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第37話 マオとミリアでクエスト

 マオがいつも通りベッドの中でだらしなく涎を垂らしているところに、一人の少女がやってきて、ペチペチとマオの頬を叩いた。


「おーい、マオー」


 むにゃむにゃ。


「マオー」


 むにゃむにゃ。


「マオってばっ!」


 パチン。


「んぬ!?」


 目を覚ましたマオの目の前には、はち切れんばかりの笑顔をたずさえたミリアの姿があった。


「……な、なんじゃ……?」

「おはよう、マオっ! マオは今日一日ミリアと一緒にクエストだよっ!」

「…………………………………………嫌じゃ」


 こうして、マオの辛い一日が幕を開けた。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 マオはぶつくさ文句を垂れながら、ミリアと一緒に街を歩いていた。


「ったく。どうしてわしがお主のクエストを手伝わねばいかんのじゃ」

「えへへ。だってマオ、浮遊魔法得意でしょ?」


 マオの周囲には、いくつもの段ボール箱がふわふわと浮いている。


「それにしてもすごいねっ! そんなにいっぺんに持っても疲れたりしないの?」

「あたりまえじゃ」

「どのくらいの大きさくらいまでなら持ち上げられるの?」

「龍一匹くらいなら余裕じゃ」

「あはは! またまた~」


 ミリアは大きな段ボール箱を一つ抱え、その上に小さな小包をのせていた。


「ミリアはどうして浮遊魔法を使わんのじゃ? 直接抱えるよりも浮遊魔法で運んだ方が疲れんじゃろ?」

「えー。段ボール箱一個くらいなら抱えた方が疲れないよ」

「む? そうか?」

「うん。それにあんまり長い時間浮遊魔法使ってるとすぐに魔力がなくなって動けなくなっちゃうし」

「わしは手で持ち上げる方が疲れるぞ」

「マオはまだ子供だからねー」


 それから二人はいくつかの店舗をまわり、一つずつ段ボール箱を渡していった。

 そして残すは、ミリアが持っている小さな小包だけとなった。


「すごいっ! ミリア一人だったら絶対夕方までかかってたのに!」

「ふはは。わしにかかればこんなもんじゃ。お礼は板チョコ一枚でよいぞ」

「随分安上りだね!」


 ミリアは持っていた荷物を見ると、


「あっ! これ『割れ物注意』って書いてある!」

「む。ならば慎重に運ばんといかんな」

「そうだねっ!」


 マオはミリアに視線を移すと、


(それにしても、こやつは前回、花を採取しようとして壁から落ちるような間抜けじゃから心配しとったが、いらぬ世話であったようじゃな。人は知らぬ間に成長するということかのぉ)


 ミリアはふと足を止め、


「あっ! ミリアの靴紐がほどけてる!」


 と、持っていた荷物を一旦置き、屈んで靴紐を結び始めた。


(ほぉ。普段のミリアであれば、靴紐を踏んで荷物を放り投げて台無しにしかねんところじゃが、中々よい注意力じゃ。感心、感心)


 マオはとなりにとまっていた荷馬車が走り出すと、


「そういえば、ミリアは車に乗ったことはあるか?」


 ミリアは靴紐を結びながら顔を上げた。


「車? 馬車じゃなくて?」

「そうじゃ」

「ううん。ないよ。この街に来る時はずっと馬車と機関車だったもん」

「ほぉ。魔石機関車に乗ったのか」

「魔石機関車? 何それ? ミリアが乗ったのは普通の機関車だよ? 煙が出るやつ」

「なぬ? ……ふぅむ。機関車にもいろんな種類があるようじゃな。ぜひ機会があれば乗ってみたい」

「何? マオ、もしかして旅行がしたいの?」

「旅行? 観光のことか?」

「うん。たぶん同じような意味だと思うよ。ここじゃない、どこか別の土地に行って、そこでしか食べられないおいしいものを食べたり、そこでしか見られない綺麗なものを見たりするの」

「ほぉ。それは中々楽しそうじゃな」


(この前アナグラというところで、師匠がこの街では手に入らん酒を飲んで浮かれておったな。あの時はよぉわからんかったが。……ふぅむ。旅行か。今度調べてみるかのぉ。…………はて、そういえばわし、アナグラからどうやって家に帰ってきたんじゃったかな? 何故か記憶がぼんやりとしておって覚えておらん)


 靴紐を結び終えたミリアは、


「よしっ! できたっ! じゃあ、さっさとこの荷物を運んで家に帰ろっか!」

「うむ。そうじゃな」

「……あれ?」

「む? どうした?」

「………………ここに置いた荷物が……ない」

「……なぬ?」


 ミリアはあたふたと取り乱し始めた。


「ど、ど、ど、どうしよう!?」

「お、落ち着くんじゃ! 置いておった荷物が勝手になくなるはずがなかろう! どこに置いたかよぉ思い出すんじゃ!」

「え、えっと……たしか……」


 ミリアははっと何かを思い出すと、気まずそうな表情を浮かべた。


「……ここにとまってた……荷馬車の荷物の上に……」

「何故そんなところに……」

「だ、だって、他に場所がなくて……」

「そこにとまっておった荷馬車ならとぉの昔に走り出していったぞ」

「あわわわわわ! どうしよう!」


(ぐぬぬ……。最近の成長ぶりに感心して油断しておったが、こやつもまだまだ子供じゃなぁ)


「仕方がないのぉ。わしがそこいらを飛んでさがしてくる。お主はそこで待っておれ」


 マオは浮遊魔法で自分の体を浮かすと、突然ミリアががっしりと抱きついてきた。


「ミ、ミリアも行くもん!」

「えぇい、はなせ! 飛び辛いじゃろ!」

「やだやだやだ!」

「……仕方あるまい。お主ごと浮かべてやる」


 ミリアの体がひょいと浮くと、ミリアはバタバタと慌て始めた。


「きゃあ! 怖い! おろして!」

「どうしろと言うんじゃ!」

「わかんない!」


(だめじゃ。こやつ、完全にパニックになっておる……。今や足を引っ張るためだけに存在すると言っても過言ではない)


 マオは浮遊魔法を解くと、


「もういい! 走るぞ! まだ近くにおるはずじゃ!」

「わ、わかった! 走る! 走ればいいのね!」


 その後二人は街を駆け回り、体力がなくなったマオはついに地面に膝をついた。


「はぁはぁ……。だ、だめじゃ。わしはこれ以上走れん……」

「だらしないなぁ、マオ! ミリアはまだまだ走れるよ! 運動大好き!」

「……お主、目的を忘れておらんか?」

「目的? なんだっけ?」

「…………荷物じゃ」

「……荷物? ……………あわわわわわ! ど、どうしよう」

「ぐぬぬ! 今まで忘れて走り回っておったのか……」


(はっ! い、いかんいかん。こやつはこういう奴じゃ。本気で腹を立てても仕方がない。今はそれより荷馬車を見つけ、荷物を回収せねば)


 その時、不意にマオに声をかける人物がいた。


「あれ? あなたはたしか、マオさんでしたか?」

「ぬ?」


 地面にへばりついていたマオが顔を上げると、そこには黒いベストを着た女性が立っていた。


「お主は……アナグラにおったマスターではないか」

「覚えていただけて幸栄です。それで、随分お疲れのようですが、どうかなさいましたか?」

「お、お主、この辺りで荷馬車を見かけんかったか? 実はその荷台の上に大事な荷物がのっとるんじゃ」

「荷馬車ですか? うーん。この辺りは馬車の数は多いですからねー。……その荷馬車、いつ、どこの道路を走っていましたか?」

「あっちにある大きな道を、ちょうど十分くらい前じゃ」

「それで、荷物の量はどれくらいでしたか?」

「ぬ? そうじゃなぁ……。それほど多くはなかったのぉ」

「あー、なるほど。でしたらおそらく、『アンチステイ』という運送ギルドの荷馬車ですね」

「なぬ!? 何故わかるのじゃ!?」

「普通、荷物の運送に使用される荷馬車には、目一杯荷物を積むんです。一度に多くの荷物を運んだ方がお得ですからね。ですが、『アンチステイ』は少量の荷物でも早さを重視して届けてくれるんです」

「おぉ!」

「荷馬車は小道には入りませんし、『アンチステイ』の配達ルートから察するに……。そうですね。この道を東へ行ったところの大通りで待っていれば先回りできるはずですよ」

「おぉ……。す、すごい……。マスター、お主切れ者じゃな!」

「いえいえ、それほどでは」

「何にしても助かった!」

「では、お気をつけて」


 マオは後ろに立っていたミリアを見ると、


「よし、ミリア! 話は聞いておったな!」

「…………ほへ?」


(こやつ、全然話を聞いておらんかったな……)


「とりあえずわしの後についてこい!」

「マオの後についていけばいいのね! わかった!」



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 マスターから聞いた大通りへやってきたマオとミリアは、きょろきょろと荷馬車を探し回った。


「むぅ。この辺りのはずじゃが……」

「あっ! マオ、あれは!?」

「む!」


 ミリアが指差した先には、一台の荷馬車がとまっていた。

 しかし、それは先ほどの荷馬車とは違い、荷台には山盛りの荷物が積み込まれている。


「いや、あれは荷馬車違いじゃ。もう少し荷物が少なくて、それでいて馬ももう少し筋肉質じゃった」

「うーん……。でも、それっぽいのなんて……」


 その時、二人の目の前を一台の馬車が走り去っていった。

 その馬車の荷物は少なく、馬も他に比べて筋肉質だった。


「あれだ!」

「あれじゃ!」


 その荷馬車の荷台には、たしかにミリアが持っていた荷物がのったままだった。

 だが、それはガタゴトと揺れる振動で、今にも地面に落ちてしまいそうだった。


「あぁ、どうしよう! あれ、中身割れ物って書いてたのに!」

「もういい! わしが飛んでいく! お主はそこで待っとれ!」

「わぁ! 置いてかないで!」

「うるさい!」


 マオはミリアを置き去りにし、自分自身に浮遊魔法を使用してふわりと飛び上がった。

 そのままグングンと荷馬車との距離を縮めていく。


(ぐぬぬ。この体、軽すぎて速度の調節が難しいのぉ……)


 それでもなんとか追いつき、荷物に手を伸ばした――その時。


 パン、と何かが割れる音がして、そちらを振り返ると、子供が持っていた風船が無残な形になってヒラヒラと舞っていた。

 そして、その音に驚いて、近くにとめてあった荷馬車の馬が、ヒヒンと鳴き声を上げ、大きく前足を上げて暴れだした。

 その衝撃で、馬に繋がっていた山となった荷物がぐらりと揺れ、となりにいた子供めがけて落下し始める。


「ちっ!」


 マオは体を急転回させ、子供の上に落下しそうになっている荷物に向かって手を伸ばした。

 マオの浮遊魔法で落下していた荷物は動きを止めたが、その一連の様子に視線を奪われていた違う馬車が、マオ目がけて突っ込んできて、マオはそれをギリギリのところでかわした。


「ぬわっ!? どこ見とるんじゃ!」


 その瞬間、マオの集中力が乱され、再び荷物が落下し始める。


「ぐっ! しもうた! もう間に合わん!」


 山積みとなった荷物が子供にぶつかる、その刹那。

 間一髪のところでミリアが滑り込み、なんとか子供を救出した。

 子供の無事を確認したミリアが、元気いっぱいに手を振っている。


「マオー! 見てたー!? ミリアすごいでしょー!」


 脱力したマオはへなへなと地面に転がった。


「……体力馬鹿がおったおかげで助かった」


 ミリアは助けた子供を近くにいた親に任せ、


「マオが一瞬荷物を止めてくれたおかげで間に合ったよっ! ありがとう!」

「むぅ。どこぞの馬車が突っ込んでこんかったら、きちんと止められておったんじゃが……」

「まぁまぁ。誰も怪我せずにすんだし、結果オーライじゃないっ!」

「……うむ。まぁ、それでよいか」

「ところで、荷物はどうなったの?」

「む?」


 二人が大通りの方を振り向くと、そこにはもう例の荷馬車の姿はなく、代わりに、地面に落ちた小包が他の馬車に踏まれてぺしゃんこになっていた。

 マオとミリアがそれを拾い上げると、小包の中から割れたガラスの音がして、大量の液体が滴っていた。


「……これは、もうどうにもならんな」

「……高価な物じゃないといいね」


 だが、マオはその宛名を見て、おやっと目を見開いた。


「いや待て。この宛名……」

「どうしたの? 知ってる人?」

「こやつなら、怒られずに丸く収められそうな気がするわい」

「おぉー!」



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 マオとミリアがやってきた店は、店内が吹き抜けになっていて、椅子はすべて机の上に上がっている。


「ここが『ニャンニャン飯店』? 今は営業時間じゃないのかな?」

「ここはいつもこんな感じじゃ。ところで、お主は師匠と会ったことはあるか?」

「うん。一度だけ。フロランタンっていうお菓子の作り方を習ったのっ! すっごくおいしかったっ!」


(あの甘そうな菓子をポルンとリュカに教えたのはあやつか……)


 マオは気を取り直し、店内に向かって声をかけた。


「おーい、師匠!」

「師匠ぉー」


 その後も二人が代わる代わる師匠を呼ぶと、中からガチャガチャと音が聞こえてきて、ようやく師匠が姿を現した。


「誰だにゃ。さっきから。うるさいにゃ」

「おー、師匠。調子はどうじゃー?」


 師匠はマオの顔を見ると、途端に顔を赤く染めた。


「にゃあ!? マ、マ、マオ!? 何しに来たにゃ!? もう耳はにゃめさせにゃいにゃ! 自分はそんな軽いおんにゃじゃにゃいにゃ!」

「む? なんじゃ? 何を言っておる?」

「ふしゃー!」

「……何やらわからんが、おい師匠。お主にお届け物じゃ」

「届け物? にゃー。マスターに頼んで新しい酒を注文してもらってたにゃ! にゃはは! そういえばマスターが、ルニャのところのギルドの見習いに任せると安いって言ってて、そこに頼んだんだったにゃ! 見習いにゃんて心配だったけど、きちんと運ばれてきて安心したにゃ!」

「うむ。では、受取証にサインしてくれ」

「うにゃ……って! おい! これ割れてるじゃにゃいか!」

「うむ」

「うむって! うむってにゃんにゃ!」

「許せ」

「上から目線だにゃ!」

「わしとお主の間柄じゃろう?」

「にゃー! それとこれとにゃんの関係があるにゃ!」

「許せ」

「態度を改める気がさらさらにゃいにゃ!」


 ミリアはペロッと舌を出して、


「ごめんなさい!」

「軽いにゃ!」


 マオは、ポンと師匠の肩に手をのせ、


「今度板チョコを半分くれてやるから、この件は水に流せ」

「随分安上りだにゃ!?」


 その日、師匠はアナグラでやけ酒を飲んで夜を明かしたという。





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〇本日の献立

・マグマグレープの赤ワイン:マグマグレープと呼ばれる、とめどなく溶岩が流れるダンジョンでしか成長しない葡萄を原料とした赤ワイン。入手自体はそれほど困難ではないが、原産地から他所へ輸送する際には関税がかかり、かなり高価なものになる。

 マオたちからもらった段ボール箱の中で割れていた。荷物を受け取った師匠はそのままそれをごみ箱に捨てた。


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