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【外伝】亡国の剣6

「いいぞ。剣にしっかり体重を乗せるのを忘れるな」


 ウォルスタ自警団の本部内に訓練場で、両刃の小剣(ショートソード)の片側を潰した剣を振るっていたノアに向け、ハムは短く叱咤した。


「はい!」


 野盗やら魔術師やらアンデッドやらの騒動から一ヶ月。あれからというもの、それまで武器のこだわりがなかったノアは、土下座をする勢いでザンジバル流剣術の型を教わっていた。


 両刃の片側を真っ平らに潰した小剣(ショートソード)は、ノア自らが鍛冶屋に出向いて特注したものだ。本来のザンジバル剣よりも刀身の厚みがやや薄いが、型を教わるにはなかなかよく出来ている。


(なかなかいい)


 それまでのノアの剣技というのはとくに特徴のないものだったが、なにかそつなくこなしている感があった。もしこれが生命線ギリギリの戦いになったとき。頭で考える余裕がなく、身体を動かさなくてはならなくなったとき。一歩二歩の逡巡が生まれるなと思っていたのだがと、ハムは太刀筋のまっとうさを眺めて思う。


「型とはいえひと月でかなり見られるようになったな」

「ありがとうございます!」

「それを何年、何十年と続けていくことだ。正統剣術は継続にこそ宿る」


 じゃあハムさんは一体。前だったらそんなツッコミが出たところだが、全力を出し切ったノアにその余裕はなかった。


「あの。気になることがあるんですが」


 息を切らしながらノアが地面にへたり込んだ。


「どうしてあの遺体は……ザンジバル王はアンデッドになったんですか? ああいうのってアリなんですか」


 解せないのは、ザンジバル王の遺体が時間差でアンデッドになっていたこと。その後、型演舞を終えたところで消滅したことだが、息せき切らした今の状態ではまとまった問いかけができなかった。


「……ありなしでいえばアリだ」


 自然発生型のアンデッドもいる。生前、何か強い想いを秘めたまま無念の死を遂げてしまうと、アンデッドになりやすい。多くは人間性を失い凶暴化するだけとなってしまうが、ごく稀にさまざまな条件が揃うと一定の知力を備えたアンデッドとなる。


「アリっすかー 俺たちレアな体験しちゃったんですね」


 ハムの短い答えに満足して、ついには仰向けに倒れて深呼吸のため息を吐いた。


「あんなの見ちゃったらもうリスペクトするしかないっすよー!!」

「そうか」

「そうですよ。今までは俺、町を襲う怪物を倒せて、町の中のごろつきを倒せるくらい強ければいいって思っていたんです。でもアレ見せられたら剣術のてっぺん目指したくなりますよ、男だったら」


 目蓋を閉じるとあの洞窟での型演舞の様子が浮かんできてしまう。そして自分の型がいかにブレているか。地盤がなっていないかを気が付かされる。


「俺が見たところ、ノアは合っていると思うぞ。ザンジバル剣術」

「マジですか!?」

「体重の乗せ方がうまい。体捌きもうまいし、接敵しているときに怯む様子がない。前から長柄のものより小剣(ショートソード)のような武器のほうがいいとは思っていた」

「えー だったら教えて下さいよ! この武器のほうがいいって!!」

「一度指摘した覚えはあるんだが、どうしてもいろんな武器を使いたいとお前がな……」

「調子乗ってました。すみません」


 こんな話をできるほどノアの息は整ってきた。

 今の自警団の団員は精強だ。それでも冒険者ではなく職業軍人のようなところがある自警団では、強くなれる限界がある。戦いだけではなく、さまざまな状況下に身を置くことで、芯の強さは磨かれていくとハムは考えていた。


(こいつは化けるな)


 内心でこれはしめたものだと考えていた。突出した実力者が数人いるだけで、自警団の質が底上げされる。ハムよりももっと身近なライバルができるからだ。


「ちょっと待ってろ」


 ふと思いついたようにハムはどこかに姿を消したが、すぐに長細い包みをもって現れた。


「お前にやる。これからはこれを使え」


 まさかと思ったが、その包みの中身は王都の武闘大会で手に入れた名剣『ザンジバル』だった。さすがにノアもぶんぶんと首を振ってそれを辞した。


「こんないい剣使えませんよ!!」

「いい剣だから使えといってるんだ。その急造ザンジバル剣も悪くはないが、バランスが完全じゃない」


 返そうとする手を押し返し、噛んで含めるように続ける。


「もったいないなら型だけでもバランスのいい剣を使っておけ。これ以上バランスの狂った剣で型を続けても、芯に悪い癖をつけるだけだ。俺のいっていることがわかるな?」

「……はい。でも返せって言われても返しませんからね?」

「本当のコレクターというのは、収蔵品を一時だけ自分のところで預かっているものだと考えている。俺よりもふさわしい持ち手に伝えるべきときに手放せなければ、コレクター失格だ」


 団長の顔からコレクターの顔になったハム。そして念を押すように顔を近づけてこう告げた。


「お前がこの剣にふさわしくないと感じた時。お前が返す返さないというのに関わらず、俺はその剣を取り戻す。それだけ覚えておけ」

「お、おっす!!」


 こんなに念を詰められたのは初めてだった。ノアは冷や汗を垂らして『ザンジバル』を受け取る。


「……いい。いいっすね。今まで使っていた剣のバランスが狂っていたのがわかります。持った瞬間手のひらから切っ先まで神経が行き届いたような……これが手足のように馴染むってことなんすね」


 ハムに詰められたことも忘れて『ザンジバル』の使い心地に感動している。何度か型を繰り返すと、ノアは顔をでれっと弛緩させて「……いい」と繰り返していた。


「それでは次の段階だな。ノア、俺と型演舞を舞うぞ」

「型演舞!? それってザンジバル王とハムさんがやってたあの!!」

「そうだ。気を抜くと死ぬから気をつけろ」


 スッと背中に隠していた剣を取り出す。それはザンジバル王から譲り受けたあの剣だった。


「それって魔法の剣ですよね!? 打ち合ったら壊れちゃいますよね!!!?」

「うむ。団員支給の《魔力付与/エンチャントウエポン》の指輪があるだろう。打ち合うときは必ずそれを使っておけ」


 魔法でしか傷つかない怪物に対抗するために、上位団員には魔法の指輪が支給されている。《魔力付与/エンチャントウエポン》だけが使える魔法の指輪で、魔術師が使うよりも精神力の消費が激しいのだが、魔法の才がなくても魔法が使える。メテオがウォルスタの自警団にと送ったもののひとつだ。


「でも当たったら普通に死にかねないですよね」

「当たるということは型ができていないということだ。やめてもいいぞ」

「やります! おなしゃっす!!」


 もはやヤケクソで叫んだ。


 この剣のてっぺんを目指すと決めたからには、ハムとの型演舞は避けて通れないし、むしろ願ってもいない申し出だ。


「よし。ノアが受けからだ。――ザンジバル流剣術。始まりの型。参る」


 ふたりとも始まりの構えを取ると、ついと足を進めたハムが峰に手を添えたザンジバル流剣術の特徴的な上段を打ち込んだ。


「がっ!!」


 大木でも受け止めたような衝撃が全身に走った。通常の斬撃のように打ち込まれた瞬間が最大の威力ではなく、受けたあとも長く強く衝撃が身体に刻まれていくようだった。


「ずいぶん衝撃を体幹で支えるようにできているな。来い」

「ぅりゃぁ!!」


 ハムが手加減をしてくれているのはわかった。ノアが耐えられるギリギリのところで相手をしてくれている。


(だったら全力以上出して、ハムさんの手加減判断ミスってことわからせる!!)


「いいぞ! うまく力を乗せている」

「………………!!」


 こちらの攻撃が終わったと思うとすぐさまハムの攻撃の型が飛んでくる。とてもじゃないが会話している余裕なんてない。全神経を張り巡らせなければ、防御の型が間に合わずよくて吹き飛ばされる。悪ければ致命傷を狙った斬撃をもろに受けることになる。


 ほんの一分二分。剣と剣が打ち合わされ、受け流し、踏み込み、気合を発する。どうにか定められた型の半分を超えたあたり、目に見えてノアの動きが遅れ始めた。


「防御にばかり気を取られて攻撃の手が弱い! 体幹のブレを自覚して、力を出し切れ!! これは型だ。実戦と違い正しい動きで力を出し切るのが目的だ。実戦の癖で体力配分や、周囲の警戒に気を取られすぎている。基本を無視して応用である程度まで癖をつけているからそこから直せ!!」


 するとハムから厳しい指摘が斬撃とともに浴びせかけられる。


 それでもなんとか型演舞の最終段階まで来たとき。極限の緊張感がついに切れ、身を沈めたハムの下段に対応できず受けが遅れた。左足の脛を深く切られ、受け身も取れずにノアは転倒する。


「あっ……ぐっ! がぁ!!」

「初めてザンジバル流剣術をその身で受けたな。痛みはどうだ? 剣というよりは魔獣の爪で薙がれたような衝撃と痛みだろ」

「ぐ……あ。は、はい」


(ハムさんヤバい。とんでもないスパルタだ…… 切りつけられてすぐにどんな衝撃だ痛みだって聞かれるのサドすぎませんか)


 痛いものは痛い。ノアはそう叫びたくなったが、いわれてみれば自警団の討伐遠征で出会ったマンティコアの爪の一撃を思い出した。


「あの……けっこうシャレにならない出血で……わっ!」


 早く手当や回復の魔法がないとマジヤバイというところで、傷を押さえていた場所がぽわっと優しい光に包まれた。呆気にとられているノアが見守る中、今まで見たこともないほどの回復速度で傷がふさがり、痛みが引いていった。


「自警団の稽古って思ったより厳しいのね」

「おお、アーティア。今日は特別だ」


 訓練所に入ってきのは黒髪のおかっぱ頭。商業神の神官衣をまとった女性だった。ウォルスタ商業神の大司祭。かつてはハムたちとともに冒険者パーティ『流れ星』(シューティングスター)のメンバーであるアーティアだ。


「あ、アーティア様! 回復マジありがとうございます!! こんな強力な《回復/ヒーリング》初めてっす!!」

「いいのよ。ハムと型演舞とか珍しいわね」

「ひとつの剣術を教えるというのは俺もひさしぶりでな。つい力が入ってしまった」


 朗らかに笑うハムだが、アーティアはとくに関心なさげだ。あまり感情を込めず、淡々と物事をすすめるのが好きなアーティアの言葉はどこか冷たげである。ノアもこの女神官の感情はどこらへんにあるのか測りかねた。


「それでどうした。自警団に来るのは珍しい」

「ちょっと面倒くさい頼まれごとをされたの。長くて一週間くらい神殿を開けるから、一応ウォルスタの自警団長に知らせておこうと思っただけ」

「あ、自分外しましょうか?」


 意外なことを聞かされて虚を突かれたような顔をしたハム。それを見たノアは気を利かせた。


「かまわないわ。むしろハムが個人稽古をつけるってことは隊長格なんでしょうから、いずれにしても聞かされるでしょ」

「そうなるが――どこに行くことになったんだ?」

「北東ユルセールのリストール。宝石川の水源あたりまで」

「ずいぶん遠いな」

「カトラとレオンのふたりから頼まれたの」


 面倒くさいという感じを隠さず大きなため息を吐いた。

 

(レオンってユルセール王の名前だけど……さすがに違うよな。カトラって名前はアヴィルードの島にある廃城に住み着いたっていう龍と同じ名前だし。そもそもリストールまで行って帰って一週間でいけるはずもないから符牒かなにかで話してるのかな)


 まさかね。そうノアは考えるのをやめた。


「それじゃあ断れないな」

「どちらかなら断るけど、ふたり揃ってちゃ断りづらかったわ。それだけ。留守は頼んだわよ」


 ちょっと立ち寄ったという感じのままアーティアは立ち去っていく。


「偉くなると大変だな。神殿の長ともなると断れない仕事があったり面倒事ばかりだ。ノアもあまり偉くならないほうがいいぞ」

「あっ。俺もどっちかというと偉いのとかダメなほうなんで」


 足をさすりながら立ち上がる。あれだけざっくり切られたとは思えないくらい元通りだった。唯一、切り裂かれた皮ズボンだけが「切られたんだな」と思い出させる。


「型演舞は週に一回合わせる。一年もあれば舞いきれるようになるだろう」

「うへぇ……いや。あざまっす。この剣にも慣れてすぐ合わせられるようになってみせるっすよ!!」

「自警団の防衛戦や駆除遠征もある。自信が出たら実戦でも使ってみるといい」

「そうっすね!! 楽しみだ~!」

「四年後にはまた王都で武闘大会がある。もしそこで優勝できたら、こっちの剣を譲ってやっても……いや。武闘大会で珍しい武具があったら交換してやってもいい」

「まじっすか! いやでも優勝賞品武具じゃなかったらくれないんですか!?」

「………………」

「何か喋ってください! せめて!!」


 無言で装備を解き始めたハムの背中に貼り付いてノアが言質を取ろうとする。


「優勝したらでいいじゃないですか? そもそも優勝できるかどうかもわからないんですし、約束しちゃいましょう!! ねっねっ!? さっきハムさんいいましたよね。“本当のコレクターは収蔵品を一時だけ自分のところで預かっているだけ”だって? ふさわしい弟子が現れたらそこは譲りましょうよ!! あーっ待ってください。ハムさーん。ハムししょー!! 聞いてますかししょうーーー!!!」

ひさびさの投稿にお付き合いいただきありがとうございます!

近いうちにまた外伝の投稿をすると思いますので、よろしくお願いいたします(深礼)

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