034_遙かなる地平の扉
「親兄弟、友に恋人に馴染みの耳に。魔力よ、心あらば伝えておくれ。わが想いを乗せて遠く早く――《精神感応/テレパシー》」
「馴染みの杖に宝。心あらば伝えておくれ。離れた地にあるこの私に――《探査/ロケーション》」
俺が作り出したマジックアイテム。|『秘め置くものの指輪』《リングオブアーケイン》の効果。
そこに込められた魔力は“すべてから見えず、知られず、感じられない隠行の魔力”
身につけた者とそれに触れたものをあらゆる魔法から対象外にする。
特に強く発動すれば《隠匿/コンシール》の魔法と同じく、聴覚と嗅覚と視覚では感知できない姿隠しの効果を持つ。
渾身の魔力を込めただけある。
どれだけ魔力を注いだ俺の魔法でも、マリアを見つけることはできなかった。
夜から朝にかけていなくなったのだから、まだそう遠くはないと思う。それでも|『秘め置くものの指輪』《リングオブアーケイン》を持つ限り、直接目視していなければマリアを見つけられない。
マリアの持つさまざまなスキルを使えば、町の中に溶け込むことは容易だろう。
森のなかでは俺の持つ10レベルの盗賊スキルよりも、マリアが持っている5レベルの猟兵スキルのほうが上だ。
「ご丁寧にマリアの身につけているものまできっちり|『秘め置くものの指輪』《リングオブアーケイン》がガードしてやがる……《探査/ロケーション》まで通じない」
完全にマリアの計画的犯行だ。
|『秘め置くものの指輪』《リングオブアーケイン》を作るときにも違和感があったんだが、さすがに半年後に使われるとは思わなかったよ……
マリアが消えた朝。俺は一日中森の中を探し回った。
《飛翔/フライト》の魔法で空を飛び、《鷹の目/ホークアイ》と《透視/シースルー》を併用して森の中をくまなく見回った。二十四時間ぶっ通しで。
くたくたになってキャンプの焚き火に戻ると、そのまま放心するように眠りこけた。
次の日、起きたとき隣にマリアがいないことにパニックを起こしかけたが、俺は決意する。
「見てろよマリア! 残りの借金をスピード返済して、こっちから見つけたる!!」
それまでマリアとでは使えなかったような強引なゴリ押しと魔法の運用で、地下迷宮や古代遺跡を踏破し、そこを守り巣食う魔物を殲滅するこにとした。
数ヶ月の間、見つけた財宝は片っ端から《次元の扉/ゲート》でウォルスタへと送り続けた。
取り憑かれたようなハイスピードで冒険。というか無茶を続けていた。俺の見立てではそろそろ借金額の銀貨90万枚相当のお宝を送ったんじゃないかというとき、魔術師レベルが19に上がった。
まさか17から18レベルに上がったときよりも早いとは思わなかったよ……
遺跡から出てきたばかりの俺は、その場で魔法を使う。一刻も早く、マリアに会いたい。
「土を捏ね作ろう。あらゆるものを形造る、魔法の粘土を手に。出来上がりなど気にせずにさあ。遍く似姿に秘めたる力を込めて。子供のように、女のように、神のように――《万物創成/クリエイトオール》」
レベルアップした俺が《万物創成/クリエイトオール》で作り出そうとしたのは、大陸間を越えても伝播する魔力増幅器だ。
《次元の扉/ゲート》はどんな距離でも空間をつなぐことができるが、あまり遠くなると生物や魔力を帯びた品物を送ることができなくなる。
できれば《次元の扉/ゲート》の使用制限を無限大にしたい。
最大限に譲歩した結果、できたものは――
「『更なる地平の扉』……とでも名付けよう」
金属の枠組みと金属の扉と金属のノブがついただけの一枚の扉が生み出された。
持ち運びを考えると指輪形状が一番だと思ったんだが、《万物創成/クリエイトオール》の求める条件を切り詰めていくうちに大きさが犠牲になっていった。
「これは持ち運びできそうにないな……重ッ!!」
扉は地べたに倒れていたので、俺はそれを遺跡の瓦礫に立てかける。
俺がこんなにも重く感じるのだから、移動させるには数人がかりになるだろう。携帯型ゲームを作ろうとしたら、業務用のアーケード筐体を作ったみたいな思いだ。
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『更なる地平の扉』
レアリティ:かなりレア
作成者:“流れ星”メテオ
魔力効果:
“《次元の扉/ゲート》の距離制限を越えて生物、魔力物品の移動ができる”
“この扉自体を《転移/テレポート》で移動することはできない”
“《次元の扉/ゲート》を使われなければただの金属の扉である”
“《次元の扉/ゲート》を使い、出現した場所に扉の存在は残り、もとの場所に扉は残らない”
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正直にいえば、出現先に扉が残ってしまうのが予想外だった。できれば扉の居残り場所を選択できるようにしたかったんだが、空間を渡る条件が厳しくギリギリだ。
「ウォルスタに戻るのは一年ぶりくらいか――《次元の扉/ゲート》」
通常は任意の空間にワープホールを作り出すのだが、魔法に応じて『更なる地平の扉』の扉がねじれるように歪み、そこにオパール色の歪をもった空間が産まれた。
『更なる地平の扉』をもったくぐり、出現した先はだだっ広い殺風景な部屋だ。窓は一枚もなく、鉄でできた出入口の扉以外に家具と呼べるようなものはなかった。
「俺が送った宝がないってことは、ジルメリがすでに動いたってことか」
この部屋はウォルスタの近くにある、魔物の森の遺跡の奥にある。
俺がひとりで探索し、からっぽであることを確認した遺跡で、この部屋は隠された地下室だ。
この一年間。俺が稼いだ金目のものはすべてこの部屋に転移させ、定期的にジルメリが回収して『死者の掟の書』を買った代金に充ててもらっている。
もちろんこの部屋への出入口は魔法や俺の盗賊スキルで念入りに秘匿している。
「ここからならウォルスタまで《転移/テレポート》だな……ッと危なぁッ!!」
《次元の扉/ゲート》の持続時間が終わり、質量兵器となった『更なる地平の扉』が俺のほうに倒れてきたのだ。
「そりゃあ支えのない扉だもんな……ん? 手紙」
転倒の風圧で封書がひらひらと舞っていた。扉の向こう側で気づかなかったが、地面に置いてあった模様だ。
「ジルメリの置き手紙か」
封書をキャッチして中身を改める。
(今回送った財宝で完済の予定)
「完結な手紙だな。いや、追記がある」
(追記:女神官が贈り物をいたく喜んでいたぞ)
アーティアのことか? カトラのところを出る前に作った『栄枯転変』のことか。うん、あれはプレイヤーである聡がほしいっていってた品だったからな。
魔法の錫杖。『栄枯転変』は、所有者の財力を攻撃力と防御力に変換する。アーティアの溜め込んだ貯金があれば、ハムだって倒せるかもしれない。ごくごく限定的な条件下では、これまで俺が見てきたどんな武器よりも強力だ。
「そうかー。アーティアはそんなに喜んでくれたか~。『更なる地平の扉』はさすがに持っていけないか。いざってときのために、ここに置いておこう」
《転移/テレポート》の呪文を思い浮かべる。
出現先はウォルスタの魔術師ギルドの塔。最上階。
俺の寝室がある部屋だ。
マリアはたぶんそこにいる。