【外伝】亡国の剣1
お正月休みに手慰みに書いた短編です。6話完結。
『流れ星』の前衛。ハムさんとお弟子さん(?)のお話です。
ウォルスタ自警団の団長。ハム・ボーンレスは国家的な階級でいえば一般市民といっていい。
それがどうしてきらびやかな四頭立ての馬車の中でふかふかのソファ腰掛けて移動しているのかというと、もちろん訳がある。
王都からかかった招集は『武闘大会』の参加要請だった。かつて死闘を演じた金獅子騎士団長バルムンクをはじめ、王国の騎士たちは体面から武闘大会に参加することができない。
「だからお前が代わりに出てくれないか? といっておる」
「仕事がある。断る。といってくれ」
もとウォルスタ魔術師ギルドの三導師。今はユルセール王国の宮廷魔術師ロルト爺から送られてきた《精神感応/テレパシー》にハムはそう応えた。
「……ふむふむ。優勝者には滅亡したザンジバル王国から出土した『ザンジバル』が贈られる。といっておる」
「なんとか都合をつけて向かう。といってくれ」
国王であるレオンをはじめ、数々の重鎮から王国の騎士となってほしいという誘いを跳ね除け、自分たちで作ったウォルスタの街から離れなかったハム。
権力や名声には興味がない男であったが、武具の蒐集となると万難を廃する男だった。
「やっぱりハムさんの剣がいちばん凄かったっすね!」
ハムの隣で興奮している男はノアという。
ウォルスタ自警団の若手で、今回ハムの付き人として王都ユルセールまで同行していた。本人はひとりでいいと思っていたのだが、自警団から離れてタダで王都にいけるという役得を潰すのもかわいそうだな。という理由から、我も我もとむらがる同行希望者たちにクジを引かせて同行させた。
「変わった技を使うものはいたんだがな。『ザンジバル』の余録としてはなかなか楽しい大会だった」
常よりも上機嫌なのは、優勝賞品として贈られた『ザンジバル』が傍らにあるからだろう。
王国で設えられた美麗な鞘に入った『ザンジバル』はハムのひじから指先くらいまでの長さの刀身を持った小剣だ。
「ノアよ。この剣を見て何か変わったところがあると思うか?」
「長さは小剣よりちょい長いくらいですけど、刃が片側しかついてないですね。珍しい造りです」
「そうだ」
ノアの言葉に大きく頷くと、日ごろ無口なハムが語りだした。
「かつてユルセール王国からはるか北方に存在したといわれるザンジバルという国はとても変わった剣と剣技を扱っていた。今では剣技を伝えるものもほとんどなく、この様式の剣も見られることはなくなったが、とても優れたものだ。まず剣だが何がいいって鉄だ。あの地方から取れる鉄は砂鉄から取れる硬い鉄と、秘伝として失われた添加物との合金で作られている。切れ味についてはやや劣るきらいがあるが、錆びにくく硬い。剣の製法は失われてしまったがたまにこうして出土され、研ぎ直せばこうしてまだ剣として使うことができる。じつに優れた剣で――」
(ハムさんの語り。俺は嫌いじゃないんだけどなー)
ウォルスタの自警団でもハムの武具語りが始まると、席を外すものが少なくない。ハムの戦士としての技量はユルセールでもトップであるのは知られているが、ハムとしては剣技はおまけで、武具についてのマニアックな語りと蒐集のほうが好きなのではと噂されている。
とはいえ武具にまつわるマニアックな会話の中に、その武具をどのように使えばより効果的か。あるいは伝統に適っているかということに言及されることがある。
自警団の新人はそれを聞きたくてハムの語りに付き合うこともある。だが、肝心の内容について掘り下げようと口を挟むのは難しく、おおよそハムの語りに付き合うものは少なくなっていく。
それでもハムから話を聞くことを強要されることはない。本人も望まれない語りを押し付けるつもりはなかった。その点でとても心得た収集家といってもいい。
「でもそれだけ優れた剣と剣術があっても滅びちゃったんですね。ザンジバル? でしたっけ。なんでまた滅びちゃったんですか?」
「諸説あるが内乱が原因というのが定説だな」
「あー それならしゃあないですね」
「ザンジバルは尚武の国でな。国王ですらその時代最強の剣士が選ばれるという伝統を持った気骨ある伝統を持ち――」
ノアはハムの語りが嫌いではなく、ときおり疑問に思ったことをぶつけてはハムから新しい知識を引き出している。実のところノアは器用貧乏といわれるタイプで、自分の主武器についてはこだわりがない。裏返せばすべての武器に一定のこだわりを見せている。
一方でハムも武具マニアの語りについてきてくれるノアのことを、かなり見どころがあると感じており、周辺知識を含めてあれこれと話を広げていく。
戦士としての評価が強いが、ハムの懐の広さは学者としても通用するほどの博識にあるとノアは見抜いていた。あまり知られてはいないが古代語やドワーフ語、エルフ語といった言語の読み書きすらやってのける。こと武具の知識ということであれば、この国屈指の学識を誇っているのではなかろうか。
「もしかしてハムさん、ザンジバルの剣技まで会得しているんですか?」
「知識としてはな」
「滅亡した国の剣技なんてどうやって……」
「おもに本だ。あとは吟遊詩人の歌だったり、ザンジバル剣術というべきものの分派で分かれた流派の型が知られている。そこから読み取ることもできる。完全に正確かどうかはわからんが」
こうした話を聞くたびに、自分の上司はとんでもないなと認識を新たにする。ノアは190を越える偉丈夫が小剣を慈しむように撫でながら語る姿に心地よいギャップを感じている。
武具コレクターとしての側面が強烈だが、ノアとしては武芸百般であるハムに強い憧れを抱いている。そのせいであらゆる武具を使いたいと思い、さまざまな得物に手を出している。
剣、槍、斧、弓、長柄の武器、盾を使った格闘術。さまざまな武具をざっと会得はしてみたものの、これはという得手が見つからなかった。器用貧乏になっているとは感じているが、別に不得手な武器がないということから本人も何か行き詰まりを感じていた。
今回の武闘大会のお供も、何が自分の前にある壁を破れればと思ってであったが、目下のところ普通に楽しい物見遊山の旅となっている。それはそれで大満足ではあったが。
「さすがユルセール王国主催の武闘大会の優勝賞品だけある。ザンジバルの剣の中でもかなり上等な一振りだ。研いだのは王国の研師だろうがわかっているな。鋭くさせすぎず、ナタのようにゆとりのある刃部分がわかるか? それは切ることもできるが叩き割ることもできるように――伏せろ!!」
語りの最中。突如ノアの頭をぐいっと床まで伏せさせると自らも馬車の床へ転がった。その瞬間、馬車の壁から何本もの槍が突き出して、それまで座っていたソファに突き立った。
「飛び降りるぞ」
「はい!!」
体当たりでドアを突き破る。ハムとノアは走行中の馬車から転がり落ちるが、たくみに受け身を取ると剣を構えて状況を把握した。
馬車を曳いていた四頭の馬は槍に貫かれ絶命しており、御者も数本の槍によって数度死ねるほどの致命傷を得ていた。
「野盗か」
「ついてませんね」
ハムに応えたノアの言葉は野盗に向けてだった。
「ついてこい。ザンジバル剣とその剣の使い方を実際に見せてやろう」
数十メートル先の茂みから、投擲用の槍が十本近く飛ばされてきた。おそらくはバリスタのような大型弩が茂みに隠れているのだろう。
ハムは平服のままザンジバルを片手に槍の軌道を避けて接近していた。それよりも出遅れたノアも腰に常備している長剣で向かってくる槍を払うとハムについていく。ノアもまたハムには及ばないものの、自警団では上位にいる剣の使い手だ。
「この剣が片刃である理由は、自分の腕を怪我しないようにしているからだ」
槍が打ち出された茂みから、人相の悪い男たちが剣と弓を手に飛び出してきた。走るスピードを落とさぬままにハムは撃ち込まれた矢を躱し、剣を持った野盗に自らの剣を当てるように打ち込んだ。
ザンジバルを相手の剣に当てる。斬撃というよりは相手の剣を抑え込むように、狙いすましてそこに置いたという具合だ。そして相手のバランスを崩すと、短く気合を込めてザンジバルの刃がついていない峰に左腕の前腕を叩き込んだ。
「ふん!!」
甲高い音とともに野盗の剣が爆ぜ折れる。ザンジバルの刃は剣を分断したのみならず、野盗の胴体までを魚をおろすように断ち切った。もちろん野盗は即死である。
「剣はしなやかに振るい、相手の武器を制するように抑え込む――と同時に左腕前腕に力を込めて一気に相手を断つ」
側面から迫ってきた野盗の剣をまたしても制すると、その瞬間に身体を入れ込み体重が乗った左前腕が爆発するようにザンジバルを後押しする。野盗の持つ剣をまたも叩き割り、今度は首を跳ね飛ばした。
「相手の武器を無力化すると同時に斬撃を叩き込む。これがザンジバル流剣術の要点だ」
遠間から打ち込まれてくる矢をかいくぐり、あっというまに無防備な弓持ちの懐に入る。今度は始めから左前腕をザンジバルに添わせ、全身の力を込めて野盗の脳天を唐竹割りにする。
「前腕の力を添えることで両手持ちを越える威力を、小剣の小回りの良さのまま使うことができる。もちろん攻守ともに応用可能だ」
二人同時に襲いかかってくる野盗に対して、右側から突き出された剣を峰で弾き飛ばし、左から来る男を前腕を添えて巻き込むような斬撃で剣と胴体を横薙ぎに斬り飛ばした。
「その男は殺さずにおけ」
「了解です」
剣を弾き飛ばされた男はノアにのしかかられて、瞬く間に関節を極められ地面に転がった。
「てめえら。一体何者だ……?」
呻く男の言葉には応えず、ノアは常備している捕縛紐でてきぱきと後ろ手に縛り上げていく。
(馬と御者は気の毒だったけど、いいものを見せてもらったなあ。ザンジバル剣術。かっこいい)
縛り上げが済むと、見たこともない剣術で野盗を次々と切り倒していくハムの一挙手一投足を観察した。