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023_泊まっていって

「……さて、わたしは神殿に帰るからごゆっくり。かつての仲間とはいえ、あまり混沌側の神官と仲良くしているっていうのがバレても面倒だわ」

「そのわりにアーティアはいつもよくしてくれる。大好きよ」


 マリアの言葉にアーティアは滅多に見せない笑顔をよこして帰っていく。


「それじゃあ俺も今日は失礼するか。マリア。ずいぶん腕を上げたみたいだし、どこかに行く前に自警団の詰め所に寄ってくれ。一度組み手もしたいし、女房も紹介したい」

「あら、ハム! 結婚したの!?」

「子供も女房の腹の中にいるぞ」

「おめでとう。絶対に寄らせてもらうわ」


 ハムも帰っていく。


「……じゃあ俺も」

「ここ、あなたの部屋じゃなかった?」

「そうでした」


 素でボケてしまう俺。マリアの姿があまりに元の世界の若いマリアに似ていて、うっかり杉村家に帰ろうとしていた。


「あー、マリアはどこかに宿を取ってるのか?」

「ひさしぶりに猫屋敷に泊まろうかしら。あいかわらずコーデリアは太いのかしら」


 そっかー、“流れ星”(シューティングスター)のメンバーなら、猫屋敷に泊まるのが鉄板だよなあ。でも、今日はエステルもメルもいないわけだし、ここなら風呂もあるしちょっとした飯くらいなら作れるし……でも、もう別れたっていうんなら、男の家に泊まっていくかなんて聞くのもな……


「……ちょっと。冷たくない?」

「えっ?」

「まだ、話すことはいっぱいあるんだから、泊まっていけ。くらいいいなさいよ」

「と、泊まっていって」


 上目遣いにそういわれては、こちらも頷くしかない。


「本当に若い頃のメテオみたい。奥手ではっきりしないところとか」

「ベ、ベッドはひとつしかないけど」

「弟子と護衛の子は冒険者で独り立ちしてるんでしょ? その部屋を使わせてもらうわ」

「ええっ!?」

「何か期待してた? お生憎さま」


 悪魔だ、悪魔がいる。


「お風呂も借りるわ。その後、調理場で何か簡単なものを作るから、メテオの部屋で飲みましょう。間取りは変わってないわよね」


 そうか。マリアージュはメテオの部屋のことを知っているのか。


「そういや長旅の後だもんな。エステルもマリアが来たら部屋のものを使ってくれっていってたから、好きに過ごしてくれ。風呂もいい湯加減のはずだ」

「お先にいただくわ。メテオのところのお風呂は広いから好きよ」


 上機嫌のマリアは荷物をまとめてさっそく席を立った。いかんいかん。何にせよ、マリアのペースに持っていかれすぎだ。俺がアンデッドじゃない誤解は晴れたんだし、懐かしの友として今日は酒を酌み交わせばいいじゃないか。


「わたしの後にメテオも入るでしょ。それとも一緒に入りたい?」

「いいから旅の垢を落としてこい!!」

「つれないのね。夕食もまだでしょ? わたしの後、メテオがお湯に浸かっている間に、適当なものを作っておくわ。食材は適当に使わせてもらうから」


 鼻歌まじりにマリアは、勝手知ったる俺の家みたいな感じで消えていった。

 姿がマリアのまんまなので、学生時代に戻ったような気になるなあ。


 ベランダに出て、日が暮れ明かりが灯りはじめたウォルスタの町を眺める。

 しばらくして、俺は闇エルフの名を口にした。


「ジルメリ。いるか?」

「いるよ」


 かつて“緑腐”と呼ばれた毒使いの暗殺者。闇エルフのジルメリの声だけが聞こえてきた。おそらく《不可視/インビジビリティ》の精霊魔法を使い、ベランダで俺たちの様子を見守っていたはずだ。


「ジルメリはマリアの様子を見ていただろ。素直な感想を聞かせてほしいんだ」

「……手に余るけど、殺せはするね」


 ずいぶん物騒な感想をブチこんできた。確かに素直な感想を聞きたいっていったけどさ。


「手に余るけど殺せるっていうのは矛盾してないか?」

「なんだかわからないけど、あの女はあたしの存在に気づけなかった。あんたの腕を一瞬で壊すなんてあたしには無理だけど、それだけの腕を持ちながら気配を探るのは二流。“緑腐”があればイチコロだよ」

「あれはもう全廃棄しただろ」

「あればの話よ。生命を狙うなら遠くから狙撃でかまわないけどさ」


 質問の仕方が悪かった。こいつに自由な感想を求めたらこうなるに決まってる。


「そうじゃなくて、もっと人格的なこう」

「混沌神の神官でもあるんだろ? あたしとは気が合うかもしれないけど」

「ああいや、うーん。なんというか……」

「あんたに気はあると思うよ」

「ホントか!?」

「男を喰うタイプの女だね。うまくムードを作れば……どうした?」


 なんだろう。ものすごく悪い予感がしてきた。


「……これはカンなんだが、お前と話してるところを見られたら」

「腕一本じゃ済まないね。たぶん」


 いかん。容赦なく俺の腕を折ったマリアだ。今度こそ首をへし折られかねない。


「有給――有給を出すからしばらく姿を隠しててくれ」

「有給?」

「休んでいる間も給料を出すってことだ」

「そんな道理に合わないものを貰う気はないよ」

「いいから! お願いだから今は隠れてて!! 後生だから」


 今現在すでに後生といえなくもないこの俺だが、ジルメリの足にすがりついての懇願だ。


「わかったわかった! しばらくここには寄り付かないでおくから、何かあったら連絡をくれ」

「ぜひそれでオナシャス」

「おっと、その前に台所に忘れ物をしてきた。すぐ持ってくる……」

「わざとやってるだろ! お前!?」

「クックック。仕返しできるときにしておかないとな――じゃあな」


 含み笑いを残してジルメリは窓から消えていった。さすがは元暗殺者。そしていつかこの仕返しはするからな。覚えてろ。


「メテオ。お風呂、いただいたわ」

「は、はい!!」


 扉の向こうからかけられたマリアの声に飛び上がるほど驚いた。


「どうしたのよ。夕食作っておくからお風呂入ってきなさい」


 そのまま部屋に入らず、台所へと向かっていく足音が聞こえる。

 危機は脱した。

 ひとっ風呂浴びて冷や汗を落としてこよう。 

おひさしぶりです。今年中になんとか再投稿始められました…

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