029_魔法の指輪と錫杖
『龍王の装飾卵』。
実際にこの目で見るのは始めてなんだが、エステルやメルたちにその特徴は聞いていた。
俺の手のひらですら持て余してしまうくらい小さな、なんの変哲もない小鳥の卵。
けれどこの存在感は何なんだ。
視覚や触覚や嗅覚といったものではない何かが、魔法を使わなくてもわかるほどのオーラを生み出している。
「か、カトラ――」
「その卵については道々話してやるのである」
レゴリスは遠い。
そういってカトラは俺たちに向き直った。
「では、もう出発するのである?」
「――ちょっと待って」
意外なことにマリアが待ったをかけた。
「メテオがハムたちに渡したっていう魔法の品って、もしかして《万物創成/クリエイトオール》で作ったのかしら?」
「ああ。あのときは魔法のことは口に出せなかったけど、あいつらが望みそうなものを作ったんだ」
まさかの俺への質問である。
「じゃあ、アーティアに何も作らなかったっていうのは何か意図があったわけじゃないの?」
「いや、俺は何かあげたかったんだけどアーティアが……」
アーティアは護身用のメイスがほしいといっていたが、なぜか頑なにそれを固辞した。
何かこの世の終わりのような悪寒がした。といっていたから、あのとき何か別件で商業神の啓示があったのかもしれない。
「しばらくアーティアにも会えなくなるだろうから、俺はあげたかったんだがなあ」
「それよ」
俺の言葉にマリアはわが意を得たり、といわんばかりだ。
「カトラ。生物は《次元の扉/ゲート》でも送れないけど、それ以外なら移動させられるっていっていたわよね」
「あまり大きなサイズはダメなのであるが、それがどこまでのサイズまでかはわからないのである」
「サイズが小さければ、強大な力を秘めた魔法の品でも平気ってことかしら。更にいうなら、アーティファクトである 『龍王の装飾卵』でも――」
「――メテオのつがいは鋭いのである」
別に隠していたわけではない。と、前置きをする。
「結論からいえばアーティファクトは《次元の扉/ゲート》でも送れないのである」
カトラによると、《次元の扉/ゲート》は空間と空間をつなぐ回廊を、強力な魔力で穴を開けて固定しているということらしい。そこに強力な魔力を秘めたものが通ると、とたんに不安定になってしまうのだという。
「海というのは存外魔法と相性がよくないのである。陸続きであれば通じやすいのである」
それゆえに海を越えての大陸間移動はデリケートであり、不安定なものである生体や、魔力の強いアーティファクトにも制約がかかってくるのだという。
「そこを承知で《次元の扉/ゲート》を使って生き物とかアーティファクトを移動させようとすると、どうなるんだ?」
「よくて末端がちょっぴり削り取られるのである。悪いと全身がろくでもない空間に迷い込んでしまうのである。その先は、わたしも行ったことがないのでわからないのである」
「じゃあもし――」
そこまで聞くと、またもマリアが言葉を継いだ。
なんでこいつは魔術師でもないのに――ああいや、1レベルだけは取得しているんだったっけか。
「――メテオみたいなのが作った、渾身のマジックアイテムだったら?」
「やはり鋭いのである」
にしても鋭すぎませんか?
「えっ、じゃあ俺が作ったマジックアイテムはレゴリスに行ったら送れないってこと!?」
「そこはわたしもわからないのである。未経験なのであるが、削れたり飛ばされたりでダメになる可能性は否定できないのである」
「レゴリスについたら実際に試してみる?」
「やだ! 絶対にやだ!! 万が一にも壊れたりしたら、俺が作れる数少ない魔法の品物がパァじゃないか!?」
俺がレベルいっこ上げるのにどれだけ苦労すると思っているんだ。
魔術師レベル20が俺の目標だとして、あと5個しか作ることができないのに。
「じゃあ、ここで作ってアーティアに送ったほうがいいんじゃない」
「そうだなあ」
アーティアがほしがりそうな魔法の品物には自身がある。
なにしろアーティアというキャラクターの生みの親である聡が、
「――いずれこういう武器がほしい」
と、石井先輩にアピールしていたのを知っている。
「カトラも、メテオがどんなふうにして魔法の品を作るか見ておきたいんじゃない?」
「興味がないといえばウソになるのである」
カトラもマリアの言葉に対して頷き、続ける。
「わたしにとって『龍王の装飾卵』というのは、なんというか愛情や友情の化身みたいなものなのである。そんなものをほいほい作られたらたまらないので、先程はすこしだけ頭に血が登ったのである。実際にどんなマジックアイテムが作れるのかを見られれば安心なのである」
「俺、『龍王の装飾卵』にどんな効果があるものか知らないんだけど。作らないよ? というか作れないからな!?」
俺が将来的に作ることができるマジックアイテムは5つ。うちふたつはアーティア枠とマリア枠なので、実質みっつ。アーティファクト枠にいたっては予約済みだ。
「じゃあ、アーティアのぶんの《万物創成/クリエイトオール》はここで使っておくか――」
「待って」
「待った多いな!!」
マリアの鋭さというか、このツッコミはどこから来ているんだよ!?
「メテオは将来的にアーティファクトを作る目的があるんでしょう? どこかの世界に行ってまた戻るっていうアーティファクトを」
「そうだけど……」
「あなた。今、それを作っていないってことは、同時に作る必要があるんじゃないの?」
「よくわかったな……」
俺すら曖昧なところをマリアはずばりと突いてきた。
アーティファクトを作るとなったとき。マジックアイテムと違い、練習することができない。
マジックアイテムを作った感覚でいうと、作成のさなかに条件付けを付け加えたり外したりはできる。けれども、やり直しはできない。
百点満点の成果は“アーティファクト作成二回分で、こちらとあちらの世界を何度でも行き来できる”ことだ。
及第点は“一回だけでも行って帰ってくる”ことができること。
考えたくはないが赤点が“一度きりの一方通行”で、0点は“二回分のアーティファクト魔力を設定しても時空を越えられない”だ。
「だったら、アーティアのぶんとわたしのぶん。今、一緒に作って予行練習したほうがいいんじゃない」
「――なるほど!!」
「もちろん、わたしのぶんもあるのよね。魔法の品物って」
「そりゃもちろん! いやでもよくお前、俺でもおぼろげにしか考えてなかったところを推理できたな」
洞察力ってレベルじゃない。
確固たる意思がなければたどり着けない読みだ。
正直にいって、俺はこの先読みの正確さというか、あたかもマリアの掌の上で弄ばれているかのような筋書きに、骨をバキバキに折られたとき以上の戦慄を感じている。
「だって、わたしはメテオのこと。愛しているもの」
「えっえっ!? そんな突然こんなところで――」
「――熱々のつがいなのである」
「わたし、熱しやすくて冷めやすいのよ?」
「おま――!! 胸を押し付けすぎだろ!」
「あら、何を今更。夜はあんなに激しくしたくせに」
「熱々なのである」
内なる俺が激しく警鐘を鳴らしている。
だが、マリアが嘘をついている気はまったくしない。
それに古代龍たるカトラには言葉の真贋を聞き分ける力がある。
しかしだ――
「ねえ、メテオ。わたしは指輪がいいわ」
マリアの左手薬指が、俺の唇に触れた。
「この指にぴったりの指輪が――」
「よーしパパ。はりきって作っちゃうぞー! どんなマジックアイテムがいい!?」
色に屈した訳ではない。
少なくとも、マリアが俺のためにならないことをするはずがない。
俺を叩き殺そうとしたのだって、マリアなりに俺のことを心配した末のことだ。
マリアはマリアの基準において、常に正しい選択を選ぶ。
今回のことも、あまりに鋭すぎるマリアに対して戦慄しただけのことだ。
かくして俺はマリアとカトラが見守る中。
アーティアのために作ったひと振りの立派なメイス。
マリアの白い肌にぴったり合う、ごくごくシンプルなミスリルの指輪を作り上げたのであった。そこに込めた魔力は会心の出来栄えだった。
本人たっての要望で、そこに込められた魔力は“すべてから見えず、知られず、感じられない隠行の魔力”だった。
シンプルだが、強力な魔法の指輪。
名前は|『秘め置くものの指輪』《リングオブアーケイン》とする。
「わたしはメテオと違って丈夫じゃないけど、人間相手なら起こりを取ることができれば勝てる。感知されなければカトラみたいな規格外相手の場合、逃げに徹するときに便利でしょ?」
とのこと。なるほどなあ。
なお、『栄枯転変』という、日本の錫杖に似た杖は能書きをしたためたメモとともに、アーティアの寝室のベッドの上に《転移/テレポート》させておいた。
アーティアが喜ぶ顔を見ることができないのは残念だが、生みの親である聡をして「こういうのが欲しい!!」といわしめた魔法の武器だ。気に入らないはずがない。
あいつの喜ぶ顔は、いずれウォルスタに帰ってきたときの楽しみにしておこう――
抵抗むなしくWEB版で栄枯転変を作られてしまったアーティアかわいそう