033_消失
「土を捏ね作ろう。あらゆるものを形造る、魔法の粘土を手に。出来上がりなど気にせずにさあ。遍く似姿に秘めたる力を込めて。子供のように、女のように、神のように――《万物創成/クリエイトオール》」
あふれんばかりの魔力が生み出した精髄が、俺の掌に現れた。
ありふれたデザインだけれども、ミスリルでできた指輪だ。
「長いようで短い半年だったわ。案外早く望んだ高みまでいけるんじゃない?」
焚き火に照らされたマリアが警戒を解いて俺に近寄って指輪を覗き込んだ。
《万物創成/クリエイトオール》の発動中は無防備になるので、マリアは周囲の警戒をしていてくれた。
「レベルが上がれば上がるほどキツくなるから楽観できないけど……思っていたよりも早いとは思う」
「ね。嵌めてみて」
作り出した指輪をマリアが左手でつまんだ。
その薬指にはまったく同じデザインの指輪がある。
カトラと分かれ、マリアとふたりで冒険の旅を続けて半年。
気まぐれで自らの欲求の赴くままのマリアとではあったが、俺にしてみれば付き合い慣れたマリアとの旅だ。
もちろん苦労はあった。
だがその苦労が報われなかったことはない。
はたから見れば、マリアに振り回されているようなシーンもあったかもしれない。
案外、俺たちはうまくやっているんじゃなかろうか。
俺の魔術師レベルがようやく18になったので、上がったレベルボーナスで早速マジックアイテムを作ったわけだ。
「どんな魔力を込めたの?」
マリアが俺の左薬指に指輪を差し入れる。指輪はそうと思わなければわからないくらい自然に、俺の指におさまった。着用者のサイズに自動で合わせてくれる魔力が込められているからだ。
「毒と病気に対しての耐性と感知。あと防疫」
「思っていたより地味ね?」
「毒と病気は痛い目に遭ったんだよ……」
――――――――
『防疫の指輪』
レアリティ:かなりレア
作成者:“流れ星”メテオ
魔力効果:
“使用者のサイズに合わせて伸び縮みする”
“周囲の毒と疫病の感知”(半径10m/弱毒感知は使用者の任意発動)
“身につけた者とその周囲半径5mの者を毒や病気から守る(対象選択可能)”
“感染症患者の発見、消毒や媒介生物の駆除、感染症の詳細を知っていれば予防接種可能”
“魔法の発動体”
――――――――
かつて弟子のエステルに送ったものとほとんど同じ。
違う点は魔力増幅+2の効果がなく、その代わりに防疫効果を着用者を中心とした範囲にまで効果を及ぼせる。さらに防疫機能が強化されている。これでペストも怖くない。
魔力増幅効果は手持ちの剣、『七つの護符剣』があるから。この剣の魔力増幅は+1だから、エステルの腕輪と比べたら落ちるが。魔力増幅は+1するだけでも莫大な魔力を持っていかれるのだ。
以前つけた『無病息災の腕輪』という名前はあまりにこっ恥ずかしいので、今度は『防疫の指輪』という名前にしたのがこだわりだ。
半年の間、幾度となく囲んだ焚き火。俺とマリアは並んで指輪を見せあった。
「そういや、自分の為にマジックアイテムを作るの。初めてだ」
「あと、二回作れるんでしょ。考えてあるの」
「それがノープランで」
「いいんじゃない。そのうち何か思いつくわよ」
炎で炙っていた肉串から脂が落ちた。
まんべんなく妬けるよう、マリアがくるりと串を回す。
「もし――もし、メテオが望むだけの高みを極めて、前世の世界に戻るとするじゃない」
肉の串を皿に取り、ナイフで表面をそぎ切ってふたたび火で炙る。その肉にちょっとした香辛料と岩塩をまぶして、マリアが俺に皿を渡す。
「ああ。いつになるかはわからないが。ってマリア具合でも悪いのか? 食欲ないみたいだけど」
「ちょっと疲れが溜まったのかも。大丈夫よ」
確かに作ったばかりの『防疫の指輪』に、マリアが何かに感染していたりする兆候はない。さすがに疲労具合までは検知できない。
俺は薄いパンで炙り肉を挟んで食べる。マリアは赤くすっぱい、リンゴに似た小さな果実をたまにかじる程度だ。
ここのところ、マリアは肉などの強い香りものを避けて、果物ばかり食べている気がする。
一度、その果実をかじらせてもらったが、俺にはレモンを丸かじりしているような感じだったので二度と食べていない。だが、薄くスライスしてお茶に入れると酸味がついておいしい。
「もしもよ。もし、向こうのマリアやメテオたちがこちらに来たがったらどうする? それだけの余裕が、あなたにある?」
「……その余裕はないな。きっと」
《万物創成/クリエイトオール》のアーティファクト作成二回分で作り出す魔力効果は、俺ひとりが行って返ってくるのが最低限の条件だ。
そんなにホイホイと異世界を行き来できるとは思えない。
もしかすると、行きだけ。それすらも叶わない可能性すらある。
「向こうのふたりを置いて戻ってくること。あなたはできるのかしら……」
「………………」
半年の旅で、ほとんど見せたことがないマリアの弱気な表情。
声はパチパチと静かに枝が燃える音ほどもか細い。
オレンジ色の炎に照らされた横顔は、俺すらも素手で叩き伏せるマリアとは思えないほど儚い。
「前のメテオは魔術を極められなくて悩んで悩んで、悩み抜いていたのを知ってる」
弱っていた焚き火を小枝で混ぜて、炎を強くする。
マリアの表情は変わらず不安げなままだ。
「わたしには手助けできないことだから、道を過ったらそれを力づくで叩き直してあげようと思った」
そしてマリアは危うく俺を殺しかけた。
思考のまっすぐさは怖くもあるが、俺はそんなマリアが好きだ。
「けど、メテオがわたしの手の届かないあちら側の世界にいつづけたら……今度こそわたしにはどうしようもない。この手であなたを捕まえておくこともできない――」
「マリア」
俺はマリアの手を取ると、そのまま抱き寄せた。
「絶対に、帰ってくる」
マリアの素肌から炎のそばで火照った体温を感じる。
「もちろん信じてる」
俺の腕に身体を預けたマリアの唇が、俺の唇に触れた。
「メテオのことは信じているわ。でも――わたしが何もできないのが悔しいの」
淡雪のような口づけのあと、マリアはいつものように力強く俺の首に手を回す。
喉を乾かした旅人が水を求めるように、俺の唇を求めた。
「あなたを繋ぎ止める力がないのが悔しいの――」
いつにも増して激情をほとばしらせたマリアは、自分の服をはだける。俺の服もまた剥ぎ取るように脱がしにかかった。
この半年、夜毎繰り返された荒々しい抱擁。
俺もまたマリアに負けず劣らずの激しさで求め返した。
――よく寝た。
昨晩の激しい営みのあと、俺はぐっすりと眠った。
朝の光を浴びて伸びをする。
熾火に小枝を足して、炎をたてる。
水を張った鍋を置き、茶葉をひとつかみ入れて沸騰を待つ。
夜はマリアがあれこれと作るが、朝のお茶と軽食は俺が作る。
この半年でなんとはなく決まった俺たちの流れだ。
昼は食べずに過ごすか、干し肉やあれば果物などで簡単に済ませる。
「――マリア?」
マリアの姿がない。
起き抜けにマリアがいないことは珍しくない。
「男と違って、女にはいろいろあるの――」
はじめのうちはマリアがいなくてオロオロすることもあったが、そうたしなめられたものだ。
俺も慣れたものだ。いつも、朝食の用意をしている間にマリアが帰ってくるのだ。
だがこの日。
待てど暮らせどマリアが帰ってくることはなかった。
俺は狂ったように周囲を探し回り、あらゆる魔法でマリアの姿を見出そうとした。
マリアの薬指に嵌められた|『秘め置くものの指輪』《リングオブアーケイン》によって、俺の魔法はマリアを感知することができなかった。
呆然として焚き火に戻った俺は、マリアのバッグが消えていることに気付いた。
こんなことに気が付かないほど、俺は日常に油断しきっていたのか――
ふとマリアが寝ていたところに違和感を覚えた。
そこにあった石を裏返すと、一枚のメモ書きが隠されていた。
まるで俺に見つけてくれといわんばかりの様子で。
“わたしたち、しばらく距離を置きましょう。メテオが借金を返し終わった頃にまた”
「なんでやーーーーー!!!!!!」
見間違えることのないマリアの筆跡で書かれていたメモを握りした、俺の絶叫はマリアに届いたであろうか。