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043_時空の旅人

 リーズンは消えた。

 この世から消滅し、精霊界へ向かった。

 炎の精霊王となるために。


「……あいつ。冒険の場が精霊界とか味な真似するじゃん」


 ちょっとだけ泣いてから、リーズンを精霊界送りにした魔法の短剣。『すねギロチン』を回収する。

 そして指を振って虚空から一枚のコピー用紙を取り出す。

 ゲームマスタースキルで呼び出した、俺のパラメーターのすべてが書かれたキャラクターシートだ。




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メテオ・ブランディッシュ


DEX=40

AGI=38

INT=118

STR=36

VIT=114

MND=518


魔術師 Lv19

賢者 Lv3

精霊使い Lv10

神官 Lv10

盗賊 LvLv

ゲームマスター Lv2


経験点 1,000,000

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 経験点百万。

 昨日まではこれが999,999きっかりで打ち止まっていた。


 キャラクターシートと同じく虚空からシャーペンと消しゴムを取り出し、魔術師レベルを19から20へと書き換えた。それと同時に経験点がゼロとなる。身体的、精神的変化はとくになし。そんなもんだ。


 一度街に帰る、ということも考えた。たが、誰にも邪魔されずに何かをするにはこのゲヘナ火山の頂上は都合がいい。

 いまさら躊躇うことは何もない。


「土を捏ね作ろう。あらゆるものを形造る、魔法の粘土を手に。出来上がりなど気にせずにさあ。遍く似姿に秘めたる力を込めて。子供のように、女のように、神のように。顔が顔を目にする以前の創造の朝をここに――《万物創成/クリエイトオール》」


 上下左右のない暗闇。果てには星々の光が見える。《万物創成/クリエイトオール》の魔法が、俺の意識を広大な心象風景へと連れ去った。

 かつて、マジックアイテムを作ったことはあったが、そのときとは一線を画す充溢感が身体を満たしていた。今であれば、何でも作ってのけられる。そんな感覚だ。


 俺が最後に作ったマジックアイテム。『更なる地平の扉』(ビヨンドホライゾン)

 イメージの下地はあれで固まっている。

 あれは《次元の扉/ゲート》という魔法を使えることが前提条件で、魔法の距離制限を無効化して大陸間すらも移動できるマジックアイテムだ。ただし、一方通行の。


 俺がこれから作るのは『更なる地平の扉』(ビヨンドホライゾン)のアーティファクト版だ。だが、行き来するのは時空間。行くだけと帰るだけの一回ずつでいい。その力が一枚の扉に込められればいい。


 ……欲をいえば、行って帰ることが自由にできるのが一番いい。

 けれども『更なる地平の扉』(ビヨンドホライゾン)に込めることができた効果を考えると、どうも高望み過ぎる気がした。


「この星のどこかに俺がいた世界があるのかな」


 ここは心象世界。

 そう思ってはいても、宇宙の寄る辺ない暗黒に浮かび、瞬く星々の姿を眺めているとそんな気にさせれられる。

 

 行っただけではダメだ。

 俺は絶対に戻ってくる。

 そのためには何だってするし、諦めない。


「これまで培ってきた俺の力よ。時空を越えるために力を貸してくれ」


 イメージするのは一枚の扉。

 目を閉じて、すべての力をそこに流し込む。


 10レベルを越え、5レベルごとに可能となる《万物創成/クリエイトオール》のアーティファクト作成能力。20レベルに達した俺の二回分の力を込める。


 扉はイメージ通り宇宙空間に現れ、くるくると虚空を回転する。


 まだだ。全然足りない。


 覚悟はしていた。

 俺に出せるものをここですべて出しきっても足らせてみせる。


「俺がこの世界に来てから得た盗賊スキル。精霊使いスキル。神官スキルのレベルをすべて《万物創成/クリエイトオール》に捧げる」


 心と身体から何かがごっそりと抜け落ちた。


 盗賊スキルにはいろいろ世話になった。軽戦士として十二分に役立ってくれたし、この世界に不慣れな俺がソロの冒険者として生き抜くには、絶対に必要だったスキルだ。


 精霊使いスキルは、魔術師スキルでは応用が利かない場面を何度も乗り切らせてくれた。これがなければ、クロックという時の精霊と会うこともできなかっただろう。


 神官スキルがなければアーティアを救うことができなかった。この世界へ先にたどり着き、神となった石井先輩の存在も知らずにこのアャータレウの世界を歩いていただろう

 

 これまで俺を支えてくれた力が扉へと吸い込まれた。

 それでもまだ扉は満ち足りていなかった。

 けど、これも想定内だ。


「俺がこの世界に来てから底上げした能力値すべてを《万物創成/クリエイトオール》に捧げる」


 宣言すると、先ほどとは比べ物にならない虚脱感が襲ってきた。

 無限に魔法を使えるのではという精神力は、本来メテオが持っていただけのものになる。体力も、素早さも、物覚えのよさもすべてだ。

 もともとメテオのパラメーターが低いわけではないが、それまで慣れていた潜在能力の高さが一気に失われたので、ヒザから崩れそうだ。腰に吊るした、今までこれっぽっちの重さも感じなかった『七つの護符剣』(セブンタリスマン)が、沼地にいるかのようにずっしりと下半身を重くする。


 今、トロールに襲いかかられたら絶対に負けるな……しかもこれでまだ足りないときてる。

 それでももう、俺を止めることはできない。

 

「魔術師レベルを……俺がこの世界に来てから得た魔術師スキルを《万物創成/クリエイトオール》に捧げる」


 ごめんな、メテオ。

 できれば元の世界で出会ったら、《隕石落とし/メテオラ》を見せてやりたかったんだが。


 魔術師スキルを手放す。さすがに少しさみしい。

 だが、魔術師のレベル9からレベル20までに必要だった経験点は膨大だ。

 俺の全身から力という力が扉に吸い込まれていく。

 

 メテオではなく、杉村としてこの世界から授かったものはすべて出し尽くす。

 あちらの世界でもしメテオが力を失っていたら、俺はメテオの力を返さなくてはならない。そのためには、メテオのものであるスキルや能力値に手を出す訳にはいかない。

 俺のすべては出してもいい。だが、メテオのすべての力を失うのは、あちらの世界に行ってからだ。


 身体の中から力が抜けきった。

 ほんの少しだけ、扉が開き始めていた。

 それでもまだ扉を満たすだけの条件は整わない。


 キャラクターシートを出し、内容を確認する。 



=========

メテオ・ブランディッシュ


DEX=16

AGI=14

INT=18

STR=12

VIT=14

MND=18


魔術師 Lv9

賢者 Lv3

ゲームマスター Lv2


経験点 0

=========



 すっきりしたなあ。

 この醤油のシミつきキャラクターシートを見るのもこれで最後か。


「ゲームマスタースキルを《万物創成/クリエイトオール》に捧げる」


 そう言葉にすると、ゲームマスタースキルで生み出していたキャラクターシートが消えた。


 これまでとは違った喪失感だった。


「……ダメなのか?」


 扉は今にも開きそうなほど軋みをあげている。

 あともう少し。あともう少しだというのに――

 《万物創成/クリエイトオール》の魔法はやり直しが利かない。

 はじめに設定した効果が得られるまでの力を注ぐことができなければ、それはすなわち魔法の失敗を意味する。


 あちらのメテオのために残しておいたスキルや能力値を捧げるか?


 いや、魔術師スキルレベルの9から20までの経験点をつぎ込んでこれだ。

 感触的にも残された俺のスキルやパラメーター程度では、どうにもならない確信がある。


 それでも。できる限りはやってみるか―― 

 

「魔術師メテオ。いや、本当の名前は杉村っていうんだっけ?」

「うおっ、クロック!? どっから沸いた!?」


 せっかく俺が悲壮な気持ちになっていたところを、耳に馴染んでしまったあの精霊の声がぶち壊した。


「このぼくを水たまりから沸いたボウフラみたいに――まあいい。きみが無礼なのは今に始まったことじゃない」

「いやここは俺の心の中だろ!! いくらなんでもプライバシーの侵害だ。出ていけ。ああいや、でもリーズンを助けてくれたんだろ。それには礼をいっておく。ありがとな」

「きみが使ったのは特別な《万物創成/クリエイトオール》。マジックアイテムではなく、この世界の法則すらも少しだけ変えることができるアーティファクトを作ることができる魔法。ここはきみの心の中というより、むしろぼく本来の縄張りといっていい。ここは『アャータレウ』でぼくだけが。創造神イシスですらぼくなしには自由にすることができない場所だというのに」


 あいかわらず喋りが長い。

 イーフリートとともに消えてしまっていたクロックの無事がわかって嬉しいが、今はお喋りに付き合える状況じゃない。


「無事でよかったな。でも今ちょっと忙しいんだ――」

「――まったくいけずだよ。このぼくが。『時空の精霊』クロックが手伝ってあげるというのに」

「時空の……精霊?」


 『時の精霊』ではなく、『時空の精霊』だと?


「ぼくは魔術師なんて大嫌いだったけど、やっぱりメテオは僕の知っている魔術師とは違うみたいだ。たとえば魔法の代価に生き物の生命や精霊たちを使う。君は自分の能力や経験を失わずに、望みのものを作れるかもしれない。先代のユルセール王が持っていた『漆黒の聖杯』(エボニーグレイル)を使えばもっと楽だっただろう。だけど、きみはそれをしなかった」

「そんなことをしたら、あっちでもこっちでも俺の居場所がなくなっちゃうだろ」

「リーズンともまた違った変わり者だよ。メテオ」


 クロックはにっこり笑って俺の手に自分の手を重ねた。


「きみたちとつきあって、精霊としてのルールをいくつか破ってきたけど、今回のは最大級に横紙を破る規約違反だ。君の魔法に足りない最後の要素。時空を超える力を僕が補ってあげる。時空の精霊の力もなしに、この世のどこにもない別の次元に行きては帰ろうだなんて無謀さ」


 俺の手に重ねたクロックの手が優しく光った。


「ちょっと待て!! イーフリートはリーズンとひとつになった結果、世界から炎の精霊力を無くすところだった。今クロックがしようとしているのはそういう力じゃないだろうな!?」

「リーズンとはやっぱり少し違うね。彼は世界から炎を奪うことをそれほど躊躇しなかった。もしかしたらメテオ。リーズンはきみが何とかしてくれると思ってのことだったのかもだけど――安心して。この力は本来きみが使う権利を有している。ぼくがきみの守護精霊であることを忘れたのかい?」


 ――忘れていた。

 なんていったらつむじを曲げるかもしれないから、グッと言葉を飲み込んだ。


「感謝してくれよ。古代の魔術師どもが血眼になってぼくをとじこめ、操ろうとしていた魔法の力だ。もちろん僕はあの忌々しい、猫の額よりも狭い寄せ木の小箱に気が遠くなるような歳月を閉じ込められたって、精霊のルールを曲げてこれを使うことはしなかった。魔術師たちは箱の向こう側から何度も何度もこういってきものだよ。時空(とき)渡りの魔法を使えばここから出してやる――とね!! もちろん僕は返事すらしてやらなかった。対話が何よりも好きなこの僕が!! そのうち魔術師たちの声は聞こえなくなって、あの箱も人から人に渡っていったわけだ。そういった意味ではぼくが本当に守護すべきはリーズンなのだけれども――その役割はイーフリートに持っていかれたから仕方なくメテオを守護してあげたんだ。幾重にも感謝をしてくれてもいいと思う」


 幸いクロックは俺の様子に気がつかなかったようだ。

 でも本当に感謝している。

 最後の最後で、いいところに現れてくれた。


「ありがとう! 本当にありがとうな!! マジで感謝するよ。何百回でも何千回でも感謝するよ!!」

「ちょ、ちょっと! 人間っていうのはあきれるくらい感動屋さんだね!! でもぼくはそんな人間が嫌いじゃないよ。メテオがつけてくれたクロックという名前も気に入っている。きみたち風にいうならマジで気に入っていたんだ」


 まんざらでもないクロック。しかし表情が曇る。


「でも、ぼくが手伝ってあげても、メテオはまだ失うものがある」

「……もうクロックが守護できないってことか?」

「そう。僕とてこんな大魔法を何の負担もなしに行使することはできない。正しくいえば無理すればいけないことはないんだけれども……あくまで今回はきみがアーティファクトを作る手助けになるだけ。そうなると対価をメテオの中から負担しなくてはいけない。きみが持ちえる守護精霊。ぼくの存在をきみは失うこととなる」

「クロックは大丈夫なのか……」

「えっ、何でぼくのことを?」

「だってほら、俺の守護精霊をお前のお喋りは誰が聞いてくれるんだ? 寂しくないか」


 俺としてはまあそこまでは。という感じなんだが、クロックは寂しかろう。

 

「ぼ、ぼくは時空の精霊だよ!! それくらいどうってことないさ。寂しくなんか――いや、そりゃあ少しは無聊をかこつことにはなるだろうけれど、これはしかたのないことだ。むしろ、きみたちがいてくれたおかげで、ぼくの無為無聊はずいぶんと慰められていた。それに、寂しいからといって人間をひとり束縛するだなんてことは精霊のルールに反するし、なによりそんなことは、僕が嫌った魔術師たちと同じ行為じゃないか」

「一度、お前のいう“精霊のルール”とやらをじっくり聞いてみたいもんだ……」

「それにね。精霊界にはじきに新しい炎の精霊王が生まれる。そうなったらけっこうヒマが潰せると思わないかい?」


 かわいそうなリーズン。

 精霊王になってまでクロックにつきまとわれるのか……


「よし、頼んだぞ。クロック」

「任せておいて」


 クロックの力が俺に流れ込んでくるのがわかる。

 その力は滞ることなく扉へと注がれていった。


 開く。

 これでもうあの扉は開くだろう。


 俺のこの力があるのは、皆でテーブルトークRPGをやり続けたあの日々があったからだ。

 ようやく力の使い道がわかった気がする。


「じゃあね。いってらっしゃい――によろしく」


 クロックの言葉が聞き取れないまま、扉が開いた。

残り2話

さみしいなあ

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