第5話 ギルド『白日の宴』
森を抜けたところまで案内したフードを被った獣人は、申し訳なさそうに何度も「ごめんなぁ」とか、「怪我がなくてよかったわぁ」とかそんなことを言って、また森の中へ帰って行った。まだ他にもモンスターの被害がないか探しに行くらしい。
目の前には石材で造られた大きな壁。それが森との境界線を引くようにずっと先まで伸びている。
「ふむ。街を囲っとる外壁か。想像しとったよりも大きな街じゃな」
ポルンは街に向かって指をさした。
「ここはポノノアっていう名前の街で、奥の方には川も流れてるの」
「ほぉ。川もあるのか」
(……ぬ?)
くんくん。
「う、うまそうな匂いが漂って来とる……」
「ふふふ。街には食べ物屋さん、たくさんあるからね」
「食い放題か!?」
「ち、違うよ。お金がないと食べられないよ」
(金が必要なのはどこの世界も同じか……)
やがて大きな門にたどり着き、そこから難なく街の中へ入った。
地面は舗装されていて、緩やかな坂が続く道の両端にはレンガで造られた家が並んでいる。その中のいくつかは何やら看板を出していて、おいしそうな物が溢れんばかり並べられていた。
「おぉ~! おぉ~! どこもかしこも食べ物だらけじゃ! おい、ポルン! あ、あれはなんじゃ!?」
「あれはケーキ屋さんだよ」
「リュカ! あれはなんじゃ!?」
「あれは定食屋。あの店は結構うまいぞ。無論、金はかかるけどな」
(魔界に住んでおった頃は物を食うという発想がなかったから気にしたことはなかったが、食べ物とはこれほど豊かなものであったのか。くそ! 金さえあればここら一帯すべて食べつくしてやるのに!)
「の、のぉポルン。お主は金持っとらんのか?」
「少しならあるけど、今は先に『
「『白日の宴』? なんじゃそのお気楽な名前は?」
「私たちが所属してるギルドだよ。ダンジョン攻略とか、アイテムの収集とか、いろんなことをしてるギルドなの。五百人以上で構成されてる大規模ギルドで、私も全員の顔は知らないくらい」
「そこに入れば金は貰えるのか? お前もギルドから貰っておるのか?」
「そうだよ。私もリュカちゃんもまだ見習いだけど、それでも毎月お給料は貰えるの。でもダンジョンに潜ればもっとたっくさんお金が貰えるよ!」
(なるほど。ギルドで出世すればそれに応じた報酬が手に入るというわけか。ククク。わしの力ならばすぐにでも一番の稼ぎ頭になれるじゃろう。そうすれば金はがっぽがっぽ手に入り、それで何でも好きな物を食べ放題じゃ!)
リュカは、不気味に笑うマオに眉をひそめた。
「お前、すごく悪そうな顔してるけど大丈夫か?」
「フハハ! 元からじゃ。気にするでない」
ひょいとポルンが口をはさむ。
「ところでマオちゃんっていくつなの?」
(……魔王の頃から数えれば三百歳は軽くいっておるが、この世界では生まれたばかりじゃし……)
「わし、何歳に見える?」
「えぇ~っと……七歳くらいかな?」
「じゃあそれで」
「それでって……。なんか適当じゃない?」
「ちなみお主らはいくつじゃ?」
「私は十一歳。リュカちゃんも一緒だよ」
「む。ならばわしは年下になるわけか」
「まぁ、見るからに年下だよね」
(こんな子供よりも年下になるとは……。不思議な感覚じゃな)
大通りをまっすぐ進み、噴水広場に出るとリュカが前方を指さした。
「ついたぞ、マオ。ここが『白日の宴』のギルド本部だ!」
水しぶきをあげる噴水の向こうに、他の建物に比べて明らかに大きな建造物が、左右に伸びるように立っている。
(ふぅむ。魔王城とまではいかんが、中々に大きい建物じゃな。ケルベロスの寝床程度はあるかの)
「よし。ならばさっさと団長とやらに会わせろ。そしてすぐにでもエースとして活躍し、がっぽがっぽ大金を稼いでやるわい。フハハハハ!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『白日の宴』本部。
リュカが団長室の扉を叩いて声をかけた。
「リュカとポルン、今戻りましたぁ」
「はーい。どーぞぉ」
ガチャ。
薄暗い部屋。机の上に山のように積まれた書類の向こうから、髪の長い女がこちらをのぞく。女は前髪に髪留めをし、赤い縁の眼鏡を掛けていて、どことなく知的な印象が漂っている。
「お帰りなさい。……あら? 二人ともどうしたの? 随分汚れてるじゃない……」
「実は採集クエストの途中でモンスターに襲われて……」
「えっ!? 大丈夫だったの!?」
「はい。こいつに助けてもらったんで」
二人の陰に隠れていたマオの姿を、団長は初めて捉えた。
「こ、子供?」
「今はマオと名乗っておる」
「マオ?」
「そうじゃ」
「……マオちゃん、今いくつ?」
「七歳じゃ」
「七歳って……」
マオは胸を張り、一歩団長に近付いた。
「さぁ! わしを雇え! ダンジョンなどたちまち攻略してみせようぞ!」
「う、う~ん……。普通、ギルドで修行を始めるのは十歳を過ぎてからなんだけど……」
団長は苦笑いを浮かべている。
そこへ、ポルンが控えめに手を上げた。
「で、でも、マオちゃんほんとに強いんですよ」
「そうなの? あんまり見た目じゃわからないけど……」
「ふふん! わしは本当に強いんじゃ! わしを雇えることは名誉以外の何物でもないぞ!」
「……まぁ、たしかに口ぶりは強そうだけど……。でもマオちゃん、ダンジョンにはね、こわーいモンスターがいっぱいいるのよ?」
「構わん! ねじ伏せてみせようぞ!」
「連携してくる敵だっているし」
「フハハ! まとめてひとひねりじゃ!」
「フロアボスって言ってとっても強い敵もいるし」
「わしの方が強い!」
「遠征とかになったら一か月は地上に帰ってこれなくなるかもしれないし」
「……なぬ?」
マオは首を傾げた。
「今、何と言った?」
「だからね、ダンジョンの奥深くを攻略するために、一年に一度くらいは攻略組で遠征に行くのよ」
「……そ、その間、食べ物はどうするのじゃ?」
「携帯食料があるわよ。日持ちして運びやすい食べ物ばかり持っていくから、ほとんど毎日同じ物を食べることになるけどね。栄養的には問題ないよう、料理長が工夫してくれてるから問題ないし。まぁ、三日もすれば飽きちゃうんだけどね」
(毎日同じ食べ物じゃと!? ふ、ふざけるでないわい! 街にはあんなに多くのうまそうな店が並んでおったのに、どうしてわざわざ同じ物ばかり食べ続けねばならんのじゃ!)
「……やっぱりやめじゃ。わしは街にいたい。街でうまいものが食べたい」
「そ、そう? 私もちっちゃな子をダンジョンに送るのは気が引けるし、マオちゃんさえよければ冒険者見習いとして雇うことはできるわよ? うちは大所帯で、いつも人手不足だから」
「……わしは戦う以外にあんまり役には立たんと思うのじゃが、それでもよいか?」
「それなら大丈夫! 後ろの二人があなたの教育係をしてくれるから。いいわね、ポルン、リュカ?」
「はい、大丈夫です! マオちゃん、なんだか妹みたいでかわいいし」
「あたしも問題ありません。子供の世話くらいできます」
団長は改めてマオに手を差し出した。
「それじゃあマオちゃん。これからよろしくね」
「うむ。世話になるぞ」