エピローグ
エピローグ
夏休みも残り五日。
夜更かし明けの朝の遅い時間、千鶴の携帯電話が鳴る。
良美からの電話だ。
「ふぁ〜い」
「何眠たい声出してんのよ。タイヘンなのよ! 愛理記憶が戻ったんだって!」
「えっ! ホント」
「今から愛理のところに行って、パーッとお祝いしようと思ってるの。なんとなく今日は愛理のところに行かなきゃって思って、もう途中まで来てるところなのよ。千鶴も来てよ。どうせヒマなんでしょ? みんなにはわたしから連絡しておいてあげるから」
「うん。行く行く!」
答えて、電話を切ったとたん、再び鳴る。
今度は、里穂からの電話だ。
「もう聞いてるよね。今から愛理ンちに行くんだけど、千鶴も一緒に行く? 行くよね!」
「今、良美から聞いて出かけるところ」
「どうせまだ、パジャマのままなんでしょ? 駅で待ってるから、早く着てね」
「うっ! すぐ行くから、待っててね」
千鶴は電話を切った。そしてすぐさま、出かけるために身支度を始めた。
身支度を終えた千鶴は、携帯電話にメールの着信のLEDが点いているのに気付いた。
『こんにちわ。愛理の記憶が戻ったみたいよ。でも宿題やってなかったことも思い出して大変そうだから、終わるまではそっとしておいてあげて』
という純子からのものだ。
とりあえず純子には伝えてくれたお礼のメールを返信する。
「でも、ということは、愛理のところに押しかけたら迷惑よね」
つぶやいてから、千鶴は念のため愛理に、おめでとうメールを兼ねて行ってもいいかを尋ねるメールを送信した。
『絶対来ないで』
すぐに返事が来たものの内容はそれだけだった。
「気を使う余裕もないって感じね。里穂と良美にも教えてあげなくちゃ」
千鶴はまず理穂に電話する。
「わたし。純子さんからのメールによると、愛理は宿題で大変だから、行かないほうがいいみたいよ」
「えーっ! そんなぁ。じゃぁせめて電話でおめでとうだけ言っておくよ」
「それも、ヤバイかもしれないわよ」
「だって愛理だよ。きっと優しく『ありがとう』って言ってくれるよ」
「それが目的かっ! 知らないわよ。怒られたって。じゃあ良美にも連絡しないといけないから」
そういって切った途端、メールを受信した。
良美からだ。
「クラスのみんなへ。愛理の記憶が戻ったよ! みんなお祝いしよう!」
メーリングリストを使って、一斉に送ったものだ。だから分かってる内容なのに、千鶴にも送られてきたのだ。しかし、ということは愛理の元にも送られているはずだ。
「ヤバイんじゃない?」
なぜなら、愛理の宿題の邪魔をみんなにさせたのはわたしよ! と宣言しているようなものだ。
千鶴は慌てて、良美へ電話する。
「わたし。純子さんからのメールに愛理は宿題で大変だからほっといてあげてって……」
「えーっ、そうだった? じゃあ手伝いに行かないと」
「そうじゃなくて。行かないほうがいいって」
「千鶴は来ないの?」
「行かないし、あなたも行っちゃダメよ」
「大丈夫だって。みんなでやった方が、早く終わるし、楽しいじゃない。その後はパーティよ、じゃあね」
電話は切れた。
「知らないんだから」
千鶴は念のため、純子からのメールの内容をみんなにメーリングリストで送信した。
千鶴の携帯電話が鳴る。
里穂からだ。
「うぇーん」
いきなり泣き声だ。
「どうしたのよ」
「愛理が怖かったよぉ」
「だから言ったでしょ。やめといたほうがいいって」
「いきなり『うるさい。徹夜明けでイライラしてるのに、電話で邪魔ばっかしないでよ』って怒鳴るんだよ。まるで、記憶なくしてたときに暴れた時みたいだったよ。怖かったよ」
「よしよし。でも泣くほどのことじゃないでしょ」
確かに愛理はいつも里穂には優しくしていたから、里穂にとっては数倍怖く感じたのかも知れない。
「出かける準備したついでだから、慰めに行ってあげるわ。二人で愛理のお祝いをしましょ」
そして、千鶴は里穂の待つ駅前の繁華街へと出かけていった。
喫茶店で、しょげる里穂を慰めつつ、冷たいジュースで喉を潤しているところに、千鶴の携帯電話が鳴った。
良美だ。
不吉な予感を感じながらも、千鶴は出る。
「うっうっうっ」
完全な泣き声だ。
「愛理に怒られたの?」
「そんなもんじゃないのよ。ブチ切れてたよ。『あんたのせいで、電話攻めになって、宿題が出来ないじゃないの!』って。で、『手伝うから』って言ったら、『委員長のわたしに不正をさせるつもりなの!』って。あんな愛理見たのは初めてだよ。わたし二学期から学校行けないよぉ。どうしよう。なんとかしてよ」
「じゃあこっちにおいでよ。一緒に考えてあげるわ。許してもらえる方法を」
それから二学期が始まるまで、みんな怖くて愛理に連絡が出来なかったのだった。
終
登場する人物団体は、架空の存在です。実在のもとは、一切関係ありません。
2008年制作のものに加筆修正しました。
2011年 Ts解体新書版
2015年 小説家になろう版