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021_ギロチン・マリア

「し、勝者! “断頭台”(ギロチン)マリア!!」


 レイフェスが動かなくなってから数拍ののち、山高帽が高らかに叫んだ。試合の凄惨さに、マリアの勝利を告げるのが遅れたのだ。


「次は王座挑戦! わたしから目を離したら後悔するわよ!!」


 すかさずマリアは観客を迎え入れるように手を上げると、自信たっぷりの声で勝利をアピールした。

 さきほどの鬼気迫る戦いとはうってかわって、マリア表情は華やいだものだった。傷つき血に濡れた身体も、闘技場で転がり回るうちに砂がそれを覆い隠している。

 殺し合いの疲れを微塵も感じさせず、マリアは円形のすり鉢状になった闘技場の内周を愛嬌たっぷりに歩き回り、顔なじみやら仮面をつけて正体を隠した貴族の男たちに言葉やウインクを投げかける。


 もともとが数少ない女性の闘技者。しかも上位の実力を持ち、どうやったら自分を目立たせるかを知っているマリアだ。暖炉の熾火(おきび)に乾燥した麦わらを投げ込んだように、観客の熱狂をかき起こす。


「幾重にも癒しを――《回復/ヒーリング》」


 ごく目立たぬように回復魔法を続けざまに施す。派手に怪我をしていた怪我が血糊の下でみるみると塞がっていき、痛みがじわじわと引いていく。


「山高帽! わたしは今すぐにでも王者モルガンに挑戦するわ!! いえ、今じゃないと駄目。わたしの中に戦いの熱狂が渦巻いているうちに!」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。チャンプに確認を――」

「受けて立とう!!」


 花道の奥から低く轟くような大音声が聞こえてきた。


「いつまでたっても俺に挑戦しようとしないレイフェスが死んで、ようやく本気を出せそうな相手が現れた」


 鈍い魔法の光を纏った、全身鎧の大男が闘技場に入ってきた。その手には巨大な戦槌(バトルメイス)を携えている。


“騎士”(ナイト)モルガン。 “断頭台”(ギロチン)マリアの挑戦を受けよう」

「ち、地下闘技場の現チャンピオン! “騎士”(ナイト)モルガンが現れたァーーーーッ!! まさかの連戦を挑んだマリアも頭のネジが吹っ飛んでいるが、王者モルガンがそれを受け止めた!! まさかチャンプがこんなにノリのいいお人とは思わなかった!?」


 これ以上ないと思われていた観客たちの歓声は、王者の登場と戦闘続行にどこまでも大きくなっていった。はたして人が出せる音なのかというほどの声援が、あたりかまわず人々の心に巣食う熱狂の精霊(フィーバー)を焚き付けているかのようだ。


「どうせ、回復は済んでいるんだろう?」 

「もちろん。手負いであなたを失望させたりはしないわ」

「それは善哉(ぜんざい)


 モルガンの体格は女性にしては長身のマリアを二回り以上も凌駕していた。

 加えて魔法の全身鎧(フルプレート)。レイフェスの遺体に一瞥をくれた上で、マリアの挑戦を何事もないことであるかのように受けた胆力。


 ふたりは闘技場の中央で向かい合い、これから始まる戦闘の前に軽口を楽しんだ。


「レイフェスは決して俺に挑戦しようとはしなかった」

「あのレイピアじゃ、あなたの鎧は貫けないでしょうから」

「気概の問題だ。あいつは精神的に弱かった」


 布で巻かれて運ばれていくレイフェスの遺体に投げた視線は、いくばくかの軽蔑を含んでいた。


“断頭台”(ギロチン)マリア。お前の戦いはいつも見させてもらっていた。格上だろうが何であろうが向かっていくその姿。美しかった」

「口説かれているのかしら?」

「そう思ってもらってもいい。俺が勝ったら、お前を貰う。構わないだろう?」

「嫌いじゃないわ。そういう口説かれ方」


 “騎士”(ナイト)モルガンの言葉に上機嫌なマリアであった。


「わたしを屈服させることができたら、自由にしていい」

「殺す気で(つかまつ)ろう」

「そうじゃないと」


 やおらモルガンは跪くと、兜の面甲をはね上げてマリアの手を取る。そして血だらけの指先に唇を押し当てた。


“騎士”(ナイト)モルガン。参る」

「兜をしているから不細工かと思った」

「顔よりは腕に自信がある」

「レイフェスなんかより早く拝んでおきたかった」


 あれだけレイフェスに愛していると囁きかけたマリアであったが、モルガンの引き締まった男の顔に見惚れる始末であった。


「あなたに殺されたらわたしの魂はあなたのもの。奪えるものなら奪いなさい」


 そういってモルガンから離れていった。


 それが合図であるかのように、闘技場の一番高いところから大気をつんざくようなラッパのファンファーレが観客の声を静まらせる。


「……レディース・アンド・ジェントルマン」


 十分に会場が静まり返ったところで、山高帽がこれまでとはうって変わって静かな調子で囁くように。しかし、誰にも聞こえるようにはっきりとした口調で告げた。


「これまでの戦い。ご観覧いただきましてありがとうございます。ここれから始まりまするこの一戦。間違いなく、ウェザリア地下闘技場始まって以来の名勝負となることは、誰も疑いはないことと存じ上げます――」


 狂騒からの静寂。


 そのたっぷりとした間を、観客も味わっているようだった。


 山高帽はわざとらしいほどの慇懃さで帽子を脱いだ。 


「脱帽とはこのことであります。かくなる上は分別過ぐれば愚に返る。言葉は不要でありましょう。今宵はウェザリア地下闘技場のめくるめく戦いの証人である皆さまに謝意を捧げるとともに、散っていった闘技者とこれなるふたりの勇者に満腔(まんこう)の敬意を――」


 山高帽の手にしていた帽子が、闘技場の天井につかんばかりに舞い上がった。


 帽子はまるでこの日のために練習をしていたかのように、闘技場の熱気を切り裂くように舞い上がったかと思うと、枯れ葉が枝から落ちるかのようにひらひらと波打つように落ち始め、王者と挑戦者の間へと落ちた。


 その着地の瞬間。ふたりが雷撃のように動いた。


 “騎士”(ナイト)モルガンの戦槌(バトルメイス)はマリアを横薙ぎにしようと空気を切り裂く。


 だが、マリアはそこにはいなかった。


 マリアはモルガンの後ろに立ち、兜から手を離すとぼそりと呟く。


「《内部断頭/インナーギロチン》」


 全身を覆うモルガンの鎧。

 兜の面甲の奥から時間が止まったかのような瞳がのぞいた。

 モルガンの首は、ありえない方向に曲がっていた。


 がちゃり。


 魔法の全身鎧がこすれた音を立てると、モルガンの身体は支えを失ったかのように倒れ伏す。


 王者モルガンの頑健な身体は鎧の上からでもわかるほどであったが、その首だけは屠殺された(にわとり)のように力なく、あさっての方向を向いていた。

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