002_死者の掟の書
『死者の掟の書』
レアリティ:アーティファクト
作成者:不明
外見:赤と黒に染められた人皮装丁の本。
魔力効果:
・アンデッドが自らの意志でこの書に触れることで、『不死の王』か、『吸血鬼の王』へと変容する。
・触れるものの実力や意識は変容後の強さに比例する。
・一度使うとその書の効果はなくなるが、以後その書がアンデッドとしての『第二の心臓』となる。書を破壊されると使用者は消滅する。
・書の内容は10レベル魔法語《死徒転生/ビカムアンデット》である。一見するとただの呪文書であり、鑑定に成功しなければその価値を知ることができない。
「ババ引いたー……」
鑑定結果の内容にがっくりヒザをついた。
《鑑定/アナライズ》で調べた結果、俺が思っていたよりも関わりたくなかった物件だった。
俺はアンデッドになりたいと思ったことはないし、それがもたらす強さにも興味がない。というかアンデッドになりたくない。それが普通の感性ですし。
これは俺にとって無用の長物どころか不幸の種。
誰かが持っているぶんには放置すればいいけど、自分が持っていると絶対に面倒事を引き起こす。最悪、追い込まれてアンデッドにならなくてはいけない状況に追い込まれる。速攻で処分したい。
「でもなあ」
テーブルに置いた『死者の掟の書』のページをめくる。
この書物じたいは呪文書だ。そこに書かれているのは《死徒転生/ビカムアンデット》。10レベルの魔法語魔法で、自身を『不死の王』か『吸血鬼の王』へとクラスチェンジさせる禁呪のひとつだ。
じつのところ、俺はこの魔法を習得していない。
魔術師の端くれ。ゲーマーの性として、たとえ使えない魔法でもひとまず覚えておきたいのだ。ゲーマーであれば、きっとこの気持はわかってくれるはずだ。
「うう、覚えたらいつか使わざるを得ないことになりそうで嫌だ」
だったら覚えなければいい。それはわかってる。でもゲーマーであり高レベル魔術師としてこれは無視できないだろう!?
悪意ある呪いだったらはねのけることはできる。しかし、内なる衝動からくる欲求を抑えることはできない。
「……よし!! 国家予算並みの出費で得たものだし、覚えるだけ覚えておこう!」
俺は意を決して何かしっとりとした感じの表紙をめくる。本文は上位魔法語のテキストでびっしりと埋め尽くされていた。
以前《離魂封じ/ソウルキャッチャー》の呪文書を読んだときにはそこそこ時間がかかった。半日もあれば楽勝だろうが、誰かが使っているところを見られれば、一発で習得できるんだがなあ。そんな現場に居合わせたくないけど。
「メテオは10レベルになって《死徒転生/ビカムアンデット》を覚えてから、この本を使おうとしたのか? なんでだ?」
メテオは俺の人格が生み出したキャラクターだ。だとすれば、俺がメテオとしての最終目標に考えていたことも、共通しているはずだ。魔術師レベルを10にして《隕石落とし/メテオラ》を使うこと。名前だってその決意としてメテオにしたんだ。この世界のメテオは、TRPGのメテオと同じでレベル9止まりだったが。
この本によるアンデッド化でレベルアップを目指すのであれば、まず《死徒転生/ビカムアンデット》を使わなければいけない。だが、この魔法はそもそも10レベルの魔法。つまり、《隕石落とし/メテオラ》はもう使える。
だとすれば、メテオがこの本に大枚を注ぎ込んだ理由がわからない。
お父さんである俺が断言するが、メテオがオーバーレベルの強さを求めてアンデッド化したいという、マッドソーサラーであるはずがない。《隕石落とし/メテオラ》の魔法を使いたくてこじらせる、というならともかく。
メテオに一体何があったんだ。
「しかしこれ、アンデッドが触れたら最強クラスに進化するとかヤバいな」
自分の意志で触れる。という制約はあるものの、生前の自我が残ってるアンデッドはそれなりに多い。ワイトやレイス、といったアンデッドは正気を失っているものの、いくらか自我が残っている――
「――じゃあ《幽体離脱/アストラルボディ》で霊体になった魔術師が触ってもオッケーってことか!?」
であれば、レベル9の《幽体離脱/アストラルボディ》を使えるメテオは、『死者の掟の書』の本当の力を使えることになる。
「いやいやいや」
たどり着いたこの考えを俺は自分で否定する。
そもそも『死者の掟の書』でアンデッド化するのは賭けだ。
うまく『不死の王』になれれば《隕石落とし/メテオラ》を使えるようになるだろうが、『吸血鬼の王』になったら魔術師スキルは固定の持ち越しだ。そんな賭けをするはずがない。
「でも、本来のメテオが『死者の掟の書』のすべてを知っているはずがないし、鑑定の魔法もレベル9じゃこの本の達成値を打ち抜けないか……」
いやな汗が出てきた。
「ま、まあ! この本があるってことは、メテオは人間のままってことだし!!」
勘ぐりはやめよう。もしメテオがチートでレベル10を目指そうとしていたとしてだ。それは未然に防がれたわけだし。
最悪の展開だと『不死の王』になりたかったメテオが運悪く『吸血鬼の王』になっちゃって、ハムやアーティアたちによってたかって討伐されるっていうシナリオが繰り広げられたんだ。
考えただけでもゾッとするし、なにより悲しすぎる。
望んだ魔法も使えずアンデッド化して、仲間に討伐されるだなんてあんまりだ。
性根がねじくれている石井先輩のことだ。実際のセッションだったら、十分ありえた展開だ。
俺もこのフラグを立てないよう、深く魂に刻み込んでおこう。
考え事をしながら呪文書を読み解くのはなかなか難しい。ひとまずは集中だ。
――チュンチュン。チュチュチュン。
「朝か……」
ディックが持ってきた『死者の掟の書』に綴られていた《死徒転生/ビカムアンデット》の呪文はばっちり暗記したが、ベランダの手摺にスズメがやってきて朝を告げた。思わぬ徹夜になってしまった。
『死者の掟の書』を掴んでベランダに出る。チュチュンとスズメが逃げていく。邪魔したな。
俺は眼下のウォルスタの町並みを見下ろしながら、清々しい朝の空気を胸いっぱいに吸い込み、呪文と共に吐き出した。
「高く積み上げた石垣の小石をひとつ抜く。生命なきものには耐えることも直すこともできずにただただ崩れ去るだろう。魔力であろうとそれも例外ではない――《粉砕/シャッター》」
《粉砕/シャッター》は8レベルの魔術語魔法。その効果は無生物であれば、物体ひとつを粉々に粉砕する。というものだ。効果を発揮するためには、物体固有の抵抗値を上回る必要があるが、成功すればゴーレムのような擬似生物やアーティファクトであろうと粉々にすることができる。
いかなアーティファクトであろうと俺がきっちり魔力を高めておけば、たいていのものは破壊できる自信がある。実際にストブリの『天叢雲剣』はこの魔法で粉微塵にした。
かくて銀貨百万枚――もとい『死者の掟の書』は俺の手の中でさらさらの塵となり、気持ちのいい朝の風がそよぐと空へと消えていった。
「疲れた……」
ベッドにどさりと倒れ込む。この疲労感は魔法や徹夜のせいじゃない。
「エステルたちは冒険に出たし、リーズンとガルーダも旅に出た。今日はもう一日寝る。惰眠いただきます。よくわからないストレスでもう死ぬ……」
朝一番に牛乳屋の馬車が行き来する車輪の音。住民たちのパンを焼く幸せな香りもしてきた。今日もウォルスタの平和な一日が始まる。
だが俺は寝る。起きたときが俺の朝だ。誰がなんといおうと寝ます。おやすみなさい……