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第26話 リュカとポルンの昔話

 マオとポルンとリュカの部屋。

 ポルンとリュカは自分のベッドの上でゴロゴロと退屈そうに転がっている。


「暇だねぇ、リュカちゃん」

「そうだなぁ」

「今日は休みだし。給料日前でお金ないし」

「そうだなぁ」

「マオちゃんはどこに行ったの?」

「さっき遊びに行くって出てったぞ」

「子供は元気だねぇ」

「あたしたちも子供じゃないか」

「だねぇ」


 リュカがベッドの上で体を起こすと、ポルンがたずねた。


「あれ? リュカちゃんもどっか行くの?」

「いや、違う。毛繕いでもしようかと思って」

「あぁ。尻尾の?」

「そう。あ、でもベッド上でやったら毛だらけになるか」

「後で掃除すればいいんじゃない?」

「……それもそうか」


 リュカはブラシを取り出すと、それを尻尾の付け根から先に向かって流すようにあてがった。


「最近サボってたからか、ブラシが通り辛いな……」


 力任せにブラシを押し込むリュカに、ポルンが忠告した。


「そんなに乱暴にしてたらべりってむけちゃうよ」

「なんだよその怖い擬音は。むけないって」

「いいや、むけちゃうね。皮ごとべりっていっちゃうね」

「あたしの毛は結構太くて、これぐらい力を入れないとだめなんだよ」


 その後も不器用にブラシを使うリュカに、ポルンはいてもたってもいられず、


「私がやってあげよっか?」

「いいって、別に」

「遠慮しなくていいんだよ?」

「してない」


 リュカの言葉などお構いなしに、ポルンはベッドから降りると、リュカからブラシを奪い取った。


「あっ! 何するんだよ、ポルン!」

「力任せにするんじゃなくてね。こう……毛並みにそって優しくするの。で、ブラシが毛に絡まったら一旦戻す」

「一人でできるって言ってるだろ……」

「……もしかしてリュカちゃん、あの日のこと気にしてるの?」

「うっ! そ、それは言うなっ!」



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 一年前、まだポルンとリュカが『白日の宴』に入団した当初のこと。

 同室に振り分けられたばかりの二人はまだ互いに打ち解け合っていなかった。


 自分の荷物を部屋の隅に置いたポルンがたずねる。


「えぇ~っと、リュカちゃん、だっけ? ベッド、上と下どっちがいい?」


 リュカはポルンの方は向かず、そっけなく答えた。


「別に。どっちでも一緒だ」

「……そ、そう。だったら私上でもいい? 憧れてたんだよねぇ、二段ベッドの上」

「好きにしろ」


(う~ん……。リュカちゃんってあんまり人付き合いが好きじゃないのかなぁ……。これからちゃんと仲よくやっていけるのかな……)


 早々に自分の荷物を整理したリュカは、そそくさと部屋から出ていこうと扉に手をかけた。


「あれ? リュカちゃん、どこ行くの? お風呂? だったら一緒に行こうよっ」

「いや、あたしは中庭で剣の修行をしてくる」

「修行? 今から? もう夜だよ?」

「お前も自分の修行でもしたらどうだ。あのミリアってやつはすぐに教育係が付いたんだぞ。このままだとどんどん置いていかれる」

「……あ、あの子は放っておくのが不安だっただけじゃないかな……。少し落ち着きがないような子だったし」

「そういう油断が取り返しのつかない事態を招くんだ。もう行く。風呂は一人で入ってくれ」

「……う、うん」


 バタン、と扉が締められると、ポルンはリュカのベッドの上に大きく寝そべってため息をついた。


(ギルドでの生活って、思ってたのと違うのかなぁ……。せっかくこんな大きな街に来れたのに……ちょっと寂しいな)


 翌朝、ポルンは目を覚ますと、慌てて周りを見渡した。

 そこには服を着替えている最中のリュカがいた。


「あっ! ご、ごめん! 私、リュカちゃんのベッドで眠っちゃってた!?」

「……別にいい。それより早く支度したらどうだ。あたしたちは基本的に二人一緒にクエストを受注するように言われてるだろ」

「う、うん……。ごめん。すぐ用意するから」


 ポルンを待たず、リュカは「足だけは引っ張らないでくれよ」と言い残し部屋を去っていった。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 それから数日間。二人はお互いに距離を詰めることなく、黙々とクエストをこなしていった。

 そんなある日、宅配クエストを受注した二人は、木箱に入った大きな荷物を受け取った。

 リュカはそれをひょいと抱えて歩き出し、ポルンが慌てて声をかけた。


「ちょっとリュカちゃん! そんな大きな荷物一人で持ったら危ないよ! 私も一緒に持つから!」

「これぐらいならあたし一人で運んだ方が早い。それよりポルンは案内を頼む」

「……で、でも……」

「さっさとしてくれ。時間に遅れる」

「……わかった」


 その後、人込みを早足ですり抜けていくリュカに置いて行かれないよう、ポルンは必死について行った。


「ねぇ、リュカちゃん! もう少しゆっくり行こうよ! 危ないよ!」

「いや。早く到着すれば今日中にもう一つくらいクエストができるかもしれない。そうすれば評価が上がるだろ」

「だけど……」

「それより、道はこっちであって――」


 リュカが振り返ったその瞬間、わずかに躓き、リュカはぐらりと態勢を崩した。早足で歩いていたことがたたり、態勢を立て直せず、リュカはその場で大きくこけてしまった。

 ポルンが慌ててリュカに駆け寄った。


「ちょっとリュカちゃん! 大丈夫!?」

「いたた……。くそっ! あたしとしたことが……。って、あれ!? 荷物は!?」


 顔を上げた二人の視線の先で、地面に転がった木箱から、割れた皿が数枚顔を覗かせていた。


「「あ……」」


 二人はどうすることもできず、割れた皿を抱えて『白日の宴』に引き返した。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 団長室に呼び出された二人は、青ざめた顔で俯いている。

 団長は二人が今にも泣き出しそうになっていたので、できるだけ軽い口調で言った。


「そんな顔しなくても大丈夫よ。あれは高価な物じゃないし、先方も弁償してくれれば構わないって言ってたから」


 たまらず、リュカが声を振り絞った。


「あの……すいません。本当に……。あたし、必ず弁償します」

「クエストでの失敗はギルドの責任。それを個人に押し付けたりするようなことはしないわ。それより、あなたたちに怪我がなくて本当によかった」

「でも……あれは……あたしが……」


 そう言いかけたところで、ポルンが口をはさんだ。


「すいませんでした。これからは気を付けます」

「うん。そうね。とりあえず今日は二人とも一日反省すること。明日からまた頑張ってちょうだい。わかった?」

「はい」


 そう言って団長室を出ると、リュカは悔しそうに唇をかんだ。


「どうして……あれがあたしのミスだって言わなかったんだ。あたしが一人で持つって言ったせいで……あんなことになったのに」

「そうだね。だけど、それを許したのは私だから。私にも責任はあるよ。でしょ?」

「…………」

「だからもう、勝手なことはしないで」


 その日、二人はそれ以上一言も交わさず、夜を迎え、ベッドにもぐりこんだ。

 ポルンは天井を見上げながら、短いため息をついた。


(あぁ~……。言い過ぎたなぁ……。あんなこと言うつもりじゃなかったのに……。明日謝ろうかな……。でも失敗の原因を作ったのはリュカちゃんだし……。まぁ、それを止めなかったのは私だけど……。う~ん、どうしよう……)


 その時、ベッドの下からくぐもった声が聞こえてくるのをポルンは聞き取った。

 気になって聞き耳を立てていると、それは押し殺したような泣き声だった。

 どうしたらいいのかわからず、そのまま聞こえないふりをしていたポルンだったが、そのうちリュカが心配になり、声をかけた。


「失敗なんて、誰にでもあることだよ」


 ピタリと泣き声が止まった代わりに、ガラガラ声になったリュカが返答した。


「……別に。気にしてないから」


(泣いてたくせに……)


「気にしてないならいいけど……」


 それから少し間を置いて、ポツリポツリとリュカの言葉が漏れてきた。


「……あたしは、上に姉が三人いるんだ」

「へぇ、そうなんだ。私一人っ子だから、姉妹って憧れるなぁ」

「……実際はそんないいもんじゃないぞ。たまに家に帰ってきてもうるさいだけだし、服なんか全部おさがりだし。それに……みんなあたしなんかとは比べ物にならないくらい優秀だし」

「じゃあ自慢のお姉さんだね」

「……どうかな」


 会話が途切れ、時計の秒針の音が聞こえる。

 ポルンは決心したようにベッドから起き上がると、ハシゴを降りてリュカの元へ行った。


「おい! なんでこっちに来るんだよ!」


 リュカは目を真っ赤に腫らしていて、それを隠すようにさっと壁を向いた。

 ポルンは、リュカの尻尾がゴワゴワになっていることに気がつき、自分の櫛を取り出した。


「尻尾、といてあげるよ」

「……別にいい。このままで」

「だめだよ。女の子なんだからちゃんとしないと」

「…………」


 尻尾に櫛を入れても、リュカは抵抗なくそれを受け入れた。


「……今日は……悪かった」

「うん。いいよ。許してあげる。リュカちゃんはお姉さんたちに早く追いつきたくて、焦ってただけなんだね」

「……ほんとに……ごめん」


 尻尾に櫛を通し、次第に毛並みが整っていくと、ポルンがボソッと言った。


「私ね、実家がすごい田舎にあるの。ご近所さんもいなくて、たまーに旅をしてる冒険者の人が立ち寄るくらい」

「…………」

「だからね、ずっと憧れてたんだ。ここでの生活」

「……そうか」

「リュカちゃんは必死で剣術の修行をしてるのに、私は、友達とかできるかなぁ、なんてことをずっと考えてた。それが……真剣にやってるリュカちゃんに後ろめたかった……だから、話しかけたくてもできなかった……」


 ポルンはリュカの尻尾をとき終えると、


「はいっ! おしまい! さらさらになったよ! ……ふぁ。もう眠くなっちゃった。明日もクエストがあるし、もう寝ないとね」

「…………だろ」

「え? 何か言った?」


 リュカはポルンの顔は見ず、壁を向いたまま言った。


「……あたしとポルンは……その……もう、友達だろ」


 少しの間リュカの言った言葉の意味を理解できず、固まっていたポルンは、すぐににんまりと笑顔を作ってリュカを抱きしめた。


「ふふふ。じゃあリュカちゃんは私の初めての友達だ」

「ちょ、ちょっと! 近いって! 尻尾を抱くな、尻尾を!」

「ふふふ~。いいじゃない。今日くらい」

「……ったく」



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 現在。

 ポルンはリュカの尻尾をブラシでときながら、


「いやぁ、あの時のリュカちゃんはまだまだ尖がってたねぇ」

「うわぁ! やめろぉ! 言うなぁ!」

「ふふふ。あの時はまさかリュカちゃんがこんなに心を開いてくれるなんて思ってもみなかったなぁ」

「うぅ……恥ずかしい……」

「……でも、私はリュカちゃんと仲よくなれてほんとによかった。今はマオちゃんもいて、毎日がほんとに楽しいの」

「……それは……あたしもそうだけど……」

「ふふ。もう~、リュカちゃんのツンデレ~」


 ポルンはリュカの尻尾に顔を突っ込み、こすりつけるように抱き寄せた。


「あわわ! やめろ! 尻尾を抱くな!」

「リュカちゃんの尻尾、ふかふかで気持ちいい~」

「や、やめろ~!」


 ガチャリと扉が開くと、マオが首を傾げて立っていた。


「む? お主ら何をやっておるんじゃ?」

「あっ、マオちゃん! 今ねぇ、昔のリュカちゃんの話をしてたんだよ!」

「ほぉ。なんじゃ? おもしろい話か? わしも聞きたいぞ」

「うん! じゃあ聞かせてあげるよ!」


 リュカが顔を赤く染めて尻尾を立てた。


「言うなってばぁ!」


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