第28話 はじめての給料とチョコバナナ
『白日の宴』本部、中央エントランス窓口。
そこにできた行列に並んだマオ、リュカ、ポルンの三人は浮足立ったように自分の番が来るのを待っていた。
やがて自分の番がやってくると、マオは受付口に飛び乗るように前のめりになった。
「わしの給料はどこじゃ!?」
マオの様子に、受付にいた女性はにっこりと微笑みながら革袋を渡した。
「ふふ。マオさんの分はこれです。初めての給料ですね。使い過ぎてはいけませんよ」
「うむっ! わかっておる!」
マオは革袋を奪うように受け取ると、すぐさま中身を確認して銀と銅の硬貨を何度も指で数えた。
そのすぐ後ろから、次に給料を受け取ったリュカが苦笑いをして言った。
「あんまり入ってないからって落ち込むなよ? あたしたちはまだ見習いなんだし、マオは途中参加だから一月分もないからな」
「……リュカよ」
「ん?」
「す、すごいぞ。これだけあれば街で好きな物が食べられるぞ!」
「あはは。そうだな。でも計画的に使わないとすぐになくなっちゃうから気をつけろよ? 次の給料日までまだあと一か月もあるんだから。今全部使い切っちゃうといざ欲しい物が見つかった時に困るし」
「ふぅむ。なるほど」
(そういえばわしが魔王じゃった頃も金の管理は全て部下に任せておったから、自分で使うのは初めてかもしれんのぉ)
「リュカは何を買うんじゃ?」
「まだ決めてない。とりあえず掘り出し物市を見て回ろうかな。買うかわかんないけど」
「ふむ。で、ポルンは?」
「私は本でも買おうかな。好きな作家さんの新刊が発売したばっかりだし。今から行くけど、マオちゃんも一緒にくる?」
「いや、わしはその前に料理長のところへ行く」
「そっか。わかった。じゃあとりあえず私とリュカは街にいるから、後で合流しよっか」
「うむ。心得た」
その後、マオは料理長に以前作ってもらったクッキーの材料費を払うと、二人の後を追って街へ向かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
道中。
マオは革袋を覗くとにんまりと微笑んだ。
(クッキーの代金を払ってもまだこんなに残っておる。くふふ。これで食べ物屋のショーウインドウにへばりつくだけの生活ともおさらばじゃ!)
マオは飲食店の前に掲げられている値札と、革袋の中に入っている残金とを見比べた。
(うぅむ。たしかに大抵の料理を食べられはするが、考えなしに使っては次の給料日まではもたんな。ここは計画的に、自分の食欲に折り合いをつけて金を使わねばいかん)
マオが金の使い道をあれこれと考えていると、すぐ後ろから溌剌とした声が届いた。
「あれー? マオじゃない。どうしたのー?」
「む?」
振り返ると、両手いっぱいに食べ物を抱えたミリアが嬉しそうに近寄ってきた。
「……なんじゃミリアか」
「あっ! 何よーその言い方ぁ!」
「……お主、そんなにバカみたいに金を使って大丈夫か? 次の給料日までもつのか?」
「大丈夫大丈夫! 昨日まで全くお金なくて大変だったけど、今日は給料日だから大丈夫!」
「いや、じゃから……。あ、そうか。お主バカじゃったな」
「バカ!? ミリアバカじゃないもんっ!!」
「うむ。そうじゃな。ミリアはバカではないな」
「むー! やっぱりバカにしてるー!」
「しておらんしておらん」
「ほんとー?」
「ほんとほんと」
「……ならいいけど」
(こやつ、相変わらずバカじゃなー……)
そう思いながらも、ミリアがチョコレートのかかったバナナをおいしそうに頬張っているのを見ていると、マオの喉がゴクリと鳴った。
「チョコバナナおいしー!」
「……ふん。なんじゃそんなもん。バナナにチョコがかかっておるだけではないか。わしはこう見えてもチョコもバナナも食うたことがあるぞ」
「マオってチョコ好きじゃなかった?」
「……好きじゃ」
「バナナは?」
「……好きじゃ」
「ふ~ん。……チョコバナナ、一口食べる?」
「……うむ」
チョコバナナを一口食べると、バナナ独特の粘り気のある甘みと、わずかに苦味のあるチョコレートの甘味が口の中を満たしていった。
「うましっ!」
「ふふん。そうでしょー」
ミリアが自慢げに残りのチョコバナナを食べ終えると、マオの胸中に抑えきれない感情がわきだした。
(一口と言わず、わしもあれを目一杯頬張りたい! 今までは街で食べたい物があっても指をくわえて見ているしかなかったが、今は違う。わしには金がある! チョコバナナの一つや二つ簡単に手に入る! しかし、こんなことで散財してしまっては来月の給料日まではもたんぞ……)
ミリアはその後も続々と両手一杯に持った食べ物を頬張っていった。
「うーん! おいしー! 幸せー!」
「……の、のぉミリア」
「ん?」
「…………そのチョコバナナ、どこで売っておった?」
「あっちだよ」
「……そうか。……ち、ちなみに他の食べ物はどこで――」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「これもうましっ! こっちもまたうましっ!」
結局、マオもミリアと同じように両手いっぱいに食べ物を抱え、それを幸せそうに頬張りながら街を歩いた。
「やっぱり給料日は食べ歩きだよねー!」
「そうじゃなっ! うましは正義じゃ!」
「あははー」
「ふははー」
購入した全ての料理を食べ終えると、マオはベンチに座ってがっくりとうなだれた。
「わしとしたことが……あんな無計画に金を使ってしまうとは……」
「まぁまぁ。まだお給料残ってるでしょ? 大丈夫大丈夫! なんとかなるって!」
「くぅ……。こんなおめでたい奴と同じ金の使い方をしてしまうとは……」
ミリアは食べ物の包みをゴミ箱に捨てると、「さて」と立ち上がった。
「じゃあミリアは行くところがあるから」
「ぬ? なんじゃ? どこへ行く? まさかまだ食べ歩きをする気か?」
「あはは。まさかー。ちょっと、残りのお給料を使い果たしてくるだけだよ」
「……お主、死ぬ気か?」
「死なないし!」
ミリアと別れて一人になったマオは、少しばかり軽くなった革袋を持ってベンチを立った。
「……これ以上散財する前にリュカたちを探しに行くとするかのぉ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ルノワール商店街の裏手にある掘り出し物市。
ここでは商業ギルドに所属していない者が古くなった雑貨や独自で入手したドロップアイテムなどを売り出している。売り出されている品物の価値に保証がない分、比較的安価で取引されている物が多い。稀に価値のあるお宝なども売りに出されているらしい。
マオがため息交じりに歩いていると、リュカが地面にしゃがみこんで何やら真剣な表情で商品を眺めているのを見つけた。
「おぉ、リュカ。ポルンは一緒ではないのか?」
「ん? あぁ、マオか。ポルンは本屋に行った。後で合流する。それよりこれ見てみろよ」
「む?」
リュカの目の前の商店にはずらりと鉱石らしき物が並んでいるが、見ようによってはただの石ころのようでもあった。
「……なんじゃこれは?」
「これはドロップアイテムだよ。ダンジョンの鉱石。ただし、まだ鑑定されていない物なんだ」
「鑑定されていない? つまり価値がわからんということか?」
「そう。でももしかすればこれがレアドロップアイテムで、すごい珍しい物かもしれないんだ」
「ただの石ころではないのか?」
「……その可能性もある」
マオは値段を見てギョっと目を見開いた。
「なぬ!? こ、これ一つで料理三食分はするぞ!」
「そうなんだ。だから一つに絞らないと」
「……ひ、一つは買うのか? 正気か?」
マオは店主の女性にたずねた。
「のぉ、お主。これはほんとに価値があるのか?」
「……う~ん。正直わかんないんだよね。うちのギルドは十人にも満たない小さなギルドで、鑑定士もいないし、プロに頼むとそれなりに金がかかるしねぇ。だからいっそのこと鑑定せずにそのまま売り出してるってわけ。だからもちろん価値のある物も含まれている……はず」
マオは慌ててリュカに向き直った。
「売ってる本人ですらこんなにあやふやなんじゃぞ! 早まるでないリュカよ!」
「……でも、可能性はあるって言ってたし。鑑定はうちのギルドで無料でやってくれるし」
マオの冷ややかな目を無視して、リュカは二つの鉱石を手に取った。
「この二つのどっちかがレアドロップアイテムだと思う」
「……ほぉ。それは何故じゃ?」
「勘だよ。勘」
(こやつ、本気でこんなものに金を使う気か? ミリアよりバカではないか……。あっ。そうじゃ! わしには鑑定スキルがあるではないか! ……うぅむ。最近はこの体に慣れてきてすっかり忘れておった)
マオが二つの鉱石を集中してにらみつけると、視界の中にそれぞれ【ただの石】、【ハルリヤ鉱石】と表示された。
(ハルリヤ鉱石? これは価値があるのか? まぁ、ただの石よりはマシじゃと思うが……。しかし、この【ハルリヤ鉱石】というやつに価値があるとすれば、そのことを店主に知られるのはまずい。売ってもらえんくなるかもしれん。店主に知られずにリュカに伝えねば……)
「のぉ、リュカよ。こっちの鉱石にしておけ。こちらの方が価値が高そうな気がする」
「う~ん。でもそっちよりこっちの方が表面がキラキラしてるような……」
「いやいやいや! そっちはやめておけ! どこにでもあるただの石じゃ!」
「じゃあそっちはなんなんだ?」
「こっちは……その……」
マオは店主の顔色を窺うと言葉を濁した。
「と、とりあえず買うならこっちにしておけ。な?」
リュカはしばらく迷ったあげく、
「いや、やっぱりこっちにする! あたしは自分を信じるぞ!」
(ぬぅわ!? そ、それはただの石じゃと言うておるのに!)
マオの制止も聞かず、リュカは嬉しそうにただの石を店主に見せた。
「お姉さん、これください!」
「はいよっ。毎度あり」
(ほ、本当に買いおった……)
ただの石を購入したリュカは満足そうにそそくさと立ち上がると、
「じゃあマオ。そろそろポルンのところに行こうか。きっと待ちくたびれてるぞ」
スキップ交じりで離れていくリュカの背中を見ていたマオは、目を逸らし、商店に残った鉱石と自分の革袋の中にある硬貨を何度も見比べた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ルノワール商店街の一角。
リュカとマオが本屋の前に到着すると、ポルンとフレデリカが話し込んでいた。
フレデリカの姿を見つけたリュカが不思議そうに首を傾げた。
「あれ? フレデリカさん、どうしたんですか?」
「いや、ちょっとミリアを探しているんだが、二人とも知らないか?」
とっさにマオが口を開く。
「ミリア? 奴ならさっき見たぞ。向こうのベンチから街の奥へ消えて行った。何か行くところがあるとか言うておったな」
「行くところ? それはどこか聞いたか?」
「いや、知らんな」
「そうか……」
「一緒に探すか?」
「いや、ありがとう、大丈夫だ。別に急ぎの用があるわけでもないし」
不意に、リュカはさっき買った鉱石をフレデリカに見せつけた。
「そう言えばフレデリカさんって鑑定もできましたよねっ! これ、さっき買ったんですけど価値があるものか調べてほしいんです!」
「ん? どれどれ……」
リュカの持っている鉱石を一瞥すると、フレデリカは眉をひそめた。
「……これは……ただの石だな」
「……え? そ、そんな! 本当にただの石なんですか!?」
「残念だが……」
「そんなぁ……」
リュカはがっくりと膝を折り、その場に座り込んでしまった。その時、フレデリカはマオが違う鉱石を手に持っていることに気がついた。
「ん? なんだ? マオも持っているのか?」
それを聞き、リュカが即座に反応する。
「え!? マオさっきの買ったのか!?」
「う、うむ。まぁ、一応」
マオの鉱石を見るや否や、フレデリカは「おぉ!」と声を上げた。
「これは【ハルリヤ鉱石】だな」
「価値があるのか?」
「大きければかなりの値がつくこともある。武器や防具に加工するほどの強度や特性はないが、そこそこ希少で、観賞用として人気の鉱石だ。これは小ぶりだが、周りの不純物除去して売れば小遣い稼ぎにはなるぞ。よかったな」
マオが気まずそうにリュカを見ると、リュカは羨ましそうに唇を噛んでこちらを見つめていた。
「マオの言う通りにしてればよかった……。そしたらこんな石ころにお金なんか払わずに済んだのに……」
「不憫じゃのぉ。人の忠告を聞かんからそうなるんじゃ」
「……うん」
「これからはきちんと人の言うことに耳を傾けるんじゃな」
「……うん」
「そう約束できるんなら、この鉱石はリュカにやる」
「え?」
マオはニタリと口の端を上げると、嬉しそうに言った。
「じゃが条件がある」
「条件?」
「わしに頭を下げ、『もう二度とマオ様の忠告を無視してバカな買い物はしません。すいませんでした』と言うんじゃ!」
「なっ!?」
「そうすればこの鉱石はお主にくれてやってもよいぞ。フハハハハ!」
「ぐぬぬ……。そ、そんなこと言ってたまるか!」
「そうか。ならばこの鉱石はわしが売り払って何かうまい物でも買うとするかのぉ」
「……い、言えばほんとにくれるんだな?」
「うむ。心から言うがよい。そして同じ過ちを犯さんよう、反省せぇ」
「…………もう二度と……馬鹿な買い物はしません……すいませんでした」
「『マオ様』のくだりが抜けておるが、まぁよいじゃろう。概ね満足じゃ。ほれ、受けとれ」
マオから鉱石を受け取ったリュカは、パッと目を輝かせてそれを眺めた。
「これが【ハルリヤ鉱石】かぁ。図鑑では見たことあったけど全然違うんだなぁ」
フレデリカが、鉱石にある小さな切れ目を指さした。
「それはまだ原石だからな。ほら、この隙間から奥を覗くと緑色に光っているのが見えるだろ? それが【ハルリヤ鉱石】だ」
「あっ! ほんとだ! すごいすごい! 綺麗! さっき気づいてれば絶対こっち買ってたのに!」
リュカはしばらく鉱石の隙間を眺めた後、満面の笑みでマオに向き直った。
「マオ! ほんとにありがとう! これ、あたしの宝物にするよ!」
マオは照れ臭くなり、視線を逸らした。
「……好きにするがよい」
「うん!」
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〇本日の献立
・チョコバナナ:果物のバナナをチョコレートでコーティングした食べ物。観光地や祭りの屋台などでよく売られている。くどくなるほどの甘さが特徴的。地面に落として汚れたらチョコを洗い流してから食べよう。