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第13話 抱っこ

 街の中には人間や獣人が入り乱れ、そのことに誰も違和感を抱くことなく、淀みなく行き交っていた。


(ふぅむ……。改めてみるとすごい光景じゃのぉ。どこを見ても魔族と人間が仲良おうしておる……)


 前を行くポルンが振り返った。


「マオちゃん! しっかりついてこないとはぐれちゃうよっ!」

「う、うむ。……して、今どこに向かっておるんじゃったか?」

「もう~、しっかりしてよ~。団長が、掃除はもういいからおつかいに行ってくれって言ってたでしょ~」

「あぁ、そうじゃったそうじゃった。えぇ~っと……それで、目的地はたしか……」


 ポルンとリュカは声を揃えて言った。


「「ルノワール商店街!」」


 リュカが呆れ顔を浮かべる。


「ほんと……全然人の話聞いてなかったな」

「うぅむ。あの照り焼きチキンの余韻に浸っておって、団長の話はてんで耳に入ってこんかったわ」

「お前の中で団長の話は照り焼きチキン以下なんだな」

「それで、そのルノワール商店街というのはどんなところなんじゃ?」

「う~ん、そうだなぁ。いろんな店があるんだけど……。ダンジョンでドロップしたアイテムを売ってたり、普通の食べ物屋とか、本屋、雑貨屋もあったなぁ。まぁ、とりあえず、いろんなものが売ってるってことだけわかってればいいから」

「なるほど」


(……にしてもこの街、魔王城の城下町よりもずっと活気に溢れておる……。むむむ。なんだか嫉妬してしまうわい)


 ポルンは前方を指さした。


「ほら、あそこからルノワール商店街だよ」

「む! な、なんという人だかりじゃ! い、今からあの中に入っていくのか!?」

「そうだよ~。はぐれないように手を繋いでおこうね~」

「……う、うむ」


(よもやこんな子供に手をひかれて歩くとは……。くっ! そしてこの行動にさほど抵抗がない! わしの精神まで着々とこの体に乗っ取られておる! ぐぬぬ……)


「もしも迷子になったら大きな声で呼ぶんだよ? 私たちがすぐに迎えに行ってあげるからね~」

「………………うむ」


(な、なんじゃこの安心感……。ポルンのやつ、どこでこんな技を身につけたんじゃ……)


「ほら、もう少しこっち寄って歩こう? そうしないと危ないからね?」


(がぁぁぁぁぁ! な、何という包容力! ポルンに甘えたくて仕方がなくなってしまう! し、しかし魔王としてのプライドがそれを許さん!)


「抱っこしてあげようか?」

「うむっ!」


(はっ! し、しまった!)


「おいでー」

「わーい!」


(ふはは! もう止められんわい!)


「マオちゃん、意外と小さいよねー」

「……そ、そうかのう?」

「うん。私もリュカちゃんも年の割には大きい方だから、抱っこしやすくて助かっちゃった」

「……う、うぅむ」


(あぁ……。クセになりそうじゃ……。くっ。すまぬ、死んでいった我が同胞たちよ。わしは今、小娘に抱っこされて幸せを感じてしまっておる!)


 その時、人込みの中でポルンとリュカは足を止めた。


「あ、フレデリカさんだ」

「何してるんだ? キョロキョロして」


(ぬ?)


 三人の姿に気がつくと、フレデリカは軽く手を振った。


「ポルン、リュカ。こんなところで何をしている?」

「こんにちはっ、フレデリカさん! おつかいですっ」


 フレデリカはポルンが抱えているマオを見ると、


「おや? たしかその子……マオ、と言ったか? どうかしたのか?」

「人混みで迷子になっちゃだめだから、抱っこしてあげてるんです!」

「あっはっは! ポルンもすっかりお姉さんだな!」


 フレデリカはぐしぐしとポルンの頭を撫でた。

 その間、マオは恥ずかしさで顔を真っ赤に染めていた。


(うぅ~! こんな姿を知り合いに見られてしもうた! 魔王として一生の不覚じゃ!)


 フレデリカはクスクスと笑っている。


「それにしても、前に食堂で会ったときはませた子だと思っていたが、マオもまだまだ子供だな」


(ぐぬぅぅぅぅ! は、恥ずかしいぃぃぃぃぃ! 抱っこなんてしてもらうんじゃなかったぁぁぁぁ!)


「お? 顔が真っ赤じゃないか。はは。甘えてるとこ見られて恥ずかしかったのか。かわいいやつだ」


(わしでほのぼのするでない! こっちを見るな! ちょ、頬を! 頬をつつくな!)


 フレデリカはマオの頭を撫でると、周りを見渡した。


「あっ、そうだった。お前たち、ミリアを見かけなかったか?」

「ミリアちゃんですか? いえ、私たちは見てません」

「そうか……。どこへ行ってしまったんだ……。あいつ、基本的にアホの子だから心配で……」

「もし見かけたらギルド本部に戻るように言っておきますね」

「そうしてくれるか? 悪いな」

「いえいえ」


 しばらくそのまま歩くと、ポルンはマオにたずねた。


「どうする、マオちゃん。おりる?」

「………………………も、もう少しだけ」

「うんっ。いいよ! マオちゃんって意外と甘えんぼさんだね!」

「…………うぬぅ」





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〇本日の献立

・マオ(元魔王):魔界のために人間界を支配しようとしたが勇者に殺され、異世界へ転生した。人間の体を得たことで、食欲の赴くままに生きることを決めた。

 魔界にいた頃も、勇者が徐々に強くなるようにモンスターを配置したり、四天王を一人ずつ差し向けるなどちょっと考えが浅いところがあったが、幼女の頭脳を手に入れたことでそれに拍車がかかった。もう本能には抗えない。


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