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【外伝】龍と宝石と毒3

「パネぇっす! 古代龍(エルダードラゴン)の背中に乗って飛べるなんてマジでヤバいっす!! ……なんというかもう――パないっす!!」


 ウォルスタ商業神神殿の中庭で出会った少女がたちまち胴長の龍に変わり、アーティアとノアを乗せて飛び立った。

 普段からテンション高めのノアであったが、上空からウォルスタを見下ろし雑な叫びをあげ続けていた。


「毒鎧の男はあまり動かないでほしいのである。背中がムズムズするのである」

「おとなしくしなさい」

「サーセン……いえ、すみません」


 銀龍ともなると毒の鎧(グウェンイン)の毒は通らないようだが、動くと何かむず痒いらしい。

 ノアが身を捩って眼下を眺めようとするが、波打つように蠢くカトラの背中とアーティアの叱責で姿勢を正した。言葉遣いこそ難のある男だが、上下関係にはわりと従順であった。


「一時間もかからないのでガマンなのである」

「なるべく動かないんで、その……カトラ様に質問とかダメっすか?」


 様付けはするが、言葉遣いが砕けきっている。それについてカトラは気にした風もなく、アーティアも咎めだてはしなかった。


「うむ。許すのである」

「あざまっす! めっちゃ気になってたんすけど、古代龍(エルダードラゴン)が人間にあれこれよくしてくれるってレアっすよね。なんでっすか?」

「レオンやメテオたちの仲間には借りがあるのである。あとは個人的な理由なので秘密なのである」

「どんな借りがあるんすか?」

「ノア。その先は知らないほうがいいわ」

「オッス。了解っす」


 カトラが何かを発する前にアーティアが制した。ノアもそれ以上は食い下がらない。


「今回のことはレオンからの頼まれごとなのである。わたしもできることはしたい案件なので、アーティアに頼ったのである」

「姐さん。古代龍(エルダードラゴン)に頼られるってパないっすね!」

「メテオが見つかれば任せたんだけどね。あいつ、探知魔法を打ち消す何かを持っていて見つからないのよ」


 ユルセール王国で最強といわれた冒険者パーティ『流れ星』(シューティングスター)のリーダーである魔術師。メテオ・ブランディッシュ。ノアは直接会って話したことはないが、いくつもの偉業は伝え聞いている。

 そのいくつかは仲間であるハムから直接聞いたもので、魔術師として最高位の魔法を何十も連続使用できたり、魔術師のくせにハムとも剣で同等に打ち合えたり、精霊魔法や神官の使う奇跡まで極めていたという冗談のような人物だ。


「流れ星のメテオ。一生遊べるカネを稼いで今はウォルスタの魔術師ギルドの(おさ)職もやめて、奥さんと新婚旅行で数年いないっていうリア充の人っすよね。ハム師匠からいろいろ武勇伝は聞いているんすけど、師匠からじゃなけりゃ話盛りすぎっしょ。って思っていたっすよ」

「メテオに関してはむしろ逆よ。そのまま話すと誰も信じないし対外的にも問題があるから目減りして伝えているくらいよ。あとリア充かどうかは微妙ね」

「わたしもメテオと一対一で戦ったときはびっくりしたのである。ひとりの人間の魔術師風情がなんであんなに丈夫で、魔力も尽きないのか不思議なのである」

「マ!? カトラ様とメテオ……メテオ兄さんってタイマン張ったんすか!? どっちが勝ったんすか!?」

「痛み分けなのである。もっともメテオは本気で、わたしのほうは諸般の事情で全力を出せなかったのであるから、事実上わたしの勝ちなのである」

「マジっすか――うっぷ!!」


 カトラが勢いよく鼻から吐き出す吐息がまたたく間に水蒸気となり、雲のようにノアとアーティアを包んだ。どうやら威張っているようだ。


 なお、アーティアは勝負の件については何も口にしなかった。ノアもそこらへんの勘働きは悪くない。あまり深く聞かないほうがいいのだと悟る。


「それでも古代龍(エルダードラゴン)とタイマン張れる魔術師なんてちょっと考えられないっすよ。っていうか『流れ星』(シューティングスター)のメンツってみんなそんな強いんすか!?」


 話題の矛先がアーティアに向いた。だが、考えることもなくアーティアは頭を振った。


「メテオは別格。わたしやハム。リーズンやガルーダ。奥さんのマリアージュもだけど、まともにやったら絶対に勝てないわ。メテオ以外の全員がいて、一か八かの賭けに出るならもしかしてだけど」

「自分で聞いといて何ですけど、想像つかないっすね」

「実戦は何がどうなるかわからないし。銀龍と黒龍どっちが強い。みたいな子供っぽい問答よ」

「わたしは黒龍なんかに負けないのである」


 カトラが不満そうに割って入った。


古代龍(エルダードラゴン)同士のバトル。めっちゃアガるっすね!!」

「地形が変わるからよそでやってよね」

「龍同士はよほどのことがないかぎり関わらないのである。半分呪いみたいな感じで、同種族と交わるのが大嫌いなのである。自分の子供を育てる以外でつるむことはほぼないので、遭えばけっこうな確率で大喧嘩なのである」

「仲良くしないんすか?」

「同じ鉱 龍(メタルドラゴン)同士だったらまだマシなのである。けど、色 龍(カラードドラゴン)はダメなのである。これはもう本能みたいなものなのである」


 鉱 龍(メタルドラゴン)色 龍(カラードドラゴン)が反目しあっている。というのは神話の話にもあるのだが、ノアは直接古代龍(エルダードラゴン)から説明を受けて身を震わせた。


「鉱と色の龍が仲悪いってマジだったんすねー! でも同種の龍同士も仲悪いっていうのは意外っす」

古代龍(エルダードラゴン)はつるむの嫌いなのである。財宝の管理問題とか考えただけでも面倒だし、わたしの宝に手を出したら誰であろうとチリも残さず焼き尽くしてやるのである」


 わずかに漏れた殺気にノアは震えた。背骨に氷柱を通されたかのような感覚に、さしものノアも黙らざるを得なかった。


「なるほどね。それでカトラ。今回の宝石川の件は、古代龍(エルダードラゴン)が関わっているの?」

「……喋りすぎたのである」

「なによ。勿体ぶらずに喋りなさいよ」

「勿体ぶっているわけではないのである。アーティアも毒鎧もグイグイ来すぎなのである!!」


 鼻息の雲がアーティアたちに襲いかかった。


「龍は。古代龍は財宝に目がないのである。本当に目がないのである。これ以上龍の秘密を聞きたくばお宝をよこすのである!!」

「じゃあいいわ」

「あっさりしすぎなのである!!」

「お話中サーセン。リストールの街が見えてきたっす」


 国境山脈のふもとに位置するユルセール最北の街。リストール。

 かつては商いが盛んであったが、ここ数年は異常気象と地殻変動で――それは初代ユルセール王から使われてきたアーティファクト。『漆黒の聖杯』(エボニーグレイル)が破壊されたため、それまで歪に捻じ曲げられてきた国土がもとに戻ろうとする反動――であったが、ノアはそれを知らずに言葉を続ける。


「数年前までは宝石川と周辺から採れる宝石のおかげでイケイケだった街みたいなんスけどね。今は宝石も採れない川の水源も汚染されてでヤバいって話は聞くっす」

「レオンはいつか『流れ星』(シューティングスター)にリストールの厄介事を押し付けようとしていたのよ。間違いないわ」

「王様とカトラ様がふたりしてアーティア様を頼ったんすから。パねぇっすよ」

「わたしたちは『自治領』の人間なの。ユルセールの本領地のことは関わりたくないの」

「カトラ様といっしょっすね!」

「アーティアも財宝が大好きなのである」

「一緒にしないで。わたしは溜め込むんじゃなくて運用が好きなの」

「高度を下げて街外れに下りるのである。そのあとは全部任せたのである」


 カトラがぐんぐん高度を下げていくと、ノアは心底残念そうだった。


「もっと乗ってたかったっす!! こんな体験もうできないかもなんで、カトラ様にはマジ感謝っす!」

「……ところでアーティア。この毒鎧は何者なのであるか?」

「ハムの弟子みたいよ」

「師匠に似ないでおしゃべりなのである」

「サーセン。よくいわれるっす」


 地上すれすれを滑空すると、カトラの巨体が羽毛でも地についたかのようにふわりと着地した。龍の飛翔は完全に魔力によるものだ。着地も何かしらの力が働いているのだろう。


「到着なのである。毒鎧――名は何というのである?」

「ノアっす。ウォルスタ自警団のホープで、趣味は狩り。絶賛彼女募集中っす!!」

「ウォルスタのノア。覚えておくのである」

「あざーっす!!」

「風変わりでちょっと楽しかったのである」


 ふたりを下ろすとカトラはふわりと浮かび上がり、太陽光を受けて輝いたかと思うとかき消えた。かのように見えた。


「《転移/テレポート》っすか!? マジで古代龍、何でもできるっすね!」

「どうかしら。たぶん、姿を消す魔法か能力だと思うわ。ここに来るまでも人に見られないような何かをしていたから」

「な~る~ いい体験できたっす!!」

「……ノア。あなた本当に物怖じしないバカよね」

「あざっす!」

「褒めてないわ」


 貶めてもいないけど。

 アーティアは言葉にせず心のなかで呟いた。

(こっそり)じつは前回の外伝より二倍くらい長かったりします(こっそり/)

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