第3話 鳥の生肉
森の中を走る二人の少女。
前を行くエルフの少女が息も切れ切れに叫ぶ。
「リュカちゃん、あいつまだついてきてる!?」
リュカ、と呼ばれたハーフビーストの少女が、後ろを振り返らずに地面を蹴った。
「いいから走れ、走れ、走れ! 追いつかれたら殺されるぞ!」
そして、二人の少女は森を抜け、湖の脇に飛び出した。
リュカは苦虫を噛み潰したように顔をしかめる。
「くそっ! 隠れる場所がない! ポルン! 一旦森の中へ――」
「待ってリュカちゃん! あそこ、女の子がいる!」
「何!? どうしてこんなところに!?」
「わかんないけど……。このままだと、あの子も危ないかも!」
リュカはしばらくの間、背後から猛スピードで近付いてくる影と幼い少女とを見比べた。
「……チッ! ポルン、ついてこい! あいつも一緒に連れて行くぞ!」
そして、ポルンを連れ、木の根元で蹲っている幼い少女の肩に手を置いた。
「そこの子供! ここは危険だ! 今すぐ一緒に……ひっ!」
「リュカちゃん? どうしたの? ……って! きゃあ!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
(何やら気配が近付いてくるなぁ、なんて思っておったら、そやつらに肩を叩かれ、何故か叫び声まで上げられてしまった……。一人はエルフ。もう一人は……獣人か? いや犬の耳と尻尾が生えてはおるが、他は人間じゃな。ということは半獣人、ハーフビーストか。わしのいた世界ではエルフとハーフビーストは不仲じゃったが、ここではやはり関係ないようじゃな)
(それにしても、この鳥というのはあまりうましとは言えんのぉ。血なまぐさくてかなわん。やはりわしは普通の人間とは感性が違うのかもしれんのぉ)
背後から現れたエルフのポルンが、叫び声を上げながら魔王が食べていた鶏肉を叩き落とした。
「そ、そそそそ、そんなの生で食べちゃだめ! お腹壊すから! 最悪死ぬから!」
「なぬ? そうなのか? じゃが、鶏肉は人間に人気の食材と聞いたことがあるが……。あっ! もしやお主、わしを騙して鶏肉を奪うつもりじゃなかろうな?」
「そんな気さらさらないよ! っていうか生で食べてもおいしくないでしょ!」
「うむ……。ちと臭い」
「だから絶対ダメだってば! お肉は火を通さないと!」
「なるほど! そうじゃったのか!」
もう一人のハーフビーストが慌てて後ろを振り返った。
「しまった! 追いつかれたぞ!」
(む? なんじゃ?)
見てみると、さっき追い払った《ハイウルフ》の一匹がいた。
(なんじゃ。さっきの逃げたやつか。こやつら、こんな雑魚に何を焦っておるのじゃ?)
ハーフビーストのリュカは腰に下げていた剣を抜き、
「お前、立てるか!? 立てるなら走れ! ここは私たちが時間を稼ぐ!」
「む? 何の時間を稼ぐんじゃ?」
「お前が逃げる時間だよ!」
「逃げる? 何故じゃ?」
「殺されたいのか! 急げ!」
「むむむ。なんじゃなんじゃその言い方は。お主こそそんな雑魚一匹さっさと殺してしまわんか」
「……雑魚、だと?」
「あんな奴、わしなら一撃で殺せるぞ」
「こんな時にふざけている場合か! さっさと逃げろ!」
(むむ。何故じゃ。こんな小娘にたてつかれたくらいで本気でムカついてしまう……。転生してから感情のコントロールがうまくできんわい。これが人間性というやつなのか?)
面倒くさくなってきたからその場を去ろうとした時、ふと、嗅いだこともない、得も言われぬ芳醇な香りが鼻をついた。
「……お、お主ら、そのリュックの中に、何か食い物が入っておらんか?」
ポルンが、剣を構えた少女の陰に隠れながら答えた。
「ウ、ウサギの干し肉なら入ってるけど……」
「その肉とは、食べられる肉なのか?」
「そ、そうだよ。少なくともさっき生の鶏肉よりはおいしいと思うけど……」
ゴクリ、とまた喉がなった。
「ふむ。そのウサギの干し肉とやらをわしにくれるなら、あの《ハイウルフ》を倒してやっても良いぞ」
「ほ、本当!?」
すかさず、剣を構えているリュカが割って入った。
「そんなこと、お前みたいな子供にできるわけないだろ!」
「フハハ! ならばどうして、《ハイウルフ》はさっきからこちらに攻撃してこないと思うんじゃ?」
「そ、それは……」
「警戒しておるのじゃよ! わしをな! フハハハハハ! ……で? どうする?」
「……何を馬鹿な。やれるもんならやってみろ! 干し肉ぐらいいくらでもくれてやる!」
「『魔光弾』」
魔王の指先から出た熱戦が《ハイウルフ》にぶつかり、その肉片が辺り一面に降り注いだ。
(しまった! こやつの肉も食えてかもしれんのに! もったいない!)
そのまま二人はヘナヘナとその場に座り込んだ。
「お? お主らどうした?」
「……こ、怖かったぁ」
「お前、本当に強いんだな」
「当然じゃ。わしを誰だと思っておる。魔王じゃぞ、魔王」
魔王の言葉に、エルフは小首を傾げた。
「マオ? マオちゃんって言うの?」
エルフが安心しきった笑顔で言う。
「私はポルン。で、この子がリュカ。助けてくれてほんとにありがとう」
ポルンと名乗ったエルフの少女は、ピンと伸びた耳が特徴的で、毛先にクセのあるショートカットをしている。
リュカというハーフビーストは狼の耳と尻尾を持ち、意思の強そうな尖った目をしていた。黒いストレートヘアーをポニーテールにしている。
(はて……。マオちゃんとはわしのことか? まぁ、魔王も勇者も存在せん世界だというのなら、名乗ったところで仕方ないか)
「うむ。とりあえず、干し肉をよこせ」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
〇本日の献立
・鳥の生肉:人間が生で食べるとサルモネラ菌やカンピロバクターで食中毒を起こしてしまうゾ☆ 食べるときは必ず火を通そう! ちなみに生肉に触れた手で他の食べ物を触るのもアウトだ! 前世が魔王だったり、頑丈なエルフやハーフビーストではない人は気を付けましょう。