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第18話 外壁

『白日の宴』ギルド本部。中央エントランス。

 掲示板の前で魔王は、リュカとポルンに苦言を呈した。


「む? どういうことじゃ? 今日は休みでもないのにクエストが貼り出されておらんではないか」

「あー。たまにあるんだよなぁ」

「私たちに合ったレベルのクエスト発注がなかったんだねー」

「こういう時はどうするんじゃ?」

「私はまた図書館に行く」

「あたしはまた剣の修行をする」

「ふぅむ……」


(また川に行ったところで、師匠のやつが釣りをしておるとは限らんし。やはりここはポルンについていくのが無難かのぉ)


「のぉ、ポルン。わしも一緒に――」


 言いかけたところで、背後から溌剌とした声が届いた。


「あっはっは! あんたたち仕事ないのー? なら今日一日暇なのねー!」


(この無駄に明るい元気な声は……)


 振り返ると、ミリアが楽しそうに笑っていた。

 リュカが面倒くさそうに対応する。


「仕方ないだろ。それにあたしは今から剣の修行だ」

「私は図書館」


 ミリアは何故か困り顔で「え……」とつぶやき、マオの顔を見た。


「な、なら、マオは?」

「わしか? わしは暇じゃからポルンと一緒に――」

「暇なのね! だったらミリアのクエスト手伝わせてあげる!」

「え? い、いや……」

「ミリアのクエストはね! 『街の外壁に咲いている花の採集』だよ!」

「わ、わしはこれから図書館に……」

「ほらほら、マオ! 一緒に行こうっ!」

「えぇー……」


 こうして、マオはミリアが受注したクエスト『街の外壁に咲いている花の採集』に付き合わされることになった。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 森と街との境界線となっている外壁。その森に面した方を二人は歩いている。


「……のぉ、ミリア?」

「……な、なに? どうかした?」

「もう少し離れてくれんか? そんなに腕を掴まれておったら歩き辛いんじゃが……」

「むむむ、無理! だって、いつモンスターがそこの森から出てくるかわかんないもん!」

「お主……ほんとに臆病者じゃのぉ」

「リ、リュカとポルンには内緒にしてねっ! お、お願いよ!」

「まぁ、わかっておるが……。にしても、何故ミリアだけクエストが受注できたんじゃ? お主も見習いではないのか?」

「ミ、ミリアは普段、フレデリカと一緒にクエストに行ってるから、勝手に経験値がたまって見習いは卒業させられたの……」

「む? そう言えばフレデリカはどうしたんじゃ? いつも一緒におるではないか」

「……フ、フレデリカ……別のクエストの応援に行っちゃってて……。このクエストなら危険はないから、ミリア一人でやってみろって……。うぅ……。フレデリカァ! フレデリカァ! 心細いよぉ!」

「おぉよしよし。泣くでない泣くでない。わしがついとるから大丈夫じゃ」


(まったく……どうしてわしがこやつのおもりをせねばならんのじゃ……。こやつもこやつじゃ。心細いなら最初からリュカとポルンを誘ったらよかろうに)


「うん……ありがとう、マオ。……あっ! 見て! あれ、花だよ花!」

「ぬ? どれじゃ?」

「ほら! あっちの方に生えてるやつ! きっとあの花を集めたらいいんだよっ!」


 そう言うと、ミリアは一人で先に走り出してしまった。


(あぁ……。あやつを一人にしておくのは不安じゃ……)


 マオは仕方なくミリアの後を追った。


「ちょっと待つんじゃ、ミリア。一人で行くでない――って、はやっ!? くっ! あやつ体力まで馬鹿なのか!」

「ほらぁ、マオ! 早く早く!」

「うぬぅ……」


 ようやく立ち止まったミリアに追いつくと、マオは息も切れ切れだった。


「はぁ……はぁ……お、お主、もう少し……ゆっくり」

「あれ? これ雑草だ」

「……………………うぬぅ」


 その後、二人は再び足並みを揃えて外壁の周りを歩き始めた。


(それにしてもこの体、まったく体力がないのぉ……。ちょっと走っただけですぐに息が切れおる……)


 前を歩くミリアがキョロキョロと辺りを見渡した。


「花ってなかなか咲いてないね~」

「うむ……そうじゃな」


(ようやく普通に歩いてくれるようになったか……。もう勝手に走り出すでないぞ)


「ねぇねぇ、マオは好きな物とかないのー?」

「わしの好きな物? さぁな。食べ物ならばなんでも好きじゃ。特に甘い物は好みじゃの」

「ミリアはねー、フレデリカが好きっ」

「いや、聞いとらんし……」

「あっ! 見て見て、マオ!」

「うぬ?」


(まったく……今度はなんじゃ)


「おいしそうな木の実! わーい! いただきまーす!」

「ぬぉ!?」


 マオは慌ててミリアの手から木の実を弾き飛ばした。


「あ、アホか! これはトゥールの実と言って毒をもっておるぞ!」

「えっ!? そうなの!?」

「頼むからもう少し警戒心を持ってくれ」

「ご、ごめん……」


 それからミリアはしょんぼりと肩を落として歩いていたが、しばらくすると壁の上の方を指さした


(リュカとポルンが邪険に扱う理由がちょっとわかったわい。こやつに振り回されてたら体がもたん……)


「あっ! ねぇねぇ! あれって花じゃない?」

「ぬ? おぉ。たしかに花じゃな。ということはあれを採集すればクエスト完了というわけか。……それにしても、あんな高い場所に生えとる花をどうやって採ればいいんじゃ?」

「ミリアに任せて!」

「うぬ?」


 マオが止める間もなく、ミリアはせっせと壁を上り始めた。


「あわわわわ! な、なにしとるんじゃ!」

「大丈夫大丈夫! ミリア木登り得意だから!」

「落ちるでないぞ! 落ちるでないぞ!」

「大丈夫! ほらっ! とったよ! ――って、きゃあ」


 ミリアの足が壁をずり落ち、そのまま落下してくる。


(ぎゃああ! どどど、どうすれば!! ――って! わし元魔王じゃった!)


「『暴風障壁』!」


 ミリアの体が地面にぶつかる直前、その体が風の力でふわりと浮き上がり、ミリアは静かに着地した。


「だからあれほど気をつけぇと言ったじゃろうが! この間抜け!」

「……ご、ごめんなさい」

「まったく……」


 ミリアは反省して目を伏せると、自分の手に掴んでいた花をマオに見せた。


「でもほら、花とれたよっ。クエストのやつ! すごくきれいっ!」


 ミリアの屈託のない笑顔に、マオは肩の力が抜けてしまった。


「……まぁ……きれいではあるな」


 ふと、満足そうに笑うミリアの向こうで、すってんころりんと転んでいるポルンとリュカの姿があった。


(ずっと何やら気配がすると思っておったが、あの二人、ミリアが心配で後をつけておったようじゃな……。見たところ、壁から落ちたミリアを助けようと飛び出してこけおったようじゃが……)


 マオと目が合った二人は、人差し指を口につけ、「しぃー!」と漏らし、そのままそそくさと草むらに戻って行った。


 ミリアが小首をかしげる。


「ん? マオ? どうかした?」

「……いや。なんでもないわい。それよりわしはもう疲れた。それを持ってさっさと帰るぞ」

「うんっ!」



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 その後、ギルド本部でクエスト完了の手続きを終えると、ミリアは「ちょっとここで待ってて!」とどこかに行ってしまった。

 そして、五分もせずに帰ってくると、


「はい、これ! マオにあげる!」

「うぬ? なんじゃこれは?」

「板チョコだよっ。クエストを手伝ってくれたお礼っ!」

「板チョコ? 食べ物か?」

「そう、お菓子! 甘くておいしいんだぁ」


 ゴクリ。


「な、ならば貰ってやらんでもない」

「どーぞっ!」


 板チョコに一口かじりつくと、マオはにんまりと口元を緩めた。


「うましっ! おぉ! なんと深みのある甘さじゃ! 口の中ですぅーっと溶けていき、舌に絡みついてきよる!」

「んふふー。おいしい?」

「うむ! うましじゃ!」

「よかったー。マオはやっぱり笑ってる方がかわいいねっ」

「ぬ? そ、そうか?」

「うんっ! 今日はほんとにありがとう! また一緒に遊ぼうねっ!」

「………………まぁ、暇じゃったらな」


 ミリアと別れ、自室へ戻る道中で、マオはふと持っていた板チョコに視線を移し、ぼそりと呟いた。


「……ま、残りはあの二人にくれてやるとするかのぉ」





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〇本日の献立

・板チョコ:カカオ豆を焙炒させたりいろんなものを配合させたりなんやかんやしたもの。この世界では『チョコの実』という単純明快な形で採集でき、加工も比較的簡単。誰からも好かれる人気のスイーツ。


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