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決戦(ベレグ編①)

 「開いてるぜ」


 フォラス領主邸。その執務室の扉をノックする音に答える。


 「失礼します、ベレグ様」


 入ってきたのはスヴェインだ。ベレグはこの男を恐ろしく思っている。己の目的を達成するためには手段を選ばず、どんな外道なやり方も平然としてしまう。今もフォラス島の実権を掌握するためならば魔界のモンスターとも契約して、邪魔者は片っ端から始末している。


 今のところ、表向きはベレグがフォラス島領主で、スヴェインは領主に仕える執事ということになっている。が、実際のところ、ベレグはスヴェインの操り人形にすぎない。もしも逆らえば殺される。長生きをしたいならこいつの言いなりになるしかなかった。


 そんなベレグの心の内を知っているのかどうか。スヴェインは穏やかな口調で用件を話す。


 「魔王ルベタが侵入してきたようなので、ご報告にあがりました」


 (やっぱりきたか! 魔王ルベタ! 俺とレミィの間を引き裂こうとする憎たらしいやつだ。他人の恋路の邪魔をして何が楽しいんだ!?)


 ベレグは顔をしかめる。


 「どこから侵入してきたんだ? まさか正面突破か?」


 「いえいえ、地下からこそこそと侵入したもようです。しかし、ご心配にはおよびません。地下室にはわたくしの部下でも最も優秀な3人を配置しております。いかに魔王といえども簡単には倒すことはできますまい」


 「あいつを甘くみないほうがいいんじゃないか?」


 不安を隠せないベレグ。対してスヴェインは自信ありげだ。


 「ホッホッホッ……。ベレグ様も心配性でございますな。万が一にもアサシン三兄弟を打ち破り、地下室から出てきたとしてもわたくしが魔王ルベタを討ち果たしてみせましょう。わたくしの力は既にご存知のはず。それでも不安でございますか?」


 ほんの一瞬、スヴェインの眼光が鋭くなった。


 「いや、それなら安心だな。魔王ルベタもあんたにはかなわないだろうさ」


 ベレグはスヴェインの気に障らないように答える。


 「お任せくださいませ。さて、実はベレグ様にお願いしたいことがあるのですが……」


 嫌な予感しかしないが、ベレグはどんなことを頼まれたとしても断れない。


 「なんだ?」


 「いえ、難しいことではございません。ベレグ様には警備隊を率い、反乱を起こしている者たちを鎮圧していただきたいのです」


 「俺が!? 無理だ。反乱者の中にはラルバンだっているんだぞ!」


 「もちろん存じております。されど、わたくしの部下もベレグ様の指揮下に加えますので戦力的には充分かと。彼らには魔王ルベタがおりません。殲滅せんめつするには好機です。反乱者にはレミィさんもいらっしゃるはず。彼女を捕らえることができればベレグ様にとってもメリットはあるのではございませんか?」


 (……なるほど。レミィを捕らえたあとは俺のすきにしていいというわけか。本来ならば反乱者は極刑にも値する大罪だ。しかし、今の俺にはそれを救う権力がある)


 ベレグが卑劣な笑みを浮かべる。しかし、すぐにそれは消え失せた。


 「だが、レミィの性格からして自分だけが助かろうとはしない」


 「でしょうな。ですが、捕らえた者全員の命と引き換えとなればいかがでしょう?」


 「ばかな!? 勇者である俺にそんな卑劣な取引をしろというのか」


 思わず声を荒らげるベレグ。対してスヴェインはあくまでも冷静だ。


 「ベレグ様は民衆を洗脳して世界を征服しようと企む悪しき魔王を討伐した勇者となられるお方。その英雄が幼馴染みの少女と結ばれるという物語はお気に召しませんか?」


 スヴェインの表情からは、ベレグは言われたとおりに領主役を黙って演じていればいいといった思いを読み取れる。


 「だが、俺は勇者だぞ? そんな恥ずべき行為をするなど……」


 なおも躊躇するベレグにスヴェインが詰め寄ってくる。


 「恥ずべき行為? わたくしはそうは思いません。勇者といえども所詮は人間。全くの無欲ということはありえないのです。時には己の欲望に負けることもあるでしょう。多くの者は勇者というだけで勝手な理想像を押し付ける。ですが、実際に勇者として世界を旅したベレグ様なら理解できるはず。そのような理想像を重苦しく感じた事はございませんか?」


 ベレグ反論できずに黙ったまま俯く。


 「愛する女性と結ばれて多くの民を救える、最善の策かと存じますが?」


 こうなってはベレグに選択の余地などない。


 「わかった。出陣しよう」


 「おお、ありがとうございます。それでは早急に準備を済ませるといたしましょう。……わざわざ申し上げるほどのことではございませんが、抵抗してくる者には容赦してはなりませんぞ」


 「わかってる…」


 ベレグは釘をさしてくるスヴェインに短く答えて出撃の準備を始めた。

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