いっぱいきた!
「言い訳はありますか?」
「……申し開きのしようもありません」
いわゆる謁見の間、そこで私は土下座をしていた。
こっちの世界にも土下座の風習はある。
そしてその意味合いは日本よりも重い物で、その首を跳ねてくれても構わないという最上級の謝罪の意がこもっているのだ。
が、今回に関しては普通に恐怖で顔を上げられないだけである。
ちょっと街を観光するつもりだったんだよね……日付が変わったことに気づいたのは太陽が二回昇ってからだったよ。
捜索隊組まれて捕獲されて連れてこられたんだ。
そして弟子と養子の子孫に土下座する羽目になった。
扱いは在任より雑で、どうやら私の取扱説明書みたいなのが残されていたらしい。
曰く、殴りかかったゴーレムが腕を痛めるレベルで頑丈だから手荒に扱っても問題ない、ガーゴイルの首を素手で捻じ切るくらいの力があるという記述があったらしい。
流石にそこまでは……魔法で強化しないと無理だと思ったけど口には出さなかった。
「まったく、世界最高峰の冒険者であり研究者と唄われた大師匠様がこんな方だとは……」
「いやはや、弟子にも養子にもよく呆れられてたよ」
「まぁいいでしょう。それより本題ですが……勇者が召喚されたことについてご存知ですか?」
「あ?」
勇者召喚、それはこの世の理を無視した魔法である。
魔術が理論として確立されたものであるのに対して魔法はなぜその現象が起こるのかわからない、要するに謎が残っているものを指す。
魔法陣やら術式などは確立されたものを使っているが、勇者を召喚しても「異なる世界から敵性のある人間を連れてくる」という物であり、同一人物が呼ばれるわけでもなく、更には巻き込まれて召喚されるものまで出てくる始末。
魔術と呼ぶには程遠いものだが、問題はそこじゃない。
一般的な人間の保有魔力を数値化した場合10~50がいい所だろう。
対して戦況を変えられるような大魔術を使用するには1000くらいの魔力が必要であり、それを持ちうるのは私のようなハイエルフか余程魔術に愛された者くらいだろう。
では勇者召喚はと言えばその数値も未知数、そんなものの補充なんて古今東西世界を問わず同じ方法に至る。
生贄だ。
「どれだけの住民を殺した? 言ってみろ」
「住民の被害は0です。アシアン帝国とハルファ聖教国が我が国の領土ギリギリで戦争をしまして……」
「あー、はいはい。大体理解した」
アシアン帝国とはこの辺りで幅を利かせている新興の国で、方々に戦争を吹っかけて領土を広げているらしい。
目指すは大陸統一と言っているが、その言葉は聞き飽きるくらいにいろんな国が口にして滅んだ。
一方のハルファ聖教国だが、こちらは長い付き合いになる国であり、同時に私の……というか私を含む人間ではない種族全体の敵対者だ。
俗にいう人間至上主義を掲げており、私も立ち寄ったことがあるが物凄く肩身の狭い思いをしたし嫌がらせも受けた。
そんな二つの国が戦争をした理由は凄く単純で、勇者という存在。
勇者がいる国というのはそれだけで権威があり、国家間のやり取りでもかなり優遇される。
要するに威厳が欲しかったんだろうな、新興帝国と宗教国家で。
その思いが悪い方向で合致して戦争になり、そんで滅茶苦茶人が死んで生贄の代わりになって勇者が召喚されたと。
ただそこまでなら双方の国家で奪い合いになっただろうけれど、召喚されたのが近場でドンパチされていたこの国の領土内だった……というオチなんだろうな。
「その召喚された勇者は?」
「勇者様達は王宮でこちらの情勢を学んでいただいています。取り乱す方もおりましたが、今は一定の理解をいただいているのですが、如何せん常識の異なる世界からの来訪者。どう扱えばよいか考えあぐねておりまして……」
「ほーん……ん? 今達っていった? 複数いるの?」
「はい、その、31人です」
……思わず頭を抱える。
そりゃね? 勇者召喚に巻き込まれる人はいるよ。
そういう人も大体チート能力みたいなジョブ持っていたよ。
無かったとしても潜在魔力とか、知識とか、何かとずば抜けた人物だったよ?
だけどこれだけの大規模な召喚の例は無い。
一時期研究していたけれど勇者の召喚には時空の歪みと名付けた世界間の穴を通ってくる。
それだけの人数が通れるだけの穴が空いたというだけでも問題だというのに……異世界の人間が31人もいるとなれば世界情勢が滅茶苦茶混乱するぞこれ。
「……で、どうしろというのさ。そいつらの面倒を見ろと言われても私じゃ大したことはできないぞ?」
「既に皆様ジョブを得ておりますので育成をお願いしたいのです。基礎で構いません。それと【究明者】への依頼として判断のつかないジョブの研究もお願いしたく……」
究明者、それが私のジョブ。
ゲーム時代のジョブは全てこれに統合されて、ステータスやスキルはそのまま使いたい放題。
同時にジョブそのものはレベル1からスタートして200年くらいでカンストに至ったけど、このジョブの本命はその名の通り研究して解き明かす事。
僅かな情報であろうとも可能性さえあればそこから糸を手繰るようにして結果へと至ることができる。
そして解明した情報を自分のうちに取り込むことでスキルや恩恵を得る事もできるようになるのだ。
まぁ問題があるとすればその究明に滅茶苦茶時間がかかるという事だけど、今回みたいに触りを理解してどういう類なのかを知るくらいならすぐにわかるだろう。
「判断できないジョブってユニークだろ? 何人だ?」
「えーと、非常に言いにくいのですが……29人です」
「ほぼ全員じゃねえか! え、いやまて、勇者はわかる。うん、じゃあもう一人は?」
「聖女のジョブを授かった者がいます」
「最悪極まる!」
聖女、それは勇者に並ぶレアなジョブであり、そして今回戦争ぶちかましてくれたハルファ聖教国がどんなことをしてでも手に入れたい人材だ。
その名の通り聖属性の魔術、魔法に精通しており癒しの術に関しては右に出る者はいない。
また聖域などの魔法も使用可能で、自身が敵と見なした存在の侵入と攻撃を阻む領域を一時的に作り出す事も可能だ。
一方で戦闘能力は皆無なのだが、ヒーラーとしての能力は最強と言っても過言ではない。
一般的に戦場に出る事は無いが、魔王討伐ともなれば聖女クラスの人材がいれば大抵の困難は跳ねのけられるだろう。
「当然秘匿しているんだろうな……」
「今のところこの情報を知っているのは私と貴女を含めて5人だけです」
「そうか……」
少し安心したが……正直どこから情報が漏れるかわからんのが怖いな。
聖女のつかう術の大半がオンリーワンだし、それなりの地位があれば一目見ればバレてしまう。
いっそ人目につかないように……ダメだな、その聖女の性格がわからん。
下手したら脱走したりするかもしれん。
「で、どんな奴が聖女なんだ?」
「他の方々は10代ですが、その方だけは20代で……先生と呼ばれていましたね」
「……生徒と教師か?」
「おそらくは。責任感の強い方のようで勇者様達を守るように私達の前に立ちふさがっておりました。何をするにも自分が最初に、まるで実験台になるかのように行動していましたね」
「そりゃあ隠しきれないな……最悪の場合ハルファ聖教国との戦争も視野に入れて動くべきだろう」
「今うちの騎士団長がハルファ聖教国に赴いて抗議しております。国境ギリギリとはいえ民を危険に曝したという名目で。また大臣をアシアン帝国に送り同様の抗議をしております」
悪くない選択だ。
外交で圧力をかければ戦争ばかりで蓄えの少ないアシアン帝国は多少なりとも反省の意を示さなければいけない。
最悪の場合戦争もできないほどに疲弊して自滅する。
今までの戦争も紐解けばほぼほぼ土地と食料目当てだろうけれど、領土を広げた分民が増えて食料の備蓄も減っていくとなればじり貧だ。
仲良くできるうちは柔和な態度で接してきて、力を蓄えたところで攻め滅ぼすのがそういう国のやり方だからこそ今はこちらが優位に立てる。
一方でハルファ聖教国は食料などの備蓄こそあるが、今回の戦争でそれなりに戦力を失っている。
そこに抗議に来たのが騎士団長ともなれば無下にはできない。
もとより人間至上主義のハルファ聖教国、もとをただせばハルファ教は権力者が国を上手く動かすために利用していたものであり、庶民からはそこまで重要視されていない。
むしろアゼミア教やレナス教といった亜流の方が信仰者が多いくらいだろう。
どれも「人らしくあれ」という一文が絶対の教えであり、ハルファ教はそれを曲解したり拡大解釈して人間こそ至上であり他種族を迫害してもいい。
「人間らしくあれ」という意味合いで使っている。
一方でアゼミアやレナスは他者を害するな等の文言が含まれている上に、森や山に近い場所ではエルフやドワーフとのやり取りも出てくるため彼等にも浸透している宗派に傾倒しやすいのだ。
「仕方ない……戦争への備えは私もする。魔道具とそれなりの装備を用意しておけば犠牲者も減るだろう。それと並行して勇者とそのお仲間の方も面倒見てやる。ただしちゃんと金は貰うからな?」
「無論です。言い値でとは言えませんが相応の対価と、それと魔王討伐に同行していただけるのであれば禁書庫や宝物庫に保管されている資料を提供する事も考えております」
「……本当に、あの子の子孫は逞しく育ったなぁ」
「ふふふっ、お師匠様の扱い方はマニュアルとして用意されておりますからね」
え? あの子そんなもん作ってたの?
未来のこと考えすぎてるよね……頭のいい子だったけれどそこまでできるとは……。
隙を見せすぎたかな?