第16話 ミリアとフレデリカでお風呂
脱衣所にて、ミリアは「んー」と両手を上に伸ばした。
前に立つフレデリカが「はいはい」と鼻で笑いながら、ミリアの服を脱がす。
「まったく……。お前はいつまでたっても甘えん坊だな」
「ちがうもーんっ。フレデリカが甘えられるの好きだから甘えてあげてるだけだもーんっ」
「ははは。なんだそれ」
服を脱ぎ終わったミリアは、足早に浴場へ向かった。
「フレデリカ―、早く早くー」
「こらこら。そんなに急ぐと転ぶぞ」
「だって早くフレデリカに髪を洗ってほしいんだもんっ」
ミリアは壁にある鏡の前で椅子に座ると、髪の毛をたくし上げて背中を見せた。
「フレデリカー。やってー」
「……はいはい。わかったわかった」
まるで呆れたように対応しているフレデリカだが、その胸中は穏やかではなかった。
(アァァァァァァァ!!!!! ミリアァァァァァァァ!!! お前はどこまでかわいいんだぁぁぁぁぁ!! あぁッ! この白く透き通った背中! なまめかしいうなじ! 髪の毛の一本一本が艶々してて、触れただけで持っていかれそうだ!!!)
「ん? フレデリカー? どうしたのー?」
「あっはっは。なんでもないぞー。ミリア」
(キャアアアアアア!!!! 上目遣いで振り返ったぁぁぁぁぁぁ!!!!! かわいいいいいいい!!!!)
「よし。じゃあ、始めるぞ」
「あ、ちょっと待ってー」
「どうした?」
「ほらこれ、シャンプーヘッドっていうんだよ? この前市場で売ってたから買ったのー。これをねー、こうしてかぶれば、シャンプーの泡が目に入らないんだってー。一人で洗う時は目を瞑るんだけどねー、今日はフレデリカのお顔が見たいからこれ使うのー」
「……へぇ」
(天使だ! 天使の輪っかだ!)
「えへへー。似合ってる?」
「ちょっと子供っぽいけど……まぁ、似合ってるんじゃないか」
「あぁー! 今ミリアのこと子供扱いしたー! ミリアもう子供じゃないもんっ! スライムだって討伐できるもんっ!」
「あはは。そうだな。すまんすまん」
「むー」
(頬っぺた膨らませたミリアかわいいぃぃぃ!!!! このまま持ち帰って永久保存したい!!!! ――はっ!!)
フレデリカは手に取ったシャンプーを泡立てながら気を静めた。
(い、いかんいかん。こんなよこしまなことばかり考えていたらミリアの期待を裏切ってしまう……。もう少し自重せねば)
「よし、じゃあ改めて」
「んー」
シャカシャカシャカ。
(なんという洗練された美しい髪の毛なんだ……。これでは私がミリアを洗っているのか、私がミリアに洗われているのかわからんではないか)
「痒いとことかないか?」
「んー」
シャカシャカシャカ。
(ミリアの教育係に任命されてまだ一年だが……。『ダンジョンの鬼神』とまで呼ばれ、仲間からも恐れられていた私がここまで骨抜きにされるとは……。最初は教育係のためにダンジョンの奥までいけなくなったことを嘆いていたが、今ではミリアと一緒にスライムを討伐している方が楽しいだなんてな……)
「フレデリカ―、耳の上もー」
「こ、ここか?」
「んー!」
(かぁわいいいい!! 『んー!』って! 『んー!』って!)
シャカシャカシャカ。
(そう言えば……ミリアと一緒に行動するようになってから、誰も私を怖がらなくなったな……。ポルンとリュカも、以前は少し距離があったが、今では普通に接してくれているし……。私自身、ミリアに接して何かが変わったのか?)
「よし。流すぞ」
「んー」
ザバ―。
「ミリア綺麗になったー?」
「あぁ。綺麗になったぞ」
「ふふふ。フレデリカ、髪洗うの上手だったよっ。すっごく気持ちよかった!」
「……そうか」
(私の指で、ミリアが気持ちよく……。はっ! い、いかんいかん! 落ち着け私! 落ち着け私!)
「ねーフレデリカー。次は体洗ってー」
「ふぁいっ!?」
「?」
「あ、いや……」
(し、しまった! 驚きすぎて声が裏返った!)
「か、体も、私が洗うのか?」
「……だめ?」
(だから上目遣いは反則だって!!)
「構わんぞ。別に」
「やったー!」
(あわわわわ。だ、大丈夫か、こんなこと言ってしまって……。体を洗うってことはあれだぞ!? ミリアのあんなところやこんなところをまさぐるということなんだぞ!? 私の理性はもつのか!?)
「……よ、よし。じゃあ、このタオルで石鹸を泡立てて――」
「あ、ミリアねー。お肌が弱くてタオル使うとくすぐったいのー。だから手で洗ってほしいなー」
(ななななななななっ!?)
ミリアがフレデリカの手を取り、石鹸を使って泡立てはじめた。
「こーんな風にー」
(あわわわわわわ!!!!)
「わかったー?」
「………………あぁ。大丈夫だ。私なら、やれる」
(がんばれ理性! ここでミリアの期待を裏切るようなことをしたら一生後悔するぞ!)
「………………じゃ、じゃあ、洗うからな」
「んー」
「ほ、ほんとに、洗うからな?」
「あははー。何それー」
ゴシゴシ。
「……ど、どうだ?」
「きもちいいー。フレデリカの手って、大きいんだねー」
「そ、そうか……」
ゴシゴシ。
「ん? フレデリカ、ここはー? まだ洗ってないよー?」
「ん!? こ、ここか!?」
「そうー。全部綺麗にしないとー」
「そそそ、そうだな。全部綺麗にしないとな!」
ゴシゴシ。
「あっ」
「えっ!?」
「……ううん。大丈夫。続けてー」
ゴシゴシ。
「ん? フレデリカー。ここもー」
「そ、そこは……」
「ん?」
「い、いや……で、では……」
ゴシゴシ。
「……よ、よし! こ、これで、全部綺麗になったぞ! ピカピカだ!」
(よく頑張ったな……私の理性)
「わーい! ありがとうフレデリカー!」
ザバ―。
石鹸を流すと、ミリアが不思議そうな顔をしていたのが気になった。
「ん? どうしたミリア?」
「んー。なんかねー。自分で洗うのと、フレデリカが洗うのと、ちょっと違う感じがしたのー」
「違う感じ?」
「うん。自分で洗うよりも、ずーっと気持ちよかった!」
「……好きだ」
「え? 何か言った?」
「い、いや! 何でもない何でもない!」
(あぶなーい! 心の声が口から漏れてきた!)
「ねーフレデリカー」
「ど、どうした?」
「……また今度……ミリアの体、洗ってほしいなー」
「…………」
「だめ?」
「……まったく。ミリアは甘えん坊だな。いいぞ。また今度な」
「やったー!」
こうして、フレデリカの戦いは続いていく。
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〇本日の献立
・ミリア・シャンティ―:ポルン、リュカと同時期に『白日の宴』に入団し、二人のことをライバル視している。フレデリカから剣術と魔法を習っているが、あまり上達していない。
ポルンとリュカの前では見栄をはるが、本当は極度の甘えん坊。フレデリカが好きで、二人きりの時はずっと甘えている。