第1話 魔王、死す
「これで終わりだ。魔王」
魔王の胸を貫いた聖剣が、魔族特有の紫色の血液でべったりと染まっていく。
魔王は苦痛に顔を歪めながらも、牙をむき出しにして笑った。
「フハハ! よもや……このわしがやられるとはのぉ。さすがは勇者じゃ」
「最期に、言い残すことはあるか?」
「……わしの部下は、皆死んだのか?」
「あぁ。俺が殺した。だが、俺の仲間もたくさん殺されたよ」
「……ふぅむ。そうか」
魔王の口から血液が噴出し、徐々に鼓動が弱まっていく。
「のぉ、勇者よ。お主、生まれ変わったら何になりたい?」
「なんだ、突然」
「いいから答えよ。もうそう長くはない、仇敵からの最期の戯れじゃ」
勇者は剣を握った手は緩めず、しばらくの間考え込んだ。
「……さぁ。考えたこともない。だがこの先、お前が死んで世界が平和になれば、勇者なんてしなくて済むかもしれないな」
「フハハハハハ! そうじゃな! わしもお主がおらんかったら魔王になんてならんかったかもしれぬしな!」
「ふっ。戯言を」
魔王の瞳から光が消えていく。
「……だがまぁ……願わくば……」
「…………」
「……死に際に、楽しかったと思える人生を……送ってみたいのぉ」
魔王の体が砂に変わり、輪郭からさらさらと崩れていく。
その様子を見届けた勇者は、どこか悲しそうな目をしていた。
「さらばだ。魔王よ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「目覚めなさい。魔王」
(はて? ここはどこじゃ?)
「魔王、聞こえていますか?」
(うぅむ? 真っ白い空間? まさか天国ではあるまいな? わしは死ねば即刻煉獄送りじゃと思っておったが……)
「魔王!」
「うぬっ!?」
いつの間にか、目の前には光の霧に包まれた女が立っていた。
女の背中からは荘厳な白い翼が二枚生えている。
「やっと気付きましたか? 魔王」
「……う、うむ。して、ここは?」
「ここは転生の間です」
「転生の間? そんな場所があるとは知らなんだ」
「当然です。ここは神がお創りになったのですから」
「神……。それは神話や伝説に出てくる神の中の一人か?」
「いいえ。違います、魔王。神はこの世でたった一人しかおられないのです。その存在を、生きているうちに認識できる者など存在しません」
ふと、女の背中に生えている翼に手を伸ばそうとして、魔王は自分に手がないことに気がついた。
「なんじゃ? わしの体はどうなっとる?」
「あなたは今、肉体を失い、魂だけの存在となっています」
「魂だけ……。なるほどのぉ。こうして抵抗できんようにして、前世の悪行の裁きが下されるわけなんじゃな」
「そういう方も中にはいますが、あなたは違います」
(何?)
「それはどういう意味じゃ?」
「神は全てを知っています。神は全てに平等です。ゆえに魔王。あなたが魔界の存亡をかけて、自らの人生の一切を投じて人間界を侵略しようとしていたことを、神はご存知なのです」
「……ふん。何もかもお見通しということか」
「はい。そして神は、あなたを転生させるに相応しい人材だという決定を下したのです」
「転生? つまり生まれ変わりか?」
「その通りです」
(フハハ! まさか勇者に言った戯言が真になるとはのぉ)
「ならば次は獣か? それとも虫けらか?」
「いえいえ。そんなことは致しません。転生とは決して罰ではないのです。神は、あなたが送った生涯、あなたが抱いた想いの強さを尊重し、別の世界でもその魂の輝きを放ってほしいとお考えです」
「……よくわからんな。わしはまた、人間界を滅ぼそうとするかもしれんのだぞ?」
「いえいえ。そうはなりません」
「何故そう言い切れる? わしの全てを知っておるのだろう? ならば断言できるぞ。わしはまた人間界に攻め込むとな」
「ふふふ」
(ん? こやつ、まさか笑っておるのか?)
「何がおかしい?」
「ふふ。いえ、失礼しました。とても正直なお方だと思い、楽しくなってしまいました」
(こいつも大概ネジが外れておるのぉ……)
「魔王よ。たとえあなたが強大な力を持っていようとも、姿形が変われば考え方もガラリと変わるのですよ」
「ふん。バカバカしい。肉体が変化したくらいでわしが人間界への侵攻をやめるわけなかろう」
「ちなみに言い忘れましたが、次の世界では人間界や魔界という概念は存在していません。ゆえに、魔王も勇者もいないのです」
(……は?)
「い、いやちょっと待て! そんな世界が存在しておるわけないじゃろ! じゃあ何か、魔族も人間も存在せんとでもいうのか!?」
「いえいえ。人間も魔族も存在していますよ。仲良く一緒に暮らしていますけどね」
「はぁ!?」
「次の世界では、『モンスター』と呼ばれる魂無き存在を狩ることが主な目的となっている世界ですね。そして、そのモンスターが人間と魔族の共通の敵というわけなのです」
「そ、そんな世界があるわけなかろう!」
「魔王。あなたは所詮、魔界の王に過ぎないのです。世界はどこまでも広大なのですよ」
(……馬鹿な。人間と魔族が仲良く一緒に暮らす世界じゃと?)
「……そんな世界で、わしに何をしろと言うんじゃ」
女は軽く頷いた。
「それですよ、魔王。それを探すのが、あなたの人生なのです」
「人生……? わしの……?」
「今一度、あなた自身のために生きてごらんなさい。その魂の輝きは、必ずや周りの者を照らす道しるべとなるでしょう。それと最後に、どこに転生するかは運次第なので、周辺環境には十分注意してくださいね。肉体はある程度の年齢で構築されますので、頑張ってください。では」
視界全体が光に包まれていく。
「ちょ、ちょっと待て! なにやら最後、不安なことを――」