前へ次へ
4/44

第4話 ウサギの干し肉

 ポルンは背負っていたリュックから皮の袋を取り出した。そしてその中から、何やら干からびた木の外皮のような物体が姿を現した。


「はい、マオちゃん!」


(む? これがさっき嗅いだ芳醇な匂いの正体か?)


 くんくん。


(むむむ。たしかにこれのようじゃが……)


「ほんとに食えるのか? これ」

「鶏肉を生で食べてたくせにこれは抵抗あるんだ……」

「木の皮ではないのか?」

「違うってば! きちんとした食べ物! ウサギの肉を干して作ったの! うちのギルドの料理長が作ってくれたものだから、すっごくおいしいんだよ!」

「おいしい? それはうましということか?」

「うまし? う、うん。そう」


(まぁ、たしかにこの物体を見ているだけでまた腹の中がぐぅぐぅとなっておるし、食い物であることは間違いないか)


「よこせ!」

「あっ!」


 くんくん。


「ぬわっ! な、なんじゃ!? まだ一口も食っておらんのに唾液が!」


 リュカが慌ててハンカチを取り出した。


「うわっ! ちゃんと口閉じろって!」


 ふきふき。


「むぅ。ごくろう。では改めて……」


 ウサギの干し肉とやらに一口齧りつくと、中々の弾力が歯にぶつかった。

 

「ふぐぐ! か、硬い……。じゃ、じゃが……これは!」


 ぶちっと肉を噛みちぎり、口の中で何度も何度も噛みほどく。

 すると、噛めば噛むほど味が染み出てくるようだった。


「うましっ!」

「うまし? そういう時はうまいって言うんだぞ」

「うまい?」

「そう。うまい」

「うましっ! うましっ!」

「だめだ。こいつ全然人の話を聞いてない……」


(なんという幸福感! さっきの生の鶏肉なんてこれと比べればクソと一緒じゃ!)


「こいつは何故こんなにうましなのじゃ!? さっきの鶏肉と何が違う!」

「だからそいつは料理してて、味付けしてあるんだって。さっきポルンが言ってたろ?」

「料理とはなんじゃ?」

「……いやいや。大抵の食材ってのは料理しないと食べれないから……。果物とかは別だけど」

「ふぅむ。なるほど。もぐもぐ。食とはわしが考えているよりも、もぐもぐ、ずっと奥深いようじゃな。もぐもぐ」

「食べながら喋るなよ。あぁ~あ、また涎が……」


 ふきふき。


「むっ。ごくろう」


(むぅ……。もう食べ終わってしまった。なんじゃこの喪失感は……。もっと……。もっと欲しいのぉ)


「お主、リュカと申したか?」

「なんだ?」

「お主の分の干し肉もよこせ。そういう約束じゃったはずじゃ」

「……ちっ。まぁいいけど」


(二枚目の干し肉! 蘇る幸福感! これじゃこれじゃ! この肉を口に入れた時のじゅわっと口の中に味が広がる感じ!)


「フハハ! たまらんのぉ!」

「……まったく。うまそうに食いやがって。こっちまで腹が減ってきたぞ」

「むむ? そ、そうか。お主らも腹が減るのか……」

「当たり前だろ!」


(仕方がない。この幸福感を独り占めしては魔王の名が廃る……)


 マオは干し肉を三分割し、二枚をリュカとポルンの二人に渡した。


「お主らもこれで幸せを感じるがよい。ありがたく思え」

「もともとあたしらのなのに……」

「まぁまぁリュカちゃん。守ってもらったんだしさ」

「……まぁ、そうだけど」


 リュカは干し肉をかじると、不意にたずねた。


「にしてもお前、強いな。どこかのギルドに所属してるのか?」


(ギルド? たしか徒党を組んだ人間たちの組織のことじゃったか?)


「いんや。しとらん」

「なら、どこで魔法を覚えたんだ?」


(この世界のことがよくわからん以上、転生したとかは言わん方がよいか)


「秘密じゃ。秘密」

「なんだそれ。……まぁ、いいや。どこのギルドにも所属してないっていうんなら、うちのギルドに来てみないか?」

「む? ギルドに?」

「そう。あたしはまだただの剣士見習いで、下働きしかさせてもらえないけど、お前だったらすぐにでもダンジョンに潜れると思うぞ」

「ダンジョン?」

「そう。ダンジョンに潜ってモンスターと戦って、レアドロップアイテムを山ほど集めるのがあたしの夢なんだ!」


 その話を聞いて、ポルンがクスクスと笑う。


「ふふふ。リュカちゃんったらその話ばっかり。ほんとにレアドロップアイテムが好きなんだね」

「当たり前だろ! 上級冒険者でも滅多にお目にかかれない秘宝! それ一つで三年遊んで暮らせる金が手に入ることもあるんだぞ!」


(ふむ。わしも魔王だった頃、世界各地に散らばっておる宝をいくつも集めておったのぉ。あぁ……。わしのコレクションは今頃勇者が売りさばいとるのじゃろうか……。ちくしょう)


 ポルンが苦笑いしながら言った。


「でも、あたしもリュカちゃんも見習いだから、ダンジョンに潜れるようになるにはまだまだ時間がかかるけどね。今日もただの採集クエストだし……。しかもその途中でモンスターに襲われちゃったし……。私たちじゃ全然歯が立たないし……」

「……はぁ。レアドロップアイテムは遠いなぁ。っていうか、なんでこんな森の中に《ワーウルフ》なんているんだよ! あいつらの生息地はもっと奥だろ!?」


 そこへ、ガサゴソと気配が近付いてきて、草むらから影がぬぅっと姿を現した。


「お嬢ちゃんら、ここらへんでモンスターみぃへんかった?」


 成人女性の体格をしており、頭からすっぽりローブを被っている。フサフサの尻尾がピンと伸びていて、獣人であることだけは理解できた。

 獣人はなまりのある可愛らしい声を伸ばした。


「いやぁ、実は奥でモンスター狩ってたんやけど、《ワーウルフ》を何匹か仕留めそこねてなぁ。こっちの方にけぇへんかったか?」


 ポルンとリュカは恨めしそうな目で獣人を睨みつけた。


「「遅い!」」

「えっ!? ご、ごめん……」





~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


〇本日の献立

・ウサギの干し肉:この世界にもウサギはいる。料理長と呼ばれる人物が味付けした。硬いけどすごくおいしい。匂いを嗅いだだけで唾液が止まらなくなる。

 だけどウサギの耳を生やした獣人の前では極力食べないようにしよう。ちょっと嫌な顔をされるぞ。


前へ次へ目次