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第22話 魔術道大全下巻

 ルノワール商店街の一角。古物通りと称されるその通りには、古くなったドロップアイテムや武器、防具などが露店で売られている。そこに来た客を目当てにした飲食店も数多く軒を連ねていた。


 リュカは目を輝かせながら露店の前で足を止めた。


「すごい! 二人とも見てみろよ! 『(がん)(りゅう)の牙』だぞ! そのあまりの硬度でろくに加工もできないんだけど、出現率が低くてマニアの中では結構高値で取引されてるんだ!」


 ポルンは興味なさげに言った。


「加工できないんなら、武器とか防具に使えないってことだよね? じゃあそれって何かの役に立つの?」

「馬鹿だなーポルンは。役に立たないのがいいんじゃないか。大きければ大きいほど価値があるんだけど、これは少し小ぶりだなー。やっぱり大きいのはすぐ売れちゃうのかなー」

「ふーん。ま、どうでもいいけどね」

「そもそも、モンスターっていうのはだな、倒した時、塵状になって消えるモンスターと、そのままの形で残るモンスターの二種類がいるんだ。で、岩龍っていうのは倒した時に塵になって消えるタイプなんだけど、この牙だけは中々ドロップしなくて――」

「ちょっと、リュカちゃん。そんな話してる場合じゃないでしょ」

「え? どうして?」


 ポルンは手に持っていたメモをヒラヒラとさせ、脇に抱えていた小包を見せつけた。


「どうしてって……。今私たち、クエストの真っ最中じゃないっ。宅配クエスト! この小包を届けるのっ!」

「……あ、あぁ。そうだったな。悪い。つい夢中になって」

「もう……。って、あれ? マオちゃんは?」


 ポルンが辺りを見渡すと、飲食店の前で目を輝かせているマオを見つけた。


「のぉ、ポルンよ! この料理はなんという料理じゃ!? 是非とも食べてみたい!」

「マオちゃんも! そんなことしてる場合じゃないって言ってるでしょ!」

「うぬ? どうしたのじゃポルン? 何をそんなに怒っておる?」

「だーかーらー! 今クエスト中なの! この小包をドリアール鑑定店に届けるの! わかった!?」

「……そ、そうじゃったな。ころっと忘れとったわ」

「まったく……。ほんとにちゃんとしてよね、二人とも。もう少しギルドメンバーとしての自覚を持って行動してよ。このクエストができなかったら、私たちの評価だけじゃなくて、『白日の宴』全体の評価を落とすことにもなりかねないんだから!」


 語気を荒げるポルンに、リュカとマオはしゅんと縮こまった。


「悪かったよ、ポルン……」

「うむ。わしも反省する……」

「ならよし。じゃあ、寄り道せずにさっさと行くよ!」


 しょんぼりとしたままの二人を引き連れ、ポルンはメモを見ながら先頭を歩いた。


(まったく。二人とも適当なんだから。マオちゃんはまだいいとしても、マオちゃんの教育係を任されてるリュカちゃんがサボるなんて考えられない。これからは普段からもう少し厳しく言っていこうかな。そうしないといつまで経っても見習いのままだし。うん。それがいい……よね?)


 ポルンは前方に古書が陳列されている棚を見つけると、グッと目を凝らした。


(あっ! あの本は! 二五年前に絶版になった魔術道大全の下巻!! 奇跡的に上巻だけ手に入って、それからずっと探してた本! 近くの図書館にも置いてないくらい貴重な本なのに、どうしてこんなところに! し、しかもたったの3000ルルド!?)


 ポルンの歩みが遅くなったので、リュカとマオはいぶかし気な表情を浮かべた。


「む? どうしたのじゃ、ポルン?」

「道にでも迷ったのか?」


 ポルンは、さっき二人に大見得を切った手前、気になる本があるから見たいとは口が裂けても言えなかった。


「な、なんでもないよ。少し疲れたからゆっくり歩きたくなっただけ」


(どうしよう……。クエストが終わってからもう一度ここに戻ってくれば……。いや、ダメだ。あんな貴重な本、わかる人が見たらすぐに売れちゃう。今この瞬間を逃したらアウト。なら、どうする? 考えて、私! 夢にまで見たあの上巻の続きが読めるかもしれないんだから!)


 ポルンは視線を目まぐるしく泳がせ、使えそうなものがないか探し始めた。


(古書が置いてあるとなりの露店は扇子屋さんと服屋さん。だめだ。どっちも二人の興味を引けるような店じゃない……。だったら向かいの飲食店は……ぜんざい屋さん? よし! 甘い物だ! これならマオちゃんの意識を釘付けにできる!)


 ポルンはわざとらしく、ごほん、と咳払いをすると、マオに聞こえるように大きな声を伸ばした。


「へ、へぇ~。こんなところにぜんざい屋さんがあるんだ~。甘くておいしそう~」


(食いつけ、マオちゃん!! そしてここで立ち止まって! その隙にぱぱっと本を買うから!)


「……う、うむ。そうじゃな」


(マオちゃん我慢してる! 我慢して目を逸らしてる! さっき私に怒られたから自制してるのね! なんていい子! でも今はダメ!)


 ポルンはさらに歩を緩め、言葉を繋げた。


「し、知ってる? ぜんざいの中に入ってる白玉団子って、あんこと一緒に食べるとすっごくおいしいんだよ?」

「……ふぅ……ふぅ~ん」


 チラチラ。


(チラ見してる! よし! もう少し! もう少しで落とせる! そしてそっちに意識が集中してる間に一瞬で本を買えば――)


 ポルンの考えとは裏腹に、リュカがマオの頭にポンと手を乗せた。


「おいおい、マオ。さっき怒られたんだから今はクエストに集中しないとダメだろ」

「う、うむ。わかっておるわい」


(教育係か! あっ、教育係だ! って、どうしてこんな時ばっかり邪魔するの!? さっきまで自分だってドロップアイテム見てたじゃない! そうやってすぐに人の注意を聞き入れて反省するところは素敵なことだとは思うけども! 思うけども!)


 古書店がすぐ横まで来ると、ポルンはごくりと喉を鳴らした。


(このまま通り過ぎると二度と会えないかもしれないのに……。でも立ち止まるのは不自然だし……。あぁー! どうしようどうしよう! ……そ、そうだ! ここは一旦通り過ぎて――)


 ポルンはあえて横を通り過ぎると、二つ目の角を曲がり、路地裏に入った。


「あっ! いけない! 私メモ落としちゃった!」

「え? ほんとか? どうしよう。あたしどこに届けるのか覚えてない……」

「ごめんね! 多分さっきの通りだと思うから、私すぐ探してくる! 二人はここで待ってて!」

「あたしもついてくよ。みんなで探した方が早く見つかるだろ?」

「いやいやいや! いいから! これは私の失敗だから! だから私がなんとするから!」

「え? でも……」

「ほんとに! ほんとに大丈夫だから! ねっ!」

「あ、あぁ……わかった」


 ポルンが心の中でほくそ笑んだ瞬間、マオがボソリと言った。


「ドリアール鑑定店じゃろ?」

「……え?」

「さっきそう言っておったではないか」

「……そ、そうだったっけ? で、でもほら! あのメモには地図も載ってたんだよ! このままじゃ行き方までわからないでしょ?」


 マオは近くにいた通行人を呼び止め、少し話をするとすぐに戻ってきた。


「あっちじゃ。この裏通りは通らんらしいぞ?」


(も、もうぉぉぉ!!!!!! どうしてそんなに対応力があるの!? いっつもおいしそうにご飯食べてるだけなのに!! ……こ、こうなれば理由なんてどうでもいい。とりあえず二人を一瞬振り払ってその間にあの本を買う! それしかない!)


 ポルンはなりふり構わず、


「あっ! あれぇ!? ポケットに入れておいたような気がする何かがなくなってるような感じがする!」

「む? どういう意味じゃ?」

「私ちょっとだけ探してくるから二人はここで待ってて! すぐ戻るから!」


 ポルンはそう言い残し、有無を言わさず来た道を戻り、目的の古書店までやってきた。


「はぁ、はぁ……。よ、よかった! まだある! あの、すいません! この本欲しいんですけど!」

「はいよ。3000ルルドだよ」


 ポルンは財布を漁りながらほくそ笑んだ。


(ふふふ。やったー! やったー! ついに手に入る! それにこの良心価格! ふふふ。この本の価値を全然わかってない。まぁ、マイナーな古書だしね。私くらい本好きじゃないとわからないのかもねー。あとはこれを服の中に隠しておけば二人にもばれないし。くふふ。よぉーし。今日から毎日読みふける……ぞ……)


 ポルンは青ざめて財布の中身を何度も確認した。


(……うそ……。うそでしょ!? 100ルルド足りない! どうしよう……)


「……あ、あの……この本、これ以上安くは……」

「3000ルルドだよ」

「で、ですよねー」


(終わった……。二人を騙して自分だけ楽しもうとしたバチがあたったんだ……)


 その時、遅れてやってきたリュカとマオがやってきた。


「あ、いたいた。おいポルン。どうしたんだ? なんかさっきから様子がおかしいぞ」

「……リュカちゃん」

「ん? どうした?」

「……あ、あの……実は……」



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「うましっ!! このあんこのつぶつぶの食感と、白玉のもちっとした歯ごたえ! 嫌になるほどの甘さが口の中に広がるのじゃが、茶を飲めば自然とすぐに二口目を食べとうなる! ぜんざい、なかなか奥深き料理じゃ!」


 クエストを終えた三人は、ぜんざい屋で舌鼓をうっていた。

 リュカがぜんざいを食べながら、いじわるそうに言う。


「よぉし、マオ。たっぷり食えよ。どうせここの支払いは全部ポルン持ちだからなぁ。な? ポルン」


 話を振られたポルンは、ふてくされたように口の中の白玉を胃に流し込んだ。


「わかってるって何回も言ってるでしょ。家にはお金があるから後で払うってば」

「もちろん、貸した100ルルドも一緒に返してもらうからなー」

「わかってるってば!」

「いやぁ、でも驚いたなー。あたしたちにクエストサボるなぁって注意してて、まさか自分だけ隠れて好きな本買おうとしてたなんてなー」

「もういいでしょ! そのことは忘れて!」

「しかもお金なくてあたしに借りるんだもんなー」

「もう! ムカつく!」


 マオはぜんざいを全て頬張ると、元気よく言った。


「おかわりじゃ!」


 ポルンはため息をつきながらも、横に置いてある魔術道大全下巻の背表紙を大事そうに指でなぞった。





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〇本日の献立


・ぜんざい:嫌になるほどの甘さがウリのゆであずきに、歯ごたえのある白玉を加え、少し煮詰めたポピュラーなスイーツ。この世界ではぜんざいの専門店ができるほど親しまれており、中に入れる餅の種類も豊富で、様々な組み合わせを楽しむことが可能。こしあん派とつぶあん派で長きに渡る激戦が繰り広げられてきたが、最近は抹茶派なる新たな派閥も台頭し、三つ巴の構図となった。泥沼化は避けられない。


・魔術道大全下巻:今より二五年前に絶版となった貴重な書籍。魔術に興味のない者にも読んでもらえるよう物語形式になっているが、きちんとした検証をもとに書かれているため、読み進めるだけで魔術についての知識が深まる名著。上巻では息もつかせぬ戦闘シーンが続くが、一転、下巻では恋愛要素が多分に含まれるようになる。ラストシーンは涙なしには語れない。この本を最後まで読んだ者は、その感動を他人に伝えたいという欲求にかられ、すぐに本を手放してしまう。その行為がこの本にかけられた魔法のせいだということは、著者以外誰も知らない。


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