前へ次へ
26/68

022_別れ

 しなやかに動く、蝋引きをされた革鎧。腰には控え目ながらも小剣を吊るし、旅に使うさまざまなものを入れた背負袋を担いだマリアの姿は、まさに冒険者といった出で立ちだった。


「それじゃあ、後は頼むわ」

「ええ」

「任せておけ」


 新王者として君臨したその日の夜。マリアはもぬけの殻となった地下闘技場のバーカウンターで、闇エルフの女と伊達者の男に別れの挨拶を向けた。


 闇エルフのバーテンダーであるアストリアは、マリアがウェザリアに滞在している間にあれこれと溜まった私物などを引き受け、さらには師であるイルグリムの埋葬を頼んでいた。


 伊達男の盗賊。ダクティスにはこの町を離れるにあたって盗賊ギルドに事後許可を求める手はず。そして、一通の手紙を託していた。


 アストリアとダクティスには、王者となったマリアのファイトマネーほぼすべてと、それまで蓄えていた金を預けていた。老人ひとりの埋葬と、事後とはいえギルドを去るために必要な金額に使うとしても、ずいぶんな高額であった。


「ずいぶん多めにもらっちゃったから、これ選別」


 アストリアがマリアに渡したものは水袋だった。中には液体がみっちりと満たされている。


「あなたの好きだったぶどう滓の酒(グラッパ)。魔法がかかっているから絶対に漏れたりしないわ」

「わかってるじゃない」

「寂しくなるわ」


 酒の詰まった水袋を腰に吊るすのを眺めながら、アストリアはため息をついた。もとより飽き性のマリアのことだ。王座につくことがあったら、遠からずこの地を去ると予想していたが、まさかその日のうちとは思わなかった。


「長く生きてるけど、あなたくらいに気の合う人間はいなかった」

「わたしもよ、アストリア」


 社交辞令ではない。マリアにとっても、“流れ星”(シューティングスター)の仲間以外で、これだけ親しくなった者も珍しい。


「あなたがいなかったらもっと早くここに飽きてただろうし、イルグリム師匠にも合うことはなかった。ありがとう」

「近くに来たら寄りなさいよ」

「もちろん」


 ふたりは抱擁を交わして再会を誓う。表面上はさらりとしたものであったが、長命を誇る闇エルフが、ここまで別れを惜しむのも珍しいだろう。


「ダクティスも元気でね。手紙、頼んだわよ?」

「任せろ。ずいぶん多めにいただいたから、確で最速のルートでウォルスタに届ける……が」


 ダクティスは何の変哲もない封筒を確認して、やや不安げに問う。


「封もないこんな封筒でいいのか? それにマリアもユルセールに向かうなら、自分で渡せばいいだろうに」

「大した内容じゃないからいいの。メテオに届かなければそれはそれでいいし」


 マリアがダクティスに頼んだのは、ウォルスタの魔術師ギルドにいるメテオ・ブランディッシュに向けての手紙であった。封筒には封すらなく、読もうと思えば誰でも読める状態だ。さらに、大した内容でもなく届かなくてもいいという割には、かなりの金額を積んでいる。


「それならいいんだがな」


 それをダクティスは訝しんだが、もとより何を考えているのかわからないところのあるマリアのこと。金も前金でもらっているので、それ以上深くは追求することはなかった。


「それに、しばらくは冒険者のカンを取り戻すために寄り道しながら行くつもり。もし無事に届けば、手紙のほうが先に着くと思うの」


 このときのマリアの口調に、アストリアは何か違和感を感じた。だが、それ以上の追求はやめることにした。


「じゃあね」


 また明日。とでもいわんばかりの別れであった。


 営業の終わった地下闘技場の通路の暗闇に消えていくマリアを見送り、アストリアはグラスを出してダクティスに訪ねた。


「一杯飲んでいかない?」

「もらおうか」






「わたしはメテオを殺すために強くなったの。あなたとの約束。もし自分が道を誤ったら、殺してくれっていう約束を果たすために」


 ゴクリ。


 それまで伏し目がちに語り続けてきたマリアの目が俺を見据えた。生唾を飲み込む音が俺の部屋に響く。


 バカバカ! メテオのバカ!! なに俺に断りなくそんな物騒な約束をしてんの!?

 ああ! それであの『死者の掟の書』(ネクロノミコン)を――!!

 ……俺が入れ替わってなかったらヤバかったんじゃないのか?

 最悪、メテオは殺されていたかもしれない。


「細かいところは端折ったけど、わたしの話はこれでおしまい」


 マリアの目が「次はお前が話す番だ」って問いかけてる。

 最悪、俺もこの場で殺されそう……

 すごくレイフェスって男の話を詳しく聞きたいけど、そんな空気じゃない。

 

 この話を始める前。俺はマリアの身体に触れて、レベル2になったゲームマスタースキルを発動している。触れた相手のステータスを知ることができるという、地味なスキルだ。


 正直なところ後悔した。

 せめてこの話が終わってからするべきだった。

 俺の頭に浮かんできた、マリアのステータスはこうだ。



=====


■マリアージュ・ロスタン

人間 女 24歳


STR=39

DEX=32

AGI=24

INT=15

VIT=16

MND=14


神官 LV 5(混沌神)

戦士 Lv 5

盗賊 Lv 5

賢者 Lv 5

吟遊詩人 Lv 5

猟兵 Lv 5

魔術師 Lv 1

精霊使い Lv 1

貴族 Lv 1

料理人 Lv 4

鍛冶屋 Lv 1

針子 Lv 2

指物師 Lv 1

薬草師 Lv 2

占い師 Lv 4

舞踏家 Lv 5

陶芸家 Lv 2

彫刻家 Lv 1

船乗り Lv 2

女優 Lv 4

ライダー Lv 4

バーテンダー Lv 3

商人 Lv 2

山師 Lv 3

娼婦 Lv 4

画家 Lv 2

理容師 Lv 4

化粧師 Lv 4

接骨医 Lv 3

格闘家(イルグリム流) Lv 15


経験点= -


=====


 もうツッコミが追いつかない。

 格闘家レベル15!! なにその一般スキル!?

 そのくせ冒険者スキルは最大でレベル5。これはつまり、ダメージに対する耐性がえらく低いことを意味する。


 STRやDEXはざっくりいって攻撃の威力や当たりやすさの値だ。これも俺に匹敵している。素早さや攻撃順にかかわるAGIこそ俺には劣るが、一般的な人間の限界値まで達している。

 

 つまり、マリアの技は俺に通じる。

 ただし、攻撃を受けたり魔法に抗ったりする能力は、猫屋敷にいる上級のクラスの冒険者並み。下手をすればメルの一撃でやられるくらいだ。


 経験点もゼロではなく棒が引かれている。 

 これに至っては意味がわからない。

 『アャータレウ』にこんなパラメーターはない。


 何より納得がいかないのは――


 し、ししししし、しょう――“娼婦”スキルって何だよ!?

 あろうことかレベル4!!

 だってこの世界レベル5でその道の一人前なんだぜ!? レベル4っていったらそこそこハイクラスな達人なわけで、つまりそれだけアレってことですよね! 経験を積んでいるってことですよね!? 一般スキルって経験点じゃ上げられないんだから!! あっ、レイフェスって男ともそれって!?


 見るんじゃなかった……

 

 両手で顔を包み込むようにしてうつむく俺。

 いっそ殺せ。


「あらやだ。メテオってば感動して泣いてるの?」


 アーティア。感動という意味では間違っていない。だが、今はそっとしておいてくれ。


「ひとまず、死者の王(デスロード)じゃないことはわかったけど……」

「安心しろ、マリア。メテオは異様に強くなったが。しかし、精神的には前よりも幼くなったくらいだ」


 おい、ハム。


「そうね。変に悩まなくなって、昔みたいにバカっぽくなったわよわね」

 

 アーティアさん?


「うむ。マリアと付き合っていた頃のメテオみたいな感じだ」


 ブフォッ!!

 えっ、こっちの俺たちもやっぱりそんな仲だったの!?


「気づいてたの?」

「気づいたときには別れていたがな」


 げふごふがふッ。


「あのあともメテオはマリアに未練があったわよね。もっともマリアが自由すぎるから、メテオも呆れ半分で諦めた感あったけど」

「わたし、束縛されるのはイヤなの」

 

 おお、メテオ。俺はお前だ。お前は俺だ。

 マリアージュはまんま天本マリアという女だ。

 いや、マリアよりもマリアージュのほうがいっそうマリアらしい。


 俺はわかったよ。日本にいた頃のマリアはあれでもずいぶん妥協してくれていたんだな。

 むしろこっちのマリアのほうが、あいつ自身の理想の姿だったのかもしれない。

 

 テーブルトークRPGを通して、あいつは自分らしさを演じていたんだな。


 マリアは歳を重ねれば重ねるほど自由に、美しくなっていった。

 たまに日本に戻ると、マリアはいつもと変わらないようで、前よりもずっとマリアらしくなっていた。常に新しいものに向かって歩いていたし、興味のあるものに対して妥協しなかった。


 だから俺はいつまでたってもマリアのことが好きだった。

 メテオ、お前もそうだったんだろう?

 腕は折られたが、殺し合うようなことにならなくてよかった。

 

 娼婦スキルがなんだってんだ。


 また、出会えてよかった。


「メテオ。いつまで泣いてるのよ」


 アーティアがハンカチを投げてよこした。

 顔を覆っていた俺の手のひらは、いつのまにかいろんな汁でベトベトだった。

20話ほどになってマリアージュの回想編、ひとまずこれでおしまいです。

ウェザリアからウォルスタまでの間、マリアは技に磨きをかけるためにひたすら戦いながら、

かつ悶着を起こしながら海を渡ってきました。

ひとえにメテオ死なす。というための武者修行的なものですが、その話はまたいずれ…(あるかな)


そして五月、六月とわたしはお仕事に死なされてますので、ちょっと更新ストップです。

六月中に更新再開したらすごい。

あとはひとまずのエンディングまで書ききるだけです。

ちょっと予定よりも長くなると思いますが、あと二十話くらいはかかるかなあ。もっと早いかなあ。

どうなるかは書いてみて、キャラたちがどう動くかですのでわかりませんが…


ひとまずここまでいただいた誤字脱字などの修正も一気にやりたいので、

気長にお待ちいただけるとうれしいです!!

たまに活動報告に近況とかも書きますので!!!

前へ次へ目次