第19話 はじめてのダンジョン
マオ、リュカ、ポルンの部屋。
部屋の中央に置いた足の短い机の上に、ポルンは図書館で借りてきた図鑑を広げた。他の二人はそれを左右に座って一緒に眺めている。
「これ今一番人気の本なんだってー」
「へぇ。なんていう本なんだ?」
「『食べられるダンジョン』一巻!」
すかさず、マオの目が輝いた。
「む!? 食べられるとな!?」
「うん。ダンジョンで食べられるものがいろいろのってるんだってさ」
「ほぉ! それは興味深いのぉ!」
ポルンがページをめくるたびに、マオはいちいち指さしては「これもうまそうじゃ!」、「それも食べてみたい!」と興奮している。
あるページで、リュカが「あっ」と声を上げた。
「この『ヌヌゴラフルーツ』ってやつ、出現エリアがすぐそこのダンジョンになってるぞ」
「ほんとだ。えぇーっと何々? 『オクトパスタートルの甲羅の上でのみ成長するフルーツ。舌触りの良い滑らかな甘みと、ほんのりと残る爽やかな酸味が特徴的。そのまま食べてもよし、煮詰めてジャムにするもよし、ケーキにするもよし。フルーツ好きならぜひ一度は食べてみたい一品』だってさ。あ、でも遭遇する確率がすごく低いみたい。ヌヌゴラフルーツもレアドロップアイテムに指定されてるんだってさ。市場にも滅多に出回らないって」
リュカとマオが目を輝かせる。
「レアドロップアイテムだって!?」
「ケーキじゃと!?」
リュカがうっとりとした表情で、
「いいな~、レアドロップアイテム。滅多に手に入らないアイテムを探しに行くことこそ、ダンジョン攻略の醍醐味だよな~」
「わしはそのフルーツでケーキが食べたいぞ! 料理長に作ってもらうんじゃ! 明日朝から探しに行くぞ!」
ポルンとリュカは眉をひそめた。
「私ダンジョン怖いからやだ」
「あたしは行ってみたけど、ダンジョンには許可なく入ったら怒られるんだよ。モンスターもうようよいるし危ないから……」
マオは、ぽんと自分の胸を叩いた。
「モンスターなどわしが全て消し去ってくれるわ!」
「……まぁ、マオならできそうだけど……。それでもだめだ。怒られたくないだろ? それにあたしたちだけでダンジョンに入ったって迷子になるのがオチだよ」
「うぅむ……。……む? ならば誰かに付き添ってもらう、というのはどうじゃ?」
「付き添い? 誰に頼むんだ?」
「一人、心当たりがあるぞ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌日、中央エントランスにて。
クエストの貼り紙を見に来た団員たちがざわざわと盛り上がっている。
その中で、マオとリュカが誰かを探している様子だったので、偶然通りがかった団長が声をかけた。
「あら? 二人ともどうかしたの?」
「むむ。団長か」
「なぁに? 誰か探してるの?」
「うむ。ちとダンジョンに用があるので、一緒に来てくれそうな人を探しておるんじゃ」
「あらあら。仕方がないわねー。だったら私が一肌脱ごうかしらっ!」
「いや、結構じゃ。もうすでに相手の目星はつけておる」
「……そ、そう」
「うむ。……お、ようやくきおったか」
しょんぼりと落ち込む団長をよそに、マオとリュカはやってきたフレデリカの元へ走った。
「フレデリカさーん!」
「ん? おう、どうしたリュカ。それにマオも」
「実は、フレデリカさんに頼みたいことがあるんです……」
「私にか?」
リュカとマオがあらかたの事情を説明し終えると、フレデリカは「う~ん」と腕を組んだ。
「ミリアは今日休みだし、手が空いてることは空いているが……」
「おねがいします!」
「わしからも頼む!」
「……まぁ、護衛と道案内くらいなら」
「やったー!」
「よし! さっそく行くのじゃ!」
二人に手を引かれてダンジョンへ向かうフレデリカに、悔しそうに頬を膨らませた団長がぼそりと言った。
「あんまり調子に乗らないでよ、フレデリカ」
「え?」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
三人はダンジョンに到着した。周りは洞窟になっていて、時々冷たい風が肌を撫でる。
先頭に立つフレデリカが、
「そうだ。ついでにリュカの剣術もみてやろう。弱いモンスターがきたら戦ってもらうぞ」
「えっ!? む、無理です!」
「まぁまぁ。何事も経験だ。さぁ、行こう」
ダンジョンを進むと、小さなスライムが出現した。
「おっ。ちょうどいい。さぁ、リュカ。剣でやっつけるんだ」
「む、無理です~」
リュカは剣を構えてはいるが、臆して腰が引けている。
「あの紫色のスライムは動きが遅い。落ち着いて斬りかかれば大丈夫だ」
「落ち着いてって言われても~」
「敵から目を逸らすな。少しずつ距離を詰めつつ、周辺の環境にも気を配れ」
「うぅ……」
リュカは怯えながらも、言われた通りゆっくりと接近し、そして一気に切りかかった。
「でやぁー!」
ザク。
斬り付けられたスライムは、ぱっくりと半分に割れて地面に溶けていった。
「や、やりましたフレデリカさん! やっつけました!」
満面の笑みを浮かべるリュカを、フレデリカは何の前触れもなくひょいと抱き上げると、頭を撫でながら頬を寄せた。
「よしよし。よくやったぞリュカ。きちんと私の言いつけを守って偉かったな」
過度な賞賛に、リュカはフレデリカに抱えられながら顔を真っ赤にした。
「えっ。ちょ、ちょっとフレデリカさん――」
「厳しいことを言ってすまなかったな。だがあの迷いのない剣筋は素晴らしかったぞ」
「……あ、ありがとう、ございます……?」
マオとリュカはフレデリカの態度に違和感を覚えつつも、再び歩を進めた。
しばらくダンジョン内を巡ると、リュカがため息交じりに言う。
「どこにもいないじゃないか。オクトパスタートル」
「うぅむ。そう言えばあの本に、水辺の近くでの出現率が高いと書いてあった気が……」
「ほんとか?」
「うむ。たしかじゃ」
直後、マオはフレデリカにひょいと持ち上げられた。
「む? なんじゃ?」
「マオ、事前にきちんと標的のことを調べているなんてすごいじゃないか」
「……うぬ?」
フレデリカはマオを抱き寄せ、優しく頭を撫でた。
「ダンジョンにおいて、時に情報はレアドロップアイテム以上の価値を持つ。そのことをきちんと理解し、実践で発揮するなんてそうそうできることじゃないぞ。マオ、お前は自分のことを誇っていい」
「……お、お主、さっきから何やらおかしくないか?」
「おかしい? 私がか?」
「うぅむ……。少し表現が過剰というか……」
「ん? よくわからないが気を付けよう」
「う、うむ……」
水辺に到着した三人は、手当たり次第に辺りを見渡した。
「おらんのぉ……」
「出現確率低いって言ってたし、今日はいないのかな」
ピチャ、と小さな水の音がして、三人は同時にそちらへ視線を向けた。
すると、一匹の亀が水面に浮上していた。その亀の甲羅には、オレンジ色で棘のような突起が何本も生えた果実が実っている。
「ぬぉ!? お、おるではないか!」
「待て、マオ! 慌てるな! 相手は水生モンスターだ! ここで普通に捕まえようとしても逃げられる!」
「うぅむ……。わしの魔法を使ってみるか。最近使っておらんかったから、あの果物ごと潰してしまわんか不安じゃが……」
とりあえず身を隠すと、フレデリカがひっそりと耳打ちした。
「焦らなくても大丈夫だ。あいつは月に一度、陸地に上がって甲羅を乾かす習性がある。運よく今がちょうどその時なんだろう」
「ってことは、待ってればこっちに来るってことですか?」
「そうだ。だからそこを狙って二人で左右から飛び掛かれ。そうすれば捕まえられるはずだ」
「わかりました!」
「了解じゃ!」
フレデリカが言った通り、オクトパスタートルはゆっくりと陸地へ移動した。真っ赤な八本の足がぬめぬめと光っている。
リュカとマオは岩場の陰を伝って左右に分かれ、目配せで合図をして同時に飛び込んだ。
「てやぁ!」
「ぬぅ!」
二人に取り押さえられたオクトパスタートルは、逃げようと必死に足を伸ばした。
「むぅ! こ、こやつ! 足がぬめってて掴めん!」
「あたしが上から押さえ込む! マオはこいつの甲羅にあるヌヌゴラフルーツをもぎ取れ!」
「こ、心得た!」
次の瞬間、オクトパスタートルの足がリュカの顔にぶつかり、リュカは勢いよく後ろに倒れた。オクトパスタートルはその隙に再び水の中に潜ってしまった。
「いたた……。ヌ、ヌヌゴラフルーツは!?」
「フハハ!! 見よ! ギリギリでもぎ取ったぞ!」
「おぉ! よくやった!」
満足して顔についた泥を落としている二人を、フレデリカはぎゅっと抱き寄せた。
「よくやったな、二人とも。ぴったり息の合った見事な連携だった。モンスターをとらえたあとのリュカの判断も的確で、マオもすぐにそれに対応していた。一つのミスもない、完璧な狩りだったぞ。素晴らしかった」
マオとリュカは、お互いにひっそりと、
「のぉ、リュカよ。こやつは元々こういう奴なのか?」
「まさか! フレデリカさん、少し前までは全然笑わなくて皆怖がってたくらいなんだから! それがどうしてこんな……」
フレデリカは二人の手を取ると、
「帰り道は危ないから手を繋いでおこう。心配ない。私がきちんと家まで送ってやるからな」
「「…………」」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ギルド本部へ帰ると、門の前でミリアが手を振っていた。
「あぁー! フレデリカおっそーい!」
「おぉ、ミリア。どうかしたのか?」
「もうー! フレデリカと一緒に遊ぼうと思ってたのにいないんだもんっ」
「そうだったのか? 悪かったな。ちょっとこの二人と一緒にダンジョンに潜っていた」
「ん? マオとリュカ? あはは! 二人とも泥だらけー!」
「二人ともダンジョンですごく頑張ったからな」
「そうなの? ……あっ! そうだ! ミリアも今日すっごくがんばったのっ! あのねー、今日一日で五十回も剣の素振りしたんだよ!」
フレデリカはミリアを持ち上げ、そのままくるくると回った。
「すごいじゃないか、ミリア。私が見てないところでも頑張ってるんだな」
「そうなのっ! だからもっと褒めてっ!」
「よぉし! 今日は特別に寝る前に絵本二冊読んでやるからな!」
「わーい! わーい!」
リュカとマオは確信した。
「フレデリカさんがおかしくなったのって……」
「こやつのせいじゃな……」