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第二十三幕 ~カナリア街道にて~

全体的な加筆作業等を行っていたため更新が遅れました。

本日より再開します。


 ──カナリア街道 

   

 ガリア要塞を進発したパウル、ランベルト中将旗下の混成軍。

 帝国軍のさしたる抵抗も受けず、カナリア街道を西へと進軍していた。今回第一軍の参加を露呈させないため、あえて第七軍の軍旗のみを掲げている。あくまで第一軍は、王都防衛に専念していると思わせるためだ。


 パウルとランベルトは戦列の中央。お互い馬を並べながら、今後の方針について話し合っている。二人の周囲を固めるのは、白銀の鎧に身を固めた親衛隊。さらにその周りを精強なる重装歩兵が囲み、鉄壁の守りを敷いている。彼らは常に周囲に目を向けながら、油断なく歩を進めていく。


 一方、ナインハルトは前衛。オットーは後衛にてそれぞれ指揮を執っていた。


「──ここまでは順調のようだな」

「ああ、どうやらこの辺りの帝国兵は慌てて退却したらしい」


 ランベルトが周りを見渡すと、天幕の残骸がいたるところに転がっている。泥にまみれた十字剣の紋章。間違いなく帝国軍が使っていた天幕だろう。すでに前衛の部隊から、占拠されていたカナリアの街を解放したとの報告も受けていた。


「しかし、此度の作戦。よく陛下がお許しになられたな」

「ん? ……ああ、元帥閣下が陛下を上手く説得してくれたからな……」 


 ランベルトはあっさりと話を流したが、アルフォンスの説得はかなりの困難を極めた。当初はコルネリアスの諫言に全く耳を貸さず、早くキール要塞を落とせの一点張り。それでもコルネリアスは足しげく王宮に通い、必死に説得を試みた。

 次第に疎ましく感じたアルフォンスは、コルネリアスの拝謁を禁止すると言いだす始末。最終的にコルネリアスが軍を辞するという話にまで発展すると、慌てたアルフォンスが一転、作戦を許可した。


 いくら老いたとはいえ、この時期に常勝将軍と謳われた元帥が退けば大きな波紋を呼ぶ。下手をすれば内外に王としての器量が問われかねない。そうなれば、今以上に困難な状況に追い込まれる可能性もある。

 アルフォンスが作戦を許可したのは、そのあたりのことを考慮したのだとランベルトは推察していた。


「……ふうむ。よくはわからんが、大分苦労したようだな」


 パウルは顎をさすり、何かを考えるような仕草をする。歳は重ねても僅かな機微を察する鋭さに、ランベルトは内心で舌を巻いた。


「まぁな。だが、おかげで第一軍の屍をキール要塞に晒すことは回避できた」


 ランベルトはわざとらしく肩を竦めて言った。


「ほう、珍しく弱気な発言だな。猛将の名が泣くのではないか?」

「パウル。わかっていてそういうことを言うのは悪趣味だぞ」


 ランベルトが呆れながら言うと、パウルは口の端を僅かに上げる。


「ふふ、すまんな。いかに精強を誇る第一軍とて、この状況下では自殺しに行くようなものだ」

「その通りだ。戦いで死ぬのは本望だが、無駄死にはごめんだ」


 パウルとランベルトはお互い顔を見合わせ、自嘲気味に笑う。そして、ランベルトは決意を込めて口を開く。


「だからこそ、此度は絶対に負けられん。今回の作戦は第七軍主導ということで、ほとんどパウルに任せてしまったが……本当に大丈夫なんだろうな? 何て言ったか? ほら、あの少女」

「オリビア少尉のことか?」

「そうそう。そのオリビア少尉だ。聞くところによると、まだ十五歳だと言うではないか。確かパウルの孫娘もそれくらいの年齢ではなかったか?」


 十年ほど前にパーティで会った小さな少女の姿を思い出していると、パウルは感心したように呟く。


「ほう、よく覚えていたな。確かにオリビア少尉と同い年だな」

「ふん。歳はとっても、まだまだ記憶力は衰えておらんよ」

「お主はまだ五十そこそこだろ?」

「充分爺じゃないか。それよりもだ。パウルの孫娘と同い年の少女が、今回の作戦の要と訊いている。報告を聞いた限り、凄まじい力量の持ち主だということは認めるが……いくら何でも無謀ではないのか?」


 ザームエルを屠ったことから始まる一連の流れは、ランベルトの耳にも届いている。普通なら到底信じることのできない話だ。それも、わずか二ヶ月あまりの出来事だという。さすがに一角獣を串刺しにしたという話は、あまりにも馬鹿馬鹿し過ぎて一笑に付したが。


「お主が心配する気持ちもわかるが、オリビア少尉にまかせておけば大丈夫だ。それに、此度は優秀な副官もつけている」

「クラウディア准尉のことか。全く……第一軍から優秀な人材を勝手に引き抜きやがって」


 クラウディアは王立士官学校を次席で卒業。幅広い知識を持ち、剣の腕も一流ときている。若いゆえに未熟な部分も多々あるが、それでも同年代の者と比ぶべくもない。ランベルトも目をかけていただけに、第七軍への移籍は正直不満だった。


 ランベルトが恨みを込めた視線を向けると、パウルは呆れたような表情を浮かべた。


「失礼なことを申すな。お主のところの副官から推薦があったのだ。だから引き入れたと訊いている。いいがかりも甚だしい」

「無論それは知っているが……はぁ、ナインハルトの奴も余計なことを」


 ランベルトはパウルから視線を外し、はるか前方にいる青年に向かって目を向けていると、重装歩兵の隙間からひとりの兵士が這い出てくる。腕に赤い布が巻きつけてあるのは斥候の印だ。

 パウルは手綱を引くと左手を挙げ、進軍を一時停止させた。


「パウル中将。お話し中、失礼いたします」

「構わん。それより敵の状況がわかったか?」

「はっ、現在帝国軍はイリス平原に向けて進軍中。兵力はおよそ五万くらいかと」

「やはりイリス平原か。まぁ、他に選択肢はないからな」


 もっともだとばかりに頷くパウルを横目に、ランベルトは推論を述べる。


「しかし五万か……別働隊を除けば兵力は全くの互角だな。ということは、少なくとも砦の守備兵力は五千くらいか?」

「大方そんなもんだろう。充分予想の範囲内だ」

「ああ、そこは問題ない──それで、キール要塞の動きはどうなっている?」


 僅かに緊張しながらランベルトは尋ねる。


「はっ、現在のところ、キール要塞に動く気配はありません」


 斥候の報告に、ランベルトはホッと息をつく。万が一増援を派遣していたら、即座に撤退することも視野に入れていたからだ。

 パウルも同様に、安堵の表情を浮かべていた。


「どうやら最大の懸念はなくなったな」

「ああ、さすがに初手から増援を呼ばれていたら、やりようがなかったからな」

「では後は、別働隊の活躍にかかっているということだな」


 確認の意味も込めて話を振ると、パウルは自信に満ちた表情で頷く。


「オリビア少尉なら必ずやってくれるさ。何せ〝銀髪の戦乙女〟だからな」

「……銀髪の戦乙女? 何だそれは?」


 全く耳にしたことのない言葉だ。ランベルトは首を傾げる。


「知らんのか? 戦乙女とは戦場を颯爽と駆ける美しき女性の呼び名だ。オリビア少尉と共に、ランブルク砦奪還に参加した兵士たちがそう言っているらしい。言い得て妙だとは思わんか?」


 だらしなく頬を緩ますパウルに、ランベルトは自分の目を疑った。ナインハルトにある程度の話は訊いてはいたが、これはかなり重症のようだ。とてもじゃないがこれから大戦をしようという男の顔ではない。

 それこそ孫娘を見ているかのようなただの爺だ。そばにいる兵士たちも、奇妙なものを見たという感じでパウルを見つめている。


(これがかつては、鬼神パウルと恐れられていた男のなれの果てか……)


 いななく馬の首をさすりながら、ランベルトは大きな溜息を吐いた。

お読みいただきありがとうございました。

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