異世界で無双伝説を築くらしい

作者: Polar Fox

男がいた。

中肉中背、黒髪黒目という目立たない男だった。

勉強も運動もまずまず。見た目もまずまず。

小学校時代は運動が出来たとかでチヤホヤされたが、それも小学校のうちだけ。中高と進むに連れ周りに追いぬかれていった。小学校時代が彼にとっては黄金の時代と言えた。

良くも悪くも目立たない男だった。


と、そんな青年が草原の真ん中に突っ立っている。

足首くらいの草が一面に生えている。

見渡す限りの緑。

上質な絨毯のようだ。


一瞬混乱した様子で、キョロキョロと周りを見渡していたが、唐突にニヤリと笑った。


「なるほど、異世界転移か」


なぜ、その結論になったのか。何を根拠にしているのか、まるで訳がわからないが、それは当たっていた。


「くっくっく、これから俺の無双伝説が始まるっ」


謎のポーズをキメる。やはり意味がわからない。


「とすれば、お決まりのっ《ステータスオープン》っ」


右手を前方に突き出し、またも謎のポーズ。何がしたいんだろう。


「見える・・・・・・視える、視えるぞっ」


ステータス

ヨウ 男 人間

HP:100000000(2)

MP:100000000(2)


力:10000000(2)

速:10000000(2)

守:10000000(2)

知:10000000(2)


スキル

鑑定


装備

ジャージ

スニーカー


「ククク、フハハ、アッハッハッハー。やはり、この漲る力。これが勇者の証、か」


何が「やはり」なのだろう。根拠不明だ。

さらに誰も勇者などとは言っていない。


「この括弧書きは何だ?何かの補正値か?それにしても、たった2だけ、か。

いや待つんだ。補正値1つ分の影響が大きいのかもしれない・・・・・・」


大声で何かブツブツ言っているが、当然独り言である。


「そうだ。装備を整えねば、な」


いちいちタメを作るのがいい加減ウザ・・・耳に付く。


「アイテムっ、ボックス」


はい、ポーズもキマってます。かっけー。


アイテム

初心者の剣

初心者の革鎧

HPポーション(S)

MPポーション(S)


「なるほど、初心者装備、か。チート武器じゃないのが残念といえば、残念だ。

だがしかしっ、徐々に装備を整えるのもまた楽しみの1つ。装備するとしよう」


初心者の剣

初心者向けの鉄で出来た両刃の両手剣。


初心者の革鎧

初心者向けの軽くて丈夫な革鎧。


準備が終わったのを見計らったように一匹の生き物が飛び出して来た。


「っ!!魔物かっ?!」


違います。ただの兎です。


「血のように真っ赤な恐ろしい目っ」


ごく普通の白い兎です。標準仕様です。


「そして、何よりあの凶悪な角っ」


ちょっと飛び出ているだけの可愛いものです。


「あれで多くの人を苦しめたに違いないっ」


いいえ。草食の大人しい生き物です。あれは攻撃に使うものではありません。


「この俺が、いや、この勇者たる俺がここで滅ぼしてくれるっ」


数が増えれば獣害にはなるが、村人Aでも対処可能だ。


白兎

力:5

速:11

守:5

知:3


兎は慌てて逃げる。


「フッ、見切ったっ」


兎はヨウの糧となる。


「戦いとは虚しいな」


・・・・・・。

兎の速さはそれなりに厄介だ。

成人なら追いつくことも追い抜くことも容易だが、軽い体でちょこちょこと動き回るので遠距離から気付かれず狙うか、罠を用いるのが常道だ。

草食動物の常だが、警戒心も強く、ここまで近づいて来たのは異例と言える。

これも彼の目立たなさ故か。



勝手に解体されたことを微塵も気にすることなくアイテムボックスに仕舞う。


「さて、行くとするか」


目を細め、遠くを見つめ、僅かに微笑む。ウザい。


たまたま見つけただろう道を進むことにしたようだ。





森の中を駆け抜ける男が独り。

時折ジャンプしたり、何かを避けるように左右にステップを踏んでいるが、何かある訳ではない。

何がしたいのかよく分からないが、訓練のつもりだろうか。


「ほう。中世ヨーロッパの建築様式か」


そんなことをしながらも、町の近くまでやって来ていた。

現在彼は街を見下ろせる山の中腹にいた。

顎に手を添え、知ったような口を利いている。



町の入り口には門があり、衛兵が2人立っている。


「すまない。町に入りたいのだが、何か手続きはいるか?」


「ああ、ようこそ。身分証を見せてくれ」


「み、身分証か。持ち合わせていない」


「そうか。では、仮身分証を発行しよう。手数料銀貨1枚だ」


「悪いが、持ち合わせがない。この兎はどれ位になる?」


「おおっ」


「どうしたっ?!これは高いのかっ?!」


「いや、それは別に何でもない」


「え?そうなの?」


「何匹分かあれば別だが」


「そうか。じゃあ、どうしたんだ?」


「アイテムボックスだよ。なかなかいい腕だな」


「そ、それほどでもあるな」


「ああ、そこまで素早く取り出せるとは」


「うん?」


「俺なんかだと意識を集中しないと・・・〜」


「へ、へー」


どうやらアイテムボックスを特別なものだと思っていたらしい。

それにしては迂闊に使い過ぎである。


「そ、そうだ。では、これならどうだろう?」


「おお。これも合わせれば銀貨1枚と少しで買い取れるだろう。少し待ってくれ」




「待たせた。銀貨1枚は差し引いておいた。これが仮証明だ。入ってすぐのところに冒険者ギルドがある。そこで登録するといい。そうすりゃ出入りにも金が掛からん」


「なるほど。わざわざありがとう。助かる」


「いやいや。じゃあ、頑張れよ」


衛兵は将来有望そうな新人と判断したようだ。

冒険者を目指して村から出てくる若者は珍しくはない。




「言われた通りやってきたぞ。遂に来たぞ。ギルドにっ」


小声でボソボソ呟いている。周囲からの生温かい目に気付いてはいないようだ。


「すまん。登録を頼みたい」


「はい。ではこちらの書類に必要事項を。代筆も可能です」


受付の女性は手慣れた様子で案内する。

と、そこで彼はやっと気付いたらしい。


「あれ?文字読めない。普通に言葉通じたけどどうなってるんだ?」


「どうかなさいましたか?」


「え、あ、いや、別にどうもしないさ。・・・代筆をお願いします」


何故かキリッとした表情で用紙を受付の女性に差し出す。


「はい。分かりました」


この受付の人物は流石だ。動じずに営業スマイルを保っている。



無事に登録を済ませ、そのまま説明を受けた彼は早速雑魚魔物の討伐や薬草の採取の依頼を受け、意気揚々と森へと繰り出した。





森に入ると街道沿いに進んで行く。


「温いっ!」


そして、依頼にあった小型のネズミっぽい魔物を狩っていく。

無駄な動きやポーズが多い。


素材を仕舞っていると別の魔物が現れた。

彼としては2度目の遭遇だ。


「ほう。また性懲りもなく現れたか。懲りない奴め」


魔物からすれば初めて会ったのだから、意味が分からないだろう。

この魔物に人語を理解することはできないが。


「はぁっ!!」


この山犬っぽい魔物は先ほど仮証明の発行の際売ったのと同じ種だ。

結構いい値がつく。


飛び掛かる魔物を紙一重で避け、斬りかかる。


「・・・許せ」


瞑目して、呟いている。いいから早く進めよ。


そしてまた、素材を片付ける。


その時だった。


「なっ?!何の声だっ!!」


魔物の声だ。


「クソっ!」


何に怒りを覚えたのだろう。

そのまま声のする方へ走って行く。


見えて来たのは一台の馬車。質素だがいいセンスだ。


そこに襲いかかるのは大きな熊っぽい魔物。


護衛と思われる者たちが剣を構える。

馬車の中から現れたのは・・・


「っ!!これはフラグ建設のチャーンス!!」


そして斬りかかる。

突然のことに驚く人々。


「ここは俺に任せてくれ」


魔物に向かい合ったまま背中越しに言う。


大黒熊

力:127

速:20

守:75

知:10


「ほう。なかなか強そうだな」


と、ここで紹介しておこう。

彼は今余裕を見せているが、実際はそれ程余裕はない。

補正値がどうのと呟いていたが、彼のステータスの括弧の意味はそうではない。

神の気まぐれか。あれは2進数だと言うことを示しているのだ。

一般的な10進数に直すと


ステータス

ヨウ 男 人間

HP:256

MP:256


力:128

速:128

守:128

知:128


こうなる。

決して弱くはないが、特別強くもない。

今彼の前にいる魔物の攻撃をまともに食らえば、2発かそこらで瀕死である。


彼はそのことを知らない。

認識と実際の差はかなり開いている。

これまでの魔物であれば、それほど問題はなかったが。


「はあぁっっ!!」


おお、これは。魔物の攻撃を紙一重で躱し、攻撃。

そして、離脱。

流石は自称勇者。

そう名乗るだけはある。

これが彼の実力なのか。

それとも、余裕の為せる技なのか。


「ふんっっ!!」


方が付いた。音を立てて倒れる巨体の魔物。


「お嬢さん、お怪我はありませんか?」


微笑みかける。殴りたい。


「あ、ああ。た、助かった。礼を言うよ」


頬を染め。そう答える。え?嘘?

なかなかチョロいロリっ娘だ。


ステータス

リーサ 女 エルフ

HP:5700

MP:8900


力:80

速:160

守:1100

知:2800


(俺ほどじゃないが強いな。鑑定とかは持っていない、か)


プライバシーの侵害をしているこの男より、このエルフのほうが余程強い。


「そ、その、出来ればで良いんだ。このまま護衛として雇われてはくれないか」


人間の子どもくらいの背丈のリーサはその小ささを存分に活かして上目遣いに頼む。

素でこれをやっているようだ。チョロいだけじゃなかった。


「あ、うん、・・・いいだろう」


こいつもチョロかった。口調はわざわざ変えているのか。何の意味があるのだろう。



馬車は森を進む。2人を乗せて。