない。でも覚悟を決めたんなら命、預けなさい」

「……オッス!!」

「いい返事。大丈夫よ。龍の攻撃を二度三度耐えきれば、わたしが全部なんとかするから」

「頼りにしてます、姐さん!!」


(我ながら安請け合いしちゃったわ)

 

 アーティアはふたつの神聖魔法で龍を蘇生させようとしている。


 ひとつは《救済/サルヴェイション》。

 アンデッド化した魂を浄化し、ただの死体に戻す魔法。


 もうひとつは《復活/リザレクション》。

 死体を蘇生して生き返らす魔法だ。


 いずれも最高位の神官のみが使える魔法だ。そしていずれも最低限の発動条件として『接触』しなくてはならない。


「しっかり守ってね」

「うっす! ハム師匠に代わって!!」


 ノアの背負っていた背嚢から短い弓と一本の矢を取り出し手渡す。

 弓はごくありきたりな短弓であったが、矢に魔法がかかっている。アーティアが冒険者時代に手に入れた魔法の品だ。


「着弾と同時に爆発して、魔術師の《火球/ファイアボール》と同じ効果がある矢よ。龍相手にはダメージを与えられないと思うけど、確実に気を引ける」

「いい矢っすね。ウォルスタの自警団にも欲しいっす」

「戻ったらいくつかあげるわ」

「マジっすか!? いってみるもんすね」


 腹をくくったノアにはすでに緊張はない。

 実は剣と同じくらいには得意なのが弓術である。引き絞った弓弦をきりきりと構えると、ぴたりと静止してじっくりと的を見定めた。


 まだこちらに気づいていない獣に対して、猟師が静かに急所を見定めているかのような所作だった。気配を殺し静かに構え、よく見なければ止まっているようにしか見えないほど微細に鏃を動かし、狙いを定めている。


 狙いが定まったそのとき、震える弦の音とともに矢は放たれ、黒く変色して落ち窪み、右目のあった眼窩に吸い込まれた。

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