001_探し出されていた
長らくおまたせいたしました! 第三部開幕です!!
すでに『ワールドトークRPG! 異伝』はお読みいただけたでしょうか?
こちちはプロローグ代わりになってますので読んでくれると嬉しいな…
でも読まなくても平気といえば平気だけどやっぱり読んでくれたほうが(チラチラッ)
「不確かな言葉によりてもたらされる終わりを隠す。敵も味方も。迫りくる災害も。ただこの瞬間だけは覆い隠せ。あるのはひとり立つ己のみ。誰しも皆、ひとりで生きて死んでゆくのだから。《天候操作/コントロールウェザー》」
月明かりの夜。俺は魔術師ギルドの塔の最上階。自室のベランダに出て、魔法語を唱えた。
ほどなく俺の魔法に応えて、ウォルスタの町並みを照らしていた月明かりはもっさりと重たい霧に包まれた。すぐ目の前にあるものさえ見えない濃霧だ。
これが昼であれば人々の歩行に支障をきたすだろうが、今は夜も更けたり丑三つ刻。こんな時間に出歩いているほうが悪い。
俺の部屋には暖炉がある。まだ寒い時期じゃないから使ったことはないが、いちおういつでも使えるように薪も用意してある。寒ければ二十四時間稼働しているわが愛する風呂に入って毛布にくるまればいいと思っていたが、あればあれで嬉しいものだ。
暖炉に火を入れると部屋の中が直火でぬくまってくる。ベランダを開けっ放しにしているので、部屋に入ってあちこちを湿らそうとする霧の侵入を阻む。
これから来るであろう来客に備えて、テーブルにグラスをふたつと適当なウイスキーの瓶を置いたところで気配がした。
「ようやくお会い出来ましたぜ。メテオ様」
綿飴みたいな霧の中から現れたのは、二十代後半か三十代前半といった若い男だった。使い込んだ革鎧を身に着け、ほんの護身用といわんばかりの短剣を、皮のシースに入れてベルトに通している。これといった特徴はないが、少し皮肉っぽい顔といえなくもない。
「霧のおかげで楽に登ってこれましたぜ。お気遣い感謝で」
といって律儀にベランダの扉を閉めてくれた。
これがメテオにずっと会いたがっていたけど、待ち合わせの約束なんて記憶に全くない俺。杉村メテオに会うことができなかったという盗賊D。メテオと秘密を共有していたという――
「何があったかはこのディック。いちいち聞きはしません。魔術師ギルドのトップでこの国一番の冒険者パーティのリーダー。なおかつこの国一番の魔術師ですからね。ここ最近のメテオ様活躍。しっかり聞いてますぜ」
ああよかった。
どうやってこいつの名前を探り当てようかと思っていたんだけど、自分から喋ってくれた。あらかじめ《嘘感知/センスライ》の魔法をかけて、相手の言葉の真贋はわかるようにしている。こいつの言葉に嘘はない。
「それでも魔法のひとつ。いつもみたいに頭の中に直接話しかけるアレだったら、ほんのわずかな時間に連絡が取れたんじゃないかって思いますけどね。もちろん、この“ディテクティブ”ディック。いまさら過ぎたことはくどくど申しませんが」
あれ、この流れってくどくど言われちゃうやつです?
「待つのも仕事のうち……そう思って辛抱していましたが、なんだか気がつけば冒険に出るぞ。みたいな流れになってて焦りましたぜ。俺は前金でたっぷり貰っているし、相手先にも手付をばっちり支払っているからいいっちゃいいんですけど、この仕事をきっちりこなしておかないと、俺にかかった呪いが解けないと思うとケツの座りが悪いったらありゃしません」
呪い?
ふむふむ。どうやら以前の俺がこの“ディテクティブ”ディックとやらになにか金で仕事を頼んでいたっぽいぞ。見つけ出すって自分でいうくらいだから、何かの探索だったのかな。んで、金の持ち逃げしないように、前払いする確約として《強制/ギアス》をかけていたという感じか。
「ただ、メテオ様がえらい活躍していたおかげで、ずいぶんふっかけられましたよ。もともと前金で銀貨十万枚相当の財宝でイケるかと思っていたんですけど、あのじいさまに限界まで金額釣り上げられちまいまして」
「えっ、前金で銀貨十万!?」
「でも安心してくだせえ。メテオ様がここまでっていった範囲で収まってますんで」
待って。前金だけで銀貨十万枚って。今の俺でも現金じゃそんな持ってないぞ。
「……あの、ディックさん。けっきょく後払いでおいくら万枚の銀貨が必要に?」
「残りの九十万相当についてはメテオ様が払いにいってくださいね。もっとも前金でかなり満足みたいで、あの魔術師のじいさんも残りの金については急がないっていってましたが。これ、じいさんのいる塔の地図です」
ディックが懐から出してきた羊皮紙を受け取る。待って。九十万枚の銀貨って待って。
ぶっちゃけ俺の月ごとに使っている金は、銀貨30枚だ。
基本的な食事は魔術師ギルドの食堂で無料だし、エステルがいればいつも食事は作ってくれる。魔法の服は浄化され続けるから今のままで問題ないから、寝る時以外は着の身着のまま。家賃だってもちろんタダ。
たまに夜中に酒を飲みに行くくらいで、それだって一度に銀貨3枚もあれば十分。
こんなにつつましく暮らしているのは、もともとのメテオの所持金や、金になるアイテム類がかなり少なかったからだ。
――ああ!!
その前金を捻出するために、もともとの蓄財が少なかったのね! 納得ゥ!!
「――って、納得するかボケ!!」
「メテオ様?」
「ああいや、ちょっと思い出しひとりノリツッコミをな」
冒険によって莫大な財産を持っていた俺たち『流れ星』だが、この町ウォルスタを作るために一度ほとんどの私財を吐き出している。
二度と手に入らないであろう魔法のアイテムを除いて、それらを換金してしまっている。
はっきりいってしまうと、今俺の自由に使える金は銀貨1000枚ほどだ。
無論、何かを売ればいいし、いざとなったら稼ぐ手段はいくらでもある。
けど、九十万枚の銀貨っていうと法外だぞ。
レートで言えば俺の愛用している『遠見の水晶球』。近場であればどんなところでも見張ることができる防犯装置。これが確かもともとのレートだと銀貨一万枚。マジックアイテムの価格は、その値段で買えればラッキーだけど、そもそもあまり出回らないし欲しがる者も限定されるので、実は売価があまり高くない。
九十万枚。いや、前金合わせて百万枚の銀貨っていったら、貴族やそこらがアーティファクトを手放す価格だ。その価値がわかる冒険者や魔法使いであれば、そもそもどんな金を積まれても手放さない。
なので、銀貨百万枚といったら、事実上ものの売買の最高値であるといってもいい。感覚的には三十億円くらいなのかな。ユルセールの城とかがそれくらいするんじゃなかろうか。
たまにアーティアが一億枚の銀貨とかを要求することがあるが、あれはジョークだ。たぶん。
俺、何を買ったんだ……?
「それじゃあ真贋確認よろしくお願いします。これでようやく俺にかかった呪いが解けるってもんです」
失礼な。《強制/ギアス》は呪いみたいなものだけど、《呪い/カース》は混沌神のしもべの魔法だぞ。よく間違えられるが、いちおう別物である。
それはともかくディックは背負っていたリュックから巨大な本を引きずり出した。
黒と赤の皮で作られた一冊の本――
表紙から感じるのは、見るものを不安にさせる冒涜的なオーラ。まともな人間の精神構造ではおよそ理解できない何者かが作ったであろうこれは、間違いなく混沌側の神々にかかわるマジックアイテム。いや、アーティファクトかもしれない。
「約束の『死者の掟の書』です。お確かめを」
「ええええええええええ……」
どうよ! とばかりに出してきたディックには本当にすまないんだけれども、正直な俺は嫌そうなそぶりを隠すことができなかった。
「なんですかそのリアクション!! メテオ様がどうしてもっていうから数年かけて探し出して交渉してようやく持ってきたんですよ!? それなのにその反応ってひどすぎやしませんか!?」
「あっ、ごめんなさい」
メテオってば何探させてるの!? しかも数年がかりでこんな禍々しいアイテムを、城一個買える金を出して!! 名前からしてもう呪われそうなんですけど!!
「うう。でもこれ不気味だし……」
ディックが平気で素手タッチしているから、触るだけなら平気なんだろうけど…… あっ、これ案外革表紙がしなやかで手にやさしくフィットする。見た目よりぜんぜん手ざわりがいい。
「そりゃあ人間の皮で作ったっていってましたし」
「げっ! ばっちい!!」
思わず『死者の掟の書』を床に放り投げてしまった。だって人皮だよ!? 気持ち悪いじゃん!! 埋めようよ!!
「何なんですかさっきから。メテオ様があれだけ欲しかったはずなのに!!」
傷ついた顔でディックが抗議する。そりゃそうだけど……そのメテオは俺であって俺じゃないし。でもそんなこといえないし……
「返品できないよ……ね?」
上目遣いにそう呟くと、ディックがえらく怖い剣幕でにらみ返してきた。
「事情は知りませんけど、あとはもうご自分でどうぞ……とにかく! この品物がメテオ様の発注したもので間違いない。そう宣言してくれないと、メテオ様がかけた呪いが解けないんですから!! その後はもう自由にしてください!!」
「ご、ごめん! これが俺の発注したもの!! 間違いない!! あーこれほしかったんだァ。嬉しいなァ!!」
ヤケクソである。
心にもないことであったが、どうやら俺が《強制/ギアス》をかけていたのは間違いないようだった。
俺の言葉とともに、ディックの身体から何かがシュッと消え去ったのを感じた。どうやらディックも開放感を感じたらしい。
「……それじゃあこれで契約終了です。その本のことは守秘義務があるから絶対に口外しませんし、どう扱おうと俺の知ったことじゃないです」
「は、はい」
完全に拗ねてしまったようだ。
どうやらディックというのは、メテオが盗賊ギルドにも秘密で個人的に雇った人物のようだ。でなければあんなギリギリまで接触を避けるようなことはしないはずだ。
今度何かあったら俺も頼み事があるかもなので、関係をこじらせたくない。
「その、すまなかった。この本は俺にとって大事なものなんだけど、少しお金をつかいすぎたかなーって思ったりして」
「俺だってそう何度もいったじゃないですか……」
止めてくれたのかディックよ。メテオが何を考えていたかはわからないが、常識人さんめ。
「あのときはちょっとテンションがおかしな時期だったから…… でもさすがはディック。こんなレアものを見つけ出してくれて感謝だ。また何かあったら相談に乗ってくれ。ありがとう」
「……俺にとっても儲かる仕事だったからいいんですけどね」
少し機嫌がよくなった気がする。メテオがディックに対しても報酬を出し渋ったりせずにいてくれたのはありがたい。
「いろいろあって連絡できなかったけど、今度こそ何かあったら《精神感応/テレパシー》で連絡するから。よろしく」
「魔法は連続使用するとしんどいっていいますからね。メテオ様にも何が事情があったとお察しします」
よかったよかった。ディックとやらのつむじが元に戻った。
俺もこうして直接会ったから、今度からは《精神感応/テレパシー》でダイレクト連絡もできるし。
「それじゃあ俺は誰かに見つからないうちにとっとと姿を消します。ご用命ありましたらその、なんとかいう伝言魔法でよろしくお願いします」
「……おつかれさまでした。あっ、いっしょに貰ったもう一通の手紙はどこから来たんだ?」
「あれは盗賊ギルドから正規に頼まれたもので、別に怪しいものじゃありやせん。盗賊ギルドに俺とメテオ様のつながりがバレたかとヒヤヒヤしましたが、おかげで手紙を渡す口実も作れました」
「そっか。すまんな、ありがとう」
「いえいえ。また何かありましたら――」
といってディックはまだまだ霧煙るベランダに出ると、その牛乳のようなもやに紛れて消えていった。
俺はベランダの錠前を閉じてカーテンを閉め、親指と人差指で『死者の掟の書』をつまんでテーブルに置く。
「ひとまずは鑑定かな……」
めがっさ気が進まない。こんな気の進まない鑑定は初めてだ。