前へ次へ
11/44

第11話 隠ぺい工作

 食器を片付けたマオは、カウンターから厨房にいる料理人に声をかけた。


「ちとすまんが、料理長はおるか? 焼きそば、うまかったので礼を言いたい」

「う、う~ん……。料理長は今ちょっと手が離せないの。でも伝えておくね」

「む? そうか。では頼んだぞ」


 リュカとポルンのもとに戻ったマオは疑問を(てい)した。


「ところで少し気になっておったのじゃが、この建物の中に男はおらんのか?」

「男の人? いないよ。だって『白日の宴』は女の人だけのギルドだからね」

「ほぉ。そうじゃったか」


 ポルンはマオの手を引き、


「さぁ、マオちゃん。今からお仕事だよっ」

「む? どこへ行くんじゃ?」

「掲示板を見に行くんだよ」

「掲示板?」


『白日の宴』ギルド本部。中央エントランス。

 そこにはいくつもの掲示板が軒を連ねており、クエストが貼り出されていた。

 ポルンが何故だか自慢げに言った。


「この中から好きなクエストを選ぶんだよ!」

「ほぉ。中々の品揃えじゃな。お? これなんてどうじゃ? 『崩壊竜ウロボロス』の討伐! おもしろそうではないか!」


(いやぁ、懐かしいのぉウロボロス。前の世界では四天王の一角を任せておったが、よもやこの世界にも存在するとはのぉ。久々にちょいとじゃれて昔を懐かしむのもよかろう)


 リュカがため息交じりにマオの手を引っ張った。


「そんな難しそうなのあたしたちに任せてもらえるわけないだろう。……っていうか怖いよ。なんだよウロボロスって……。そんなのいたのかよ」

「むむ? そうなのか? ……一度会()うてみたかったのに残念じゃ」

「あたしたちはこっちの掲示板だ」


 たどり着いたのはエントランスの隅っこに置いてある掲示板。そこにはクエストの貼り紙が三枚しかなかった。

 マオはきょとんとそれを眺めた。


「何々? ……『ルノワール商店街へのおつかい』に、『森に生えている『トゥールの実の採集』』、それから……『『白日の宴』ギルド本部内の掃除』? な、なんという心躍らないクエストじゃ……」


(つーかわし、『トゥールの実』ならどこに生えとるか知っとるし……)


「マオはどれが一番興味あるんだ? やりたいクエストがなければ受注しなくてもいいぞ。その場合今日は休みだ」


(う~む。興味あるものなど一つもないのぉ……。じゃがまぁ、これも仕事と割り切らねば……。全てはうまい料理をたらふく食べるためじゃ……)


「のぉ、リュカ。これはどのクエストを受けても貰える給料は変わらんのか?」

「そんなことないぞ。ほら、下に報酬額が書いてあるだろ? その報酬を、あとでまとめて給料日にもらうんだ。でも報酬の合計金額にかかわらず、少ないけど毎月決められた額はもらえるぞ。だから無理にクエストを受ける必要はないってことだ」

「その毎月もらえる金はどれくらいなんじゃ?」

「う~ん……。まぁ、ちょっと羽振りのいいお小遣い程度かな……。見習いだし、ギルド内の食事や家賃はタダだしな」

「料理何食分じゃ?」

「外で食べたら……10食分くらいかな。高いのだともっと少なくなる」

「10食分か……。う~む。足りんな」

「金が欲しければ働くしかないな」

「この中で一番報酬の高いクエストはどれじゃ?」

「えぇ~っと……掃除だな」

「……掃除? 何故これが一番報酬が高いんじゃ?」

「これは多分、団長が今一番やってほしいクエストだから、ほんの少しだけ報酬が高いってことだろう。……団長、最近部屋の中が埃っぽいとか文句言ってたし」

「完全にクエストを私物化しておるのぉ……」


 クエストの紙を掲示板から外し、それをエントランス奥にいくつか備わっている受付口へ持って行き、そこで承認されてようやくクエストが開始される。


「よしっ! じゃあマオ、ポルン、クエスト開始だ!」

「「おぉー!」」



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 三人は箒、ちりとり、雑巾、バケツを使い、次々と施設内の掃除を進めていった。

 三人は意外とスムーズにクエストをこなし、室内はみるみる綺麗になった。


 だが、団長室で事件は起きた。


 ガチャン。


 絶望の音と共に、割れた壺を青い顔で見つめているマオの姿があった。


「……や……やってしもうた」


 ポルンとリュカも同じように青ざめる。


「どどど、どうしようマオちゃん! それ、団長が大切にしてた壺だよ!」

「マオ! なんでお前雑巾持ってるんだよ! ちりとりだけでいいって言ったろ!?」

「うむ……。じゃが、わしももっと二人の役に立ちたくて……」


 きゅん。


「も、もう、マオったらぁ~、仕方ないな~」

「マオちゃんの頑張り、ナイスだよっ!」

「……悪かった。反省しとる」


(この体、まだまだきちんと扱いきれんのぉ……)


 ポルンは「う~ん」とうなり声をあげた。


「この壺、どうしよっか……」

「どうするってお前、そりゃあ正直に団長に謝るしかないだろ」

「でも、そうすればマオちゃんの教育係である私たちも怒られちゃうよ」

「まぁ、仕方ないだろうな」

「私、怒られるのはイヤ。だって怒られたら泣いちゃうもん」

「なんだその情けない理由。逆に潔くてかっこよく見えるぞ」

「鼻水も出るかもしれない」

「かめよ、鼻水」


 三人はしばらく考えた後、割れた壺をちりとりの中に押し込めた。

 ポルンは綺麗になった床を見つめて、


「これで一応、証拠隠滅はできたけど……」

「だけどほら、ここ見てみろよ」


 リュカが指さした棚には、残り二つの壺が並んでいる。そして、マオが落としてしまったのはその真ん中だった。


「真ん中だけなくなってたらすぐにばれるだろ。めちゃくちゃ違和感あるし」

「……じゃ、じゃあ、こうすればどう?」


 ポルンは二つの壺を少し真ん中に寄せ、均等に配置した。


「ほら、これで目立たなくなった!」

「……う~ん、でもなぁ。団長、あの壺気に入ってたし、他の壺見た瞬間に思い出すんじゃないか? やっぱり正直謝った方が……」


 そして、マオがぼそりと言った。


「ならば、その残り二つの壺も割ってしまうか?」


 その言葉に、リュカは戦慄した。


「マ、マオ、お前、今なんて……」

「ん? じゃから、壺を見られてしもうたらいかんのじゃろ? ならばこの際、全ての壺を綺麗さっぱりなくしてしまえばばれんのではないか?」


 ポルンはゴクリと喉を鳴らした。


「な、なんて悪魔的発想……」

「フハハ! もっと褒めろ!」

「……けど、いい考えかもしれない」


 リュカは目を丸くした。


「ちょっとポルン!? 正気か!?」

「マオちゃんの言う通り、この際全ての壺を消してしまえば、あのおっとりした団長のことだもん、もう二度と壺のことは思い出さないと思うの」

「お前は団長を何だと思ってるんだ」

「ならこのままこの壺を放置する? 絶対バレるよ?」

「だから正直に謝ればいいだけじゃないか……」

「絶対イヤ!」

「強情だなぁ……」


 ポルンは乗り気ではないリュカの手を強く握り、


「大丈夫だよ、リュカちゃん! 割るのはほんの一瞬! ただ床に落としてしまえばおしまいなの!」

「一瞬……」

「そう! リュカちゃんだってほんとは団長に怒られたくなんてないでしょ!?」

「それは、まぁ……」

「だったらやる価値はあるんだよ!」

「………………………………よし。やるか」

「そうこなくっちゃ!」


 リュカとポルンは覚悟を決め、それぞれ壺を持って思い切り上に振りかぶった。

 真ん中に立っているマオが申し訳なさそうに目を伏せる。


「二人とも、わしの尻ぬぐいをさせてすまんな……」

「もうここまできたら後には引けないっ! そうだよね、リュカちゃん!」

「そうだ! よし! 一気にいくぞ、ポルン!」

「「せーのーでっ!」」


 不意に、背後から声が届く。


「ねぇ、その壺、どうするつもり?」


 三人が恐る恐る振り返ると、妙にひきつった笑顔をした団長がいた。


「あ……いや……これは……その……」

「ち、違うんです……ちょっと……あの……」

「わしが……わしがわるいんじゃ……」

「話、聞かせてくれるかしら?」


 その後、壺を割ってしまったことを白状し、三人は仲良く怒られた。


前へ次へ目次