019_王座挑戦権
「さあ! 歴史あるウェザリア地下闘技場の中でも今日はとびきりのとびっきり!! 初代王者が老いてなお現王者へと挑戦かと思いきや、われらがレイフェスがそれを阻止!! これだけでも今日ご来場いただいた皆さまは幸運だといえるのに、この闘技場の上位ランカーであり、人気では王者にも匹敵する女性闘士の“断頭台”マリアが王座挑戦の名乗りをあげたぁぁぁぁァッ!!」
「ち、ちょっと待った!!」
山高帽は自身も大いに興奮して場を盛り上げる。だが、突然のことに慌てたのは今しがた死闘を終えたばかりのレイフェスであった。
「俺――いや、わたしは今戦い終えたばかりだぞ! そんな状態で戦えっていうのか!?」
「あなたはさっき、無傷で圧勝したぞって自慢げだったわよね?」
「確かに傷は負っていないが、疲れている。こ、この状態で戦うのはフェアじゃない」
すかさず揚げ足を取ったマリアだが、レイフェスは必死にみずからを正当化しようとしている。確かに傷はない。だが、試合の内容といえば圧勝とはいいがたかった。このまま戦えばレイフェスといえども、マリアに遅れを取るのではないかと思ったのだ。
「たしかにランク外の者が王座に挑戦するにはいくつかの条件がある。初代王者イルグリムもまた、その習いに従って上位ランカー三名と戦い散っていった――」
ふたりの会話を引き継いだのは山高帽だった。トレードマークを脱帽し、戦いに散っていったイルグリムに敬意を表するとしばし沈黙ののち、きっぱりと断言する。
「しかし“断頭台”マリアは斧使いベルガスに次ぐ上位ランカーだ!! 今、この場で即座に王座戦を申し込むことができる!! その条件は次席闘士を退けること――すなわちレイフェス! きみのことだァァァァァァァアァッ!!」
「そんな馬鹿な――」
レイフェスの抗議は歓声にかき消された。
「いいじゃない、レイフェス。わたしに勝つ自信がないの?」
「……わたしに一度寝た女をいたぶる趣味はない」
そっと耳元で囁いたマリアの問いかけに、渋面で答えるレイフェス。
「だいたい君こそ、わたしに勝てると思っているのか?」
レイフェスもマリアの耳元で囁きかけた。幾分の焦りのため、この口調こそ早口だが、自らの保身のためということではなく、本気でマリアの身を案じているらしい。
「君の戦い方は幾度となく見てきた。ベルガスやリキエルならば運が良ければ勝てるかもしれなない。しかし、わたしには無理だ。いや、君が冒険者として現場で出会っていれば。あるいは魔法やその他すべての行為を認めれば、勝つのは君かもしれない。だが、この地下闘技場では君に勝ち目はない」
「ずいぶん心配してくれるのね」
しかしリキエルの力説虚しく、マリアは相手の頬を愛撫をするかのようにやさしく触る。
「ナニは大きくても気は小さいのね。レイフェス」
レイフェスの頬が大きな音を立てた。マリアが平手ではたいたのだ。
もちろんダメージを与えるようなものではない。
自分が何をされたのかわからないまま、頬にじんじんと鈍い痛みが追いついてきた。自分からは見えないが、レイフェスの白い頬はみるみるうちに赤く染まっていった。それは平手打ちによるものだけでなく、侮辱されたということに対してでもある。
「よほど……死にたいようだな」
「マリア! まだ試合は始まっていない!! 手を出すのはこの山高帽のステッキが振り下ろされてからだ!!」
「あら、ごめんなさい」
「わたしに新しいレイピアを」
ふたりの間に割って入る山高帽。ふたりとも歴戦の強者だというのに、いつ切り合いが始まってもおかしくないこの空気の中、割って入るあたりはさすが地下闘技場の進行と審判を任されるものの胆力だ。
付き人があわてて新しいレイピアを持ってくると、レイフェスはそれを受け取り剣の状態を改める。
「いきなりのビンタ! どうやらふたりの間には因縁があるようだ!! 女たらしのレイフェスに男喰いとも噂されるマリア!! 食うか食われるか!? 勝負は地下闘技場の王座争いの場に持ち込まれた!!」
「男喰いとは失礼ね。レイフェスと違ってわたしは厳選しているのよ」
「……何が。何が君をそこまで駆り立てる?」
山高帽のコールに心外だといわんばかりのマリア。それに対して、やや平静を取り戻したレイフェスは低く尋ねた。
「君は王座に興味があるような女じゃないはずだ。師匠といっていたが、イルグリムのじいさんに対する私怨か? だとしたらそれはお門違いだ。ここは闘技場で、強いものが勝つのは当然。命のやり取りの場なのだから」
「違うわよ」
マリアは心外の表情を崩さない。
「あなたは実験台。わたしのための貴重な試し切りの相手みたいなものよ」
「……何の話なんだ?」
イルグリムとマリアの師弟関係を知るものは、闇エルフのバーマスターであり、イルグリムをマリアに引き合わせたアストリアのみだ。秘密にしていたわけではないが、閉店後の闘技場に残って特訓するマリアたちに付き合うような物好きはここにはいない。
「要約すると、あなたは悪くない。ただちょっと運が悪いだけ」
「闘技場の勝負は、運で勝てるほど甘い世界ではない」
「運は勝ち負けの話じゃないの――まあいいわ。レイフェス。あなたの腰のストロークとモノのサイズはけっこう素敵だったわ」
「君の肌の吸い付き具合や男を喜ばせる技のすべては、失うには惜しかったよ」
「さあさウェザリア地下闘技場の王者決定戦!! マリアこの勝負に勝てばその座に手がかかる! レイフェスは挑戦者に加えてランカーのマリアを退ければ莫大な懸賞金と名誉が懐に入り込む!!」
ふたりがひそやかに話し合う間も、山高帽はつばを飛ばしながら口舌をふるっていた。だが、あまたの経験からここぞというタイミングを見計らってステッキを高く差し上げた。
「それでは戦いの幕は切って落とされる……レディー? ファィト!!」
山高帽のステッキが振り下ろされる。試合開始の合図だ。
レイフェスはイルグリム戦のときと同じく、付け入る隙のない中段の構えを取った。
対してマリアは無手。ヒールの高い靴は脱いで素足だし、上着に至っては胸を抑えるさらしだけだ。スカートこそ余分なすそを切り裂いて動きやすくしているが、これから命を賭けて戦う姿ではない。
闘技場でのマリアの戦闘スタイルは、素手で相手の急所を思い切り殴ることだ。といってもその動きは洗練された戦士のものであり、急所を撃ち抜く正確さは盗賊の急所を狙う技術に裏付けられたものだ。
武器を使わないのは、怪我を負わせたらけっきょく自分の仕事が増えること。そして、誰も素手のスタイルで戦っていなかったからだ。マリアは剣であろうが槍であろうが、あらゆる武器をそれなりに使うことができた。
素手で戦うことを選んだのは気まぐれな性格ゆえのことであったが、結果としてイルグリムの伝える関節と人間の生理へ訴えかける技への一助となっていた。
自然体で相手を見据えるマリアが足を入れ替え、身体を斜にした。さきほどまでマリアの肩があったところをレイフェスのレイピアが通り過ぎる。
攻撃はまだしない。
防御に専念さえすれば、レイフェスに戦士として劣る実力差のマリアでもなんとか剣を躱すことができる。
イルグリムの技術に回避の要素はない。闘技場で磨かれた技は、相手を屈服させるためであり、観客に肉体と技術のぶつかり合いを見せるためのものだ。相手の攻撃は受けるもの。その考えが古くなり、イルグリムは王座を退いた。
だがマリアは冒険者だ。
攻撃は躱すもの。躱しきれなければ受けるもの。そして出来る限り自らのダメージを減らすことが身上だ。
レイフェスのレイピアが目にも留まらぬ疾さで閃く。突き、払い、薙ぎをからめた攻撃は芸術の域に達しており、マリアの技術では完全に避けきることは難しい。いくつかの致命傷にならない剣戟が、マリアの肌を軽くない具合にまで裂いた。
(当たるのは五回に一回くらいかしら)
マリアは冷静に状況を分析した。
レイフェスの攻撃には決定打になるようなものはない。
回避に専念すれば躱すこともできる。
もし、回避することを諦めて攻撃に転じたとしたらどうなるか。
(でも、急がない)
マリアが動いた。
レイフェスの突きに合わせて身体を引き、剣が戻ると同時に相手との距離を詰める。
「――甘い」
それほどレイフェスの突きは甘くなかった。
マリアの狙いを察し、突きを戻しきるのを諦めるとやわらかい手首の力で細い刀身を操り、マリアの出足の腿を薙いだ。骨には達していないが、確実な手応えがレイフェスの手に伝わってきた。
試合中に魔法を使えばその場で失格。もちろん回復魔法もだ。マリアが傷を癒やすためには、降参するか勝つかするしかない。
(確かに甘かったわ)
あのタイミングではレイフェスの柔軟な手首の返しでやられてしまうことは、イルグリムの試合で見ていたはずだ。
だが、マリアは返されることも織り込み済みでの突撃だった。
「強いわね。レイフェス」
「降参するなら認める」
「優しいわね」
傍からは劣勢に見えるマリアだが、声は弾んでいた。一方のレイフェスには楽しむ様子はなく、ただ冷静に将棋の盤面を詰めているかのようであった。
「わたしとは大違い」
根っからの鉄火場好き。飽きっぽさはあるものの、生命のやりとりにはまだ飽きていない。
なによりイルグリムから手ほどきを受けた技術を試したい。
自分で虐め抜いたこの身体を試したい。
それらをひとつに纏めたらどうなるか見てみたい。
それがマリアの顔に狂気じみた笑いをもたらした。
いつもの戦いとは違い、化粧をほどこした顔はレイフェスや観客たちから見ても凄惨で美しく、暴行を受けたかのように破れた衣服。その露出の多さは見るものの劣情を煽る。
闘技場は大きな熱狂の渦に飲み込まれていた。
こないだうっかり掲載忘れしてたし連休だしなので、連続掲載するよ└(・∀・┙≡「・∀・)┍!!