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第21話 修行

 街の外に広がる森の中で、ポルン、リュカ、マオの三人は集まっていた。

 ポルンは、目の前にある拳大の石に向かって両手を突き出している。


「うぅ……! 動かない!」


 そのすぐ後ろで、マオが退屈そうにあくびをしながら言った。


「あまり無駄に魔力を振り絞るでない。静止している小さな物体を浮遊させるのにそこまでの魔力はいらん」

「で、でも、全然動かないんだもん……」

「浮遊魔法に最も大切なのはイメージじゃ」

「イメージ?」

「そうじゃ。その目の前にある石が浮いている場面を明確に想像し、適切な量の魔力を一点に集中させるイメージじゃ」

「そんなこと言われたって……」

「こうやるんじゃ」


 マオが指を伸ばすと、石は難なくふわりと宙に浮いた。


「うわっ! すごっ!」

「これぐらい基礎中の基礎じゃぞ……」


 石がことりと地面に落ちると、


「ほれ、もう一度じゃ。今わしが見せたのを明確に思い出しながらやってみよ」

「う、うん! わかった!」


 ポルンはもう一度両手を前に突き出し、意識を集中させた。すると、石はカタカタと小刻みに揺れ始めた。


「う、動いた!」

「よし。そのままゆっくり魔力を抑えていけ。今のままでは過剰な魔力が枷となって浮遊の邪魔になっとる」

「うん!」


 次第に石は動かなくなり、代わりに、ふわりと宙に浮きあがった。

 傍で見ていたリュカが「おぉ!」と声を上げる。

 石はすぐに地面へ落下したが、ポルンは興奮気味にぴょんぴょんと飛び跳ねた。


「やったー!! やったー!! 私、はじめてちゃんと魔法が使えたよ!!」

「お主……それでよう魔術師見習いとかやっておったのぉ……」

「ありがとう、マオちゃん!」

「……別に構わん。人に物を教えるのは慣れておるしな」


(わしが魔王じゃった頃も、部下に色々教えておったしの。まぁ、わしの部下はもう少し物覚えがよかったがの)


 リュカも剣を片手に、


「にしても本当にすごいな。ポルンは今まで、炎の魔法を使えば自分が熱を出して倒れたり、氷の魔法を使えばガタガタ震えて動けなくなったりするくらいだったのに」

「それはほんとに魔法か? 余興の練習ではないのか?」

「水の魔法を使って涙が止まらなくなった時はみんなで笑ったなぁ」

「やはり余興か」


 ポルンは恥ずかしそうにリュカを揺さぶった。


「もう、リュカちゃん! 余計なことは言わなくていいの! それよりリュカちゃんもしっかり剣の修行しなよ!」

「ふっふっふ。こう見えてもあたしはな、この前ダンジョンに行った時、一人でスライムを倒したんだぞ」


(何故スライム如きでここまで威張るんじゃ……)


 ポルンはごくりと息をのんだ。


「ス、スライムを……一人で……!?」


(驚くな驚くな)


 不意に、三人の背後の茂みがガサゴソと揺れた。

 ポルンがオドオドとした様子でリュカの背中にしがみつく。


「なに? もしかしてモンスター?」

「まさか。こんな街の近くまで来るモンスターなんて……」

「でも、この前のハイウルフの件もあるし……」


 不安になる二人を、マオが一笑した。


「安心せい。どんなモンスターもわしにはかなわん」

「そ、そうだよね。マオちゃんがいれば安心だよね」

「うむ。大船に乗ったつもりでドンと構えよ」


 しかし、ようやく姿を現した音の正体を目にすると、マオはげんなりと眉をひそめた。


「ひぐっ……うぅ……三人とも、どこにいるのぉ~……あっ! 見つけた!」


 姿を現したのはミリアだった。

 もうすでに涙で顔がぐちゃぐちゃになっている。


(ぐぬぬ……。面倒くさい奴がきおった)


「……ミ、ミリアではないか。お主、こんなところで何をしておるんじゃ?」


 ミリアはリュカとポルンを一瞥すると、目を真っ赤に腫らしたまま胸を張った。


「ふ、ふん! あんたたちがここらへんで修行してるって聞いたから、このミリアちゃんがわざわざ手ほどきをしにきてあげたのよ! 感謝しなさい!」

「手ほどきって……お主そこまで強くはないじゃろうに」

「でもミリアの方が強いもん! もうダンジョンに行ってスライムも狩ったことあるし!」


 そこで、リュカがさっと手を上げた。


「あたしもこの前、スライム討伐したぞ!」

「はぁ? あんたまだダンジョンに行けない見習いでしょ?」

「それが色々あってな。フレデリカさんについてきてもらってダンジョンに潜ったんだよ。で、そこでスライムを討伐したんだ」

「……へ、へぇ」

「その時のスライムは紫色をしてて、動きの遅い奴だったんだけどな。それで? ミリアはどんなスライムを狩ったんだ?」

「……え?」

「いや、だから。ミリアもスライム討伐したんだろ? この前もばったばったと倒したとか言ってたじゃないか。それ、どんなスライムだったんだ?」

「…………黒い……スライム……だったかな」

「へぇ! 黒いスライム! なんだか強そうだな! で、黒はどんな特徴があるんだ?」

「………………あんまり」

「あんまり?」

「………………動かなかった……かも」

「……へぇ」


(こやつ……動かんスライムを狩ったことをあんなに嬉しそうに語っておったのか)


 気まずい空気を払拭しようと、ポルンはパンと手を叩いた。


「そうだミリアちゃん! 私ね、ついに浮遊魔法が使えるようになったの!」


 それを聞いたミリアは、ぱぁっと嬉しそうな表情を浮かべた。


「浮遊魔法!? それならミリアも使える! なんたってミリアはこう見えても器用だからね! 剣も魔法も使えるの!」

「そう言えばミリアちゃんって魔法剣士志望だったよね! 昔もよく、素質があるって団長に褒められてたし、なんだかどんどん置いてかれちゃってちょっと寂しいな」

「えへへ~。最近フレデリカがつきっきりで教えてくれるから、昔のミリアなんて比じゃないかもっ!」

「へぇ、すごい! ちょっとだけ魔法見せてほしいな!」

「ふふふ。しっかたないわねぇ! そこまで期待されちゃうと見せないわけにはいかないし! あっ! どうせだったらどっちが高くまで石を上げられるか競争よ!」

「楽しそう! 待ってて、さっきまで浮遊魔法の練習で使ってた石持ってくるから!」

「じゃあミリアも石探すから同時にしよう、同時に!」

「うん!」


 そうして、二人は手ごろな石を持ち寄った。だが、ポルンは先ほどまで使っていた拳大の石を持ってきたのに対し、ミリアが持ってきたのは小指の爪ほどの小石だった。

 ミリアが青い顔をして、


「へぇ……。そんな大きい石……浮かべられるんだ?」

「い、いやいや! でも絶対高さじゃミリアちゃんにはかなわないって!」

「……まぁね。だって、ミリアはこれっぽっちの小石しか浮かべられないから」

「ち、違うの! これは……そう! 全然高くまで上げられなくて、すぐに落ちちゃうの!」

「そうなの?」

「そうそう! だからね、この勝負では私、負けちゃうかもしれないなー」

「ふ、ふん! 当然よ! だってミリアはすごいんだもん!」


 二人は石を並べると、同時に手を前に突き出した。

 二人の勝負を、マオとリュカは固唾を呑んで見守っている。

 ゆっくりと二つの石が宙へ浮かびはじめると、ポルンは慎重に魔力を研ぎ澄ませた。


(ここでミリアちゃんに勝ったら、ミリアちゃん、泣いちゃうかもしれない! こ、ここはミリアちゃんの石を超えないように慎重に――)


 その途端、ミリアの石がストンと下に落ちた。


「もうだめ! ミリア限界!」


(ミリアちゃん早っ!)


 その驚きで、ポルンの石がヒュンと上へ飛んで行ってしまった。

 しばらくしてから、ぽてんと地面に落下したポルンの石を見つめていると、ミリアはポロポロと涙をこぼし始めた。


「ミリア……あんなに高く上げられない……」

「あわわわ! 偶然だよ偶然!」

「それに……ポルンより早く落ちた……」

「それも偶然だよ! 今日は私、すっごく体調がよかったの! 多分、生まれてから一番調子がいいのが今日だったの! だから普段はミリアちゃんの方がすごいって!」

「ミリア……剣はリュカに負けて……魔法もポルンに負けた……。ミリア……全然すごくなかった」

「そんなことないよ! ほ、ほら! マオちゃん! マオちゃんには勝てるよ!」


 話を振られて、マオはあからさまに顔を歪めた。


「な、何故わしが……」


 ポルンとリュカが、ミリアには聞こえないようにマオに耳打ちした。


「お願いマオちゃん! ミリアちゃん、このままだとかわいそうだよ!」

「あたしからも頼む!」

「ぐぬぬ……。しかし、最近魔法を使っておらんかったせいで微調整が効かん。あいつに負けるのは雲を穿(うが)つより難しいぞ」

「雲なんて穿たなくていいからもっと他のことで勝負して! もうマオちゃんしか頼れないんだから!」

「そんなこと言われてものぉ……」


 マオは、ミリアの背後の草むらにトゥールの実が生えているのを見つけると、


(む? あれはトゥールの実ではないか。ふむ。そう言えば、この前ミリアに連れられて森にやってきた時にもあったのぉ。これを利用すれば……)


 マオは考えをまとめると、ミリアの元へ歩み寄った。


「ミリアよ。わしはこう見えても、探し物が得意なのじゃ」


 ミリアは涙をぬぐいながら、


「探し物?」

「そうじゃ。特に森に生えておるトゥールの実を探すことにかけては、わしは誰にも負けん。圧倒的にわしの方が有利じゃが、お主がわしに勝てるというならば、勝負してやってもよいぞ」

「……トゥールの実?」

「そうじゃ」

「…………なにそれ?」


(ぬぅ! こやつ、もう忘れておる!)


「ほ、ほれ、あれじゃ、この前お主が食べようとした毒の木の実じゃ」

「……?」

「ぐぬぬ!」


(なんという記憶力の悪さ!)


 けれど、ミリアは何故か自信満々に言った。


「なんだかよくわからないけど木の実を探す勝負ね! 負けないわよ!」


(お主はその木の実のことを完全に忘れておるではないか! いったい何を探す気なんじゃ! ……ま、まぁよい。トゥールの実はミリアのすぐ後ろにある。振り返ればこやつの勝ちじゃ)


 そう考えていた矢先、ミリアは意気揚々とこんなことを言い始めた。


「よぉし! ならさっそく東の森から探そうかな!」

「なぬ!?」

「ふっふっふ! じゃあねマオ! ミリアに負けても泣いちゃだめだよ!」


 この場から去ろうとするミリアに、マオは慌ててしがみついた。


「ちょっと待てい!」

「え? 何? マオ、妨害する気なのぉ?」

「い、いや! そうではなくてじゃな! ほ、ほれ! 一人で勝手に森の中を歩き回っては危険じゃろう? 怖いモンスターに出くわしてしもうたら大変じゃ。じゃから、とりあえずここら一帯で探すというのはどうじゃ?」

「怖いモンスター……。そ、そうね。別にミリアは平気だけど、マオが危ないものね。マオのために移動は控えてあげるわ」

「……うぬぅ。た、助かる……」


 その後、マオは探しているふりをしながらミリアをトゥールの実のすぐ近くまで誘導したが、当のミリアは何故か地面を這いつくばるように視線を落としていて、トゥールの実の存在には気付かなかった。


「う~ん。ないわね~」

「の、のぉ、ミリア。もう少し視線を上げてみてはどうじゃ?」

「え? どうして?」

「トゥールの実は腰の高さくらいに生えておるからのぉ」

「ふっふっふ。マオ、ミリアを騙そうとして嘘ついてるでしょ。ミリアはそう簡単には騙されないんだからね!」

「…………」


 マオが困った顔でポルンとリュカを見ると、二人はコクンと頷き、トゥールの実が生えている草むらの奥へ入っていった。

 そして、中から手を突っ込み、トゥールの実がなっている枝をミリアの視界にまで下ろし、激しく揺さぶった。


 ミリアは視界の端で揺れている枝に視線を向ける。


「あれ? この枝だけすごく揺れてる……。それに、この赤黒い木の実って……まさか」


 ミリアはようやくトゥールの実を目にしたが、


「いや、でもこんな簡単に見つからないだろうし、これは別の木の実かな」


 その様子をチラチラうかがっていたマオが、すかさずフォローに入った。


「い、いやぁないのぉ! 赤黒くて丸くて、小さなトゥールの木の実! 毒があるから食べられんのじゃが、見た目は艶々しておってうまそうなのにのぉ!」


 それを聞いたミリアは、再びパッと視線を上げた。


「ま、まさか! これ!」


 ミリアはトゥールの実をもぎ取ると、慌ててマオに見せた。


「ねぇ! これ!? トゥールの実!」

「おぉ! それじゃそれじゃ! ミリア、中々やるのぉ! 見直したぞ!」

「えへへ。そ、そう?」


 草むらの中にいた二人も立ち上がってパチパチと拍手をした。


「おめでとう、ミリアちゃん」

「おめでとう、ミリア」

「えへへ~。そ、そんなに褒めなくっても、ミリアがすごいのはみんな知ってるでしょ~。まっ! ポルンもリュカも頑張ってるとは思うけどね! またいつでも挑戦を受けてあげるわよ!」


 ミリアはマオの頭をぐしぐしと撫でた。


「マオも、ミリアに負けたからってあんまり落ち込まないでね」

「……う、うむ。そうじゃな」


 ギルド本部に戻り、ミリアと別れた後、部屋に戻ったマオはポルンのベッドにドサッと倒れ込んだ。


「……はぁ。今日は一日が長かったのぉ」

「マオちゃん頑張ったもんね」

「お疲れ、マオ」

「ミリアはとことんアホじゃな。相手すると疲れる。お主らもそうじゃろう?」

「まぁ、気は遣うけど……」

「あたしらはそんなに疲れないな」

「む? 何故じゃ?」


 マオの疑問に、二人は含みのある笑顔で答えた。


「ミリアちゃんが頑張り屋さんだって知ってるから、かな」

「それに、どうしてだか憎めないところもあるしな」


 マオも心当たりがあり、「あぁー」と声を伸ばした。


「ま、たしかにのぉ」



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 後日、ミリアは突然三人の部屋に押し入った。


「見て見て! ほら! ミリアもこの大きな石浮かべられるようになったよ! それに紫色のスライムも倒したし!」


 リュカとポルンが楽しそうに拍手をし、マオが一言、


「うむ。頑張ったのぉ。さすがミリアじゃ」

「えへへ~。そうでしょ!」


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