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訓練開始

 訓練初日、とりあえず全員走らせた。

 私が休んでいいというまで一緒に走って、彼等の体力の限界を測った。

 勇者君はさすがの優等生、大体10時間くらい走っていたかな。

 異世界人というのは身体能力も強化されるが、それにしても凄いスタミナだ。

 元から鍛えていないとこうはならない。

 事実破壊者君は割と早い段階でギブアップしていた。

 どちらも近接戦闘を重視したジョブにも拘らずここまで差が出るのはジョブの恩恵だけとは考えにくい。

 一方で田中は意外と頑張ってみせた。

 平均3時間でギブアップしていたところ、彼は5時間くらい走ってそのままぶっ倒れた。

 先生? 1時間で目を回してたよ。


「大体わかったかな。これが今君達が生き残れる時間だ」


「なにを……言って……ゲホッ」


「はいはい、先生は水飲んで落ち着いて」


 疲労困憊といった様子だが、スタミナは生死にかかわる問題だ。

 戦うにせよ逃げるにせよ、スタミナ切れを起こしたらその場で死ぬ。

 そのくらいの心構えじゃないと手遅れになるから。


「私の場合3日くらいなら不眠不休で逃げ回ることも戦い続ける事もできる。だけどお前らは3時間くらいで限界が来るわけだ。先生なんかはビリだから速攻で死ぬな」


「ちょっと、あまり雫ちゃんをいじめないでよね」


「いじめるつもりはないさ。ただお前らが戦う時……そうだな、剣士で滅茶苦茶強い奴と回復できる奴と魔法使いの三人組だったら誰を狙う?」


「それは……」


 ガーディアンの女子が口を噤む。

 みんな今の一言で理解したのだろう。

 回復役を最初に潰すのが定石、次に厄介なのは魔法使い、滅茶苦茶強い剣士は最悪の場合放置して逃げてもいいんだ。

 なんなら仲間を殺されたと怒って雑な動きをしてくれたら付け入りやすい。


「まぁそういう事だな。聖女という破格の回復能力者だけど切られたら死ぬ。疲れて動けなくなりましたなんてなったらもっと楽に始末できる。パーティメンバーを回復されるってのはそれだけ面倒だから真っ先に狙われるんだ」


 ちらりと先生を見れば顔を青くしている。

 一方で他の回復系ジョブにも目を向ければ涙を流している者もいるが、そういう物だと割り切ってもらうしかない。


「だが安心しろ、私がそうはさせない」


「なんで言い切れるんだよ!」


「おーおー、前衛ジョブの癖に早々にリタイアした破壊者君は元気だな? 理由は簡単だ。私は強い」


 その言葉に一同唖然とした様子だ。

 だけど純然たる事実でもある。


「私のジョブは究明者。森羅万象を解き明かして自らの力に変えることができる。逆に言えば理解できていないものは使えないんだが、近接戦闘も魔法も回復も支援も何でもできるぞ。ジョブのレベルもてっぺんだし、まともにやり合って勝てないのは魔王くらいだ」


 実のところあいつも似たようなジョブなんじゃないかなとは思っている。

 それだけ多彩な攻撃をしてきたし、不老不死とか殺しても蘇るとか普通じゃありえない。

 そのありえないを可能にするのがジョブ特性というもんだが……。


「ちなみに国くらいなら数日あれば潰せるぞ。というか実際潰したことあるが歴史の勉強でもしてみるか?」


「……チッ」


 舌打ちでお断りしてきた破壊者君はなかなか反抗的で好みだな。

 異性としてではなく、教え子として撃てば響くというか……教えがいがある。


「ちなみに精神的に余裕がある状態でこれだから実戦で身体を動かせる時間はもっと短いと思った方がいいぞ。精神的な疲労とかもあるから……長く見積もっても十分の一くらいじゃないかな。そこの勇者は別として」


「なんで琴吹の奴だけ別なんだよ」


「そう拗ねるな。こいつの場合は良くも悪くも特別なんだ」


「はっ、勇者様だからか?」


「いや? この場合ジョブは関係ない。本人の資質だな」


「学校で一番人気の生徒会長様は異世界でもモテモテってか? くそったれ」


「はははっ、拗ねるなよ。そもそも私は褒めてない。むしろ……いや、これは言わぬが花ってやつか?」


 人間的に重要な感覚が抜け落ちているサイコパスだ、なんて言ったところで納得してもらえないだろう。

 それ以上に不和を生む可能性が高い。


「むしろ私が評価したいのは田中と君と、それとそこのガーディアン女子の三人だな」


「はぁ?」


「あれだけ反抗的だったのにしっかり訓練には参加している君は上下関係だけじゃなく、今後の生存についても考えている。田中も同様だ。そっちのガーディアン女子は別みたいだが、最善の方法を模索しているように見える。他の連中は周囲に合わせてやってるようにしか見えなかったからな」


 訓練に乗り気だった奴は少ない。

 いきなり召喚されて、世界を救ってくれ、じゃあ訓練を始めるぞでモチベーションが上がる方がどうにかしていると言われたらその通りだ。


 だがこいつらは違った。

 すぐに自分なりの指針を見つけて、あるいはその指針の手掛かりになるものを求めて訓練に参加した。

 その姿勢は今後この世界で生き延びていくのに重要なものだ。

 過去に何度か転移者や転生者を見てきたが、持ち前の能力を振り回すだけで早死にする奴も多かった。

 そういう連中に足りなかったのは覚悟だろう。

 こいつら三人はそれを持っているからこそ、私は手放しで称賛できる。


「お前らが考えてるほどこの世界は甘くない。自発的に目的をもって行動できない奴は死ぬ。それを教えるところから始めるべきだったな」


 そう告げてからインベントリから水晶玉を取り出す。

 この世界の水晶には特別な力があり、魔法を封じ込める事が可能なのだ。

 正確に言うなら宝石やパワーストーンと呼ばれる類全般なんだけど、水晶はその中でも特に魔法との相性がいい。

 もちろん魔術を封じ込める事もできるが、再現性の低い魔法に使われるのが主流だ。


 ただ私は考えた。

 それって一発打ち切りの魔法を込めるだけで面白くないんじゃないかと。

 だから改造して魔道具を作った。

 周囲からは高価な水晶玉に魔術を付与しようとしている愚か者と笑われたが、完成品を見せれば態度は一変した。


 込められる魔法や魔術の強弱、それ以外にも種類や効果は大きさと純度で決まる。

 手のひらに乗るサイズの水晶玉ならば戦場を一変させるような大魔法を封じ込めることができるが、その威力は1割程度まで落ちてしまう。

 しかも使い切りの道具なので各国ではその手の水晶を『魔水晶』と呼び宝物殿とかにしまい込んでいた。

 基本的に戦略兵器よりも防衛用に使われることが多いのは単純にデカすぎて運搬に向いていないからだが、取り出した水晶球はもっと有意義な使い方ができる。


「こいつには記録の魔術が施されている。魔力を補充してやれば何度でも使えるし、その場で起こった事なら映像も声も全て再生される。使い方を変えれば魔力を察知して過去の記録を見る事もできる道具だ。その中でも私が体験した一番温い戦場を見せる。吐くなよ」


 そう、いわばカメラだ。

 しかも使い切りではないというのがいい。

 こいつを作った時は誰もが、その程度のものかと高をくくっていたが戦場に国王から直々の激励を送るとかそういう使い道を教えたら重宝されるようになった。

 そこから改造して過去の記録も読み取れるように、更に改造して記憶に残っている映像を映し出せるようにした。


 今では一般庶民の娯楽に頭の中で作り上げた寸劇を披露する者もいる。

 結果的にこいつはバカ売れしたんだが、如何せん複雑になりすぎて簡略化されたものが数種類世間に出回ることになった。

 それはさておき、一番温い戦場と入ったが何を見せるか少し悩む。

 実のところ戦争は大なり小なり悲惨なものだ。

 一番酷いとなれば選ぶのは簡単だが一番温いとなると……。


「あぁ、西大陸のあれでいいか」


 ふと思い出した戦争、とよぶにも小規模で部族の小競り合いと呼ぶにも抵抗があるような適当なそれを映像として見せる。


「うっ……」

「ひっ」

「うぁ……」


 生徒たちから悲鳴が漏れる。

 小競り合いにも満たないとはいえ死人は出る。

 それを目の当たりにして、例え映像であろうとも生々しさが伝わったのだろう。

 私の記憶の一部を見せたといっても過言ではないのだからリアリティでいえば限りなく本物に近い偽物ではあるが、最初ならこのくらいでちょうどいいだろう。


「言っておくがこれはかなり温い物だ。それでも100を超える死者と300を超える重傷者……この場合は手足が千切れたりとか、眼球が潰れて元の生活に戻れなくなった奴らの事だな。骨折とか肉が削げ落ちたくらいは軽傷の内だが負傷者全体では数えきれない。当然行方不明者、逃亡したか消し飛んだかわからない奴なんてのもいた」


「生徒に悪影響です……!」


 先生が抗議の声を上げるが、顔は真っ青で今にも倒れそうな顔色をしている。

 まいったな、彼女にこそこういう場面にはなれてもらうべきなんだが。

 しかしガーディアン女子が何も言ってこないのが不思議だと思って視線を向けたら両肩を抱きしめて震えていた。

 依存しているとはいえ年頃ってことか。


「悪いがこの程度で気分を害されてしまうとこちらも困る。先生、あんたは望んでないかもしれないが聖女だ。この世界にはジョブというシステムと階級社会が同時に存在する。貧乏人や平民が名を上げるにはジョブを得るしかない。言っている意味が分かるか?」


「……世界中の人が二つのシステムに運命づけられているということですか」


「そ、あんたらの世界と違ってこっちは随分とシビアでね。運命ってのに縛られているようなもんさ。あんたらの世界の話、過去の勇者に聞いたがぴったりな言葉があったな。郷に入っては郷に従えだっけか?」


「それは……」


「便利な言葉だ。その上で残酷な事を言うとあんたの生徒はこれ以上の戦渦に巻き込まれる可能性が高いし、あんたはこれ以上に悲惨な光景を目にすることもあるだろう。そんなときに回復役がするべき事ってなにか。知っておいた方がいいだろ」


 その言葉に先生は沈黙してしまった。

 言い過ぎたかなと思ったが、誰も何も言ってこない。

 ティーンの繊細なメンタルに傷をつけた一方で、自分たちの力を自覚したのだろう。

 やらなければいけない事、やれる事、やりたい事、これらが一致する人間はまずいない。

 けれどやらなければいけないという型に合わせる事はできる。

 無理をすれば心が摩耗し、時には壊れてしまうが彼等は違ったようだ。

 1人、何も言わずに映像を見続ける勇者を除いて。


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