028_カトラの血(後編)
「――できる!!」
――痛みは、ない。
俺を地味に苦しめてきたこの呪いが、こんなにあっさり解除されていいの!?
「……メテオはアーティファクトを作ることができる……のである?」
「ああ! ありがとうカトラ――って何そのオーラ」
カトラの雰囲気が激変している。
長い銀色の髪はざわざわ逆立ち、目は人間の瞳孔ではなくなっていた。爬虫類の――ドラゴンの瞳だった。
「か、カトラ?」
「あの『龍王の装飾卵』も……再現できるのである?」
先程まで巫女服をまとっていた少女の姿は、徐々に形を変えていった。銀の髪はうねうねと伸びてあたりを埋めていき、頭からは珊瑚のような角が突き出し、全身をギラギラした銀の鱗が覆い始めていた。
あかん。これはアカン!!
「マリア! 手を出すなよ!?」
まず待ったをかけたのはマリアからだ。俺に殺気が向けられていると感じたマリアは臨戦態勢に入る寸前で、あと一瞬でも俺が制さなければ飛びかかっていただろう。
「まずは話を聞いてくれ! 絶対カトラに危害を加えるものは作らないから!!」
俺はためらいなくその場にヒザをついて背中を丸め、手を前に投げ出す。
この世界ではほとんど意味を知られていないが、謝罪の王『土下座』である。
カトラは転移系魔法の阻害が可能だ。対人特化したマリアは戦力にならない。ここで戦いなったら俺もマリアも守るために全力を出さざるをえない。そうなれば島どころかユルセールを巻き込んだ戦いにすら発展しかねない。
「……少しだけ頭に血が登ったのである」
俺の土下座を見たカトラは、その意味を理解したのか声のトーンを元に戻した。
やったぞ俺の土下座。これしきでことが済めば俺はいくらでも土下座するぞ。
「まず、《万物創成/クリエイトオール》について説明する。他のアーティファクトの実例を交えて説明するが、カトラが考えているほど万能でもないと思う――マリアも聞いておいてくれ」
《万物創成/クリエイトオール》。レベル10の魔法語の魔法。これは正規の魔術目録にはない、失われたもので、無生物を作り出すことができる魔法であるということ。
レベルが10を越えるごとにひとつ。実力に応じたマジックアイテムを作り出せるということ。さらに5レベルごとにひとつ、アーティファクトを作り出すことができるということ。
俺は現在七つのマジックアイテムとひとつのアーティファクトを創成できる力を持っているということ。すでに五つのマジックアイテムを作り出していることを明らかにした。銀龍にウソは通じないだろう。一切の出し惜しみをせず語る。
「マジックアイテムもアーティファクトも、それに込めることができる力は術者の力に左右される。それとは別に、魔法の品に対して制限やデメリットを設定することによって、本来以上の能力を付与することも可能だ」
例として俺はストブリ。ストームブリンガーが持っていた『天叢雲剣』のことを説明した。とんでもなく強力な魔剣で、魔法無効化の空間を作り出すことができ八首の竜を召喚でき、さらには天変地異も起こすことができる。しかし所有に血統制限、継続所持するのに生贄が必要なこと。さらに生贄を捧げなくては剣自身が魔物になって所有者を襲うこと。手放すことすらできないこと。血縁に継承すればするほど生贄のノルマがきつくなるということ。これらを事細かく説明した。
「あの男の持っていた剣……恐ろしく強力だったのは気づいていたけど、そんな制限があったのね」
それを聞いたマリアが心底呆れた、という顔である。
「なるほど。なのである」
ここまで話を遮らずに耳を傾けていたカトラが頷いた。姿はすっかり巫女姿の美少女に戻っていた。
「してメテオ。マジックアイテムの作成枠を残しているのはともかく、アーティファクトを作らずにいる理由はなぜなのである。すでに使い道は決まっているのである?」
「ああ。それも説明する。俺はもともとこの世界の人間じゃないんだ――俺は違う世界の記憶を持った人間で、アーティファクトの利用目的はその世界に戻るためだ」
「ではなぜ作ってないのである?」
「アーティファクトの力でも可能かどうかわからないんだ。それに、俺はまたこちらの世界に帰ってきたい。欲をいえば行き来したい」
もとの世界に戻るだけなら可能かもしれない。一方通行であることじたいが、能力制限であるからだ。
だが俺は、石井先輩が作ったこの世界を残していくつもりはなかった。
何より、俺はもうメテオとしてこの世界に馴染んでいる。ハム、アーティア、ガルーダ、リーズンたち仲間や、今も隣にいるマリアたちだっている。かわいい弟子たちもいる。少ないが友達だっている。
俺がもとの世界へ戻りたい理由。
それは俺の替わりにこの世界のメテオがしっかり転移しているかが知りたいからだ。
テーブルトークRPGで俺が作ったキャラクターであるメテオ。
『流れ星』の皆が存在しているのに、メテオだけが存在しない。俺がここにいるせいで、存在が消滅してしまっていたら申し訳なさすぎる。
もし、あちらの世界に杉村前賢。もとの俺が魔法使いメテオとして入れ替わったのであればいい。
けれど、そうでなければどれだけレベルを上げてでも。俺の存在すべてを犠牲にしてもいい。
アーティファクトの力でふたたびこの世界のメテオに、この身体を返すつもりだ。
「――そうなのであるか」
カトラの目は再び銀色に輝く、龍の目となっていた。
俺の言葉に頷いてみせる。
「最後にひとつだけなのである。マリアもである」
「何?」
突然話題に巻き込まれたマリアだが、驚くほど冷静にカトラと俺を見ていた。
「メテオの呪いこそ解かれたが、これはわたしからのお願いなのである。その魔法を他に伝えないでほしいのである」
「《万物創成/クリエイトオール》を……?」
「わたしの感情的なところもあるのであるが、他の鉱 龍や若い龍たちを害する可能性があるものを増やしたくないのである。色 龍どもがどうなろうとかまわないのであるが」
「鉱 龍? それに色 龍って?」
龍のオーラを知りながらマリアは臆していない。俺もはてと思ったことを、俺よりもノータイムに尋ねてくる。
「わたしのように銀や、金、銅に真鍮といった鉱物名を関した古代龍を鉱龍。白や黒、赤といった色の名前を関した龍を色 龍と呼ぶのである」
「伝承で聴いたことはあるわ。鉱龍は秩序の神々側の龍で、色 龍は混沌の神々側の龍。だから、敵対しているって」
「混沌神のしもべ、マリアよ。それは誤解なのである」
カトラは心外だといわんばかりに否定した。
そしてマリアが混沌神の神官であることもさらりと匂わせた。
「わたしたちと色 龍は単に反りが合わないのである。もちろん混沌の神々に対してもなのである。龍や神々にしたところでその程度のつながりなのである」
「じゃあ、混沌神のしもべに対しては?」
おいマリア。それ今聞くか? 聴いちゃうか!?
「正直、なんとも思っていないのである。例えば、マリアはユルセールの王とレゴリスの王が喧嘩していたら、どっちのほうが好ましいと思うのである?」
「興味ないわ。今はユルセールの王のほうが若いから応援してあげてもいいってくらい」
「龍たちにしてもその程度なのである。最も、偏った見方をする龍がいないとも限らないので、一般論というやつなのである」
なるほど。坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、というまでではないのか。安心した。
というかレオンは俺の友人だから味方してあげてほしい。という言葉はグッと飲み込んだ。
「話が逸れたのである……」
カトラは俺の目を見る。
お願い。というけれども、カトラにとって人間に支配されるのは二度と繰り返したくないことのはずだ。
この場で俺とマリアを亡き者にするということだってできたかもしれない。それをしないで、話し合い。しかもお願いという形を提示してくれている。
俺もしっかり考えて応えたい。
「それなんだけどさ。ひとりだけ例外を作っちゃダメか?」
「いってみるのである」
「俺、弟子がひとりいるんだ。そいつはまだ《万物創成/クリエイトオール》を使うことができないけど、いつか使わせてやりたいんだ。もちろんその時期が来るまで《万物創成/クリエイトオール》のことは弟子にもいわないし、誰にも口外しない」
「わたしも誓うわ。わたしは別に弟子なんていないから《万物創成/クリエイトオール》のことは永遠の秘密にする」
この場に居合わせたことで秘密を共有することになったマリアも断言する。ありがたい。
「弟子は。エステルはいい仲間に巡り会えた。俺みたいに危ういブレ方をせずに、きっといつか《万物創成/クリエイトオール》を正しく使える力と心をもった魔法使いになる。そのとき、師匠としてこの魔法を伝えてやりたいんだ。――お願いだ」
メテオは『死者の掟の書』なんてものを手に入れようとしていた。杉村という俺がいなかったら、どうも危うい橋を渡っていたに違いない。
けど、エステルはまっすぐ進むことができると感じるんだ。
エステルは俺に憧れて、俺の魔法を道標に進んでくれている。
俺と同じところにたどり着いたとき、渡せるバトンがあると、俺も嬉しい。
「お互い、お願いなのである」
カトラは左右の小指に、自らの爪でつついて血を滲ませた。
「その弟子。エステルとやらが《万物創成/クリエイトオール》を受け継ぐにふさわしい力を得たと思ったら、わたしのところに連れてくるのである。実際に会って、話をして、決めるのである。これは譲れないのである」
「ああ、もちろんだ」
「ならば、メテオにマリア。わたしの小指の傷に、お前たちも小指に傷を作って重ねるのである」
さっき、俺の呪いを解くために使った指は薬指。今度は小指。
これは龍の持つ特殊な何かの儀式なのだろう。
おそらく、今の俺にかけられたものよりも強烈な強制力を持つ儀式。
望むところだ。俺は約束を破る気なんてこれっぽちっちもない。
「これでいい?」
「十分なのである」
マリアの決断は早い。すでに短剣の先で左の小指を突いて、カトラの左手の小指にそれを重ねている。
……なんか俺が逡巡しているみたいで恥ずかしいじゃないか。
腰に吊るした魔法の剣。『七つの護符剣』を少しだけ鞘から出し、それで小指の腹を切る。俺もためらうことなくカトラの小指に傷を重ねた。
「確かに――なのである」
何かが身体を駆け巡り、収まった。
カトラから指を離すと、両手の小指から血が赤い糸のように舞い上がり、くるくると珠のようになっていった。
「今のは《契約/アグリメント》みたいなものか? それとも《強制/ギアス》――」
「メテオは龍の約束がそのように軽いと思っているのである?」
意地悪げな顔で俺を見る。カトラは空中で珠になった。いや、卵のようになった血を受け止めた。カトラの手に触れると赤い色がみるみると小鳥の卵色に変わっていく。これは――
「お前たちであればフィレモンも許してくれるのである。これが約束の証。そのときまでメテオが持っているのである」
カトラが卵を俺に、子供を渡すかのようないとおしさで手渡した。
もしかしてこれって……
「お前たちの間でフィレモンはドラゴンブリンガー? あるいは龍王と呼ばれていたようなのである。わたしもまさか今生で二度も卵を産むことになるとは思わなかったのである」
ああ、やっぱりこれって――
「わたしとの友誼の証なのである。魔法の継承のときまで、メテオが責任をもって預かっているのである」
小鳥の卵ほどのそれは、今まで手にした何よりも重く感じた。
「ねえ、メテオ。それってまさか……『龍王の装飾卵』?」
ああいっちゃった。
マリアいっちゃった。
確かにこれはどんな呪いや契約や強制の魔法よりも強力で、解除しようのない約束だ。
――重い。重いよ!!
|∀・) 卵焼きが食べたくなったのは抜群に秘密です