第40話 調合クエスト
『白日の宴』、中央エントランス。
ここにはいくつもの掲示板があり、様々なクエストが貼り出されている。
マオ、リュカ、ポルンの三人は、その中の見習い専用のクエスト掲示板をじぃっと見つめていた。
リュカが一枚のクエストを指差し、
「ほら。調合クエストだってさ。珍しい」
「む? 調合じゃと? そんなもの一度も見たことがないぞ」
「あたしも見習い用のクエスト掲示板で見るのは初めてだなー。でも、調合って冒険者にとって必須だからな。ダンジョンの中で採れたアイテムで体の傷を癒したり、毒を中和したり、敵に使って痺れさせたりするものだってあるんだぞ」
「ほぉ。中々面白そうじゃな」
「見習い用の掲示板にあるってことは、そこまで難しいクエストじゃないだろうし、受けてみるか」
乗り気になっているマオとリュカの横で、ポルンが「ん?」とその張り紙の隅っこに目を凝らした。
「ねぇ……。ここ、何か書いてるんだけど」
「え? 何だ? ……えぇ~っと……『ただし、ポルンは受注不可とする』……だって」
「なんで私だけ!?」
「なんでって言われても……」
リュカはじとっとポルンを睨んだ。
「バレたんじゃないか? お前が不器用なの」
「不器用じゃないもん!」
「この前の料理の時、酷かっただろ……」
「あれは料理の時だけだもん!」
三人のもとに、トコトコと近付いてくる人影があった。
三人もそれに気付き、視線を移すと、そこには以前、マオが魔力障害になった時に診てくれたドクターの姿があった。
ドクターはいつも通り、袖の余ったダボダボの白衣に、ウサギ特有の二本の耳と、その真ん中には立派な一本ヅノが生えていた。
ドクターは真っ赤な瞳を三人に向ける。
「そのクエスト、ウチが出したんだし」
「ちょっとドクター! どうして私だけ受注不可なの!?」
「君はめちゃくちゃ不器用だって聞いたし」
「不器用じゃないもん!」
「不器用な奴は大抵そう言うもんだし」
「酷い! 濡れ衣だもん!」
ドクターは面倒くさそうに頭をかいた。
「とにかく、調合クエストはデリケートな作業だし、ポルンはまた後日ウチがつきっきりで教えてやるから、我慢するし」
「うぅ……。私だってできるのに……」
ドクターはマオとリュカに、
「じゃあ、残りの二人はウチと一緒に調合室まで来るし」
と、半ば強制的に調合室まで連れて行かれることとなった。
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調合室。太陽光の進入を防ぐため、窓には暗幕がかけられている。
壁には一定間隔で『ヒカリヤナギ』の枝が光源として置かれており、ぼんやりと室内を照らしていた。
そして部屋の中央にどんと置かれた巨大な石鍋を見て、リュカはゴクリと喉を鳴らした。
「調合室って来たことなかったけど……なんか不気味だな」
「む? そうか? わしは、昔住んでおったところに似てて落ち着くがな」
「お前いったいどんなところに住んでたんだよ……」
そんな二人を他所に、先行して部屋に入っていたドクターが、棚からひょいひょいといろんなものを取り出しては、それを二人の前にある机に並べていった。
「じゃあー、二人にはこれから傷を癒す『ヒーリング・ポーション』と、毒を消す『クリアポイズン・ポーション』、それから一時的にモンスターの目をくらませる『フラッシュ・ボール』を作ってもらうし。『ヒーリング・ポーション』と『クリアポイズン・ポーション』は簡単だけど、『フラッシュ・ボール』は手順を間違えると爆発するから注意するし」
「どうしてそんな危なそうなものをあたしたちに任せるんですか……」
「見習いのうちにいろんな経験をしておくことも大事だし」
「じゃあポルンも連れてきてよかったんじゃないですか?」
「うーん……。ウチがずっとついててやれればそれでもよかったし……。でも今日はダンジョン探索班の帰還が運悪く重なったから、ウチは医務室にいなきゃだし。まぁ、そんな難しいものでもないから、気負う必要ないし。作り方はそっちの紙に書いておいたから、とりあえずやってみて、終わったら医務室に呼びに来るし。わかったし?」
リュカとマオは、ドクターが指差した先に置いてあった紙に視線を落とした。
「……まぁ、たしかに難しそうな感じじゃないですけど……」
「わしも問題ない」
ドクターはうんうんと頷くと、そのまま「じゃあ、また後でだし」と言い残し、調合室を去って行った。
リュカはその背中を見送ると、短いため息をついた。
「……ふぅ。ドクターって結構いい加減だよなぁ」
「仕方なかろう。わしらだけでさっさと終わらせてしまおう」
「そうだなー」
リュカはドクターが残したメモ書きと、机の上に並んでいる様々な物を交互に見比べた。
「じゃあ最初は『ヒーリング・ポーション』を作ってみるか。えーっと……。『癒しキノコ』と、『月光樹の油』、それから少量の『光苔』を鍋で煮込む、だってさ」
「ふぅむ。で、どれがどれなんじゃ?」
机の上に並べられているたくさんのアイテムにマオが首を傾げていると、リュカが手際よく三つのアイテムを選び取った。
「これとこれと、それからこれだ」
「ほぉ。よく知っておるな」
「これくらい冒険者なら誰でも知ってるぞ。マオももう少し勉強しろよ」
リュカはその三つのアイテムを、グラグラと煮詰まった鍋の中に放り込んだ。
鍋の底が尖っており、そのすぐ真下には抽出した成分を保存するための小瓶がセットしてあった。
リュカが入れた『癒しキノコ』、『月光樹の油』、『光苔』はすぐに鍋の中に溶け込み、瓶の中にポタポタと水滴が落ち始めた。
しばらくすると、瓶の中はほんのりと輝く緑色の液体で満たされた。
「ほら! できたぞ、マオ!」
「ふむ。では一口……」
「えっ!? い、いや、ちょっと何普通に飲もうとしてるんだよ!?」
「なぬ? 飲めんのか?」
「いや、飲めるけど……。これ、回復用だからおいしくないと思うぞ」
「まぁ、ものは試しじゃ」
マオはリュカの制止もきかず、できたばかりの『ヒーリング・ポーション』をゴクゴクと飲み干した。
「ぷはぁ! まずい!」
「……うん。まぁ、わかってたけどな」
「リュカよ! このままではいかんぞ!」
「何がだよ」
「もっとうまくせんと、こんなもん飲んでられん!」
「いや、だから……。回復用だからうまさとか関係ないし……」
「ちょっと待っておれ! あれをもらってくる!」
「え? あれって……」
マオはそのまま調合室を飛び出して行ってしまった。
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どこかに行ったまま帰ってこないマオは放っておいて、リュカが『クリアポイズン・ポーション』も作ってしまった頃、マオはようやく調合室へ戻ってきた。
「あっ! やっと帰ってきた! どこ行ってたんだよ! もう『クリアポイズン・ポーション』も作っちゃったぞ!」
「むっ! よし、それも飲ませろ!」
「いや、だからどうして飲もうとするんだよ……」
「ぷはぁ! まずい!」
「あたしの言うこと全無視かよ……」
マオは小脇に抱えていた包みを広げると、その中からスラ蜜が入った小瓶や、小麦粉などがどっさりと姿を現した。
それを見たリュカが目をパチクリとさせる。
「なんだよそれ……」
「料理長に余っとる食材をもらってきたぞ! これで味付けするんじゃ!」
「そんなことして大丈夫なのか?」
「知らん!」
「無責任だなぁ……。まぁ、材料は結構あるし、やってみるか……」
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医務室。
ドクターは、次から次へと押し寄せてくるダンジョン帰還者たちの応対に四苦八苦していた。
「みんなきちんと並ぶし! そこ! 勝手に包帯いじるなし! ……ちょ、ちょっと! 死体なんて持ってこられても困るし! そんなのさっさと教会で復活させてやるし!」
そんな戦場となり果てた医務室に、ガラリと扉を開けてマオとリュカが姿を現した。
「むっ!? なんじゃ、すごい人じゃな」
二人の姿を見たドクターが、他の冒険者を包帯でぐるぐる巻きにしながら、
「あれ? なんだし? もう終わったし?」
「いや、『フラッシュ・ボール』とやらまだじゃ」
「ん? じゃあ何しに……。って、リュカは何持ってるし?」
リュカは抱えていた木箱をドクターの前にドンと置いた。
「これ、マオと一緒に作ったんです。よかったらどうぞ」
「なんだし……?」
ドクターや、治療に訪れていた他の冒険者たちがこぞって木箱の中を覗き込んだ。
するとそこには、見たこともない紫色に輝く液体が入った瓶や、青白くくすんだクッキーが詰め込まれた缶が入っていた。
「な、なんだし……この異様な物は」
マオは、ふんと胸を張った。
「うまそうじゃろ!」
「いや……え? 食べものだし? これ」
「当然じゃ」
「この全く食欲をそそらない紫色の液体はなんだし?」
「それは『ヒーリング・ポーション』にスラ蜜を加え、とろみが出るまで煮込んだものじゃ」
「どうして煮込んじゃったし……。ちなみにこっちの、干からびたスライムみたいなのはなんだし?」
「そっちは小麦粉に『クリアポイズン・ポーション』とスラ蜜を加え、よく練り込んで焼いたものじゃ」
「どうして練り込んで焼いちゃったし……」
「『ヒーリング・ポーション』も『クリアポイズン・ポーション』も、どっちもまずかったでな。急遽レシピを変更したのじゃ」
「いや、そんなシェフの気まぐれ料理みたいに言われてもだし……」
呆然としているドクターの耳に、ぐーと、どこからか腹の虫の鳴き声が聞こえてきた。
ドクターの長い耳がピクリと反応し、その音を発した治療中の冒険者に目を向けた。
「なんだし? これ食べたいし?」
「い、いや……。ダンジョンではずっと携帯食料しか食べてなかったから……なんかお腹減っちゃって」
「ふむ。……じゃあ食べてみるし」
「……それ、食べても大丈夫なんですか?」
「『ヒーリング・ポーション』も『クリアポイズン・ポーション』も、熱を加えたくらいでは成分は変わらないし、まぁ、大丈夫だし」
「そ、そうですか……。じゃあ、このクッキーを一枚……」
治療中の冒険者は恐る恐るクッキーを一口頬張ると、
「んっ! おいしい!」
「えぇー。ほんとだしぃ?」
「ほんとですよ! 見た目はあれですけど、食べると案外しっとりしてておいしいんですって!」
「しっとり? クッキーはサクサクしてるもんだし」
「いや、とりあえず食べてみてください!」
「……えぇー」
乗り気ではなかったドクターも、マオとリュカから発せられる期待のこもった瞳にやられ、渋々クッキーを一枚口の中へ放り込んだ。
「……んー? ……んっ? おぉっ! ほんとだし! このクッキー、なかなかしっとりとしていておいしいし!」
マオとリュカは顔を見合わせ、
「見たか、リュカよ。わしらの作った『クリアポイズン・クッキー』は好評じゃぞ!」
「あぁ! 最初は、どれだけ焼いてもサクサクにならないからどうしようかと思ってたけど、これはこれでうまいんだよなぁ!」
そしてその騒ぎを聞きつけ、ダンジョンから帰って来たばかりの他の冒険者たちもぞろぞろと医務室へやってきた。
「なになに? 誰かがクッキー作ったんだって?」
「わー、食べたーい」
「料理長が作ったんじゃないの?」
「おいしー!」
「君新しく入った子?」
「しっとりしてるクッキーなんて初めて食べた~」
みな次々とクッキーを頬張り、口々に感想を述べた。
そして冒険者で一杯になった医務室で、ドクターはピンと耳を立てた。
「もう! 関係ない奴は出て行くし!」
「えぇー。いいじゃないですかぁ、ドクター。ところで、そっちの瓶はなんですか?」
「瓶?」
促され、ドクターは木箱に入っていた瓶を取り出した。
中にはとっぷりと紫色の液体が溜まっている。
「これもマオたちが作ったし?」
「うむ。そうじゃ。飲んでみよ」
「…………」
そのまずそうな色合いに、ドクターは躊躇しながらも、さっき食べたクッキーのことを思い出していた。
(さっきのクッキーもうまかったし、こっちもきっとうまいし!)
「じゃあ、一口……」
ゴクリ。
だが、一口飲んだドクターは、即座に顔をしかめた。
「ま、まずいしぃ!」
「フハハ! そっちは失敗作じゃ!」
「そんなの持ってくるなし!」
「たくさんあるから、クッキーを食べた奴は一人一本飲むんじゃぞ?」
「えぇー……。そんなの聞いてないしぃ……」
集まっていた冒険者たちは強制的に瓶に入った紫色の液体を飲まされ、みな青い顔をして医務室から出て行った。
ドクターは静かになった医務室を見て、
「……静かになったし。残った仕事するし。マオとリュカもさっさとクエスト終わらせてくるし」
「うむ」
「はーい」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
一頻り遊んだマオとリュカは満足し、調合室に戻ってくると、何故だかそこにはポルンの姿があった。
リュカが首を傾げて、
「あれ? ポルンじゃないか。何やってるんだ、こんなところで」
ポルンは、煮詰まった鍋の前で、ドクターの調合メモを見てふんふんと頷いていた。
「なるほどねぇー。この『フラッシュ・ボール』っていうのは、『ハジケ虫の甲殻』に『火薬』と『光苔』を詰め込めばいいのね。簡単じゃない。このくらい私にだってできるもん」
「ちょ、ちょっと、ポルン! お前、ほんとに何やって――」
メモに集中していたポルンは、突然リュカに声をかけられ、驚いて「わっ!」と体を震わせた。
そしてその時、何故か手に持っていた黒い粉がたんまり入った袋を、そのまま煮詰まった鍋の中に落っことしてしまった。
ボチャン!
その様子を一部始終見ていたリュカが、慌てて鍋の中を覗き込んだ。
「うわっ! お、お前、何してるんだよ!」
「だ、だって、リュカちゃんが急に声かけるから……」
「あーもー……。何入れたんだよぉ。高価なものだったら怒られるぞぉ」
「……よ、よくわかんいけど……えっと……その……」
「なんだよ?」
「ふ、袋の外側に……『危険』って書いてたかも……」
「……へ?」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
どこかの山奥。
時刻はすでに夕方をまわり、木々に囲まれた山道は真っ暗な闇に包まれていた。
その山道を、ポルン、リュカ、マオは、ぜいぜいと息を切らしながらのぼっている。
一番後ろを歩くマオが言った。
「の、のぉ、もう帰らんか? わしは疲れた」
目に一杯の涙を浮かべたポルンが、勢いよく振り返る。
「やだ! だって、調合室吹き飛ばしちゃったんだよ!? 絶対めちゃくちゃ怒られるもんっ!」
リュカが呆れたように言う。
「怒られろよぉ。あたりまえだろぉ。あたしたちも一緒に謝るからさぁ」
「やだぁ!」
三人はそのまま一時間ほど山道を逃げ回ったが、あとから追ってきたフレデリカにギルド本部まで連行された。
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〇本日の献立
・『クリアポイズン・クッキー』:『クリアポイズン・ポーション』と小麦粉を練り合わせ、そこにスラ蜜を加えて味を調えたもの。どれだけ焼いてもサクサクとした食感にならず、しっとりとしている。のちに冒険者たちの間でレシピが伝わり、食に乏しいダンジョンの中で重宝されることとなる。無論、毒消しの効果もある。
クッキーが食べたいがためにわざと毒状態になる冒険者が急増した。
・『ヒーリング・ポーション(改)』:『ヒーリング・ポーション』にスラ蜜を加え、よく煮詰めたもの。もともと『ヒーリング・ポーション』に含まれていた苦み成分が、火にかけることで増幅し、とてもじゃないが飲めたものではない。
霧状にして自分の体に吹きかけると、しばらくの間動物系モンスターが寄ってこなくなる。だが、体中がベタベタになるため、使用する冒険者は滅多にいない。
〇本日の反省文
・ポルン・マーチの反省文。
『ドクターが私を仲間外れにしなければ、調合室が吹き飛ぶこともなかったと思います。でも私にも少しくらい責任はあると思います。すいませんでした』
・リュカ・ヴァーンノイズの反省文。
『ドクターがもっとしっかり私たちを見てくれていたらこんなことにならなかったと思います。でもあたしも不注意でした。すいませんでした』
・マオの反省文。
『山道を逃げ回っておる時に三人で話し合って、責任は全てドクターに押し付けることに決まった。だから悪いのはドクターじゃ』
・ラビリ・キャロット(ドクター)の反省文。
『たしかにしっかり指導していなかったのはウチの責任だし。でも、医務室の人員不足も原因の一つだし。その原因を作ってるのは団長だし』
・ルーニア・ノータス(団長)の反省文。
『もっと頑張って団員を募集します。申し訳ありませんでした』