第15話 ルーシー・キャット
無事クエストを終えてギルド本部へ帰宅した四人を、門の前でフレデリカが出迎えた。
「おぉっ、ミリア。よかった。無事だったか」
フレデリカの顔を見るや否や、ミリアはトタトタと走り出した。
「フレデリカァ! もうっ! どこ行ってたのぉ! ミリア一人ですっごく寂しかったんだからぁ!」
「悪い悪い。私はどうにも歩くのが早くてな……」
「もう! 今日は罰としてミリアの髪を洗ってもらうんだからねっ!」
「髪? まぁ、別にいいが……」
「ふふふ~」
そこで、だらしなく甘えているミリアは、後ろでその様子を見つめていたリュカとポルンの存在を思い出した。
「あっ! い、いや、これは違くてっ! フ、フレデリカが甘えられるの好きだからこうしているだけで!」
「あーはいはい」
「わかってるよーミリアちゃん」
(……この二人、最初からミリアが道に迷って困っておるのを知っててからかっておったな。まぁ……その気持ちわからんでもないが……)
虚勢を張るミリアに、フレデリカが諭すように言った。
「ほらミリア、送ってくれた三人にきちんとお礼を言いなさい」
「えー! やーだー!」
「だめだ」
「……えー。…………ありがと」
リュカとポルンはクスリと笑うと、声を揃えて、
「「どういたしましてっ」」
(……この三人、仲がよいのか悪いのかようわからんな)
最後にフレデリカは「ミリアを送ってくれた礼だ」と言って、三人にあるものを手渡した。
「むむ? なんじゃこれは? 『ルーシー・キャット』の無料券とな?」
ポルンとリュカが目を輝かせて、
「す、すごいっ! 『ルーシー・キャット』のチケットだよ! それも無料券!」
「あ、あの、週に一度しか開店せず、しかも入店は毎回抽選というあの『ルーシー・キャット』か! こ、こんな貴重な物、ほんとにもらっていいんですか!?」
「あぁ。もちろん」
マオはポルンにたずねた。
「のぉ、『ルーシー・キャット』とは何の店じゃ?」
「ケーキ屋さんだよっ、ケーキ屋さん!」
「ケーキ屋さん? ふむ。この街に来た時に一度聞いたような……。じゃが味は全くわからんな」
「すっごくあまくておいしんだよ! ケーキ!」
「むむ。それはスラ蜜をかけたパンとどっちがうまい?」
「当然ケーキだよ!」
「なぬっ!?」
(聞き捨てならん。あのスラ蜜パンより甘くてうまいものがこの世にあるじゃと……?)
フレデリカはミリアに抱きつかれながら、
「そういえば、『ルーシー・キャット』は今日が開店日だぞ。今から行ってくればどうだ?」
「ほんとですか!? マオちゃん! 今からケーキだよケーキ! やったー!」
「おぉ……。ケーキ……」
フレデリカはふと、しがみついているミリアにたずねた。
「ミリアも一緒に行ってくるか? たしかまだ部屋にチケットが余ってたはずだが……」
「いかないっ! ミリアはフレデリカと一緒に家にいるもんっ!」
「そうか……」
結局フレデリカとミリアを残し、三人は再び街へ歩を進め、大通りにある『ルーシー・キャット』へ到着した。
チケット制ということもあって人だかりなどはできていないが、店の中はほとんど満席だった。
入店すると、甘い香りが全身にぶつかった。
「ぬおっ!? な、なんというよい香りじゃ! これがケーキか!? ケーキの匂いなのか!?」
「そうだぞマオ。そして滅多に来られない店だから気を引き締めておけ」
「う、うむ。了解した」
入店した三人を、頭に二本のツノを生やした鬼の女がおっとりした口調で出迎える。
「いらっしゃ~いませ~。『ルーシー・キャット』へよう~こそ~。チケットは持ってますかぁ~?」
ポルンが三枚のチケットを渡すと、マオは鬼のツノを睨みつけた。
「ぬ? お主、鬼か?」
「あらぁ~? お客様ぁ、鬼は初めてですかぁ~?」
「いや、そうではない。わしが住んどったところでは二本角の鬼のツノを触ると運気が上がるという言い伝えがあるんじゃ。もしよければちょっと触らせてくれんか?」
「構いませんよぉ~」
「おぉ~。これはこれは、中々立派なツノじゃのぉ。ありがたやありがたや」
「……お、お客様ぁ、拝まれると~さすがに恥ずかしいですぅ~」
席に案内されると、ポルンは興味深そうに聞いた。
「どうだった、ツノ」
「カチカチじゃ。で、つるつるしとった。見事なもんじゃった」
「へぇ、つるつるしてるんだ、ツノ」
リュカが呆れながらメニューを開く。
「二人とも、今はこっちに集中しろ。でないと後悔することになるぞ」
「後悔じゃと?」
「見ろ。この大量のケーキたちを」
メニューにズラリと並んだケーキを見て、マオとポルンは目を輝かせた。
「おぉ! な、なんじゃこれは!? 宝石か!? 宝石なのか!?」
「すっごーい! 私も見たことないケーキがいっぱいある!」
「ぐぬぬ。こんなにあっては選べん……。お、お主らはどれにするんじゃ?」
「えぇ~っと……チョコレートケーキもいいし、ショートケーキも捨てがたいなぁ。あっ、こっちのページにはクレープが! う~ん、どうしよう……」
迷っている二人をよそに、リュカは得意げに言った。
「あたしは断然チーズケーキだな。なんたって『ルーシー・キャット』の看板メニューだからな。いつかこの店に来たら食べたいと思ってたんだ! ようやく夢が叶う!」
「ぬ。ならばわしもチーズケーキにするかのぉ」
すかさずポルンが口をはさんだ。
「だめだよ、マオちゃん」
「む? どうしてじゃ?」
「こういう特別な店ではね、みんな別々のものを頼んで、他の人のを一口だけもらうの。そしたら三種類の味が楽しめるでしょ」
「なんとっ!? お主天才かっ!!」
「ふふふ。策士なだけだよ、マオちゃん」
リュカがあきれ顔で、
「何が策士だよ……。それより自分の分は決まったのか?」
「うんっ! 私はイチゴクレープにする!」
「う~む。わしは……この『クルル石』のケーキというのにしようかのぉ。これが一番綺麗じゃ」
三人が注文を済ませると、料理はすぐに運ばれてきた。
「は~い。お待たせ~しましたぁ~」
「うわー、すごーいっ! イチゴと生クリームがこんなに!」
「こっちのチーズケーキも艶々だ!」
「見よ! この、上にぎっしりと敷き詰められた青い石! ……これほんとに食えるのか?」
「なんで頼んだんだよ……」
ポルンはイチゴクレープを食べると、悶絶してうなり声を上げた。
「う、うまいのかっ!?」
「マオちゃんも食べてみて! はい、あーんっ」
「あーん」
パクッ。
「う、うましぃっ! な、なんじゃこの舌に絡みつく甘くて白い物は!」
「それは生クリームだよ」
「それにこの薄い生地と、赤い木の実も最高じゃ! これがクレープ……。うぅむ。わしもそれにしとけばよかったかのぉ」
リュカはチーズケーキを一欠片フォークに刺した。
「ほら、こっちも食べてみろよ」
「どれどれ」
パクッ。
「ぬわぁ! しっとりとした滑らかな舌触り! それでいて鼻をつく独特の香り! すばらしい……。こんなうまいもの初めて食べたわい……。さすがこの店の看板メニュー……。わしもそれにすればよかった……」
マオの前にある皿には、スポンジケーキの上に青い石のような物体が敷き詰められたケーキがあった。
マオはその中の一つにフォークを突き刺した。
「ぬぅ……。さっきの二つと比べて、これはあまりうまそうではないのぉ」
ポルンが思い出したように言う。
「クルル石って、たしかダンジョンの中にある湖の中でしか採れない食べ物だったっけ。見つけるのが難しくて、あんまり取り扱ってる店がないとかなんとか」
「湖じゃとぉ? う~む……。余計食い気が失せたのぉ」
リュカが満足そうにチーズケーキを頬張りながら、
「まぁまぁ、とりあえず食べてみろって」
「……まぁ、そうじゃな」
パクリ。
ムシャムシャ。
「……ぬっ!?」
「ど、どうだ?」
「どんな味なの?」
マオはたまらず、席から立ち上がった。
「うましっ! な、なんという濃厚な甘さ! そしてこの柔らかな口当たり! ほのかに香る花のような匂いも絶品じゃ! さっき食べたクレープにもチーズケーキにもまったく負けとらん!」
「あ、あたしも一口っ!」
「私も!」
パクッ。
「うわっ! これ生チョコみたいな感じだな!」
「うんっ! おいしいっ! この風味も下のスポンジケーキとすごく合ってる!」
「何かはようわからんが、クルル石、見事じゃ!」
その後、三人は楽し気に談笑しながらペロリとケーキを平らげ、鬼のウェイトレスに別れを告げてギルド本部へ帰還した。
中央エントランスにつくと、偶然通りかかった団長が声をかけてきた。
「あら? あなたたち今帰り?」
「うむ。今帰ってきたのじゃ」
「どうだった? うまくできた?」
「うむ。素晴らしくうまかったぞ!」
「うまかった……? あら? そんなクエストだったかしら?」
その日、歩き疲れた三人は泥のように眠った。
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〇本日の献立
・苺のクレープ:ポルンが注文したデザート。薄い生地の中にはこれでもかというほど生クリームが敷き詰められ、濃厚な甘みが特徴的な苺がいくつも入っている。『ルーシー・キャット』ではほとんどの客がケーキを注文するため、たまに注文が通るとパティシエのテンションが上がる。
・チーズケーキ:リュカが注文したデザート。『ルーシー・キャット』の地下室で独自に発酵させられたチーズを用いて作られるため、他の店では味わえない逸品。その昔、チーズの生成方法を盗み出そうと賊が忍び込んだことがあったが、鬼に捕まり、延々と新商品の試食をさせられる刑に処されたことがある。その賊は、今では何故かパティシエ見習いとして『ルーシー・キャット』で働いている。
・クルル石のケーキ:特定のダンジョンの湖の底でしか採れない食用鉱物。食すと生チョコのような甘味がして、柑橘系の香りが鼻を抜ける。真っ青で宝石のような見た目から敬遠する人が多いが、実はかなりおいしい。湖の底で眠っている時のクルル石は、他の石と見分けがつかないように擬態しているため、専門家でなくては採集するのが困難。熱湯で茹でると青く輝き始め、再び冷ますと食べられる程柔らかくなる。
仲間の冒険者が普通の石を鍋で煮込んでいる時は、疲れているわけではなく、大抵このクルル石と間違えているだけ。慌てて止めたりせず、できるだけ優しく声をかけて間違いを正してあげよう。