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第五十九幕 ~決戦は幕を上げ…~

 ──ウィンザム城、会議室。


 元々は貴賓室として使われていた部屋の中央。どっしりとした作りの円卓に、ローゼンマリーを始め将校が居並び討議を行っていた。

 当然主題は各地を騒がす死神の件である。


「閣下、死神が各地で部隊を壊滅させたため、民衆に反帝国感情が高まっております。反旗を翻すとの噂も広がっており、各部隊から続々と増援要請が届いております」


 将校の言葉に、ローゼンマリーは眉を跳ね上げる。


「増援要請? はっ! 寝言でも言っているのか?」

「では、要請を退けますか?」

「当然だ。現有戦力で対処しろと全部隊にふれを出せ。反乱が起きたら見せしめに、村のひとつやふたつ潰しても構わん」


 民衆という生き物は、良くも悪くも場の雰囲気に流されやすい。たとえ反乱が起きたとしても、街や村ごと潰せば血の気も引くだろう。

 そう思い、ローゼンマリーは命令を与えた。


「はっ、では、早急に指示を出します」


 将校は足早で会議室を後にすると、入れ替わるように入ってきた別の将校がガイエルに耳打ちする。次第にガイエルの眉間に深いしわが刻まれていく。


「何かあったのか?」

「は、監視兵の報告によりますと、エムリードに駐留する第七軍が動く気配を見せているとのことです」

「本隊が動く? ──くくっ、なるほど。まんまと出し抜かれたというところか。どうやら第七軍にはそこそこ知恵の回る策士がいるらしい」


 くつくつと笑うローゼンマリー。将校たちが困惑したような表情を浮かべる中、ガイエルが身を乗り出して尋ねてくる。


「それはどういう意味でしょう?」

「どうもこうもない。そのままの意味だ」


 ローゼンマリーはそう言って鼻を鳴らす。ガイエルはしばらく考えるような仕草を見せた後、勢いよく椅子から立ち上がった。


「まさかこの状況は第七軍によって意図的に作り出されたものだと。閣下はそうおっしゃりたいのですか!?」


 ガイエルが素っ頓狂な声を上げ、会議室にどよめきが起こる。ようやくこれが第七軍の仕掛けてきた策だと気付いたようだ。実に嘆かわしく思うが、今の今まで敵の策を見抜けなかったのは自分も同じ。あまり部下を責めることはできない。


「お前たちも将校なら俯瞰的に物事を見つめろ。この情勢下に絶妙ともいえるタイミングで敵の本隊が動き始めた。これがなによりの証じゃないか」


 おそらく第七軍はすぐにでもウィンザム城に向けて進撃を始めるだろう。行軍速度にもよるだろうが、三日日ないし四日で会敵するはずだ。


「……つまり、こういうことですか? 我々は半数の兵力を無力化されたと」

「ま、そういうことだな」


 ローゼンマリーはわざとらしく肩を竦めた。ガイエルは唇をわなつかせながら茫然としている。将校たちも似たような反応を示していた。


「……それが事実だとして、閣下はなぜそんなに冷静なのですか? 出し抜かれたというのに、慌てた様子を全く感じないのですが」

「ん? ガイエルはあたいの慌てふためく姿でも見たかったのか? なんなら今からその望みを叶えてやっても構わないぞ?」

「い、いえ、決してそういうわけではありません!」


 ガイエルは慌てて手を振り否定する。ローゼンマリーとしても本気で言っているわけではない。ただの戯言だ。


「別に慌てる必要など微塵もないだろう。報告によれば、第七軍は総勢二万八千。対してこちらは二万七千だ。まさか同数の敵相手に、紅の騎士団が後れを取るとはさすがに思っていないよな?」


 睨めつけて言うと、将校たちは口を真一文字に引き結んで大きく頷く。


「無論、それはあり得ないかと。ですが」


 そこで言葉を切るガイエル。その後に続く言葉が、ローゼンマリーには手に取るようにわかる。だが、あえて問う。そのほうが断然面白いからだ。


「ですが?」

「ですが……敵は死神を擁しています。こればかりは楽観視できないかと。なにせ死神は……閣下を標的にしています」

「くくっ、光栄の極みじゃないか。化け物から死神に昇格した少女が、わざわざあたいに会いに来てくれるんだ。派手に歓待してやらないとな」


 ガイエルに開戦の準備を指示し、ローゼンマリーは会議室を後にした。


(待っていろ死神オリビア。貴様の首はこのローゼンマリー様が直々に刎ねてやろう。そして、第七軍の撃滅報告と一緒に、オスヴァンヌ大将の墓前に添えてやる)



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 伝令。

 独立騎兵連隊は各地に展開する帝国軍。総勢三万の兵を無力化することに成功。出陣を乞う。


 この報告を聞いたパウル号令の元、第七軍はウィンザム城に向けて即座に進撃を開始した。途中、独立騎兵連隊と合流し、無人の野を行くが如く突き進む。


「閣下、敵はどう動くと思われますか?」


 オットーの問いに、パウルは顎を撫でながら答える。


「そうだな……おそらく籠城はしないだろう。ウィンザム城は平城ゆえ、大した防御力はないからな。それに彼らの力は討って出てこそ威を発する」

「私も同感です。一応、帝国軍から鹵獲ろかくしたカタパルトを用意していますが、どうやら無駄になりそうです」


 アルムヘイム平野で鹵獲されたカタパルトは、オットーを驚かせた。調べた結果、王国軍のカタパルトと比べてもかなり小型であり、尚且つ威力は段違い。

 このことからも帝国の技術力は、王国よりも数段高いことがわかる。技術力の優劣がそのまま勝敗に結び付くわけでない。

 が、今の帝国の強さを表すひとつの証明だと言えた。


「まぁ、あれは今後使い道もある。それにいくら敵の手に落ちたとはいえ、ウィンザム城は王国でも有数の名城。この手で破壊するのは少々忍びない」

「後は敵が討って出るとして、実際どのあたりに布陣するか。というところでしょう」

「前回と違ってこの地域はいくらでも戦場に適する場所がある。正直読めんな」


 オットーは頭に叩き込んだ地図を思い浮かべながら思考を巡らしていく。ウィンザム城近郊だけでも、ザルツ平野、カルナック渓谷、トゥフル高原。

 思いつくだけで三ヵ所は上がった。パウルの言う通り、ほかにも戦場に適した場所はいくらでもある。

 予測するのは困難であり、考えるだけ時間の無駄だ。


「閣下のおっしゃる通り、候補地が多すぎます。到底ひとつには絞りきれません」

「なんにしても、独立騎兵連隊のおかげで五分の戦いに持ち込むことができた。今後もオリビア少佐の活躍が戦の勝敗を大きく左右するだろう。連絡は密に行え」

「はっ!」



 一方、ローゼンマリー率いる紅の騎士団。パウルの予想した通り、第七軍を迎え撃つため出陣。ウィンザム城の南西に位置するカルナック渓谷に布陣した。

 カルナック渓谷はパラレナ河を中心に、標高の低い山脈に囲まれている。山岳で鍛えられた紅の騎士団にとっては絶好の迎撃要地だ。


 丘に本陣を築いたローゼンマリーは、大地が茜色に染まる光景を悠然と眺めていた。青葉を通して吹く快い風が、燃えるような赤髪をたおやかに揺らしている。

 美しい──ただ単純にガイエルはそう思った。


「閣下、各部隊の布陣、全て完了いたしました」


 気を取り直してガイエルが報告すると、ローゼンマリーは大きく頷く。


「いよいよ時がきたな。後は第七軍が現れるのを待つばかりか」

「はっ、紅の騎士団の手により、第七軍の命運が尽きるときです」

「無論だ──さて、噂の死神オリビアはどうでることやら。精々あたいを楽しませてくれよ」


 十字剣が刻まれた真紅のマントをひるがえし、ローゼンマリーは天幕へと去っていった。




 ──明けて翌日。

 第七軍が満を持してカルナック渓谷に到着。

 薄雲がかかった太陽が中天の位置に差し掛かる頃、両陣営から陣太鼓が徐々に鳴り始め、鬨の声が上がる。


 第七軍──総勢二万八千。

 紅の騎士団──総勢二万七千。


 パウルは制圧された北部を奪還するため。そして、ローゼンマリーはオスヴァンヌ大将の敵を討つため。

 それぞれが強い信念を抱く中、カルナック会戦は幕を開けた。


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