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第9話 ベッド争奪戦

『白日の宴』ギルド本部。三階の一室。

 部屋に入ったポルンは驚いて声を上げた。


「わぁ、すごい! もうベッドが一つ増えてる! 団長が手配してくれたんだ!」


 左手には二段ベッド。その奥には二つ並んだ机。そして右手にもう一つ真新しい大きなベッドが置いてある。

 部屋の奥の窓からは中庭が見渡せる。

 ポルンは真新しいベッドを指さした。


「これ、マオちゃんのベッドだよ!」

「むむ。これがわしのベッドか?」

「そうだよ~。これからここで寝るの!」

「こっちの二段ベッドはお主らのか?」

「うん。上が私で、下がリュカちゃん!」


(わしのベッドは二段ではないのか。まぁ、一回り大きいようじゃし構わんか。この体にはちと合わんが……)


 その時、すかさずリュカが口をはさんだ。


「ちょっと待った」

「なんじゃ? どうした?」

「あたし、二段ベッドの上がいい」


 ポルンの笑顔がひきつる。


「ん? どうしたのリュカちゃん? 二段ベッドの上は私の場所だよ?」

「あぁ。たしかにあたしとポルンがこの部屋に初めて来たとき、ジャンケンの結果、ポルンが上に決まったな」

「うん。だったら今さら蒸し返さなくても……」

「だが、今日また新たな同居人が増えた。つまり、もう一度ベッドを選びなおす権利が発生したということだ!」

「えぇー……。別に今のままでいいじゃない。ベッドの上に置いてあるものとか、移動させるの面倒くさいでしょう?」

「めんどくさくてもあたしは上がいい!」


 マオははてと首を傾げた。


「のぉ、リュカよ。どうしてそこまで上にこだわるんじゃ?」

「二段ベッドの下は扉のすぐ目の前だろ?」

「うむ。それがどうした?」

「つまり、急に部屋に誰か入ってきたらまっさきに見られるということなんだ」

「……む?」

「そして『白日の宴』では、子供は必ず十時には就寝しないといけない。きちんと寝ているか確認しに、団長が夜な夜な見回りにくる」

「ふむ」

「その時にだ。二段ベッドの下だと、寝転がって遊んでいるとまっさきにばれてしまうんだ!」

「寝ればいいじゃろ」

「ポルンは夜中に本読んでても、扉が開いた瞬間に本を閉じて寝たふりでごまかしてるんだ! あたしだって夜中にこっそり遊びたい!」

「寝ればいいじゃろって」

「嫌だ! 遊ぶ遊ぶ遊ぶ!」


(子供じゃなーこいつ)


「のぉ、ポルンよ。仕方がないからかわってやったらどうじゃ?」

「イヤ!」

「お主もか……」


(むぅ……。こやつらこんなしょうもないことでケンカしおって……。そういえばわしが魔王だった頃も、魔族同士のいざこざは絶えなかったのぉ。まぁ、そんな時は大抵武力でなんとかなったのじゃが……)


「よし。ならば間を取ってわしが二段ベッドの上に寝ようぞ」

「それはダメ!」とポルン。

「あたしが上で寝たいって言ってるだろ!」とリュカ。

「お主は遊びたいだけじゃろ」

「ポルンだって本読んでるし!」


(むぅ……。このまま言い合っておっても仕方がないのぉ。何より、わしはもうかなり眠い。この体、食欲といい、睡眠欲といい、欲という欲にとことん弱いのぉ……。あぁ~、だめじゃだめじゃ。ここでコテンと寝てしもうては魔王の威厳が保てん。……いや、それはかなり前から失っておるか)


「よし。よく聞け二人とも!」

「「?」」

「そこの二段ベッドの上の段、実は少々問題がある」

「問題だと?」

「そうじゃ。ほれ、よく見てみぃ。部屋の奥に窓があるじゃろう?」

「それがどうしたんだ?」

「お主、その窓から何が見える」

「何って……中庭と……あとは他の部屋の窓くらいだぞ」

「そうじゃ。そしてよく見てみい。他の部屋にも、ここと同じく二段ベッドが置かれておるじゃろう?」

「あぁ」

「でじゃ、ここからは二段ベッドの下は、窓際に置かれた机で隠れて見えんくなっとる。じゃが、二段ベッドの上はここからでも一目瞭然じゃ」

「……」

「つまり、そこで寝起きする者は、必ず寝ぼけたあられもない姿を他の部屋から見られて嘲笑されるという危険が付きまとっておるということなのじゃ!」

「「!?」」

「ボケェっとしながらベッドの上で涎まみれになって、それを袖でべちゃべちゃ拭っている姿を見られた日にはもう生きてはいけんじゃろうな。深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いておるのじゃ。よう覚えとけ」

「お前はずっと涎垂らしてたけどな」

「みなまでいうな」


 リュカは顎に手をあててしばらく考え込んだ。


「だけど、たしかにマオの言うことは一理あるな……」


 ポルンはわざとらしくその場で背伸びをした。


「うーん。なんだか眠くなってきたね。私、ハシゴのぼるの面倒くさいし、これからは下のベッドで寝ようかな~」

「いや、待てポルン。やっぱりこのままでいい。ベッドの交換なんて申し出て悪かったな」

「いやいやいや、大丈夫だよ。かわるかわる! 今までもずっと私が上使っちゃって悪いなぁって思ってたんだぁ」

「だがジャンケンの結果そうなったわけだからな。潔く諦めてくれ」


 やがて、ポルンは新しく置かれたベッドの上で駄々っ子のように暴れまわった。


「やだやだやだ! 二段ベッドの上とかもう恥ずかしくて寝たくないよう!」

「諦めろ。これまで夜更かししてた報いだ」

「もういやだ! 私これからここで寝る! マオちゃん上行って!」

「む? 別によいが……」

「ほ、ほんとに!?」

「うむ。構わんぞ」

「やったー! ありがとう、マオちゃん! これで乙女の純情は守られたよ!」


 ポルンはいそいそと今まで使っていたベッドから自分の持ち物を移動させた。

それを見たリュカが呆れている。


「そんなに本隠してたのか……」

「へへへ~。だってばれなかったんだも~ん。でも今まで寝起きしてる姿を誰かに見られてたとしたら恥ずかしいなぁ……」


 マオは眠気を抑えきれず、あくびをして目をこすった。


「むぅ……。じゃあ、お主ら、電気消すぞ? よいか?」

「あぁ。いいぞ。やっぱり今まで通りのベッドが一番いい」

「私も大丈夫だよ。このベッドおっきくて寝やすそう」

「うむ。さようか」


 パチン、と電気を消したマオは、寝ぼけ眼で窓から差し込む月明りを見つめた。そして、トボトボと窓に近寄ると、「眩しい!」と言って勢いよくカーテンを閉めた。


 暗闇に包まれながら、リュカとポルンは(カーテン閉めれば顔見られないじゃん!)とやり切れない思いだった。


「じゃあ、おやすみじゃ」

「「お、おやすみなさーい……」」


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