第20話 牛乳プリンのヌヌゴラフルーツのせ
『白日の宴』団長、ルーニア・ノータスには悩みがあった。
それは、誰も自分の名前を憶えていないことではなく、
「最近思うんだけど、私って皆からなめられてない?」
団長室。
机をはさんだ向かい側で、フレデリカが首を傾げた。
「別にそんなことないんじゃないか? 私だって団長のことは信頼している。他の者もそうだと思うぞ」
「いや、別に信頼されてないとは思ってないの。皆仕事はきちんとしてくれてるし、ただ……ただね……不意に、『あれ? 私もしかしてなめられてる?』って感じる時があるのよ」
「考えすぎじゃないか?」
「……そうかしら?」
「あぁ。だからあまり深く考えすぎない方がいい」
「……ところで、一つ聞いていいかしら?」
「ん? どうした?」
団長は視線を下げ、フレデリカの足に纏わりついているミリアを指さした。
「ど、どうして私の呼び出しにミリアを連れてきたのかしら」
ミリアは少し不貞腐れた様子で「ねー、フレデリカー、早く遊びに行こうよー」と駄々をこねている。
フレデリカはミリアの頭を撫でて「そうだなー」と諭すと、団長に視線を戻した。
「今からミリアと一緒に遊びに行くんだ」
「行くんだ、じゃないでしょ」
「?」
「だってさぁ、普通ギルドの団長から内々で団長室に呼び出されたら一人で来るものじゃない?」
「まぁ、そうだな」
「でしょ? ならどうしてミリアを連れてきてるの? おかしいわよね?」
「……?」
「いやいやいや。何そのポカンとした顔。どう考えてもおかしいでしょ」
フレデリカは駄々をこね続けているミリアを抱きかかえた。
「もうすぐ終わるからなー。それまで静かにしてようなー」
「はーいっ。ミリアちょっと静かにしてるっ」
「おー。ミリアは本当に偉い子だなー。よしよし」
フレデリカが団長に向き直り、「続けてくれ」と先を促すと、団長は頭を抱えた。
「うん……。もういいや……。なんかね、疲れちゃった」
「なら私はもう行くが、あまり思いつめすぎるなよ?」
ミリアも団長を振り返り、
「団長、またねー」
「……う、うん。またねー」
一人取り残された団長は、胸中に蔓延するどす黒い感情を抑えきれなかった。
「やっぱり……私、なめられてる……」
そのまましばらく考え込んでいた団長だったが、ため息交じりに立ち上がり、「……こういう時は何かおいしいものでも食べて気を紛らわせようかしら」と、食堂へ向かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その道中、マオの背中を見つけ、声をかけた。
「あら? マオじゃない。何してるの?」
「む? なんじゃ団長か」
(なんじゃって何よ……)
「わしは今からこれを料理長にケーキにしてもらうんじゃ」
マオは昨日、ダンジョンで採ってきたばかりのヌヌゴラフルーツを自慢げにかざした。
「ん? わぁ、珍しい! それってヌヌゴラフルーツでしょ? 昨日フレデリカと一緒にダンジョンに行って採ってきたの?」
「そうじゃ。フレデリカに手伝ってもろうた。さすが団長じゃな。よぉ知っておる」
(ふふっ。言い方はともかく、褒められたわ。これで少しは団長の威厳が保てたかしら)
「私も食堂に行くところなの。一緒に行きましょう」
「構わんが……これはやらんぞ?」
「……い、いいわよ。別に」
食堂につくや否や、マオはカウンター越しに料理長を呼んだ。
「料理長ぉ、料理長ぉ」
厨房でこっそりとデザートをつまみ食いしていた料理長は、慌てて残りを冷蔵庫にしまい、いそいそとマオたちのもとへやってきた。
「い、いらっしゃい、マオちゃん。……え、えっと、今日はどうしたの?」
「これを料理してほしいんじゃ! ケーキにしてくれ、ケーキに!」
「あ、ヌヌゴラフルーツ? 珍しいね。う~ん……。でも、こ、この実、まだ少し硬いかも」
「なぬ? ということはうまくないのか?」
「う、ううん。こ、このままでも、十分おいしいんだけど、ケーキにするには少し酸味が強いかな……。それに、果肉をそのまま使うと、食感もあまりよくない、かも……」
「うぬぅ……」
「だ、だからね、一度ペースト状にして、プリンか何かにした方が、おいしいと、思う」
「プリン? それはうまいのか?」
「う、うん。甘くておいしいよ」
「おぉ! さすがじゃ! やはり料理長は頼りになるのぉ!」
「そ、そんなことないよ」
「いやいや! 謙遜するでない! このギルドは料理長で成り立っとるようなものじゃ! 誇ってよいぞ!」
その瞬間、団長の頭の中でプツリと何かが切れる音がした。
「料理長」
「あ、あれ? 団長、いたんですか? す、すいません、気付かなくて……」
団長は一瞬泣きそうになったが、すぐに持ち直した。
「りょ、料理長!」
「は、はいっ!?」
「私とあなたで、料理対決よ!」
「……料理……対決、ですか?」
「そうよ! どちらがよりマオを喜ばせる料理を作ることができるか、勝負よ!」
「あ、あの……でも……」
「何? もしかして怖気付いたのかしら?」
「そ、その勝負……どうやっても私が勝ってしまうと思うんですが……」
「ぐっ! な、なによ! 人見知りのくせに随分強気じゃない!」
「す、すいません……」
団長は腕をまくって意気込んだ。
「よぉし! 負けないわよ!」
「……あ、あの」
「何? まだ文句でもあるのかしら?」
「食材がもったいないのでやめてください」
「失敗する前提!?」
料理長に辛辣に扱われた団長が今にも泣き出しそうだったので、マオは仕方なく間に割って入った。
「ま、まぁまぁ、団長。今日は特別にプリンをわけてやるから、それで満足しとくんじゃ」
「うぅ……プリン? 私にもくれるの?」
「う、うむ。じゃから……気を強く持て?」
「…………うん。ありがとう」
その後、厨房で、マオが落ち込んだ団長を励ましていると、いつの間にか料理が完成した。
「マ、マオちゃん。できたよ、プリン」
「おぉ! これがプリンとな! ほれ団長! プリンが来たぞ! いい加減元気を出さんか!」
「……私なんて……誰からも尊敬されてない……いらない存在なのよ」
「むぅ……。なんというマイナス思考。そういうところが……」
「そういうところが、何?」
マオは団長から視線を逸らすように、目の前に置かれたプリンをマジマジと見つめた。
牛乳で真っ白に染まったプリンの上に、ペースト状になったヌヌゴラフルーツのオレンジ色が鮮やかに艶めいている。
「おぉ……なんと美しいんじゃ。さすが料理長」
「そ、そんな……。プリンは、そんなに難しい料理じゃないよ。ヌヌゴラフルーツの酸味を生かすために、本体のプリンは、す、少し甘さを強くしたの。た、たぶんおいしい、はず」
「では、さっそく一口いただこうかの」
プリンには一つの気泡もなく、最初の一口はスプーンを差し込むことさえためらわれた。
パクリ。
マオはゆっくりと咀嚼し、にんまりととろけそうな笑顔を作った。
「うましぃ! な、なんじゃこのサラリとした口当たりは! ケーキとはまた別のうまさじゃ! プリン単体ではくどくなるような甘さを、ヌヌゴラフルーツの酸味と一緒に食べることで程よいバランスを保っておる。どちらの味も主張し過ぎることなく、それでいてハッキリとどういう味だか理解できる。そしてヌヌゴラフルーツの香りが鼻を抜ける際の爽快感! プリン。まさにヌヌゴラフルーツを味わうのに適した料理じゃ! 料理長、あっぱれじゃ!」
「あ、ありがとう……」
パクパクと食べ進めるマオを見ていると、それまで落ち込んでいた団長の喉がごくりとなった。
「じゃ、じゃあ、私も一つ」
パクリ。
「ん!? ほんとだ、おいしい!」
料理長は、もじもじと恥ずかしそうに言った。
「あ、あの!」
「ん? どうしたの?」
「わ、私たちは、その……団長が、笑っていてくれれば、それだけで安心できるから。だ、だから、その……できれば、今みたいに、笑っててほしいなぁ……なんて……」
「料理長……」
(そうよね……。団長の私がしっかりしてないと、皆を不安にさせてしまうものね。それに、私のことをきちんと見てくれてる人だっているのよね。その人たちのためにも、頑張らなくっちゃ。こんなところで落ち込んでる場合じゃない!)
「ありがとう、料理長。あなたの料理を食べたおかげで元気が出てきたわ。マオもありがとう。プリン、とてもおいしかったわ。あっ、そうだ! よかったら今度は私と一緒にダンジョンに……って、あれ? マオは?」
「…………えっと……マ、マオちゃんはさっき、余ったプリンを持って帰って行きましたよ」
「……やっぱり私、なめられてるわね」
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〇本日の献立
・牛乳プリンのヌヌゴラフルーツ乗せ:通常の牛乳プリンに、ペースト状にしたヌヌゴラフルーツを乗せたもの。甘さと酸味がお互いを引き立てて、食べた者をうならせる。
余ったプリンはマオがリュカやポルンたちに配って回った。ちなみに料理長は味見と称してすでに二個完食している。