第14話 ミリア
しばらくして人ごみを抜けると、マオはポルンから降りて歩いた。
前を歩くリュカがメモを見ながらとなりの店の看板を見上げる。
「おっ。まずはこの店だな。ここでセールをしてるアイテムを買って――って、うわっ! 中めちゃくちゃ混んでる!」
「うわー、ほんとだねー。これ……マオちゃん押しつぶされちゃうかも……」
「うぬ? ならばわしは前で待っておるぞ?」
「う~ん……。そうだね。この中よりは外にいた方が安全かも。じゃあ私とリュカちゃんでぱぱっと買ってくるから、そこ動かないで待っててね。わかった?」
「うむ。了解した」
二人の背中を見送ったマオは、往来の邪魔にならないように店の横にある路地へ移動した。
(ふぅ……。それにしても……どうにもこの体、欲望に逆らえぬ……。わしがあんな小娘に抱っこされて喜んでしまうとは……。いやぁ……恥ずかしかったのぉ……)
「……うっ……えぐっ」
(む? なんじゃ? どこからか泣き声が聞こえてくるような……?)
「うぅっ……フレデリカァ……どこぉ……えぐっ……うぅ」
(フレデリカ……? それはあのダークエルフの名前じゃったか? あぁ、そういえばあやつ、誰か捜しとったのぉ)
マオが路地の奥を覗くと、一人の少女が座り込んでいた。
色素の薄い青みがかった毛髪をツインテールに結び、ぱっちりとした円らな瞳をしているが、目尻からは絶え間なく涙が流れ続け、可愛らしい顔はくしゃくしゃになっている。
腰には剣をぶら下げ、軽鎧を身にまとっており、ところどころにフリルが縫い付けられた服を身にまとい、より一層大きな声で鳴き声を上げた。
「うわぁぁぁん! フレデリカァァァァ! どこぉぉぉ!」
(うおぉ……。ガチ泣きしとるなぁこやつ)
「の、のうぉ、お主……どうかしたのか?」
「うぐっ、うぐっ……うぇ?」
「こ、困っておるのなら力になるぞ?」
「うぅ……ほ、ほんとに?」
「うむ。わしはこう見えても誰からも頼られる立派な存在じゃからな」
(前の世界では、じゃが)
「うぅ……あ、ありがとう~!」
飛びつかれた魔王は「うぐっ!」と顔を歪めた。
「こ、これこれ。わしはどこにも行かんから離さんか」
「うぅ……ご、ごめんね……あのねっ、ミ、ミリアねっ、フレデリカとお買い物に来たらねっ、そしたらねっ、迷子になっちゃってねっ」
(ぬ? こやつ、年齢はポルンやリュカと同じくらいかと思うたが、話してみると存外もっと幼いようじゃのぉ)
「おぉ、よしよし。もうわかったから心配せんで大丈夫じゃ。わしが帰り道を教えてやるから泣くでない」
「ほ、ほんとっ!? ミリアのおうち、知ってるの!?」
「あぁ、知っとる知っとる。というか、しばらくすればリュカとポルンも店から出てくるから、一緒に来ればよかろう」
「……リュカとポルン?」
二人の名前を聞いたミリアは、慌ててマオから飛び退き、グシグシと涙を拭った。
そこへ、用を終えた二人がいそいそと店から姿を現した。
「あれー? マオちゃーんどこ行ったのー? ……って、そんなところに。もう、動いちゃダメって言ったでしょ。……あれ? そこにいるのってミリアちゃん? さっきフレデリカさんが捜してたよ?」
ミリアはさっきまでとは打って変わって堂々と胸を張った。
「ふん! 二人ともこんなところで何してるのよ。ミリアはちょっとショッピングに来てただけよっ! おしゃれなドロップアイテムでも買おうと思ってね!」
(こやつ……目を真っ赤にしながら虚勢をはっとる……)
ポルンが困り顔で答えた。
「何って……クエストだよ? おつかいの」
「あっはっはぁ! まぁだそんなことしてるのぉ? ミリアはもうとっくにダンジョン攻略のクエストを受注してるのよぉ?」
「へぇ、すごーいっ! ねぇねぇ、どんなクエストに行ったの?」
「……………………スライムの討伐」
すかさずリュカが噴出した。
「ははは! スライムの討伐なんて誰でもできるって!」
「な、なによぉ! だったらあんたできるの!?」
「あたしは無理。まだ見習いだから」
「ぐぬぬぅ! 開き直るんじゃないわよ!」
マオはいたたまれない気持ちでミリアの服の裾を引っ張り、ひっそりと耳打ちした。
「お、お主、さっきまで泣いておったではないか。大丈夫なのか?」
ミリアは慌てて「しーっ!」と人差し指を立てた。
「この二人はミリアの同期なのっ! あんな姿見せられないのっ! だから黙ってて!」
「む、むぅ。まぁ、よいが……。じゃがお主、そんな邪険にしとると――」
マオの言葉を遮って、ミリアは再びリュカとポルンに向き直った。
「まぁ、あなたたちがどうしてもっていうならその時のクエストの話を聞かせてあげないでもないわよ? ミリアがどうやってスライムをばったばったとなぎ倒したのか聞きたいでしょ~?」
「いや、全然」
「私も今はクエスト中だから……。それより早く帰った方がいいよ。フレデリカさん待ってると思うから」
「……え?」
リュカはマオの手を引き、
「じゃああたしらもう行くから。ショッピング楽しめよ~」
(やはりこうなるか……。ちょっと考えればわかることじゃろうに。このミリアという小娘、道がわからんであれだけ泣いておったというのにどうするつもりじゃ……)
三人の背中が遠くなると、ミリアは急いで距離を詰めた。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
リュカが目を丸くして振り返る。
「え? なんだよ?」
「……いや……その……あれよ。もう少し、ゆっくり歩きなさいよ!」
「どうして?」
「……ミリアも一緒に帰るし」
「あれ? ショッピングは?」
「そ、それはその……あなたたちだけじゃきちんと帰れるか不安だから、ミリアもついて行ってあげるって言ってるのよ」
「……でも、あたしらもう一軒行かなきゃいけないとこあるから、まだ帰らないぞ?」
「嘘っ!?」
「嘘なんてついてどうするんだよ……」
ミリアが乞うような目でマオを見つめた。
(ぐぬぬ。わしを頼るなわしを……。……はぁ。仕方ないのぉ)
「の、のぉ、ミリアよ。お主、わしらと一緒にこんか? わしはさっきのスライム討伐の話、興味あるでな」
ミリアはぱぁっと笑顔になった。
「しっかたないわねぇ! 特別にこのミリアちゃんが話を聞かせてあげるわっ!」
「わ……わーい」
「あなた名前はなんていうの?」
「……マオじゃ」
「マオ、ね。うん。覚えたわっ。ちなみにミリアはミリアって言うのっ!」
(ずっと自分で言っておったではないか……)
「よろしくねっ! マオ!」
「う、うぅむ……」
それから残りのクエストを終え、ギルド本部へ帰るまでの道中、三人はスライム討伐の話を延々聞かされ続けた。