前へ次へ
52/68

【外伝】亡国の剣3

「ちょっと……マジっすか……『魔の大森林』をショートカットするなんて命のショートカットの間違いですよ……」


 愚痴を漏らしながらもノアはしっかりした足取りで地面の変化を辿っていた。


 ハムはこの若い団員のことをよく知っていた。

 野外での活動に長け、今回はたまたまくじ引きでの同行であったが、森林や山岳に出向かなくてはならないときなどは、ノアを連れていった。

 物怖じをしない性格で頭の回転も早い。堅苦しい騎士などには向かないが、誰に対しても態度が変わらないことは、ウォルスタの自警団で歓迎されていた。

 肝心の腕っぷしはというとさまざまな武器を使いたがり、まだ大いに伸ばしていく余地があるが、単なる腕自慢よりもハムはこうした団員を増やしたがった。


「冒険者時代にはよく通った。だから足跡を見失うな」

「タダで王都観光できて休めると思ってたのに……」

「そういうな。俺には足跡を辿るなんて器用な真似はできない。頼りにしているぞ」

「そういわれると頑張らなきゃって思っちゃうんですよね。うう」


 なかば伝説化している『流れ星』(シューティングスター)のメンバーであるが、それぞれできることは特化した分業制だった。パーティリーダーのメテオは同時代の魔法使いであれば引けを取らない使い手だったが、賢者としての知識量はハムよりも劣っていた。


 そして森の中の探索や追跡というのは、おもにリトルフィートの盗賊ガルーダと、エルフの精霊使いリーズンが担当をしていた。ハムは戦いの矢面に立って敵を斬り伏せ後ろのメンバーたちを守る剣であり盾の役目だ。


 尋常な勝負であれば自分に勝てるものはそういないだろうが、搦め手を用いられればどうなるかはわからない。それでも冒険者として数々の窮地を乗り越えたハムに、本人が思うほどスキがあるわけではないのだが。


 背後から気配を感じさせるハムを信じ切って、ノアは全集中力をかすかな足跡に注いでいる。定期的に愚痴が漏れてなお精神力が保てるのは才能か。


「ノアにしてみれば不運かもだが、俺にしてみれば幸運だった」

「ご期待に添えるようがんばり――この先の茂みが濃いところがわかりますか? あそこに続いてますね」


 指し示したのはこんもりと雑木や蔦が絡まった茂みだ。ハムもよく目を凝らしてみると何か人工的な、よく作られすぎた茂みに感じられた。


「おそらく幻覚の魔法で隠蔽している」

「幻覚? 魔法? 大掛かりな話になってきたっすね……」

「ここからは俺が先に行こう」


 腰から使い慣れた長剣を抜いた。武闘大会で手に入れた『ザンジバル』ではなく、冒険者時代から愛用している『警戒の剣』(クラウ・バーディン)という魔法の剣だ。使用者の身にふりかかる危険を察知し、刀身がわずかに光る魔法の剣だ。


 剣を構えながら躊躇なく茂みに踏み込む。するとがさりという音もなく、ハムの姿がするりと消えた。

 その様子に面食らいながらもノアが後から続く。自警団の仕事の中で、ハムから魔法使い対策は叩き込まれている。幻影自体に害があるものはほとんどなく、それは何かを隠すために使われることが多い。例えば秘密の扉を偽装するためにただの壁に見えるようにしたり、穴に地面の幻影をかけておけば落とし穴になる。などだ。


「驚いたな。岩肌に扉がある」


 幻影は薄皮一枚の厚さで、そこを抜けると大きな岩があった。長身のハムが見上げるほどの巨岩には不釣り合いな具合で、木製の扉が貼り付いていた。


「こ、この扉はどこかに続いているんですか?」

「どこにも通じてない扉を魔法で隠すというのは考えにくい。だがあまり近づくな、扉の前が踏み固められているところに、うっすら血の跡がある。何かしら罠があるんだろう」


 幻影で隠されていることにより、地面が踏み固められて怪しまれる心配がないということなのだろう。しかし、その様子が気にかかったハムは扉ではなくその脇の茂みに注目した。


「何か小動物の骨が散らばっている。一匹二匹ではないから意図的にここに投げ捨てたようだ。おそらく不用意に扉の前に立つと、罠が発動する。この骨は迷い込んだ動物で、ここを出入りする者が定期的に死骸を捨てたんだろう」

「ハムさんって野伏や猟師の経験があるんですか?」


 それにしては足跡追跡をノアに任せられたのが腑に落ちない、という様子だ。


「以前、同じような仕掛けの洞窟を見たことがあるだけだ」

「それで、その洞窟の奥には何が……」

「人間をさらって魔法の実験をしていた魔術師がいた。今回も同じかどうかまではわからないが」


 解決したか、しなかったか。という野暮な質問はしない。

 ハムがここにいるということは、つまりそういうことなのだろうから。


「しかし、魔法で隠蔽をする。ということは高確率で盗賊が扱うような罠よりも、魔法的な仕掛けに頼って罠を張り巡らせることが多い。一般的に悪いとされる魔術師は盗賊を下に見る傾向があるし、盗賊は魔術師を便利に使える道具と思っている節がある。両者が協力して罠を仕掛ける、というのはかなり珍しい」


 すらすらと述べるハムの言葉にノアは深く頷いた。ノアとて自警団で修羅場を潜ってきた者だが、さすがに魔法使いと盗賊の性格分析までは考えが及ばない。


 ウォルスタの自警団に入って数年が経つが、上司であるハムの底は未だ見えてこない。優れた戦士であり、武具コレクターというのは有名だし、実際にそれは目の当たりにしてきた。

 本人があまり出したがらないが、語学に堪能でかつ博識であり、見た目から強者のオーラを醸し出しているわりに物腰が柔らかく、酒場につれていってくれるときなどは隅に転がっている弦楽器などを器用に爪弾き、流行りの曲を演奏するなど多芸だ。


「勉強になります」


 いつものフランクな言葉遣いがつい畏まってしまう。

 ノアがこうなるのは珍しく、成人してからはハム以外では畏まることがなかった。


「ついでにこういうのが“居る”というのも勉強しておけ」


 扉に正対すると『警戒の剣』(クラウ・バーディン)の切っ先を扉に向け、わずかに刀身が光るのを確認した。


「『ザンジバル』の性能調査だ」


 刀身こそ肘から指先ほどの小剣であるが、刃は分厚い。右手で『ザンジバル』の柄をしっかりと握り込み、左手の前腕を峰に添える。


 足腰のバネで跳躍すると空中で身体を倒し、太刀筋が垂直になった。ふわりと跳んだ印象であったが、空中で身をひねるとゼンマイが一気にほどけるかのように半回転し、『ザンジバル』が扉に吸い込まれていった。


 扉を斬りつけ着地と同時に後ろへ跳ねて距離を取った。ハムの動きはまるで演舞のようで、どこにスキも(りき)みもない。


(きれいだ)


 何かが爆発したかのようだった。一瞬だけ爆ぜて、その後には深い静寂すら感じる斬撃。これが手に入れたばかりの剣かと疑うほど、円熟を極めた太刀筋だった。


「先手を取らせてくれるんだから楽なものだ」


 斬撃を受けた扉は一瞬不気味に赤く色を変え、木の質感がまるでタコのようにうねうねと波打ち、尖った触手を生み出したところでふたつに割れて倒れた。


「魔法で作り出されたゴーレムの一種だ。合言葉などなく近づいたものを串刺しにしろ、という命令でも受けていたんだろう」


 真っ二つになった扉だったものは、しばらく触手をうごめかして地面を這いずったが、しばらくすると色を失い崩れ去った。


「《幻覚/イリュージョン》の魔法に、入り口には《蠢く家具/イミテーター》の扉。この奥にいる奴の実力はだいたいわかった。念の為『警戒の剣』(クラウ・バーディン)はお前が持っていろ」

「えっ、いいんですか!?」

新入り(ザンジバル)の性能調査もしたい。『警戒の剣』(クラウ・バーディン)は切っ先あたりで自分に危害が加わる何かを感知してわずかに刀身が光る。光はわずかだから見逃すなよ。その剣は切れ味も抜群。軽量化の魔法もかかっているから扱いやすい。俺のコレクションのなかでも上位に入る一振りだ。もちろん魔法の剣なので欠けることなどまずないから、思い切って使ってみろ。これは名のある貴族の依頼を受けたときに手に入れたものなのだが――」


 『警戒の剣』(クラウ・バーディン)を鞘ごとノアに投げると、自分はぼんやりと光る岩肌の通路を進んでいった。剣にまつわる薀蓄を語りながら。


「ウチの団長やっぱりヤバいな……」


 思わず借り受けた『警戒の剣』(クラウ・バーディン)を腰のバックルに固定して、すらりと刀身を引き抜いてノアも続く。


 美しい剣だった。これぞ戦士の剣。というべきプロポーションで、刀身をはじめ鍔や握りにも上品な文様が刻まれている。魔法の剣独特の、手にしただけで自分が強くなったという実感が伝わってくる。


「これが『警戒の剣』(クラウ・バーディン)か。いつもハムさんが使っているのを見てたけど、ハンパない……けど」


 『警戒の剣』(クラウ・バーディン)はハム・コレクションの中でも実用的に上位に入る剣。自警団のものであればよく見知っている。自警団の団員有志がこっそり番付している“憧れの剣ランキング”でも上位に入っている剣だ。


「けど、ハムさんが使った『ザンジバル』。マジかっこよかった。剣だけじゃなくて、あの技術もなんていうか、栄えるっていうか」


 この団長にしてこの団員あり。


 ノアは先程見たハムの剣技を思い返しながら、先を行く上司の背を追った。


ザンジバルといわれて何を思い出すか選手権。わたしはビリー・ジョエルです

前へ次へ目次