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エピローグ

 リトルフィートという種族の寿命は長い。

 おそらくは、多分。

 というのも、その寿命を確認することが、まずできないからだ。


 リトルフィートは人間の成人の半分ほどの背丈まで育つと成長が止まる。

 その姿は人間の子供そのもの。

 成人したリトルフィートは俊敏さと器用さに優れ、無尽蔵の体力を秘め、それらを子供のような好奇心を満たすために使う。

 よく食べ、よく歌い、よく笑う。魔法的な才能はほとんどない。その一生を旅と冒険に費やす流浪の種族だ。


 そんなリトルフィートの寿命であるが、有り余る好奇心がそれを全うすることを許さない。

 男女を問わず多くのリトルフィートが旅先と冒険の険しさに命を落とす。

 さらに独自の言語を持たず、母国も持たない。どこに祖があるのかも不確かで、独自文化を持たない。つまり、学者たちにとってその生態が研究対象になることもない。

 

 百年を生きたリトルフィートの話はよくあることから、それくらいまでは生き続けるとはされている。しかも、その死因は事故死か病死。おおむね彼ら彼女らは、文字通り死ぬまで冒険者や旅人をやめない。老衰でおだやかな死を迎えることができない宿痾(しゅくあ)を、種族ぐるみで抱えている。

 今もリトルフィートの寿命というのは、誰が隠しているわけでもなくも興味も持たれていない。謎というにはあまりに曖昧なもやに包まれている。


 先ごろ。ひとりのリトルフィートの男が死んだ。

 あちこち跳ねた茶色の短髪。太い眉毛にグリーンの大きな瞳は棺の中では伏せられていた。笑い顔で、何か楽しいことがあったのではないかと思わされる死に顔であった。


 たまたま冒険者の宿で居合わせた者によると、上機嫌で皿を楽器かわりにフォークで打ち鳴らしていたところ、突然ころんと転がって、そのまま死んでいたとのことだった。

 まだこの街に来て日が浅かったが、とてつもない凄腕の盗賊だったという話である。ソロであちこちを渡り歩いている冒険者だったとのこと。凄腕という言葉はともかく、リトルフィートとしては何も珍しくない身柄であった。


 旅の途中、この街でしばらく逗留していたリトルフィートたちの中にひとり、死んだ男の玄孫(やしゃご)であると思う――という若いリトルフィートが名乗り出た。その者も冒険者で、満場一致でその少年が喪主となり、葬儀という名の宴会が始まった。

 とりあえず近親者に近いであろう者に喪主を務めさせるのが、リトルフィートの習わしというか、貧乏くじのようなものである。なぜ貧乏くじかというと、喪主である以上面倒なことはすべて押し付けられる上に、自分はあまり飲み食いできないからだ。


「ひいひいじいちゃん、この街にいたんだねえ」


 手紙と花と芋で埋め尽くされた棺に、かろうじて顔だけ見えるリトルフィートの顔を覗き込んだ。

 少年の髪の色はぼさぼさのトウモロコシ色で、頭のてっぺんで雑に結んでまとめている。目と眉はどちらかというと釣り眼で、小さな鼻は上を向いている。口元だけはなんとなく笑っているようで、そこだけは棺のリトルフィートとよく似ていたが、全体的にはあまり似ていない。

 

「おいらはあんま飲み食いできなかったけど、いい葬式だったねえ」


 少年は昼に行われた葬儀を思い返して笑いだした。

 

「なんだお前、こいつの孫なのか!? 似てねえな!!」

「孫じゃないね。玄孫(やしゃご)なんだね」

玄孫(やしゃご)って何だ?」

「おいらのひいひいじいちゃん……だと思うんだねえ」

「なんだよそれ。何歳だったんだ」

「少なく見積もっても百五十歳くらいだと思うんだねえ……正直よくわかんないし、もしかしたら血もつながってないかもなんだね」

「あるある。ウチの父親もたぶん父親じゃない」

「ウチもウチも」

「リトルフィートあるあるだねえ」


 なんでも年寄りのリトルフィートが突然死した。もしかしたらこれは伝説の老衰では? ということで、その街にいるリトルフィートがこりゃあ縁起がいいということで、わらわらと集まりだし、葬式はまたたく間に宴会となった。

 棺に手紙が置かれるのは、先に死んでいった近しいものに対して、これから行くであろう者に言伝(ことづて)を頼むという、リトルフィートの数少ない文化のひとつだ。芋は、次の日に遺体をお焚き上げするときに一緒に焼いたらどうだろうかといい出した者がいて、勢いで入れられたものだ。


 リトルフィートにとって死は最後の大冒険。

 悲しむべきことではない。

 死出への旅立ちはそのまま新しい冒険であると解釈されている。

 ゆえに葬式は酒と料理で盛大に執り行われるのがリトルフィートの普通だ。

 このリトルフィートの考え方を知るものはあまりいないだろう。そもそも遺体のある葬式をあげられるリトルフィートが少ないのだ。


「じいちゃんは若い頃、古代龍(エルダードラゴン)も倒したって話なんだねえ。ほらこの剣、おいらが子供の頃にとうちゃんがひいひいじいちゃんからもらったらしいんだけど、とうちゃんはとっくに死んだからおいらが貰ったんだね」


 少年が見せたのはミスリル製の短剣。おそらくは魔法がかかっている。

 人間からすると短剣だが、リトルフィートにしてみるとちょっとした小剣(ショートソード)ほどの使い勝手だ。


「おっ。スゲー! ミスリル製じゃん!!」 

「いやさすがに古代龍(エルダードラゴン)を倒したとか盛りすぎだし」

「おいらもそれは半信半疑なんだねえ。でも、この剣めっちゃ使いやすいんだね」

「銘はあるのか」

「『やっつけ丸』だね」

「いい名前だ」

「いかしてる」


 そんな具合で喪主の少年は、参列するリトルフィートたちにあれこれと話題を提供した。

 幸い亡くなったリトルフィートは手持ちの金には不自由しておらず、葬式にかかった金の一切を賄ってなお、少年にいくばくかが残るほどであった。


 街はずれの広場に棺を置き、それを取り囲むようにして借りてきた椅子とテーブルを置き、仕出し料理と酒を尽きないようにし、明るい間は吟遊詩人たちの歌と曲。踊り子たちの舞いが途切れることがなかった。


 少年は遺産として入った金をみんな吐き出すつもりでいたのだが、次々とやってくるリトルフィートたちの香典もあり、通りすがりの知らない者まで腹一杯にさせるほどの大宴会となった。

 今は酔いつぶれたリトルフィートたちもすべてそれぞれの宿に引き取らせ、ようやく落ち着いて高祖父の顔を見ながら酒を飲むだけの時間ができた。

 すでに月が夜空に昇り、月明かりだけでも棺の中がうっすらと照らさられている。


「いい葬式だったんだねえ……だから、最後までしっかりやってやるんだ……ねッ!!」 


 若いリトルフィートは腰から『やっつけ丸』を抜き打ちにして、気配を殺して後ろに近寄ってくる誰かに切りつけた。


 喪主は朝まで棺を見守る。

 死出の旅に出る者の棺を荒らされないよう。

 近親者がいくらか引き取るものの、死したリトルフィートの持ち物はすべてそのままお焚き上げされる。

 あちら側で始まる新しい冒険に必要になるかもしれないのだから。

 棺荒らしは許されない。


 ローブを身にまとった人間の少年の姿が見えた。

 少年は高祖父の棺に近づく者に容赦はしなかった。

 冒険者としても活躍し、魔剣『やっつけ丸』の力もある彼にはこの抜刀に自信があった。

 会心の一撃ともいえる抜き打ちが、ローブの少年の首筋を断ち切った――ように見えた。


「うおっ! あっぶね!!」


 ローブの少年はそう叫んで後ろに飛びずさった。『やっつけ丸』の剣は確かにローブの少年の首筋に切りつけたはずだが、切りつけたはずの姿は夏の日の地平のように揺らいで消えた。


「今のはヤバかった……やっぱ俺まだ前線はムリだ」

「俺の《陽炎/ヒートヘイズ》がかかってなければ殺されていたかもな」

「わわわ! 炎の精霊(サラマンダー)!?」

「ハハ。炎の精霊(サラマンダー)だってさ、ハハハ!!」


 不可解な手応えの向こう側には、炎を身にまとった鬼のような姿の精霊と、確かに切りつけたと思ったはずのローブの少年がいた。

 ローブの少年は盗賊か魔法使いかと思ったが、腰に立派な剣を吊るしている。

 戦士か盗賊か、魔法使いか精霊使いかよくわからない出で立ちだ。


「……誰なんだねえ?」

「ああすまない。俺たちはその棺の中にいる奴の古い友だちでね」

「あんたは魔法使い…? 炎の精霊(サラマンダー)を従えている魔法使いなんて珍しいねえ」

「俺は炎の精霊(サラマンダー)じゃ――」

「昔、きみのおじいちゃんと冒険をしてたんだ」


 少年と炎の精霊(サラマンダー)からは害意を感じなかった。


「じいちゃんじゃなくて、おいらのひいひいじいちゃん。棺荒らしじゃないみたいだねえ」

「けっこう急いだんだけど、明るいうちに間に合わなくてなあ。あっこれ、香典と棺に入れておいてほしいもの」


 ローブの少年がどこからか出してきたものは金貨の詰まった革袋と花束。そして一通の手紙。


「この手紙は俺とこっちの……炎の精霊(サラマンダー)からの……クッ、ププ……」

「焼くぞ」

「ひいひいじいちゃん。炎の精霊(サラマンダー)とも付き合いあったんだねえ。入れとくね」


 手紙を受け取ったところで、どうやら本当に高祖父のお弔いに来たんだと納得したリトルフィートは金貨と花束と共に受け取った。金貨の量は葬儀に使った以上の額であるのは間違いないが、貰えるものを貰わないという美徳はリトルフィートにない。


「サンキュ――そうだ、きみにこれをあげる」

「ひいひいじいちゃんのと同じ剣――!?」

「おっ、なつい。その剣は『やっつけ丸』か!! 当たってたらヤバかった。しかしまだあったんだ……」


 ローブの少年が懐から出したのは、リトルフィートが受け継いでいる『やっつけ丸』とほぼ変わらぬ作りの魔法の短剣だ。

 若いリトルフィートはローブの少年から剣を受け取った。『やっつけ丸』の名を知っているということは、本当に仲間であったのだろう。しかも、高祖父がもっとも活躍していたとされる時代の仲間たちなのだろうと。


「きみのひいひいじいちゃんが使っていたものだ。それで古代龍(エルダードラゴン)のスネをも切り裂いた業物だぞ」

「なんでスネなんだねえ…・…ありがとうございます」

「じゃあ俺たちはもう帰るか」

「あの、名前はなんていうのね? ひいひいじいちゃんと冒険してたっていうと――」

「その短剣の名前は『すねギロチン』っていうんだ」

「あ、いえ。あんたの名前なんだね」

「ただの魔術師だよ」

「俺は炎の精霊(サラマンダー)じゃないからな」


 炎を身にまとった鬼が指を鳴らすと、棺の四隅に鬼火が現れた。


「昼まで燃え続ける。明日はその炎で送ってやってくれ」

「あっ、わかったねえ……あれ?」


 若いリトルフィートの背後の棺を照らすように現れた鬼火に驚き、一瞬ふり返る。

 ローブの少年と炎の鬼のほうを見ると、すでに姿はなかった。


「本当に魔法使い……だったんだねえ」


 剣技には自信のあるリトルフィートである。その自分の抜き打ちを、魔法の助けがあるとはいえ躱したローブ少年は間違いなく戦闘技術を身に着けていた。

 もし今の魔法使いがひいひいじいちゃんと一緒に冒険したという魔法使いであるなら、《転移/テレポート》の魔法くらい余裕で使うだろう。炎の精霊(サラマンダー)ではないといっていたあの鬼のことはよくわからないが、魔法で使役している変わった火の魔物なのかもしれない。


「もう一本あるっていう話は本当だったんだねえ……『すねギロチン』。ナイスネーミングだねぇ」

 

 昔、高祖父は二刀流で戦っていたという。

 ただ、武器にこだわりはなかったので、その場その場で武器を変えたし、少年の父親に『やっつけ丸』を譲ってからは何でも使うようになったという。


 今の二人組はかなり変わっていたので、実にじいちゃんの知り合いらしいと思いつつ、リトルフィートの少年は棺の高祖父の顔を覗き込んだ。


「本当にいい笑顔のまま逝ったねえ、じいちゃん」


 高祖父の顔のわき置かれた一通の手紙。

 封筒には署名かわりに一筆書きで流れ星(シューティングスター)が描き込まれていた。


 ⌒☆

およそ五年間。『ワールドトークRPG!』を書き続けて参りました。

包みきれない部分も多くはありますが、これにて完結となります。

書籍化や『小説家になろう』での一部消失を経て、ひとまず書籍版が完結。

そしてここにWEB版も完結させることができました。


ここまで読んでくださった皆さま。

これから読んでくださる皆さま。

なんとなく最後から見ちゃった的な皆さま。

読んでいただき、本当にありがとうございます。

楽しんでくれたら嬉しいな。


いろいろ書きたいことはありますが、そこは活動報告で近く荒ぶります。

まずは物語を完結させることができた喜びを、じわじわ噛み締めたいと思います。


それではまた!!

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