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第12話 照り焼きチキン

 廊下を歩きながら、ポルンがリュカに言った。


「いやぁ、よかったね! 団長にあんまり怒られなくて!」

「いいから先に鼻水を拭け」

「……うん」

「お前が怒られる前から大泣きしてたから団長慌てふためいてたぞ」

「……だって怖かったんだもん」


 マオはげんなりと背中を丸めた。


「それにしても団長のお説教は長かったのぉ」

「ほとんどの時間ポルンを慰めてただけだけどな……。それに怒られたのは残った壺を割ろうとしてたことに対してだったし」

「うむ……。最初からきちんと謝っておればもっと早くに済んだじゃろうな……」


 不意にポルンが「あっ!」と顔を上げた。


「どうしよう! もうお昼ご飯の時間過ぎちゃったかも!」

「む!? な、なんじゃ!? どういう意味じゃ!?」

「お昼ご飯の時間過ぎてたら……お昼、抜き」

「なっ!? お、お主ら何をぼさっとしておる! 急いで食堂に行くぞ!」


 三人は急いで食堂に向かったが、すでに昼食の時間は終わってしまっていた。

 三人は食堂でがっくりと膝を折った。


「そ、そんなぁ! わしの昼ご飯がぁ! わしの昼ご飯がぁ!」


 落ち込んでいる三人を見かねて、料理長がカウンター越しに声をかけた。


「……あ、あの……よかったら、何か作ろうか?」

「な、なぬっ!? それはまことか料理長!?」

「……う、うん。ど、どうせ、今から自分の分……作るから。でも、あんまり手の込んだ料理じゃないけど、それでもいい?」

「無論じゃ! さすが料理長! わしが見込んだだけのことはある! 料理長の作った料理ならば全てうまいに決まっておるしな!」

「そ、そんなに褒めないでっ」


 三人はいそいそと厨房へ入ると、料理長から手ぬぐいを渡された。


「ぬ? これ、どうするのじゃ?」

「こ、これ、頭に巻いておいて。か、髪の毛、落ちないようにしないと。あ、それと手も石鹸で洗って。厨房は清潔にしないと、だめだから。リュ、リュカちゃんは、尻尾カバーも。毛が飛んじゃうから」

「おぉ! さすが料理長! 博識じゃのぉ!」

「し、師匠から、厳しく言われてたから」

「師匠……? はて、前にそんな話を聞いたような……?」

「じゃあ、い、今から作るから、そこの椅子に座って待ってて」

「となりで見ててもよいか!?」

「え?」

「料理とやら、見てみたい!」

「い、いいけど、危ないからあんまり近付いちゃだめだよ?」

「うむ! 承知した!」


 冷蔵庫を漁っている料理長に、尻尾カバーをつけ終えたリュカがたずねた。


「料理長、今から何作ってくれるんですか?」

「き、今日は、鶏肉が余ってるから、それを使おうかなって……」


 鶏肉と聞き、マオがあからさまに顔を歪めた。


「と、鶏肉というと、あれか。あの血なまぐさいやつか?」

「え? べ、別に、そんなことないよ? どちらかというと……クセがなくて食べやすい、かな」


 ポルンはクスクスと笑っている。


「マオちゃんねー、この前生で鶏肉むしゃむしゃ食べてたんだよー」

「えっ!? そ、それ本当!? だ、大丈夫!? お腹痛くなってない!?」

「うむ。問題ない。わしはこの上なく頑丈じゃ」

「そ、そう……。でも、お肉を生で食べたりしちゃだめだよ?」

「了解した。それに生で食ってもうまくなかったしな」

「……だろうね」


 料理長は取り出した鶏肉をまな板の上に乗せて筋を切ると、グサグサと包丁を突き立て始めた。


「むっ!? 料理長!? どうした、ご乱心か!?」

「い、いや、違うよ。こうして皮に穴をあけておくと、タレがきちんと中まで通りやすくなったり、余分な脂が外に出ていくから……」

「ほぉ。それも料理の一環じゃったか……。奥深いのぉ」


 熱したフライパンに鶏肉を乗せると、ジュウ、と焼ける音が聞こえてくる。


「おぉ! なんと食欲を駆り立てる音じゃ!」

「ふふふ。マ、マオちゃん、よっぽどお腹が空いてるの?」

「わしはいつでも腹ペコじゃ!」


 じっくりと両面が焼かれていく鶏肉を見て、マオは首を傾げた。


「それにしてもあれじゃな? たしかにうまそうな匂いはしとるが……なんというか物足りんな」

「ま、まだ何も味付けしてないからじゃないかな」

「味付け? このままではいかんのか?」

「このままだと、ちょっと薄味かな。だ、だから、これをかけるの」


 料理長は事前に用意しておいたボールを取り出した。


「なんじゃその黒っぽい液体は?」

「こ、これはね、砂糖とみりんと、醤油とお酒を混ぜたものだよ」

「むぅ……?」

「え~っと、簡単に言うと調味料だね。料理の味付けをするためのもの」

「ほぉ」


 熱したフライパンにタレが入ると、途端に白い湯気がたちのぼった。

 それに呼応して、マオの口からドバドバと唾液が垂れた。


 ポルンがあたふたと、


「ちょ、ちょっと、マオちゃん! 口閉じて、口!」


 リュカが慌ててハンカチでマオの口を拭った。


「おぉい! 最近大丈夫だったのに何してるんだよ!」


 ふきふき。


「う、うむ。すまぬ。ちと油断した。それにしてもそのタレというやつ、まるで魔法のようじゃ。食欲を増幅させるあま~い香りが一瞬でこの場を包み込みおった」

「さ、砂糖とみりんの甘味と、醤油のしょっぱさで、甘じょっぱい匂いになるの」

「しょっぱさ?」

「そ、そう。塩気のある味のこと」


 タレで煮詰めた鶏肉が取り出され、均等に切り分けられていく。

 それから茶碗にご飯を盛り、三人の前に並べられた。


「……さ、さぁ、できたよ。照り焼きチキン。ほ、ほんとはあと一品くらい何か作りたかったんだけど、き、今日はこれだけしかできないの。ごめんね?」

「構わん! この照り焼きチキンとやら、とにかくうまそうじゃ!」

「そ、そう。それならよかった」


 三人はご飯をよそい、手を合わせて、


「「「いただきまーす!」」」


 マオはフォークで鶏肉を一切れ刺し、それを一口齧った。


「うぅましっ! な、なんじゃこのパリっとした食感は!」

「さ、最初に皮をパリパリにするのがコツなの」

「そ、それに、ふわふわとした柔らかい肉の部分! あまさとしょっぱさがほどよくマッチしておって最高じゃ! こ、これはご飯が進むのぉ! さすが料理長じゃ!」

「そ、そんなに褒めないで……」


 ポルンとリュカも、マオに続いて一口頬張った。


「おいしいっ! 噛んだ瞬間にジュワっと肉汁が出てきて、それがタレと絡まって口の中いっぱいに広がる感じ!」

「おぉ! やっぱり鶏肉の皮はパリッパリが一番おいしいな!」


 料理長は少し恥ずかしそうに顔を赤らめた。


「ま、満足してくれて、よかった。……わ、私、人に料理作るの好きだから……その……よかったら、また食べにきて……ほしいな」

「うぬっ!? よいのか料理長!」

「う、うん……。し、試作の料理の研究とかもするから、それのお手伝いもしてくれたら、うれしい……」

「フハハ! 料理長の役に立てるならわしはなんだってするぞ!」

「あ、ありがとう……」


 その後、料理長も交えて四人は仲良く料理を食べ切った。


「「「「ごちそうさまでした」」」」


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〇本日の献立

・照り焼きチキン:鶏肉の皮をパリパリに焼き、タレで煮詰めた料理。一口齧ると肉の切り口から肉汁とタレがあふれてくる。料理長の得意料理の一つであり、料理長の大好物。こっそり一人で食べていたらいつのまにか団員に出す分がなくなって怒られたことがある。


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