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第二十八幕 ~それぞれの思惑~

 会戦三日目 天候曇り


 戦いは互いに決め手を欠く状態が続いており、両陣営とも小競り合いに終始する。特に帝国軍右翼の動きは精彩を欠き、ただひたすら防御に徹していた。そこには天幕の隅で震えるミニッツ少将の姿があったという。


 そして、会戦四日目の早朝。

 暗雲が垂れ込める中、ついに雨が降り出した。


「くくくっ、どうやら天は我ら鉄鋼騎突兵団に味方したようだな」


 ゲオルグは天を仰ぎながら獰猛に笑う。その様子にサイラスは安堵の笑みを浮かべると、声を張り上げる。


「はっ、すでに出撃準備は整っています!」


 眼前に整然と馬を並べるのは、戦意を昂ぶらせた鉄鋼突騎兵団の面々。士気も充実している。これならたやすく敵の防御陣を突破できるだろう。雨のおかげで、火矢という最大の懸念事項が払拭されたのだから。


 ゲオルグは颯爽と馬にまたがり、ランスを高々と掲げた。


「聞けッ! 我が栄光ある鉄鋼騎突兵たちよ。これより再度敵中央を突破。本陣を強襲する。ひとりも残さず──その命を刈り取れッ!」

「「「応ッ!!!」」」


 ゲオルグ率いる鉄鋼騎突兵団は、怒涛の勢いで王国軍中央へと進撃を開始した。



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「閣下──」


 ナインハルトが空を見上げながら口を開くと、すぐに言葉を遮られる。


「わかっている。奴らがこの機を逃すはずもない。我らはこれより鶴翼(かくよく)の陣にて敵を迎え撃つ」


 すでに雨を予測して戦術を練っていたのか。ランベルトは即答する。ナインハルトもいくつか陣形を模索していたが、鶴翼にて迎え撃つ発想はなかった。

 

「……もしかして、わざと中央部を薄くして敵をおびき寄せるつもりですか?」

「そうだ。おそらく奴らの狙いは中央を強引に突破し、一気に本陣を落とすことにある。お前も薄々は察していたのだろう?」

「会戦初日の動きを見る限り、もしかしたらという思いはありました。事実だとしたら指揮官はかなり強引な思考の持ち主かと思いますけど」


 ナインハルトはランベルトから視線を外して、敵中央へと目を向けた。


「ああ、鉄鋼騎突兵の突貫力なら不可能ではないと思っているのだろう。まるで獰猛な獣そのものだ。だからこそ、この極上のエサ(・・・・・)に食いつかずにはおられまい」

「随分と自信がおありのようですね」

「当然だ。俺が敵の立場だったら間違いなくそのエサに食らいつくだろう。たとえそれが罠だとわかっていてもな」


 そう言うと、ランベルトは獰猛に笑う。ナインハルトは大きく肩を竦めると、早速陣形の変更を伝令兵に飛ばす。


(しかし話は理解できるが、自分は獰猛な獣ですって言っていることに気づいているのだろうか?)


 ナインハルトは内心で苦笑しつつ、ランベルトの戦術にひとつの追加案を提示する。話を終える頃には、苦虫を噛み潰したような表情に変わっていた。


「ナインハルト……お前は顔は綺麗だが考えることは実にえげつないな。少しだけ敵じゃなくて良かったと思ってしまった自分が情けない」

「猛将ランベルト閣下からのお褒めのお言葉。実に名誉なことです」

「おまけに面の皮も厚いときてやがる。さすが第一軍の副官・・だ」


 皮肉の籠った言葉に対し、ナインハルトは胸に手を当てて一礼する。


「重ね重ねのお褒めの言葉、痛み入ります。では、早速準備を始めたいと思いますので、一旦失礼します」


 背中越しにランベルトの盛大な溜息を聴きながら、ナインハルトは数人の兵士を引き連れて備蓄庫へと向かっていった。




 一方その頃。

 帝国軍の後方。高台の木立に身を伏せながら、オリビアとクラウディアは遠眼鏡越しに戦況を眺めていた。


「やはり戦いが始まってから数日は経っているようですね。この失態、なんとお詫びしたらよいのか」


 いつのまに力が入っていたのか。握っている遠眼鏡からミシリと音が響く。すると、オリビアが不思議そうに視線を向けてきた。


「あれはどうしようもないよ。別にクラウディアが気にするようなことじゃないと思うんだけどなぁ」


 本来であれば、予定通りイリス平原に到着するはずだった。しかし、アーク大森林を抜けた先、シームス河で思わぬ出来事に遭遇する。

 数日前に降った雨の影響で河が氾濫し、渡河することができなかったからだ。完全に足止めをくらった別働隊は、河から離れた場所に野営地を築き、三日ほど無為な時を過ごすことになった。


「確かにその通りですが……いえ、今はそんなことを言っている場合ではありませんね。どうやら私の見立てだと、我が軍は全体的に押されているようです」

「うん。見た限り、中央の帝国騎兵隊が戦いの中心になっているね。練度も高いし、きっと一生懸命鍛えたんだよ」


 手を叩きながら褒めるオリビアの姿に、クラウディアは思わず声を荒げる。


「感心してどうするんですか! これは一刻の猶予もありません。早速敵本陣に奇襲をかけましょう!」


 クラウディアは奇襲の準備に入るべく立ち上がろうとした途端、オリビアの手が伸び強引に引きずり戻される。そのあまりの力に為す術もなく、地面に顔をしたたか打ちつけた。

 

「ぶへっ! な、なにをするんですかッ!?」

「あははっ、どうしたの? 顔が泥だらけだよ」


 オリビアはとぼけたように言う。


「オリビア少尉のせいではありませんかッ!」

「まぁまぁ。まだ動くには早いよ。もうちょっと様子を見ようか?」

「なにが早いと言うのですか? 我が軍は押されているのですよ!」


 様子を見るなどと悠長なことを言っているときではない。クラウディアが鼻をさすりながら苛立ちの視線を向けると、オリビアは全く緊張感のない声で答える。


「クラウディア、戦いに焦りは禁物だよ。普段通り体を動かせなくなるからね。それより、この便利な遠眼鏡で中央の様子をもう一回見てみようか」


 遠眼鏡を押し付けられたクラウディアは、渋々と指示に従う。完全に納得したわけではないが、確かに焦ったあげく奇襲に失敗したら取り返しがつかない。


「……とくに先程と変わりません。帝国騎馬隊の突貫に対して、味方は鶴翼の陣形で応戦しています」

「そうだね。でも、なんだかおかしいと思わない?」

「おかしい? おかしいとはいったいどういうことでしょうか?」


 奥歯に物が詰まったような言い方に、若干の苛立ちを覚えながらも話の続きを催促する。


「ええとね。見てわかるとおり、帝国の騎馬隊は突貫力に優れているよね? それなのにどうして味方は中央部が薄くなる鶴翼の陣を展開しているのかな? 普通は簡単に突破されないように、もっと中央部を厚くする陣形を組むはずなのに」

「……確かにそう言われてみれば……」


 鶴翼の陣形は包囲殲滅を目的とした陣形だが、中央部が薄くなるという弱点がある。オリビアの言う通り、敵の突貫力は侮れない。左右の翼が閉じる前に中央部が突破されたら全てが終わりだ。


「ね、おかしいでしょう? それでもあえて鶴翼の陣形をとったのは、何かしらの意図──今回の場合は罠を張っているからだと私は思うよ」

「罠ですか……それはどんな罠ですか?」


 クラウディアが尋ねると、オリビアは困ったとばかりに頬をポリポリと掻く。


「うーん。さすがにそれはわからないよ。でも、罠が上手く成功すれば少なからず敵は動揺すると思う。彼らが帝国の主力みたいだし。それに乗じて一気に奇襲をかければ、さらに帝国軍は動揺して成功の確率も上がる。まさに一石二鳥だね」

「…………」


 話はこれで終わり。そう言わんばかりにオリビアは大きく伸びをしながら立ち上がると、全身についた泥を丁寧に払い落としていく。

 クラウディアはそんなオリビアを眺めながら、己の浅慮さに苛立ちを募らせる。


(私は目の前の光景に囚われすぎて、大局を見ていなかった。大任を任されたという気負いもあって、知らず知らずのうちに視野が狭くなっていたらしい)


 気合いを入れるため自分の頬を何度か叩き、オリビアに進言する。


「オリビア少尉。いち早く罠の発動を確認できるよう、この高台に数人の監視兵を配置しましょう。敵の動揺が収まらないうちに奇襲することが肝要なので」

「そ、そうだね。何で自分のほっぺを叩くのかはわからないけど、その辺はクラウディアに任せるよ」

「はっ、お任せください!」


 クラウディアの敬礼に対し、ぎこちない笑みを浮かべ敬礼を返すオリビア。首を何度も傾げながら、騎兵連隊が潜む場所に戻っていく。


 それぞれの思惑が交錯し、イリス平原の戦いは佳境を迎えつつあった。

 

お読みいただきありがとうございます。

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